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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
おかあさんをするの
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神の一文字①

 碧い海の見える街から離れた小さな小屋で、ヘンテコで穏やかな生活が始まった。

 おかしな流れ者を見物に訪れた街の人々に、ちょっと幸せな魔法をかけてしまえば、皆星の欠片を手に入れたみたいにニコニコして、アイリーンの邪魔をする者はいなかった。

 お化け退治をキッカケに、アシュレイには友達も出来たし、ペットも出来た。

 犬タヌキは『ロイ』と名付けられた。

 結局取りに帰らなかった縫いぐるみの名前が今更出て来た事に、アイリーンの胸はしくんと微かに重たくなったけれど、その気持ちを上手く言語化出来なかったし、アシュレイに与える(つたえる)べきものでもないと判断し黙って頷いた。


 さて、このおかしな一家の収入源はほぼゼロだった。

 アイリーンは変な封魔師に火喰い鳥を売った大金をほとんどそのまま持っていたけれど、アシュレイが大人になった時の為にあまり使わずにいたし、彼女の中には、心の潤い(たのしみ)とお金があまり結びついていなかった。アイリーンのそれは、夜空へ自由に溶ける様に飛空する事だったし、犬タヌキに至っては木の実集めとお昼寝が至極贅沢な時間だった。

 生涯ゼロ課金生活は妖魔達にとって大した事では無かったが、アシュレイにとっては問題だった。

 食べるものは獣じみたものでもまぁ良い。けれども他の子供達が彼に見せる甘いお菓子や玩具、好奇心を満たす本の類はお金が無くては手に入らない。

 たまにアイリーンが思い出した様にお菓子や玩具を買い与えたが、お菓子は伝統にカビが生えまくっているオールドスタイルのものだったりハッカ味が多く、玩具は奇抜な不思議系で、どう遊べばいいか解らない。本に関しては『ワイルド☆サバイバル』を強く推していた。

 アシュレイは文句を言わなかったけれど、何も持っていない事でよく裕福な子供達にからかわれた。

 かつては溢れる程与えられていた子供だっただけに、アシュレイは少し悔しかったかも知れない。

 けれども彼は、アイリーンに何かを決してねだらなかった。縫いぐるみの時の様に。

 

 必然的にどちらかというと貧しい子供たちと遊ぶようになったアシュレイは、したたかな彼らに鍛えられて行った。欲しいものや、やりたい事は、金ではなく知恵でなんとか解決しなければならない彼らといる事は初めこそ少し億劫な気がしたけれど、その内楽しくなって来た。

 何かを手に入れる事事態が、アシュレイにとってはゲームの様なものになって来ていた。


 そんな経緯で彼の才能が開花し始めた。

 彼は、ある時は裕福な友達の母親にすり寄り、お菓子の作り方を聞くフリをして作った完成品を味わい、味を褒めちぎって材料まで分けて貰って帰った。

 そしてその材料で、仲間達とお菓子を作って食べた。

 またある時は、少し年上の子供に近付いて、その年頃にとっては型落ち、自分の年頃にとって旬な玩具を貰って来た。

 上手く行ったので同じ要領で不用品回収を銘打って街を回り、仲間全員で玩具で遊んだ。

 そしてまたある時は、本屋で如何にスマートな立ち読みをするかを極めた(存在感の薄さが実に役にたった)。鬱陶しい上に近付くとサッと逃げるの繰り返しに疲れた本屋の店主は、アシュレイを店番として使う様になった。軽犯罪者は労働を手に入れ、立ち読みをしなくなった。――――暇な本屋の店員は、店の軒先に座り、堂々と読書すれば良かった。



 最近は友達と過ごしたり、お勤めをしたり(そう聞いている)するのに忙しいアシュレイが、「妖魔の図鑑にロイが載っていた」と、目を輝かせて言ったのでアイリーンは微笑んだ。彼女はこの子供の報告だったら、ほとんどなんだって嬉しい。

 

『そう』

「うん。下級妖魔なんだって」

『クックー……(どうせ……)』



 僕が図鑑に!? と、顔を上げたロイがアシュレイの言葉にしゅんとした。

 それからロイは、彼を抱き上げたアシュレイの脇下にいじけて鼻を突っ込んだ。

 そんなロイを撫でながら、アシュレイもちょっとしゅんとして呟いた。


「……でも、お母さんは載って無かった」

『ふふふ』


 アイリーンは笑う。

 妖魔たるもの、人間の図鑑なぞに載るよりも載らない方が誇らしい。彼女はそう思う。


「お母さんはなんていう妖魔なの?」


 アイリーンは問われて「はて」と考える。そんな事気にした事が無かった。

 アイリーンはラナにアイリーンと名前を付けて貰った時から、アイリーンでしかなかった。

 時の妖魔は彼女の事を『宙の妖魔』と呼んだけれど……あんな奴になど自分が何者か決められたくない。

 だからこう答えた。


『おかあさんは、おかあさんという、ようまです』

「ふぅん?」


 アシュレイは全然納得のいっていない顔で、相槌を打った。

 アイリーンは不安になって、確認する。


『ようま、きらい?』

 

 アシュレイが黙って何度も首を振った。

 アイリーンと同じく、彼女の質問に不安そうにアシュレイを見上げていたロイが、喜んでアシュレイの脇下にスポッと鼻先を突っ込んだ。脇下に顔を突っ込むのが好きらしい。

 

「ロイ、くすぐったいよ! ロイの他にも見て見たいなぁ。図鑑に載っている妖魔」

『みたいですか?』

「うん」


 なんとなしに頷いたアシュレイに、アイリーンは満面の笑みを見せた。

 彼女のアーモンド形の瞳の中で、星々が嬉しそうにキラキラした。


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― 新着の感想 ―
[一言] アイリーンの、人間とはまったく違う在りようの美しさが描写されていて良いです
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