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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
狼と歌声と遠吠えと愛と喉骨
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狼のなわばり

 狼たちの跳躍は素晴らしく、ライラとアシュレイはカナロールからうんと離れた上空を飛んでいた。

 北の星へ向かえば向かう程、気温がどんどん下がるので、ライラもアシュレイもガタガタ震えて身を寄せ合っていた。


「う、うえへへへ……ラッキー……」


 アシュレイが、歯をガチガチ鳴らして鼻を啜っている。

 色を失くした震える唇の間から、月明かりの中白い息が立ち上がって、風に吹き飛んで行く。


「口に出すところがイヤ。それにしても、ホント寒いね」

「世界の真北なんだろうね。迂闊だった。防寒着が無いと凍えて死んじまう」


 二人して震えていると、とうとう狼達が下降し出した。いつの間にか北の星は頭上で輝いていた。

 二人を乗せていた欠け耳の狼が、どの狼たちよりも早く下降する。やっと厭な荷を降ろせるのだから、急ぎもするだろう。下降の勢いにアシュレイが情けない叫び声を上げると、連なって高くそびえ立つ雪山のどれかが、その情けない声を木霊させた。


『勘弁してくれよ』


 横に並んだ小さな狼が、呆れ声で言い、彼らを追い抜いて行った。



 連れて来てもらった狼たちの縄張りは、雪を被った岩山だった。月明かりしかないので影の色が濃く『厳しさ』という単語がよく似合う。

 ライラ達にとっては野趣溢れ過ぎている場所だったが、狼たちにとって急過ぎも緩すぎもしない斜面なんだろう、細い足場を優雅に駆けるものや、岩から岩へ軽々と飛び跳ねる姿が見て取れた。

 その斜面に幾つも穴が開いていて、狼達が思い思いに出入りしている。きっと横穴で、寝床なんだろう、と、アシュレイが興味深げに言った。


「ちょ、もうホント、寒い、寒い……」


 毛皮の為にどれか一頭封魔しようかな、などと小声で呟くアシュレイをライラは慌てて肘で突いた。


「気を付けないとホントに食べられちゃうから!」

「僕が食べられちゃったら、泣いてくれる?」

「アンタの舌なんか凍っちゃえばいいのに」


 小さな狼は、岩山の一番下の方にある、一番大きな穴へ向って行く。ライラ達を背に乗せた欠け耳の狼も、後について行った。

 小さな狼は穴の入り口で振り返らずに『こい』と言って、先にサッと入っていってしまった。

 ライラは欠け耳の狼から降りると、彼女にお礼を言った。欠け耳狼は、ライラにすり寄ると、ぐるる、と喉を鳴らした。それからアシュレイを汚い物の様に見て、ピョンと宙へ舞う。そのまま、岩肌にたくさんある穴の一つへ消えてしまった。

 

「行こう」


 ライラは小さな狼が入って行った穴へ、アシュレイと共に恐る恐る入って行った。

 穴の中は、真っ暗だ。狼たちが複数いるのか、獣の息遣いや、思わず漏れてしまった唸りで満たされている。ライラは怖くなって、アシュレイがちゃんと傍にいるか手を伸ばし、彼の上着の端をぎゅっと握った。

 その時、アシュレイが突然よく通る大きな声を出した。


「おーい、君たちは火を怖がってパニックになったりしないよね」

 

 ライラは飛び上がって驚いた。

 穴の中は深く、アシュレイの声が響き渡っている。

 息遣いや唸り、中にいるモノの気配が一瞬にして凍って消えた。 


「何聞いてるの!?」

「いや、明かりが欲しいからさ……」

『俺らはただの狼じゃねぇぞ。火なんぞで騒ぐかバカ』


 前方で小さな狼の不服そうな声がした。意外と近くを歩いてくれているらしい。


「あっそ」


 アシュレイは短く答えて、炎をまとう猫を出す。ライラはちょっとこの猫とは気まずくて、目が合わないようにした。猫は、自分の登場で暗闇から浮かび上がった大きな狼たちを見て、卒倒しそうになっていた。

 穴は想像以上に深く、狼が何頭もこちらを見ていた。その一番奥に、一際大きな狼が座ってこちらを見ている。ライラはその狼と目が合うと、妙な予感にドキリとした。

 狼が瞬きをする。真っ黒な鼻の穴から、白い息がふわりと吹き出された。

 ドキドキと鼓動する胸をそのままに、ライラはハッと彼が誰か思い出した。

 孤独で、惨めで、悲しくて仕方が無かった夜、ダイアナを連れて飛んで来た大きな狼だ。

 パチンと記憶がハマれば「あー!」と、声を上げてしまうのはしょうがない。ライラは思わず大きな狼の元へ駆け出した。


「ま、マーナガル!! ねぇ、あなた、マーナガルでしょ!?」


 勢い込んで巨大な狼の鼻先で叫ぶと、狼は瞳を細め『さよう』と、言った。小さな狼やハミエルと比べると、少し老いを感じる声だった。


「また会えるなんて……!!」

『名を覚えていてくれて嬉しい』

「ラ、ライラ……?」


 慌てて駆け寄って来たアシュレイに、ライラは振り返って以前話した時に現れた狼だと説明する。

 大きな狼――マーナガルは、立ち上がるとアシュレイを睨み付けた。炎の猫は縮み上がってアシュレイの足元へ隠れてしまった。


『お前がライラに付きまとっている封魔師か』

「付きまとってない。連れ添っているんだ」

『いいや、釣り合っていない。なにが目的だ』


 マーナガルはぐるぐる唸ってすごみながら、アシュレイを結構理不尽に問い詰める。

 バッサリと釣り合いを否定されたアシュレイは、微かにショックを受けながらも果敢に答えた。


「け、結婚……?」

『許さん。死ね』

「あ、あの……それよりハミエルは……?」


 ライラが雲行きの怪しい会話に割り込んだ。

 どう考えても、ハミエルの方が大事だと思うのだ。しかし、アシュレイの心が発火した。

 彼はガタガタ震え、鼻水を垂らしながら内股で叫んだ。


「な、なんだお前、ライラの親でもあるまいし!!」

『親みたいなものだ。絶対に許さん。あくまでも無理矢理つがいになると言い張るなら、死ね』

「はんっ、『みたいなもの』ってなんだよ。親権ないなら黙っててください~! あと、ライラはちょっと無理矢理されるのが好きなんです~!!」

『要するに無理矢理なのだな!?』

「ちょっと、やめて!」


 牙を剥いて地響きの様な唸り声を立て始めたマーナガルと、今にも封魔の構えを取りそうなアシュレイの間に立って、彼を連れて来た事を後悔した。

 マーナガルは逆立てた緋色の毛皮を揺すって、ぐっぐ、と笑うと、牙を収めた。

 ライラはホッとして、マーナガルの方を見る。

 マーナガルは、牙を収めたもののアシュレイをピタリと見据え、更にややこしい事を言い出した。


『ライラが誰の子を産むか、もう決まっている』

「ああん!?」


 折角収まったのに、ますますアシュレイを焚きつけてしまった。アシュレイがほとんど寒さを忘れたホットな状態でマーナガルに詰め寄ろうとするので、ライラは必死で押さえつける。今はライラの方が力が上だったので、初めて狼の耳と尻尾に感謝した。


「まさか、ハミエルとか言い出すんじゃないだろうな!?」

「そ、そう! ハミエル!! あたしはハミエルの調子が悪いって聞いて来たの!! ハミエルに会わせて!!」

「ハミエルなの!?」


 狼公認が最強のガーディアンでは、アシュレイもマズいと思ったのだろう。荒ぶりが収まってくれない。

 ライラはとうとう牙を剥いて怒鳴った。


「今は! そんな事より、ハミエルの様子を見たいの!!」


 一連の流れを遠巻きに見ていた狼の何頭かが、きゅんと鳴いて縮こまった。

 マーナガルも『うむ』と言って、ようやくアシュレイから視線を外した。

 そして、穴の中に更に幾つか存在する横穴の一つへ大きな頭を向けると、『来なさい』と言ってライラを呼んだ。

 ライラが頷いて、アシュレイの腕を引く。


「明かりで照らしてね」


 彼を一人にさせたら、また他の狼と喧嘩するかも知れない。

 穴を潜ると、炎の猫の明かりが蹲る小さな狼を照らした。


「ハミエル……」


 ハミエルは元の小ささに戻っていた。それが良いのか悪いのか、ライラには解らないけれど、ハミエルは彼女を見て力なく尾を振ると、『きゅん』と鳴いた。

 



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