遠吠え
よろしくお願いいたします。
地平線に日が沈む。
吹きすさび渦巻く風の中、狼たちが矢のみぞれの様に駆けている。
全身をバネの様に弾ませながら、打ち寄せる波しぶきに砕かれ鋭く切り立った崖っぷちまで一直線に駆けこんで、狼たちは躊躇無く崖から跳躍した。
彼らはそのまま宙を踏み込み、駆け抜ける。
逞しい背に薄い満月の光を浴びて、銀の毛皮を不敵に輝かせるその群れは、荒れ狂う海を眼下に見据え遠吠えを重ねた。
ぐるりと大海原の上空を駆け抜けて、先頭の一際大きな狼が低く唸りながら宙で止まった。
『……いない』
『いない』
『いない』
『いない』
口々に狼たちが繰り返し、毛並みを逆立てる。
『お仕舞いだ』
『我らがフェンリルも、ハティとスクォルで絶える』
後尾を走っていた小さな狼二頭が、耳を同時にピンと上げた。
『マーナガル、俺は諦めない。フェンリルは絶えたりしない』
『いや、スクォル。歌声が絶えた今、我らがフェンリルもいつしか只の狼になろう……』
スクォルと呼ばれた方の狼は、首の周りの真っ白な毛を揺すった。
その横で、黙って銀色の毛並みを風に遊ばせているのがハティだ。
スクォルが断言する。
『歌声は聞こえている』
『いや、死んだ』
『死んだ』
『死んだ』
『死んだ』
マーガナルに続いて、狼たちが言った。
スクォルは首を振って目を閉じ唸った。
『お前達は馬鹿だ』
黙っていたハティが牙を見せて唸った。
スクォルも小さいが、彼はもっと小さく、子犬程だった。
それなのに、十倍以上ある狼たちに『馬鹿』と言い放った。
『もう魔法のうたを聞けない耳になってしまったのか? それはもうフェンリルじゃない。ならば、滅びてしまうがいい』
『ハティ』
スクォルがハティを、荒ぶる皆の視線から隠す様に立った。
マーナガルと呼ばれた大きな狼は、ぐるると唸ると、『では、探し続けろ』とハティに言った。
スクォルがマーナガルに首を振る。
『一緒に探そう』
『出来ない』
『諦めないで』
『群れは、力を無くしている。これ以上地上をうろつけば、封魔師の餌食だ』
『マーナガル……』
『クソッ』
ハティは焦れてぴょんと跳ねると、駆け出した。
『スクォル! 俺は先に行く! こんな腑抜け共を相手にしてらんねぇよ!』
『ハティ!』
『良い。もはやお前達に頼るしかない、我らを許してくれ。スクォル、誇り高きフェンリルの末裔よ。お前たちには〈うた〉が聞こえると言う。……ならば、連れて来ておくれ』
『……わかった』
完全に明るみを湛えた満月の光の中で、宙に群れる狼から二頭の小さな影が、ヒュッと駆け出した。
マーナガルは二頭に遠吠えを贈る。
他の狼たちも、一様に遠吠えを二頭に贈った。
もう見えない別々の先から、二頭の遠吠えが返って来た。
恋愛ファンタジーです。