僕を食べる?
間が空いてすみません(謝りなれて来た)。
今回で百話となりました。
長い話を辛抱強くいつも聴いてくださる方へ、百万の感謝を込めて頑張ります。
いつもありがとうございます。
ようやく取り戻した大事な子供は、とても良い子だった。
それは、それまで彼に自由が無く、色々なものを押し付けられた結果の従順なのかも知れない。
けれど、アイリーンはそこまで深く考えなかった。どんな子供だろうと、手元に取り戻した瞬間からが彼女と子供にとって始まりだからだ。
初めはお互い恐る恐るだった。
子供は最初、アイリーンを怖がった。
「僕を食べない?」
* * * * * *
ラナやアガットが食べていた食べ物を気にした事の無かったアイリーンだったが、自分が子供に食べさせるとなれば、人間の食べ物に詳しくなくちゃいけない。
変な封魔師と子供を探している間、いつか子供が見つかって子育てをする様になった時の為にと、封魔師が何冊か育児書を読んでくれた。
アイリーンは封魔師が読んでくれる内容を熱心に聴いた。
封魔師はそれが専門だったのもあって、子供のかかりやすい病気や、対処法を主に教えてくれた。
『叱らない子育て』なるものに傾倒しているらしく、それも熱心にアイリーンに説いた。が、アイリーンはそういうのどうでも良かった。
人間の子供が何を食べるのか尋ねると、『……お、お菓子?』と答えたので、なんだダメな人か、と、アイリーンは封魔師に対して思った。『なんだその目は』とかなんとか言って絡んで来て面倒臭かった。
けれども何だかんだ機転の利く人間だったらしく、次の日に『ワイルド★サバイバル~なんでも食べる~』というタイトルの本を持って来てくれた。飛躍しすぎな気もするけれど、飛躍しないと辿り着けない事は度々あって、この飛躍は正解だった。
『どこでどう暮らすつもりか知らないけれど、人間の食べ物の調達の仕方はコレ。調理も必要だからね? 街で売ってるものや出されるものは変な匂いがしなきゃ大概食べれるから。あ、そういうのはお金がいるからね』
野にいる獣の獲り方(こんなのは朝飯前だ。描かれている内容は、アイリーンにとって面倒くさい位だ)や、食べられる果実やキノコ、その調理法などの図解にアイリーンはコレコレ! と、瞳を輝かせた。
「お金」についてはラナと暮らしていた時に大体概念がついている。
『例えば、その本を君が手に入れたきゃ、君は僕に何か支払わなきゃいけない』
アイリーンは頷いた後、何も持っていないと伝える為に残念な気持ちで六本の両手を広げた。
この本が欲しかった。
封魔師は微笑んで、
『だよね。そういう時は「お手伝い」する』
『おてつだい』
『うん。欲しい薬草があるんだけど、ちょっと険しい遠方にあるんだ。君なら直ぐだろ?』
封魔師の欲しい薬草は、人間が採るにはとても難しい垂直な崖の壁に生えていた。
おまけに側に火喰い鳥の巣があって、手こずった。
火喰い鳥だっていい迷惑だったろう。
かくしてアイリーンは、彼の言う通り薬草を採って来た。
そして嬉々として彼女に手を伸ばした封魔師から、薬草を持った手をヒョイと上げて余りの手を彼に突き出した。
『ああ、本ね? はいどうぞ』
『おかねでください』
『え』
思わぬ現金主義の発動に、封魔師はギクリと顔を強張らせて無理に笑った。
アイリーンの採って来た薬草は入手困難だから、とても高価なのだ。
因みに『ワイルド★サバイバル~なんでも食べる~』は古本屋で廃棄処分の箱から拾って来たやつだった。鬼畜である。
『み、水臭いな。本と交換で良いよ。あ、ウチの子のお古の服とかも持ってってよ』
『しかたないほかのくすりやにうるか……』
『っらめぇー!?』
アイリーンは「お金」で買い物がしてみたかった。
薬草をお金と交換して、サバイバル本を初めての買い物にしようと思ったのだ。
だから支払われる金は、本を買える分で良かった。
ただそれだけだったけれど、封魔師には裏切りの様な脅しでしかなった。
『おかね』
『ぼ、僕は本としか交換しないぞ……!! いいか、幾ら積まれてもだ……!!』
強欲ここに極まるだったが、そう言われては仕方がない。
本当なら『しかたないほかのくすりやにうるわ』を、もうひと押し欲しいところだったが、アイリーンの目的は体験であって大金じゃなかった。
アイリーンは本が欲しい。意地を張られて何とも交換してもらえなくなったら困る。
でもお金を払って買ってみたい。
彼女はゴソゴソと何かを取り出した。
『じゃあ、これでおかねください』
封魔師におずおずと差し出されたのは、アイリーンが仕留めた火喰い鳥だった。
本当は封魔師へのお土産だったけど、と、アイリーンは後ろめたい気分だ。
でもきっと、これで本のお金くらいにはなるだろう……。
* * * * *
僕を食べない?
どうしてそんな事聞くのだろう。
わたしを満たすものは、星の瞬きと流星の起こす微かな風。
『たべもの、たくさんあります』
野生の果実や狩って来た獣を指して、アイリーンは首を傾げた。
指差した先には、大きな獣が血抜の為、喉を掻っ切きられ逆さまに吊るされていた。ワイルドだ。アイリーンは『ワイルド★サバイバル~なんでも食べる~』の最も忠実な読者だ。
ずっと部屋に押し込められていた子供は、アイリーン同様『食事が出来るまで』を知らず、「なんかこの人(?)あんなことしてる……」と、明らかに不審がって怯えていた。
血を滴らせぶら下がっている獣は、ちょうど子供と同じ位の大きさだったので、子供の妄想は捗った。
アイリーンは何故か震え上がっている子供の前で、淡々と獣をさばく。
美しい女が淡々と獣をさばいている姿は、謎の迫力があった。
「ひぃ……」
『うふふ』
「ひぃ……」
血みどろで微笑み掛けられ、子供は足をガクガク震わせてへたりこむ。
アイリーンは、ご飯が出来るまで大人しくお座りして待つとは出来たお子だ、と思い、「さすがラナのあかちゃん」と、誇らしい気持ちでしかなかった。
ラナにそっくりな柔らかな茶色い髪と暖かな瞳は、アイリーンの胸をラナへの郷愁で支配する。
ラナを失った切なさは目の前の子供への愛しさに上乗せされて、愛に変わる。
ようやく、ようやく、取り戻せる。
そしていつか、必ず時の妖魔を追ってこの子にラナを、ラナにこの子を取り戻させるのだ。
『もうすぐですからね、アシュレイ』
ダン、と、刃物を肉塊に打ち付けてアイリーンは力強く微笑んだ。
『もうすぐ』『次はお前だ』に見えなくも無くて、子供は泣き出した。
「いやだ……いやだ……」
『おにくきらい?』
アイリーンは驚いて、すっくと立ちあがると海へと突っ込んで行った。
魚を捕るのだ。
この子の望むものなら、なんだって。
* * * * *
それにしても、あの封魔師は本当に親切だった。
お金をたくさんくれたから、今度この子にお菓子を買いに行こう。
この子は何が好物かしら。




