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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
狼と歌声と遠吠えと愛と喉骨
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理想の人

 ファムが家を出て行くと、ライラはホッと一息ついてすぐさま毛皮のコートを脱ぎ捨てた。

 暖かくなってきた家の中で、毛皮のコートを着込んでいるなんて馬鹿げている。

 何度も「脱がないの?」と問われてなんて面倒臭かっただろう。


「あー、もうっ! 暑かった!」

「ファムさん、どこかちょっとズレてて助かったよねぇ」

「ちょっと? だいぶね。まぁ助かったのは確かだね。それにしても不便。何とかならないもんかしら」


 人前でこんな風に耳と尻尾を隠さなくてはならないなんて、今までヒラヒラ薄着で生きてきたライラには辛い。隠しておきたい気持ちが働いて今のところしっかり隠しているけれど、いつか慣れてしまった時にウッカリミスをして騒ぎを起こしてしまいそうな気がする。

 ライラは溜め息を吐いて、自分の爪を眺める。指先からは、ファムが何も聞かなかったのが不思議なくらい、鋭く長い爪が生えている。


「爪もこまめに切らなきゃ……爪やすり売ってるかな」

『何でだよ、爪は大事だぞ』


 早くも狼の姿に戻って大きなクッションの上にちょこんと収まっていたハティが、耳をピンと立てて言った。「正気かよ?」とでも言いたげだ。


「あたしはもっと綺麗な風がいいの」

『ま、すぐ伸びるから好きにしろ』

「これ、すぐ伸びるの?」


 ライラが顔をしかめると、ハティは当然といった様子で頷いた。


『爪は大事だからな』

「人間として生きるって大変かも」

『問題ない。フェンリルとして生きればいい。お前はオレの嫁だからな』


 小さな狼が胸を張って尊大に言う。


「ふん、ワンワンが……」


 アシュレイが呆れた様に目玉を時計回りにクルリと回して、温かいカップの中身を啜った。

 ライラは威張る小さな狼の姿を可愛く思い、彼の頭を撫でようとしてギャウギャウ怒られた。


『飼い犬を撫でるみたいにするな! オレはハミエルと違うぞ』

『オレはなでられるのすき』


 鞄からよたよた這い出して、うーんと伸びをしながらハミエルが言った。


「ハミエル、窮屈だったでしょ? よしよし。ハミエルは撫でられるの好きだもんね」

『うん、オレ、すき』

「ぼ、僕も好きだよライラ、僕も撫でられるの好き……」

「マザコンは無理」


 撫でられて猫みたいに喉を鳴らしそうなハミエルを横目に見ながら、ハティはフンと鼻を鳴らした。ハティは人前(狼前?)であんな風にゴロゴロするのは駄目派なのだ。自分の弱みを晒す様な、ああいうのは皆いない時じゃないと駄目だ。

 それにしても、アイツは「まざこん」らしい。そしてライラは「まざこん」は無理らしい。

 ふむ、とハティは耳をそばだてる。なにかこう、悪だくみ出来そうな予感がした。

 アシュレイが己の「まざこん」を否定して嘆いている。


「ふん、理想はお母さんのくせに」


 そうか、母親が理想なのが「まざこん」か。よくわらからんな。と、ハティはライラとアシュレイを静観する。


「いい加減にしてよ! ああ……僕の胸の内を見せられたらいいのに」

「見たくないわよ気持ち悪い!」

『それだ!!』


 ハティはクッションの上でピョンと飛び上がって言った。


『ライラ、コイツの想い人に化ければいい』

「え!?」

『お前だって半分フェンリルだろ? やってみろよ』

「ば、化ける? あたしが?」


 ウンウン、とハティが頷いて、ニヤッと笑った。


『そしたら、ソイツが本当に「まざこん」かハッキリすンだろ。人間の姿にもなれる』


 ライラは「まざこん」は無理なのだから、きっとコイツに愛想を尽かすに違いない。ハティは胸中で舌なめずりして、ライラに提案した。

 ハティの提案に、ライラは意外な程狼狽えていた。


「……コイツのお母さん妖魔なのよ! 化けても意味ないじゃない」

『なに? ソイツも半妖か』

「違う、妖魔に育てて貰……」

「あのさぁ!!」


 アシュレイがライラとハティの会話を遮った。


「勝手に僕の過去を教えないでよ。君だけに明かしたのに!」

「あ、ごめん……」

「それにさぁ!! どうしてお母、母さんの姿になるって決めつけてるのさ!」

「……マザコンだから……」

『……それが狙いだから……』

「!? くっそ……よぉぉしっ! じゃあやって見なよ!?」


 アシュレイが、さぁやれとばかりに立ち上がった。

 ライラはそんな彼から目をそらして、


「だって、やり方知らないし……」


 と、渋った。


『大丈夫だ。ソイツの目を見詰めてソイツの好みに化けるように意識すればいい。化けるぜっ! て意思が大事だ』

「でも……」

『人間の姿のが便利なんだろ』

「そうだけど……で、出来ないよ絶対。人間混ざってるし、そんな力ない」


 ライラは何度か恋に落ちた時、相手の好みになれるように頑張った事がある。

 相手好みに化ける力があったのなら、その時化けていられても良かったのにそんな素敵な事は一度だって起きやしなかった。


―――それに。


「ダメダメ、出来っこないよ」


 ライラは頭を振って、毛皮のコートを着込み、フードを被る。


「これでいいならこうしてる。どうせここでは着ないと寒いんだし! さ、何か食べるものを仕入れに行こ。宿も引き払わなきゃ」


 彼女はそう言って、そそくさと家を出る準備をして外へ出た。

 えー、なんでだよ、と、ハティが心底不思議そうな声を上げていた。



 ハティの悪だくみが微妙にズレて功を成し、ライラとアシュレイは微妙な空気のまま宿の引き払いと食糧調達をした。

 アシュレイは終始不機嫌で、『そんなに信じて貰えていないなんて』と、ボソボソ独り言を言っては、ライラを追い詰めた。三十六回目くらいの呟きの時に、ライラはとうとう口を開いた。家の垣根の前だった。

 

「煩いなぁ、出来るか出来ないかわかんないでしょ」

「試す位すればいいじゃないか。出来なかったらハミエルを元に戻す方法に集中すればいいし、出来たなら君は人間の姿のライラだよ」

「……違ったら?」

「……! ……僕、自信あるけどなぁ……」


 もういいよ、と、言って、アシュレイは荷物を抱えて家のドアを開ける。

 ドアを開けてすぐに、ハティが座って待っていた。


『ソーセージ買って来たか』

「……どけよワンコロ、僕は今機嫌が悪いんだ」

『カッカッカッ、やっぱり「まざこん」だったか?』

「違うしまだ試してもないし」


 アシュレイはキッチンで食料を片付けながら、さも詰まらなそうにハティに答えていたけれど、戸棚の戸にはめられたガラスには、思いっきりニヤつく彼の顔が映っていた。


――――少なくとも僕がその能力を持っていたら躊躇なく使うね。君の理想の人間になれるワケだし悪用しない手はない。


 彼は自分の考えを胸に浮かばせた後、唐突に床に拳を打ち付けた。

 

 ……それなのに、ライラときたら「違ったら?」って……!

 僕の理想から外れる事をあんなに不安がるなんて……告白かよ!!

 もういい!! このままでいい!!

 否、否―――出来るだけ長くこの状態を楽しみたい。たまに思い出した様に変身を促し、反応を楽しもう。そうしよう。


 再び一人床ドンするアシュレイの背中を見て、ライラはなんだか申し訳ない気持ちになっていたが、彼にそんな心配は不要だった。むしろ、自分の心配をもっとしなくてはいけないのだった。

 

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