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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
おかあさんをするの
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神の一文字②

 そうしようと決めたら早い方が良い。

 話の決まった翌日にはわくわくと準備をして、アイリーンはアシュレイを連れて飛び立った。 

 アシュレイはどうやって手に入れたのか、妖魔の図鑑を大事そうに抱えていた。


『ほん、どうしたのです?』

「働いてる先で、もらったんだよ」

『そうですか。がんばってる。えらいですね』


 嘘か本当か、どういう経緯かを、アイリーンは気にしない。

 アイリーンが気にしないから、それを裏切らない為に、アシュレイは本当に悪い事をしない。例え思い付いても。

 アイリーンは棲家の街からぐんと離れた大きな森の上空に漂い、鬱蒼と生い茂る木々を見下ろす。

 森の中には、様々な気配が蠢いていた。危険な大物もいなさそうだ。


『ここならたくさんいます』


 アイリーンがそう言うと、アシュレイは図鑑を開いて覗き込む。

 

「最初はね……プロセッショネール!」


 アシュレイがそう言って図鑑を開き、美少女の顔をした毛虫の挿し絵を指差した。

 ニンフと小人修道僧の間に出来た、可哀想な女の子の毛虫だ。


『けむしですか……』


 もう少し―――せめて犬タヌキくらい―――妖魔らしいのを見せたいアイリーンだ。

 けれども、男の子は虫が好きなのだ。育児に虫は避けて通れないのだった。

 森へ降り、木漏れ日だけが頼りの薄暗い木々の間を、アイリーンとアシュレイは歩き回って美少女毛虫を探した。

 美少女毛虫はレアなのだ。図鑑にも書いてある。


「好物が書いてあれば良いのに」

『すきなこと』

「月光が白い晩に、音楽を奏でるって」

『では、よるにあえる、かも』


 そんな会話をしていると、食べ物の良い匂いがして来た。


「人がいる?」

『ひとじゃない』

「でも、煮込み料理の匂いだよ」


 漂って来るのはアシュレイの言う通り、コクのありそうな煮込み料理の匂いだった。

『いってみましょう』と、怖い物知らずのアイリーンが匂いのする方へ向かい、アシュレイも彼女にピッタリくっついて付いて行く。

 焚き木が爆ぜる音が穏やかに響いているのが聴こえると、アイリーンはそっと大きな木に隠れる様に合図した。

 木の向こうの草むらの影から、匂いが一層強く漂って来る。そっと覗くと、ウサギ程の大きさで褐色の肌をした角のある妖魔の群れが、焚火を囲ってわちゃわちゃと蠢いていた。

 ユーモラスな妖魔だった。小人にも茶色のカエルにも見え、鼻がとても大きい。

 アイリーンの脇で、アシュレイが図鑑をペラペラ捲って彼らを探していると、ページを捲る音に気付いたのか何匹かわちゃわちゃと、かせわしく寄って来た。


「うわ、うわわ……」

 

 焦るアシュレイに、


『だいじょうぶです』


 と、アイリーンは優しい声で安心させ、小さな茶色妖魔へ静かに目を剥いてけん制した。彼女はアシュレイの妖魔見学お勉強ツアーを何者にも邪魔させない所存である。

 小さい茶色妖魔たちは何匹か恐ろしさに気絶したが、残りの者達は『ヤベェヤツ来た……!』と、大人しくなった。そして熱心に図鑑を捲るアシュレイを見ると、図鑑に興味を移しソロソロと一緒に覗き込み始めた。中々危機感が薄い。多分それ程知恵の無い妖魔だろう。


「あった!」

『キー!』


 アシュレイが、周りに集まっている彼らと同じ姿の挿し絵をとうとう見つけて指差した。

 自分たちの姿が描かれているのを見て、彼らもピョンピョン飛んで、キーキー鳴いた。それから『交代! 順番!』と言い合っているみたいに一匹一匹がわちゃわちゃ図鑑を覗き込む。

 アシュレイは若干ビビリながら、彼らに人間がつけた名前を読み上げた。


「ピピンチュ、だって」

『かわいい』

「匂いを食べるんだって」


 アシュレイは納得した様に、彼らの煮炊きしている所を見た。

 彼らのサイズの大鍋がグツグツ煮えて、匂いを漂わせている。そこにピピンチュ達は集まって、クンクン匂いを嗅いでいるのだった。


「ねえ、お母さん、一匹捕まえて」

『いじめたらだめですよ』


 そう言いながらも、アイリーンはボーっとしていたピピンチュをグワシと鷲掴みして、アシュレイに差し出した。

 突然捕まったピピンチュは、小さな両手を合わせて上下に振っている。命乞いの仕草だろうか。

 

「皆に見せたいなぁ」


 アシュレイはそう呟いたけれど、仲間を心配して自分を見るピピンチュ達の怯えた様子に、「やっぱりイイ」と肩を竦めた。


「プロセッショネールがこの森にいるか、聞ける?」


 アイリーンがピピンチュに美少女毛虫の事を聞くと、ピピンチュ達はわちゃわちゃキーキーと集団で喋り出し、それをまとめると、この森ではそういうのを見た事が無いとの事だった。

 二人は顔を見合わせる。いきなり残念だ。

 アシュレイが図鑑をピピンチュ達に差し出して、適当にページを捲って彼らに見せて、妖魔の挿し絵を指差して見る。

 ピピンチュ達が、どれかに反応すればその妖魔はきっとこの森にいる。

『トゥーマンティン』という雑草の根っこに目玉がくっついた妖魔が描かれたページで、ピピンチュが騒ぎ出した。


『キーッ!』

『キキ』

『キッ!』

『いる』

「トゥーマンティンか~。踏むと自分が誰か判らなくなっちゃうんだって」

『きをつけて』

「うん」

 

 好奇心旺盛なピピンチュが、何匹か立ち上がったアイリーン達に、こっちだこっちだとでも言うようにわちゃわちゃ道案内めいた事をしてくれた。

 付いて行くと、草むらがポツポツある場所でピピンチュ達が抜き足差し足の仕草をし出した。

 足元に気を付けて、と言っている様だ。

 注意深く地面に茂る草を観察していると、急に草むらの一部がビュン、と動いた。


「いた!」

『アシュレイ、ふまないで』


 アイリーンが心配して走り出すアシュレイを抱え上げた。


「お母さんもね」

『だいじょうぶ』


 ピピンチュ達がキーキー騒ぎ出した。

 見れば、いつの間にか幾束かの草に囲まれていた。カサカサ、と草同士の掠れる音を立てて、チラチラこちらを見る目玉が草の根元から見えた。

 外敵に警戒心むき出しの草の妖魔は、地面からにょきにょきと枯れ枝の腕を出し、奇妙な動きでアイリーン達へ伸ばして来る。


『すてき』


 まるでお庭のガーデニングに使いたいわ、と言った様子でアイリーンが呟いた。


「わ、わ、たくさん来たよ! お母さん逃げよう!」


 アイリーンがその気になればこんなもの一瞬で焼き払えたが、侵入者は自分達なのでアイリーンはアシュレイを抱えたまま、上空へ飛んだ。

 地面では、まだまだ警戒中の草妖魔がカサカサいっている。

 アシュレイは図鑑を広げ、満足気だった。


「トゥーマンティン」

『ひとたば、ほしい』

 

 あれを鉢植えに植えて玄関先にでも吊るしたら、素敵だ。

 アイリーンが名残惜し気にトゥーマンテインとやらを眺めていると、アシュレイが水を差した。


「あまり仲良しになれない感じだったよ」

『ふくじゅう、させなければ』


 なんとなしに言って、アイリーンはハッとする。

 ラナは封魔師だった。アシュレイは?

 時の妖魔は言っていた。『優秀な封魔師になる』と。

 そうだ。これは、とても大切な事を、すっかり忘れていた……。

 アイリーンはアシュレイを見る。


 『印』はどこだろう。どうやって封魔師は封魔師に?

 ラナは額だった。

 そっとアシュレイの額に触れてみる。

 何もない。

 そもそも、どうやって『印』を現すのだろう?

 

「どうしたの?」

『……』

 

 不思議そうなアシュレイに、アイリーンは何も答えず、首を振り、ギュッと抱き直した。

 

――――封魔の印。

――――封魔師の証。

――――いずれ、時の妖魔を――――


 それは、不可能な事かも知れない。

 弱みや人質を取られていたとはいえ、ラナでも手が出なかった。

 時間を操り、時の狭間にヒョイと隠れてしまえる相手を一体どうやって?

 けれど、いつか。


 あなたは、時の妖魔を封魔する。


 そう心を込めて願った時、抱えるアシュレイの胴の左側に熱を感じた。

 見れば、アシュレイの腰が光り出していた。

 アイリーンは目を見開く。

 服越しに見える光の模様にゾッとして、思わず手を離しそうになって堪える。

 アイリーンには、その模様の意味が不思議な事に本能的に判る。 

 神など概念に無いアイリーンに打ち据える様に、その模様はアイリーンに神の存在を感じさせた。

 輝き、迸るそれは、神の一文字だった。


いつも読んで下さってありがとうございます。

封魔師はどうしたら封魔師になるのか。封魔の『印』の見つけ方は?

一般的なそれらは『カインの歯車編』で書かせて頂いています。

次回もお楽しみ頂けたら嬉しいです。

長い話をいつも読んで頂いてありがとうございます!!



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