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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
おかあさんをするの
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封魔師とラミア①

 プロセッショネールに満足したらしいアシュレイを連れて小屋に帰ると、アシュレイは布団に潜り込みながら「これからも連れて行って」と、アイリーンに頼んだ。


「お母さんと、色々なところへ行きたい」


 その言葉に、たくさん封魔の練習をする気になってくれたのかも知れないと、アイリーンは喜んで頷いた。


 彼女はそっと子供の髪を撫でて、瞳の中の星を瞬かせる。


「はい。いっぱい、いきましょう」


 それからというもの、二人はアシュレイの図鑑の情報を頼りに色々な妖魔を見て回っては、封魔を試した。

 危険そうな妖魔には決して近寄らせなかったが、それがアシュレイには物足りないようで、彼は度々『見るだけ』と約束したクセに飛び出して行ってしまうようになった。

 アイリーンは彼の意外な貪欲さに危険を感じて厳しく叱ったけれど、アシュレイはどこ吹く風だ。

 彼は封魔を覚え出してから前より少し、強気な子になった様にアイリーンには思えた。

 アシュレイは、取り戻した時の小さな子供だったのが嘘のように、少しずつの変化が積み重なってたくさん変わっていっていた。


「封魔しちゃえばいいんだよ」


 怖いもの無しにアシュレイが言うので、とんでもないとアイリーンは首を振る。

 アシュレイはまだ、妖魔の事を知らなすぎると危機感を抱いた。


「できないのも、います」

「そしたらお母さんが守ってくれるでしょ?」

「はい。でもだめ」


 アイリーンにだって敵わない妖魔は探せばウヨウヨいるし、天井が無いのが妖魔の世界だ。予想なんて付かない。そもそも、こうして自ら探し求めているのだから、いつどこで何に出遭ってしまうかも分からないのだ。

 それに、相変わらずアシュレイは封魔は出来るものの、召喚が出来ずにいた。

 自分を護る妖魔を出せないのは、致命的だ。 

 最近はうんと大きく活発になって、するりとアイリーンの視界からいなくなってしまうというのに、もしもの時に身を護れないかもしれないのは危ない。


「いつでもわたしがいるとは、かぎらない」


 アイリーンは、アシュレイがもう少し大きくなったら、カナロールで助けてくれた封魔師の所へ行こうと思っていた。

 カナロールでは、かつてラナにしていた様にアシュレイの使い魔として傍に仕えよう。そして、いずれ……。

 その時、この子はラナのものだ。

 アイリーンは美しい瞳を閉じる。


 でも、その時までは。


「あ! あいつはなんだろう!?」


 アイリーンの気持ちなど露ほども知らずに、アシュレイは何かを見つけて走り出す。


「アシュレイ!」

「大丈夫!」


 目を輝かせて駆けて行く子供を、アイリーンは仕方なく追う。


 そんなに安心しないで。

 私のいない場所を、もっと怖がっていれば良いのに。 

 

 けれど、それではいけない事も、アイリーンはわかっている。

 きっとこうやって、いつか瞬く間に何処かへ飛び出して行ってしまう事も。



 アシュレイが身の程知らずの腕白にますます磨きをかけ始めた頃、街に不穏な影が射し始めていた。

 深夜になると、妖魔が街を徘徊しているのだという。

 普段小屋から離れる事の少ないアイリーンと違って、街で遊び回っている情報通のアシュレイは明らかに興奮してこの話を彼女にし終わると、「封魔しよう!」と息巻いた。


「どんなようまですか」


 鳥かごの中に入れた一束の奇妙な草に水をやりながら、アイリーンはアシュレイに聞いた。

 鳥かごの中で水を浴びてキーキー鳴いているのは、アシュレイが罠を仕掛けて生け捕りにしたトゥーマンティンだ。アイリーンはとうとう玄関先に、この奇妙な草を吊るして飾る事が出来て、とても満足し可愛がっていた。

 トゥーマンティンは常に激怒して吊るされた鳥かごを揺らしていたが、アイリーンはそんなところも気に入っていた。

 

「まだハッキリ見た人はいないんだ。でも、シューシューって息遣いや、ズルズル這う音がするって」


 目をキラキラさせて言うアシュレイと一緒に、アイリーンは首を傾げた。


「へびのようま?」

「僕もそう思うよ」

「わるいことしてる?」

「今の所はしてないみたい……。ね、今夜街を探してみようよ!」


 アイリーンはアシュレイの誘いに頷いた。

 今の所派手な悪さをしていない様子だし、もしも大物だったら既に自分は察知していただろう。

 きっとロイのような取るに足らない小物が街に迷い込んだんだろう。彼女はそう思った。


「まちのやくにたてます」

「妖魔退治だね! ロイも行く?」


 我関せずといった態で日向ぼっこをして寝そべっていたロイは、アシュレイに誘われてブルブル震え出した。ロイは平和が大好きなのだ。

 ロイは身体を縮めてアシュレイを見上げると、か細く鳴いた。


「ク、クークック……(や、や、僕は家にいます)」

「そーかそーか。いつもお留守番だもんね! 今夜は連れてってあげるからね!」


 ロイの言葉がわからないアシュレイは、都合よく解釈してロイを抱き上げると、クルクル回った。


「クー! クククク!(蛇とかホント、苦手なんでいいです)」

「よしよし、そんなに武者震いするなって! ロイは勇敢だなぁ!」

「クーッ!?」


 宝探しに行く前みたいにアシュレイが喜ぶので、アイリーンは微笑んだ。

 吊るされた鳥かごの中でトゥーマンティンがキーキー鳴いていた。 



 夜が来ると、アイリーンとアシュレイは早速街へとやって来た。

(ロイはアシュレイのベッドに潜り込んで、狸寝入りをして出て来なかった)

 そして、アイリーンの妖魔の勘で直ぐに小さな妖魔を見つけた。

 

 暗い夜の街の、更に暗がりを選ぶようにしてその妖魔は這っていた。

 予想通り蛇だ。

 けれど、蛇なのは下半身だけで、上半身はアシュレイよりもずっと幼い人間の子供の姿をしていた。


「ラミアだ……」


 アシュレイがアイリーンに囁く。


「こども」

「うん……小さいね。でも凄く強いハズだよ」

「でも、ちからがあまりない」

 

 アイリーンは、子供のラミアからそれ程の力を感じなかった。

 子供だからだろうか?

 不思議がりつつこっそりと観察していると、ラミアの子供は這いながら辺りを見渡す素振りをし、何かに怯えている様子だった。


「……まいご?」

「あ、あれ見て!」


 アシュレイがアイリーンの服の袖を引いて、ラミアの子を指差した。

 ラミアの子の獰猛そうな両腕が、鎖の様なもので縛られていたのだ。

 二人は顔を見合せて首を捻った。


「街の人が僕らより先に捕まえたのかな?」

「……あのくさりで、ちからをおさえられてる」


 誰かが先にラミアの子を捉えて、何かの隙に逃げられてしまったのだろうか?

 

「こういう時って、捕まえた人に教えてあげるべきかな」

「とりあえずかくほ」

「そうだね」


 なんの目的で捕えようとしたのか分からないけれど、人のものなら封魔も出来ない。アシュレイが封魔した妖魔を、自在に召喚できるなら別だけれど生憎彼は召喚が出来ない。

 どうも両腕を縛っている不思議な鎖で力を抑えられている様子だし、子供の妖魔ならばアイリーンの敵でもない。

 二人に気付き逃げ出したラミアの子を難なく捕まえて、ひとまず小屋に連れ帰る事にした。

 

 


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