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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
ダイアナとカイン
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 黒く重い波を静かに行き来させながら、黄土色の砂浜が広がっている。

 いつも少しだけどんよりとした天気の、辛気臭い空気を纏いながら薄い太陽の光に浮かび上がるのは、カナロール城。

 鋭い突起を幾つも冠の様に頂きながら、重苦しいダークグレーに塗り固められたその城は、砂浜から少しだけ離れた安定した土地に建てられている。

 それを取り囲む様に城下町が広がり、珍しい事にそれらを囲む塀は無い。


 カナロールには敵がいないのだ。


 代々、強力な封魔の力を持つ王族が他国の侵入を許さない。

 彼の国に刃を向ければ最後、妖魔の大群をけしかけられるのを、近隣諸国はもう痛い程判っていたし、妖魔が出た時には彼らに頼るのが一番早いという事も判っていた。


 また、封魔の力を持つ者はこの国以外で産まれない。

 もともと、そういう血統の者達が集まり国になったのだろうと言われているが、どうやら能力と血統は関係なさそうだった。

「国で出産する事」が鍵らしく、外国から来た妊婦が産気づいてこの国で出産したところ、その赤ん坊に能力が備わった、という事例もあった。


 能力者即ち「封魔師」を手に入れたい各国が妊婦を国へ大量に派遣した事もあったが、どの子も力を使いこなせなかった。

 力を使うには、能力があると判断された上で身元審査をし、王との「契約」が必要とされる。

 「契約」はカナロール国民になる事、他国に属さない事、など諸々あるがそれを破れば、己の内に封じた妖魔に食い殺されるという足かせの様なものだった。


 「契約」が済めば、王族だけに見える彼らの「印」の封を解く。

 その「印」の場所は大抵カインの様に額の場合が多いが、稀に別の部分に「印」を持つ者もいる。

 これは特に意味は無い。

 封じた妖魔を己から召喚する際の「構え」のスタイルが違うだけだ。

 ただ、頭の良い妖魔だと「額に構えを見せたら封魔師」と知っているものもいるので少しだけ有利に働けるかも知れない。

 封が解かれた後は、国に幾つかある育成所で手ほどきを受けて、ようやく力が使いこなせる。

 そうしてその中で秀でた者が、晴れて「封魔師」になれる、といった具合だった。


 とにかくこの無敵の国は、そうして「封魔」によって身を守り成り立っていた。

 しかし……。


           *  *  *  *  *  *  *  *


 海岸線を進む〈セイレーンの矢〉の先頭を行くカインの馬に揺られながら、ダイアナはカナロール城を初めて見た。辛気臭い城、と眉を潜め「どう皆に警告を発するか」をじりじりしながら考えていた。 

 疲れていたので、頭がぼんやり重くて中々考える事が出来ない。

 カインはダイアナを皆に近づけさせない様にしていたし、そうされればダイアナに成す術は無かった。


 皆に知らせなければ。

 危機を知らせて、皆に本気を出させるんだ。

 一体どうすれば……。


 その時、カインが隊の連中に大声で何か指揮をした。

 もうすぐ城下町だ、とか街に入ったら裏通りを行く、とかそんな様な事だ。

 多分、無事に任務を遂行し帰って来た喜びが彼にそうさせたのかも知れないし、疲れた騎士たちを労い、後少しだと励ます為だったかも知れない。

 

 それでダイアナはピンと思いついた。


 そうだ。別に、コソコソ知らせなくったっていいじゃない!


 ダイアナはニヤリとして、大人しく馬に揺られた。

 長い海岸線をそうして進みながら、ダイアナは初めて見る海に心をはせた。


 なんて広いのかしら。


 猫の様な鳴き方をする鳥が、海の上で群れている。 

 水が寄せては返しを飽きずに続け、その音は耳に心地いい。

 しゅわしゅわと水の泡立つ音に、ダイアナはくすぐったさを覚えて微笑んだ。

 遠くには細長いだけの不思議な建物が見える。

 海から吹いて来る風はゆるりと暖かく、その香りは彼女の気持ちを穏やかにさせた。


 ……不思議。なんだか……


「海を見るのは初めてか」


 ああ、もう! とダイアナは話しかけて来た声に顔をしかめた。

 答えずにいると、彼が海の上で飛んでいる鳥を指差して「カモメ」と言った。


 ダイアナは「だから?」と思ったが、「カモメ」の方を見た。

 カモメは空を飛ぶものもいれば、海に揺られて浮かぶものもいた。

 スッと海に潜っては、またぴゅっと海面に現れる。

 飛ぶ姿は半円が二つ仲良く並んでいる様で、ダイアナは素敵だと思った。


「あの辺に魚がいるのだろう」


 あらそうでございますか、と胸中で毒づいて、ダイアナは目を細めた。


 ……なんなの?


「波」


 とカインが、今度は打ち寄せる水を指差して言った。


「砂浜、海岸線、灯台、……風は潮風」

「……」


 ダイアナは何だか泣けて来た。

 そうして、何故だか今この時を忘れないでおこうと思った。

 


     *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 城下町に到着すると、〈セイレーンの矢〉はカインの指示通り人目を避ける様に狭い裏通りに入った。


 ダイアナは出来る限り身体を捩って、荷車に積まれた女達を振り返った。それから、大声を出した。


「皆!これから私たちは殺される! 審判は……ぐ!」


 カインに口を塞がれて、ダイアナはもがいた。手に思い切り噛み付いてみたが、更に強く押さえ付けられた。驚いた馬が暴れて、ダイアナは自棄になって馬の胴を両足をバタつかせて打った。


「止めないか!」


 ダイアナを支え、片手で手綱を操りながらカインが怒鳴った。

 口が自由になったダイアナは、構わず喚いた。


「皆!逃げ、なきゃ! わた、し、たち、は」


 グラグラ揺れる景色の中で、ほんの少しだけ女達が視界に入った。皆目を見開いてダイアナを見ている。

 

 ……よし、とダイアナは思った。

 

 ヒステリックな叫びを女の中の誰かが上げて、騎士達が荷車に集まる前に半数が荷台から飛び出した。

 捕まる者もいれば、上手く逃げた者もいた。

 さすがに裏通りと言えど、城下町で殺人は避けたいのだろう。捕まった者も殺されはしなかった。

 ダイアナはそれを目の端で確認してホッとした。

 何人かの騎士が逃げた女たちを追って建物の間に消えた。


「貴様!」


 馬が落ち着くと、カインがダイアナの髪を引いて、彼女の顔に自分の顔を近づけた。

 顔が怒って赤くなっていた。

 ダイアナは彼の顔に唾を吐いて、笑った。


「口を塞いでおくんだったね!間抜け!」


 逃げた者は少ない。

 残った者の方が多い。

 それでも、少しは助けられた。

 後は彼女達次第。


 バンと頬を打たれてダイアナの視界が揺れた。


 騒ぎを聞きつけた野次馬が集まって来ている。

 それを痛みに耐えながら見つけると、ダイアナは目をギラギラさせてカインを睨んだ。


「……全然、効かない。もう一度打ったら? 皆に見て貰えよ! 女打つしか能の無いザマをサ!」

「無礼にも程がある」


 カインは頭に血が上るのをかなり努力して抑えた。


 なんだこの女は。

 優しくしてやったのに。助けてやろうとしたのに。

 それに、下品すぎる。


 顔に唾を吐かれたのは初めてだった。

 事態に驚いたのもあって、そのはずみで打ってしまった。

 女に手を上げてしまった。

 女なんかに。

 人生の汚点だ。


 カインは唸って彼女を馬から引きづり降ろすと、他の女達と一束にして縄で縛る様に部下に命じた。

 それから睨み付けて来る彼女に睨み返し、馬に飛び乗るとそれから先は前しか見なかった。


 いいだろう、海に呼吸を奪われ死ぬがいい。


 彼はそう思った。



    *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 カモメ。

 

 波。


 砂浜。


 海岸線。


 灯台。


 風は、潮風。


 …………。


 ずっとずっと、海岸が続けばいいのに。



 カイン、もっと教えて。海の事。

 もっと、もっと。

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