巨乳の魅力に打ち勝つのは、愛か好みかという話
粉雪が煙る様に降り出した中、ライラはずっと無言でアシュレイの前を歩いた。
けれど時々、彼がついて来ているか耳を澄ませもした。
風の音の中からサクサクと雪を踏む音を見つけると、誰に聴かせるでも無く「ふん」と鼻を鳴らし、やっぱり無言で歩くのだった。
「あのさ、ごめんね?」
距離を詰めると冷たく怒られるので、二三歩距離を置いた後ろからアシュレイが謝っている。
「……」
「せっかくお母さんの知り合いに会えたのに、別の話しちゃってごめん」
「……」
「でも、明日もあるから」
「……」
「ライラ、そっちの道じゃないよ」
慣れない街な上に辺りは真っ白。さらには視界を遮る雪のせいで、元来た道を間違えるライラを、アシュレイが止めた。
結局、「こっちだよ」と言って先に歩き出すアシュレイの後を、渋々ついて行く事になった。
「こんなに邪魔なものだとは思わなかった」
顔に吹きつけて来る冷たい風と雪に、アシュレイが鬱陶しそうに言った。もちろん彼は、雪の事を言ったのだけれど、ライラはムッとして目を吊り上げる。
「悪かったわね。封魔師の学校なんか行かなかったから」
「え、なんの事?」
ようやくライラが口をきいてホッとしつつも、唐突で不可解なセリフにアシュレイが振り返った。
彼の頭の辺りにセリフをぶつけたライラは、サッと顔を背けて続けた。
「妖魔の全集なんて知らないし、そんなの普通は読まないんだから」
「な、なに、なに?」
「そんなにあのオバサンとお喋りしたいなら、明日は一人で行けば? ついでにアガットの事聞いて来てよ!」
「あ~……やっぱり話の腰折っちゃった事を怒ってたんだね。ごめんったら。珍しい話だったからさ……」
「どうだか……巨乳にデレデレしてさ。変態」
んん? と、アシュレイは微笑んだまま若干固まった。
彼はようやく話が微妙におかしな方向へ転がっていきそうな事に気付いたけれど、もう大体手遅れだった。彼がどこから駄目だったかと言うと、巨乳登場の時点で、特に罪も無いのにアウトだったのである!
「待って、巨乳はその……関係ないじゃないか」
彼なりに最善の注意を払って反論するも、ライラは腕を組み、目を細めるばかりだ。今の彼女ほど吹雪く雪が似合う女の子もいないことだろう。
「くっつけられて喜んでたでしょ」
「僕は頼んでない。ファムさんがくっつけて来たんだ」
「頼んでない? へー! じゃ、据え膳されたら『僕は頼んでないから、悪くないよね☆』って食べるんだ!」
こういうのは落ち着きが肝心だと、アシュレイは勤めて冷静に答えるのだけれど、ライラは引っ込まない。冷静に答えられると、引っ込みがつかなくなってなんか腹が立つのだ。
不名誉な事を言われて、だんだんアシュレイも顔を歪めだした。
「はぁぁん? 僕は据え膳されたら、まず毒殺を疑うね! それに、僕にだっておっぱいを選ぶ権利がある! 僕が選ぶおっぱいは君のおっぱいだけだ!!」
「!? で、でもくっつけられて喜んでた……!」
「バカ野郎! 当たり前だ!!」
アシュレイが叫んだ。
彼の叫びは雪の降る静寂の中、響き渡った。
「だっておっぱいだぞ!?」
「!!」
謎の説得力にライラが目を見開いていると、アシュレイは容赦なく続けた。
「でもライラは全然わかってない! 本命のおっぱいに対して僕がどうなるのか、他所のおっぱいと比べてみればいいんだ! 歴然の差を見せ付けてやるよ!! だから君はおっぱいを僕に出しなよ!!」
「バカじゃ無いの!? おっぱいおっぱいって、気持ち悪い!!」
「君が言い出したんじゃないか! ホラ、出しなよ……君のが唯一無二のおっぱいだって自覚させてあげるから!!」
ライラはゾッとして、毛皮の上着の下で尻尾を膨らませた。
まさか、こんな展開になるとは思わなかった。
そもそも、何を怒っていたんだっけ?
コイツは謝ってた?
わかんなくなってきちゃった!
そうしている間にも、アシュレイが両手を蠢かせて距離を詰めて来る。
不純物無しで気持ち悪い。
「や、やだ……。外では寒いし、じゃなくて、も、もう早く戻ろう!? ね!? ……キャッ!」
後退った途端、足元に滑って後ろにひっくり返ってしまった。
雪が積もっていたので痛くは無かったけれど、アシュレイがヒョロい雄叫びを上げて覆いかぶさって来たので、ライラは再度悲鳴を上げた。
アシュレイはライラの顔を両手で包むと、眉をハの字にして言った。
「悲鳴上げるとか傷つくんだけど……」
「だって気持ち悪いんだもん!」
「ふひひ、酷い……」
ダメージと快感が同時に来たような声だった。
「どいてよ!」
「ねぇ、ライラ。話の邪魔してごめんね」
「わかったってば!」
「封魔師の学校の事はなんで怒ってるのか分からないけど、過去の事は、僕、変えられない」
「そういうんじゃなくて……つまんなかっただけ」
アシュレイは「なんだ」と言って、目頭の下に皺をつくって笑った。
それから、少し呆れている様な、怒った様な顔をして言った。
「ファムさんの胸の件は……なんて言ったらいいか……あんまりくだらない事考え付かないで欲しい」
「な……!!」
「聞けよ」
再びキャンキャン言おうとしたライラの口を、アシュレイが片手で塞いだ。
「ベストオブおっぱいは君だ」
良い事言うかと思ったら違った。有無を言わさない様子(ライラの好きなヤツ)だったから、何を言われるのだろうとちょっとドキドキして期待していたのに、ただの変態だった。
そのままアシュレイ的には良い感じでキスが落ちて来たけれど、ライラはちっとも心動かされず、無反応でやり過ごした。
ちょうどその時、誰かの足音が近づいて来た。盛り上がらなくて良かった。
足音は近くでピタリと立ち止り、足音の主からグルルルルルル……と唸り声が聴こえて来た。
ライラに覆いかぶさっているアシュレイの顔が、唸り声を聴いて引きつった。
「テメェ、卑怯な手を使ってオレを眠らせた上に、オレの嫁襲ってタダで済むと思うなよ……!!」
アシュレイが振り返ると、激昂するイケメンの自分が立っていた。




