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マリオネットより花束を

作者: 睦月計時

本作品は演劇の脚本です。

小説ではありません。


しかし、ジャンルは童話にしてあります。

劇っていうものをもっと色んな人に知っていただきたいからです。


まあ、小説じゃないと読まないという方は、ブラウザバックしていただいても構いません


※本作品にはいくつか専門用語があります。


下手:観客席側から見て、左手のこと


上手:観客席側から見て、右手のこと


中割:舞台横を大体、真ん中に仕切る幕のこと


はける:舞台袖に行くこと


→他に分からない語句があれば、ご連絡いただけると嬉しいです。


  〜登場人物〜


水谷零華(みずたにれいか)

(さち)

大原切人(おおはらきりと)

・母

・セールスマン【久本百合(ひさもとゆり)

・霊媒師【近藤さえ(こんどうさえ)】


【シーン・一】


 音楽。

 緞帳上がる。

 明転。

 下手側より雛壇などが置かれている。

 上手側は玄関であろうドア、下にはカーペットが敷かれている。

 その他、部屋にありそうな物が置かれている。

 中割より後ろは平台、中央には階段らしき物があり、平台とつながっている。

 その後ろには一ピースだけが大きく欠けている巨大なパズル系の絵が吊されている。

 舞台上には中央に零華、適当な位置に切人、セールス、霊媒師がいる。

 しかしここでの切人、セールス、霊媒師の三人は実際の存在ではなく、零華が作り出した存在である。


切人「いやー君は天才だ! 高校生でこんな作品が書けるなんて! うん、本当にすごいよ!」


零華「そうですか、ありがとうございます」


セールス「あなた何だか寂しそうな顔してますね〜。そんなあなたにピッタリなこの商品! どうですか!?」


零華「勝手にして下さい」


霊媒師「きゃー! あの人かっこいい!」


セールス「え、誰?」


霊媒師「ほらあそこにいる人」


セールス「(どこにいるのかと探すような動作をし)本当だ!」


霊媒師「ね? かっこいいでしょ」


セールス「うん」


霊媒師「そうでしょー。あっ、あのさあのさー」


セールス「○○ちゃんどうしたのー?」


霊媒師「もしあの人にこんな告白されたら嬉しいと思わない?」


セールス「どんなー?」


 切人に焦点が集まる。


切人「なあ、今日はお前に訊いてほしいことがあるんだ。あのさ、俺達au同士だから付き合わない?」


セールス「思わない!」


 切人から焦点が外れる。


切人「な、なんだってー!」


セールス「数ある携帯会社の中で、auを選んだ時点がまず理解できないわ。私だったらdocomoにする。後、そもそもキモいっていうか……」


切人「キモいだと!? おい君反論しろ!」


霊媒師「実は私もキモいと思っていたんだよねー」


切人「ぐはっ!」


声「とどめの一撃が入ったー」


 ゴング音。


零華「くだらない」


三人「え?」


零華「何が天才よ……、告白よ……。くだらない、本当にくだらない」


三人「……」


零華「どうせそれは」


三人「そう思うのは君が進もうとしないからだろ?」


切人「ほら進めよ」


セールス「進もうよ」


霊媒師「進みなさい」


 三人、「進め」と言い始める。

 その言葉は零華に纏わりつき次第に強いものに零華は感じる。


零華「あの……あの世界はいつからこうなったの! 進み続けて何があるって言うの? 必死になってもがいて、手を伸ばして、何もなかったら何の意味もないじゃない! ただ辛くて苦しいだけ……。そうただ辛くて苦しいだけ……。これから私はどうすればいいの……。誰か教えてよ。ねぇ教えてよ! ……はは、誰も教えてくれよね。じゃあ、ずっとこの世界に留まり続けたっていいよね? 少なくともあの世界にいるよりはマシよね。管下されないこの世界なら……許されないのかな?」


 三人は何やらぼそぼそと言い合っている。


零華「いいや、それを許されるはずよ。だから留まり続けることのどこが悪いっていうの? 私はずっとここに……ここにいたいの!」


 中央にある階段らしき物の壇上に焦点が集まるようにする。

 そこにはいつの間にか現れた幸、母の二人がいる。

 零華、その壇上に向かっていき手を伸ばそうとする。

 切人、セールス、霊媒師の三人がそれに気付き、零華を止めようとしたところで暗転。

 中割が、階段らしき物の所まで閉まる。


【シーン・二】


 インターホンの音。

 明転。

 舞台は零華の家の部屋である。

 舞台上には零華がいる。

 再びインターホンの音。


零華「……んーさっきからうるさいなー」


 零華、嫌々ながらドアを開ける。

 切人、何食わぬ顔で土足で部屋に入る。


切人「よっ!(変なポーズ)」


零華「……土足で上がらないでよ、大原」


切人「(自分の足元を見)うわっヤベっ! あ~どうしようどうしよう」


 切人、部屋中を走り回る。


零華「土足で上がるな土足で上がるな土足で上ーがーるーなー!!」


切人「ごめんなさい!」


零華「今すぐ靴脱いで! その場で脱いで! そして玄関に行って!」


 切人、零華に従う。

 零華、ドアを開けるとジェスチャーで部屋の外に出ろとやる。

 これまた切人、零華に従う。


零華「じゃあね」


切人「じゃあねー」


零華「……ふぅ」


 インターホンの音。


切人「おい零華いるんだろー? ドアを開けてくれよー」


零華「……」


切人「あぁなんて可哀想な零華。そんな彼女に向けて送ります。作詞・作曲、大原切人『俺の叫び』。♪どうしてお前はこんな所にー。こんな所にー。い~る~ん~だ~。早くーそのドアを開けてくれえええええ! ほぉい!(的な感じで歌う)」


 零華、だんだんとイライラしてきて、ついに堪えきれなくなったのかドアを開ける。


零華「あー分かったわよ! だから今すぐその変な歌を止めて!」


切人「本当か!?」


零華「止めてくれたらね。ただし、次土足で上がったら出禁ね」


切人「オッケー」


零華「絶対分かってないよね」


 切人、土足で部屋に入る。


切人「(前の零華の言葉を無視して)厳しい外の世界へと出ることを決心した零華はついに社会復帰を果たした! わーおめでとー!」


零華「ねぇ足元」


切人「(零華の言葉を無視して)世界中のみんなもわー!!」


 零華、切人を引っ張る。


切人「わざとじゃないんだよー許してくれよー」


 零華、切人を放す。


零華「はあ、分かったからとりあえず靴脱いで」


 切人、零華の言葉に従う。


零華「で、今日は何の用?」


切人「この格好! 加えてこのルックス! 何だか分からないか?」


零華「分からない」

切人「分からないか!?」


零華「ただのおっさん?」


切人「おっさんだなんて言わないでくれよー。これでも俺はまだ若いんだぞ」


零華「……」


切人「その無言はなんだよ」


零華「別に」


切人「で、いい加減分かったかなー?」


零華「考えてもなかった」


切人「な、何だと!? とんだ伏兵だ。俺へのメンタル的ダメージがあああああ!」


零華「えっとーじゃあ……浪人生?」


切人「浪人生だなんて言うなよ。不吉だぞ。少なくともその言葉に脅えてる受験生達が……。でも彼らは逃げない! その先にある栄光のゴールに向かって! 俺はそんな彼らを心の底から応援している! 負けるな受験生! ファイトだ受験生! 君達なら必ず出来る!」


零華「途中からキャラが掴めないんだけど」


切人「悪い悪い。つい熱くなっちゃって。んとまぁ答えを言うよ」


零華「やっとか」


切人「だってお前が真面目に答えないからだろ〜」


零華「はいはい」


切人「答えは零華の担当です!」


零華「はい?」


切人「(手を差し出して)原稿」


零華「……あー出来てるよ。ごめんね、なかなか分からなくて」


切人「良いってことよ!」


零華「……」


 零華、どこからか原稿を取り出してそれを切人に渡す。


切人「ありがと。にしても本当に偶然だよなー。俺がお前の担当になるなんて!」


零華「最悪な偶然だよね」


切人「そんなこと言うなよー。まぁ良いじゃないか、お前の作品を一番理解してるのは俺のはずだからな」


零華「すごい自信だね」


切人「だって親友だろ?」


零華「え?」


切人「ん?」


零華「いつから親友になったの?」


切人「どゆこと?」


零華「そもそも親友以前にいつから友達になったの?」


切人「……おいおいボケちゃったのかなー? 俺達は、お…………いや、高校の時だろ……?」


零華「私はなった覚えがない」


切人「(零華の言葉を無視して)あの時は全身が痺れるような衝撃を受けたよ! お前のデビュー作『パズル』には! それまで自分が否定されるようだった。『青春を謳歌している奴はただの愚かな者にすぎない。実体性のない虚構に手を伸ばし、足掻いても所詮、得られる幸せは脆く崩れやすいもの……』この言葉を始めとしてな! そして、どうやら俺はその作者と同じ学校であることが分かった。その時から俺と零華は友達になった!」


零華「なってない!」


切人「俺とお前話してたしー」


零華「何それ初めて知ったんだけど」


切人「だったら担当と作家! これで良いな!?」


零華「嫌なんだけど」


切人「じゃあどうすれば良いんだよ〜」


零華「知らない」


 どこからか二人から隠れているつもりの幸が入ってくる。

 切人は幸の存在に気付くが、あえて口に出さない。


切人「……はあ、とりあえず原稿読ましてもらうよ」


 切人、原稿を読み始める。すると少し読んだところで切人の読む手が止まる。


切人「……なぁ零華。何かあった?」


零華「何も無いけど?」


切人「ふーんそうか。なら原稿もらってくわ」


 切人、ドアを開けて部屋を出るが、はけないでそこにいる。


零華「もう出てきていいよ」


幸「はい!」


零華「って幸……そこにいたの?」


幸「はい!」


零華「まさかバレてないよね? たぶん大丈夫なはずよ。きっとバレてないはず」


 切人、ジェスチャーで『バレてますよー』とアピール。


幸「バレる?」


零華「さっき人がいたでしょ?」


幸「あー」


零華「それより何であそこにいたの?」


幸「身体が勝手に」


零華「何それ……」


幸「声が聞こえたんです」


零華「私達の?」


幸「いえ、何ていうか悲しい声でした。『こっちよこっち。あなたを鍵として錆びきった歯車が再び動き出すのよ。いつまでも私も声が届けられない。いずれ時はやってくるから」って。無視することも抗うことも出来ませんでした。だから」


零華「分かったわ。で、いつからあそこにいたの?」


幸「えっと」


切人「大原切人だよ!」


 切人、ドアを開けて部屋に入ってくる。


切人「ふふふ、この耳は全部聞いてたさ。さぁ零華、この子のことをじっくり聞かせてもらおうか」


零華「やっぱりバレてたあああああ!」


 照明、変わる。

 RADWIMPSの『有心論』が流れる。

 ここからダンスが始まる。

 母、セールス、霊媒師が入ってくる。

 六人、踊り出す。

 一サビが終わりそうなところで零華、舞台中央で止まる。

 零華、手を前に差し出す。

 それと同時に音楽、CO。

 母、セールス、霊媒師はける。

 三人がはけたらすぐに照明、戻る。

切人「さぁ始めようか」


 切人、手をたたく。

 すると、刑事ドラマっぽい音楽が流れる。


切人「あなたの名前は水谷零華さんですよね?」


零華「突然何よ」


切人「私は刑事の大原です」


零華「刑事の大原さんが私に何の用で?」


切人「(咳払いして)あなたはこちらの女性とどういう御関係でありますか?」


零華「知らない」


切人「シラを切る気か! この私にそんな戯言が通用するとでも思ってるのか! まぁいい、重要な証拠もあるわけだしな」


 切人に焦点が集まる。


切人「いやーもう本当に驚きだったんです! あいつの家のドアを開けた時、そこには知らない女性が……何かあるんじゃないかと薄々思ってたんだけど、予想を上回る衝撃だったね! 愛犬のトミーも『ワォーン!』と言って走り去ってしまったんです! それからもう五日経っている……。まさに玉ゲッツ!」


 切人から焦点が外れる。


切人「もし手がかりなどありましたら090……ちょ、ちょい、何で照明が消えてくんだ? え? え?」


 照明、元に戻る。


切人「こんなに重要な証拠があるんだぞ!」


零華「どうせあなたが脚色したんでしょ?」


切人「ナゼバレタ」


零華「頭からケツまで」


切人「時にだ! そちらの方!」


幸「私ですか?」


切人「うむ。知らない女性とはあなたのことなんだが、名前は何と言って、零華とどういう関係なんだ!?」


幸「ち、近いです……」


切人「すまない」


幸「いやいや。それで名前はー幸。幸です。零華さんとは……(零華の方を見)かくかくしかじかです!」


切人「んーなるほど。(腕時計を見)おっと、時間のようだ。というわけでシーユーアゲイン!(決めポーズ)」


 切人、ドアを開けて部屋から出る。


幸「なかなか個性的な方ですね」


零華「異常なほどにね」


幸「あ、私。ガーベラの手入れしてきます」


零華「ガーベラか。ガーベラね……」


幸「どうしましたか?」


零華「いや、なんでも。行ってらっしゃい」


幸「はぁ」


 幸、はける。

 零華、ポケットからお守りを取り出す。

 そして、そのお守りを握り潰す。


零華「私はガーベラが嫌いだ」


【シーン・三】


 零華に焦点が集まる。

 それ以外の照明は暗転。

 音楽。

 舞台は昔の零華の家である。

 母、入ってきて、下手で止まる。


零華「私のお母さんはいつも働いていた。休んでいるところを見たことがなかった。私が小さい頃からお父さんに亡くなって女一人で私を育ててくれた。私が何か手伝おうか? って言うと、決まってお母さんは『いいのよ』と笑顔が返してくれた。きっと私はその言葉に甘えていた……」


 零華がセリフを言い始めると母にも焦点が集まる。

 母はずっと働いている感じを出す。

 母は零華のセリフに合わせた動きをする。


零華「そしてある日……」


 照明、変わる。


零華「お母さんのお父さんってどんな人だったの?」


母「えっ!? そうだねー落ち着きのない人だったかな。好奇心旺盛で思い立ったら色んなところに行って……」


 母、急に顔が暗くなるが、すぐに戻る。


母「とにかくとーっても素敵な人だったわよ」


零華「へーそうなんだ」


母「でも、どうして突然お父さんのことを?」


零華「何となくだよー」


母「さては何か隠してるなー。お母さんに言いなさーい」


零華「はは止めてってば。ただ好きって何なのかなーって」


母「零華も年頃ねー。んー私は前に立ってどこにいても引っ張ってくれそうだったからお父さんを好きになったかな」


零華「引っ張ってくれる……」


母「困ってり時に私の座標になって光輝いてくれたりね。まるで北極星のように」


零華「私の前にも現れるかな?」


母「いるいる! ほら、幼馴染のあの子とか!」


零華「私じゃ無理だよー」


母「行動を起こす前に無理だって決めつけないこと。結果がどうなるかなんて誰にも分かんないもん。だから何も得られなくたってとりあえずやってみないと!」


零華「いつかちゃんと考えるよ」


母「もたもたしてたら他の子に取られるよー」


零華「取られないよ!」


母「え?」


零華「え?」


母「言うじゃない零華。よし、じゃあ私からお守りをあげよう!」


 母、零華にお守りを渡す。

 零華、その中に何が入っているものを見る。


零華「中に入ってるのは何?」


母「ガーベラって花の造花。零華には立ち止まらずに前を向いて生きてほしい! っていうお母さんの想いが籠もっているのよ」


零華「お母さんありがとう」


 零華のみに焦点が集まる。

 周りの照明は少し暗めになる。

 母、ストップモーション。


零華「……どうして私はまだこんなものを持っているんだろう……。この世界に来てまで……。捨てたいのに捨てられない……。どうして! どうしてなの!」


 暗転。

 母、はける。


【シーン・四】


 明転。

 舞台は零華の家の部屋である。

 舞台上には零華がいる。


零華「幸ー」


幸「(舞台袖から)はいただいまーってうわっ!」


零華「え?」


 幸、入ってくる。


幸「こけてご飯をこぼしました……」


零華「片付けは私がやっておくから幸は休んでて」


幸「すみません」


 零華、はける。

 インターホンの音。


幸「はーい」


 幸、ドアを開ける。


切人「お邪魔しまーす」


 切人、部屋に入る。


切人「って土足は駄目だったんだっけ?」


幸「あ、それはご都合主義ってやつでー。とにかく土足でも大丈夫ですよ」


切人「さっちゃんそういうことはオフレコで」


幸「あ!(慌てて口を閉じる)」


切人「今頃どっかの誰かさんがこんな顔してると思うよ。な、○○(演出の人の名前とか)」


幸「ソーリー、ソーリー、ソーリー、ウォーリー、うぉーりー」


切人「おーいさっちゃーん? ……にしても、もう一週間も経つんだね……」


幸「はい」


切人「時間の流れというのは本当に早いな……」


幸「確かにそうですね」


 少しの沈黙。


切人「あのさ、さっちゃん。零華と一緒にいて辛いって思うことない?」


幸「え?」


切人「いや別にそう大したことじゃないよ。やっぱ止めとくわ」


幸「気になるじゃないですかー」


切人「あれだよ! あれ」


幸「何か困ることでも?」


切人「……」


 電話の音。


切人「俺が取るよ! (受話器を取り)はいもしもしー。はい、こちらは水谷零華のお宅ですが……。あっ、あなたでしたかー。申し遅れました、私が依頼人の大原切人です。えっと……はい、んーまだ出ようとしないですねー。はい、はい……え、今日ですか? 分かりました。ありがとうございます!」


幸「誰からの電話だったんですか?」


切人「た、ただのセールスの電話だよ!」


幸「でも依頼人って」


切人「……じゃあちょっと場所を変えようか……」


幸「分かりました」


切人「零華ー。少しさっちゃんと話がしたいからかりてくねー」


零華「(舞台袖から)あーもし幸に変なことでもしたら」


 言葉で言い表せない感じのひどい音。


切人「何もしねーよ!」


 照明、変わる。

 中割、開く。

 幸、切人は平台上へと行く。

 舞台は河川敷である。


切人「さっちゃんはさ、零華のデビュー作『パズル』を読んだことはあるかい?」


幸「ありません」


切人「そっか。小説っていうものはさ、いや小説に限らず人の手が関わるものは全て、知らず知らずの内に自分の気持ちが入るんだと俺は思ってる。描写一つ取ってみても自分が普段言えない叫びとかが表せる。その中でもあいつの小説はズバ抜けて強いんだ。」


幸「……はぁ」


切人「『パズル』の中での主人公はあいつ自身だよ。救いようのない酷いっていうか……いや、あいつの方がひどいか。とにかくあいつは、ここにはいないんだよ。止まったままの世界で生きているっていうか、変えようのない事実を隠し続けて……」


 幸、言葉にしようとするが出来ない。


切人「けどさ、これだけは分かるんだ。あいつの気持ちは変わっている。さっちゃんがいるからかな? うん、きっとそうだ。だからさっちゃんになら分かると思うんだ」


幸「……もしかしたらそれが私の、」


切人「役目?」


 短い沈黙。


切人「……ごめん。今のは忘れてくれ」


幸「……」


切人「いきなりこんな話するなんて俺どうかしてるよなー」


幸「……」


切人「笑ってもいいんだよ、別に?」


幸「笑えませんよ」


切人「ありがと」


 再び沈黙。

 しばしの間、川の水が流れる音など、周りの音だけになる。


幸「……切人さんは零華のこと、よく見てるんですね」


切人「……そりゃーまぁ担当だしーははははは」


幸「あの」


切人「ん?」


幸「切人さんはどうして嘘をつくんですか?」


切人「嘘? はは、そんなのついてないさ」


幸「切人さんの本当の職業は何ですか?」


切人「突然どうしたの」


幸「本当の職業は?」


切人「零華の担当だって」


幸「切人さんと零華さんの関係は?」


切人「高校からの付き合い」


幸「さっきの電話は一体誰からなんですか?」


切人「近所の知り合いのそのまた知り合いの友達」


幸「ふざけないで下さい」


切人「いや本当に近所の知り合いのそのまた知り合いの友達からだって。あいつさー敬語使わないと『おい、全くもってけしくりからんなー』って言うし、挙げ句の果てには『俺の宿題はやったか?』とドヤ顔で言ってくるんだぜ!」


幸「…………なんで切人さんは……切人さんは嘘をつくんですか!」


切人「……」


幸「きっと切人さんは色々なことに気付いているはずです。なのに言わない。本当のことを教えて下さいよ」


切人「……」


幸「切人さん、あなたは一体何者なんですか?」


切人「…………幼馴染」


幸「……そうだったんですか」


切人「ごめん、これ以上は言えない」


幸「切人さんにも事情があるようですし、それだけで十分ですよ」


切人「ありがと……。さて、そろそろ戻ろうか」


幸「そうですね。あっ、でも先に行っててもらえますか? すぐに行くので。ここの風に少し、当たっていたいんです」


切人「じゃあ零華に問い詰められた時は、そう言っておくよ」


幸「助かります」


 切人、はける。

 間。


幸「……ッ……声……。声が聞こえる……。色々な声が混ざりあって豊かなハーモニーを作り出す。風が吹く声、水が流れる声、草と草が触れ合う声……この世界にはどうしてこんなにも美しいんだろう! あの世界では決して感じられなかった。干渉しなくなったからこそ、これらを感じることが出来なくなってしまう。何て寂しいこと……。そっちの方がずっと辛いはずなのに……(ハッとなり)さぁ帰ろう!」


 幸、切人がはけていった方向にはける。

 照明、戻る。

 中割が、階段らしき物の所まで閉まる。

 舞台は零華の家の部屋である。

 零華、入ってくる。


零華「あー遅い。せっかくご飯が出来たっていうのに、冷めちゃうじゃない。一体いつまで待たせれば気が済むの」


 インターホンの音。


零華「やっと帰ってきた」


 零華、ドアを開ける。


切人「ただいまー」


零華「遅い!」


切人「悪い悪い」


零華「幸は?」


切人「あー置いてったよ」


零華「何て薄情な人なの」


 零華、ドアの所に行こうとする。

 幸、ドアを開ける動き。


幸「ただいま」


零華「幸……」


切人「さーて観客の皆様! この後にドラマチックな展開があるとしたらどうしますか? 俺はどうかって? 俺ならこうしますね。アシスタントカモーン」


 切人、人を呼ぶ動き。しかし、誰も出てこない。


切人「……あれ、おっかしいですねー。(携帯を取り出し)あ、もしもし!? お前何で来ないんだよ! 俺言ったよね? しっかりお金も払ったよね? ……はっ!? 男のロマンを買いに行きたいからやっぱりなかったことにしろ? それじゃバイバイビー……って切りやがった。ふざけるなよ! あーもー俺がやりますよ!」


 切人、一人、妄想の世界に入る。

 照明、変わる。

 セールス、霊媒師が入ってくる。


切人「時は戦国時代! 弱い者は強い者に食われる……まさに弱肉強食の時代であった。そこにある二人の女がいた」


セールス「私達ずっ友だね」


霊媒師「だね」


声「戦国時代じゃないのかい! うおっ! 明智光秀ー!!」

切人「女の戦いは近世になるにつれて見苦しくなっていくもの! これを戦国時代とはいえないだろうか、いやいえるだろう! さて、そんなずっ友も些細なことで縁が切れてしまう。この二人は犬猿の仲にまで関係が悪くなってしまった!」


セールス「あいつ本当に女なのかしらねー」


霊媒師「男子の前だと、『私、それ好きなんだ。○○くんセンスいいね!』みたいにワントーン上げるとか発情期の犬かよ。」


 セールス、霊媒師が互いの悪口を言う。とことん言う。


切人「悪口を言いまくる二人! 何て醜い! 俺には分からない世界だ! そう思う人は、はい挙手! 挙手するんだ! ……うんうん、ありがとう。こんな争いに巻き込まれなくて本当に良かったよな……」


 母、舞台上を横切る。(変な動き)


切人「変な人が通り過ぎて行きましたが、すごくダレトクです! そして、そんな中二人は会ってしまう」


二人「ワオッ」


切人「最悪の展開だあああああ! まさに絶望のカーニヴァル」


 雷の音。


切人「見つめ合う二人! その時、一人が火蓋を切った!」


セールス「……ずっと言えなかったんだけど、私、引っ越すんだ」


霊媒師「は? 私にそれ言う必要ある?」


セールス「だって……」


霊媒師「もう友達でもないんだし」


セールス「友達じゃないなんて言わないでよ!」


霊媒師「友達じゃないのは友達じゃないって言うことのどこが悪いの?」


セールス「……たしかにあのことがあって、私達は友達じゃなくなった。私だって零華の悪口を言ったことがある。でも、それでも私は……私は……仲直りしたいんだよ! こんなままでいたくない、こんな気持ちのまま引っ越したくない! 友達いや、ずっ友のままでいたいんだよ! 零華はそんな風に思ってないかもしれないけど、それでも私は……」


切人「本音をぶつける。胸の内に抱いていた思いを全て吐き出す! 果たして思いは届くのか!」


霊媒師「今更言われても虫がよすぎるよ……」


切人「やはり届かなかったあああああ!」


二人「ちょっと大事なとこなんだから黙ってて!」


切人「あ、すみません。って、これ、俺の妄想の世界だろ!」


霊媒師「でも、私も虫がいいってことなら、今までの事、全部水に流して幸と仲直りしたい」


セールス「零華……」


霊媒師「幸……」


切人「二人は仲直りし、その後、離れていてもずっ友のままでいたとさ」


 セールス、霊媒師、手を繋ながらはける。


切人「うおおおおお! 何て感動的な話なんだー!!」


声「あんたがいなければな」


切人「ええっ!?」


 照明、戻る。

 零華、いつの間にか切人の背後に立っている。


零華「死ぬのと死ぬのどっちが良い?」


切人「それって死ぬしか選択肢ないよね?」


零華「死ぬのと死ぬのどっちが良い?」


切人「あれ、なかなか良い話だっただろ!(震え声)」


零華「死ぬのと死ぬのどっちが良い?」


切人「くっ……あれを使うしかないか。父よ、今こそ使わせていただきます。伝家の宝刀、ジャパニーズ土下座!(土下座する)」


零華「幸、ご飯食べよっか」


 零華、幸はけようとする。


切人「ちょっと待てよー」


零華「何で?」


切人「何でも」


 零華、幸はけようとする。


切人「待てよー」


零華「まだご飯食べてないから食べたいし」


切人「一日ぐらい食べなくても人間は死なん!」


零華「お腹空いたし」


切人「お前はその程度でへこたれる奴だったのか!」


零華「え?」


切人「世の中にはなぁ、腹減ってもご飯を食べずに我慢してる奴だっているんだぞ! なのにお前は……たった一回! 一回飯を食べないぐらいで……俺は見損なったよ」


零華「勝手に見損なってなよ。なら、引き留める理由」


切人「理由理由」


 零華、幸はけようとする。


切人「考えてる時に何行こうとしてんだよ!」


零華「あなたの相手をするのが疲れる」


切人「随分とストレートだな」


零華「で、理由は?」


切人「んーと……あっ、そうだ! あのさ零華、さっちゃんがお前のデビュー作『パズル』を読んだことないんだってさ。だからさっちゃんにあげてもいいか?」


零華「……」


切人「いい?」


零華「……駄目よ」


切人「どうしてだよ」


零華「とにかく駄目よ」


切人「……じゃあさっちゃんにあげるね」


零華「駄目だって言ってるでしょ!」


切人「……」


零華「絶対に嫌よ。幸にだけは読まれたくないの」


切人「理由は?」


零華「理由なんてない」


切人「理由がなかったらいいじゃないか」


零華「とにかく嫌なの」


切人「はっきり言えよ」


零華「嫌」


切人「お前が言わなきゃ何も分からないだろ!」


零華「嫌!」


切人「……どうしてお前は、俺に教えてくれないんだよ。俺ってそこまで頼りない奴に見えるのか? それともここにさっちゃんがいるからか?」


幸「邪魔であれば私は、この場から消えますね」


 零華、幸の『消えますね』という言葉に激しい反応を示す。


零華「消えないでよ!!」


幸「……」


零華「消えるのだけは止めて」


幸「……零華さん?」


切人「零華……」


幸「私、席を外すだけですよ?」


零華「消えるなんて言わないでよ!!」


 短い沈黙。


切人「……お前、怖いんだろ」


零華「……」


切人「さっちゃんという存在に自分が知られることで、ひょっとしたら別れが来るかもしれない。でもな、零華……。別れっていうのはいつか来るもんなんだよ。大事なのはそれを受け止め、前を向いて進んでいくかなんだよ!」


零華「……帰ってよ」


切人「……そうか。でも、さっちゃんは連れてくよ。(幸の手を引き)行くよ」


 インターホンの音。

 切人、ドアを開ける。


セールス「こんにちはー!」


切人・幸「こんにちは」


 セールス、部屋に入る。


セールス「おやおや? これはもしかして修羅場というやつですかな? 私、ちょっと微妙な時に来ちゃったかもなー。ま、いっか! しかし、まぁ昼ドラみたいな臭いがプンプンしてますね、ここ。まさにドロドロの愛・憎・劇!」


切人「あのーあなたは?」


セールス「おっと紹介が遅れましたぬ。私、セールスマンの久本百合でーす! ルックス抜群☆ コミュ力最高☆ これぞセールスマンの鏡!」


切人「……詐欺師ですか?」


セールス「さ、詐欺師だなんて、あははははは」


幸「明らかに怪しいですよね」


切人「あんなに動揺してるしね」


セールス「で、今回お伺いさせてもらったのはこの」


切人「帰って下さい」


セールス「ちょっとちょっと! 話も聞かないで何よ! そんな男は嫌われるゾ☆」


切人「いやあなたに言われても説得力というものをまるで感じないんですが」


セールス「もしたまたま通りかかったというのでも?」


切人「帰って下さい」


セールス「何でそうなるのよー! 前回、商品を買ったからこうしてまたお伺いさせてもらってるんでしょ!」


切人・幸「え?」


セールス「え?」


切人・幸「商品を買った?」


セールス「そうよ」


切人・幸「えー!!」


セールス「そこにいる子がね」


 切人・幸の方を向く。


切人「ちなみに何を買ったんですか?」


セールス「人形よ」


切人「人形……」


幸「……」


セールス「とぅるるるっるるー。『自分で作ってポン!』三千九百円。ね? お得な商品でしょ?」


切人「たしかに」


セールス「私は真っ当なセールスマンなんです。えっへん」


幸「やっぱり分からない……」


セールス「何? 私が真っ当なセールスマンなのがそんなに可笑しいわけ?」


幸「後少しで分かるはずなのに、何かが足らない……」


セールス「私はミステリアスガールですからねー」


切人「さっちゃん?」


セールス「あ、私のことじゃないんだー」


切人「空気読んで下さい!」


セールス「ごめんねー私、KYなもんで。んとまぁ私は、水谷零華さんに用があるからあなた達は邪魔しないでね」


 インターホンの音。


切人「今度は何なんだよ!」


 切人、ドアを開ける。


霊媒師「不思議だ……。どうやらこの部屋は、周りと空気が違うようね……」


 霊媒師、部屋に入る。


切人「近藤さん!」


霊媒師「ん……あっ、あー! あなたが依頼人の大原切人くんね」


切人「はい!」


霊媒師「そしてこの子が水谷零華さんね……。(セールスを突き飛ばす)」


セールス「いったぁ。ちょっとあなた何すんのよ!」


霊媒師「近付くでない! この子には強い因果が取り憑いてる!」


セールス「私には関係ないわ! 営業妨害よ、営業妨害!」


霊媒師「ひぇー! なんて恐ろしい人だ」


幸「あの……近藤さん、でしたっけ?」


霊媒師「何でしょう? 私はたしかに近藤であるぞ」


セールス「それより突き飛ばした礼をしなさいよ!」


幸「……私は幸って言います」


霊媒師「これはどうもご丁寧に」


セールス「分かればいいのよ。(零華の所に戻る)」


霊媒師「近藤さえよ。それにしてもあなたは妙なオーラの持ち主のようね……」


幸「え?」


霊媒師「……いえなんでもないわ」


切人「それより近藤さん、どうにか出来そうですか?」


幸「どうにかって?」


切人「……」


幸「切人さん!」


霊媒師「……無理ね」


切人「そうですか……」


幸「何が無理なんですか! 教えて下さい!」


切人「近藤さん教えちゃ駄目ですよ!」


幸「どうしてですか!?」


切人「さっちゃんが希望だからだよ!」


セールス「あのーあんた達さっきからうるさいんでけど! 悪いけど、邪魔しないでくれる?」


切人・幸「邪魔はあなたの方ですよ!」


 セールス、驚愕の表情。


切人「とにかくさっちゃんが希望なんだ!」


幸「希望……」


セールス「それにしても、私空気になってない!?」


切人「(咳払いして)でも、そこまで言うなら分かったよ。話が二転三転してますけど、近藤さん。やっぱり無理だと思う理由を教えてほしいです」


霊媒師「そうかそうか。んと……この子の因果はどんな霊媒師でも解けぬ!」


セールス「本当にそうなのかしらねー?」


霊媒師「あら空気さん、異論でも?」


セールス「あなたが似非な霊媒師なだけじゃないのー? 所詮は格好だけの霊媒師ね」


霊媒師「な、なんですって!」


セールス「そうやって突っかかってくるってことは」


霊媒師「言っておくけど私の力は本物よ」


セールス「じゃあやってみせてよ」


霊媒師「そんなに言うなら空気さんのことを当てましょう!」


セールス「いいでしょう」


霊媒師「はあああああ!」


セールス「気合いだけね」


 霊媒師、セールスに耳打ちする。

 セールス、落胆する。


切人「久本さん?」


セールス「な、何よ! 笑うなら笑いなさいよ!」


切人「いや笑わないんですけど、その、零華に商品を売り込むんじゃなかったんですか?」


セールス「はっ!」


霊媒師「時に切人くん。私にはその因果に霧がかかっているようで、よく見えんのだ。それで心当たりとかはないのかね?」


切人「……」


霊媒師「あるなら教えてくれんか?」


切人「……ありません」


霊媒師「私の前で嘘をつくではないわ! そうやって嘘で自分を塗り固めていると、いつか大切な物を失うぞ!」


切人「……」


セールス「もーなんなのよ! 私がこんだけ熱く言っても無視無視無視! この子はどうしてこんなにも荒んでしまったの……」


霊媒師「その口を閉じぬか!」


セールス「出来ませーん。思ったことがそのまま口に出る性分ですからねー」


切人「KYにも限度があると思いますよ?」


セールス「ふん! 言い負かされていた人が何よ偉そうに。それと私は、言いたいことを我慢するより、言った方がよっぽど良いと思うけど?」


切人「それにしたって」


セールス「あれこれと気を遣うより正直で! どんなに惨めだっていい、とにかく弾丸のように真っ直ぐ進み続けて、思ってることをひたすらに言う! みたいな?」


切人「……」


セールス「嘘をつくってのはつけばつくほど、後に刃となって自分の身に突き刺さるのよ。そうなるのは嫌だと思わない? 私、さっきこの人に言われたのよ。『今まで本音を言わなくて後悔したことがあったから、そうなったんでしょ?』って」


霊媒師「……言ったわね」


切人「……」


セールス「だから、別に私はKYと言われてもいい。言わずに後悔だけは絶対にしたくないから!」


霊媒師「……あなたのこと見誤っていたわ……あなた、しっかりと自分の考えを貫く強い人ね」


セールス「えーそう? 照れるなー」


幸「とても素晴らしいことを言う人ですね」


セールス「やめてやめてー」


切人「……あなためちゃくちゃな人だと思ってたんですけど、今はとてもかっこいいです」


セールス「きゃー! 照れ死ぬー!」


切人・幸・霊媒師「調子に乗らないで下さい!」


 セールス、驚愕の表情。


霊媒師「それで心当たりとは何なのかね?」


セールス「今の流れ的に、あれはおかしいんじゃないのかなー?」


切人「……お母さんだと思います」


セールス「お母さんって誰の?」


切人「……零華です」


セールス「へーお母さんと揉め事とかあったのかなー?」


霊媒師「んん!? 見えてきたぞ……なるほどな。(幸の方を見)……だからこの子がいるのね」


幸「私ですか?」


霊媒師「今こう言われて何か感じない?」


幸「……」


切人「俺が思うに、さっちゃんは零華の」


零華「うわああああああああああ!! 出てって! みんな出てって! 出てってよ!」


 四人、零華に追いやられる。

 暗転。


【シーン・五】


 母、入ってきて下手で止まる。

 母に焦点が集まる。

 舞台は昔の零華の家である。

 音楽。

 母はずっと働いている感じを出す。

 照明変わる。


零華「ねぇ、お母さん」


母「なあに?」


零華「話があるの」


母「改まっちゃって何よー」


零華「あのね」


母「うん」


零華「私」


 着メロ。


零華「もーこんな時に誰ー」


母「お母さん分かっちゃったぞ! なるほどー彼氏だね、彼氏を家に呼びたいと」


零華「そんなわけない!」


母「いいのよテレなくて。今日はすごい料理を作らなきゃ!」


零華「だから違うって!」


母「冗談よ」


零華「全く……。で、えっとね……私、バイトがしたいの」


母「え?」


零華「バイトがしたい」


母「バイトねー」


零華「お母さん、バイトしていい?」


母「どうしてそう思うの?」


零華「お母さんの力になりたいから。前にお母さん言ったじゃない、前を向いて生きてほしいって」


 零華、ポケットからお守りを取り出す。


零華「この中にはガーベラって花の造花が入ってて、私、そのガーベラが持つ意味を調べたのよ。中に入ってたのは赤色だった。赤色の持つ意味は燃える神秘の愛、常に前進、チャレンジ……。私、チャレンジしたいのよ!」


母「……気持ちだけ受け取っておくわ」


零華「どうして気持ちだけ」


母「とりあえずこの話はお終い!」


零華「どうして!」


母「零華はうちのお金のことが心配だから、バイトがしたいって言ったんでしょ?」


零華「……」


母「それはお母さんが頑張ればいいだけのこと」


零華「でも」


母「だから零華は心配しないで」


零華「でもそれじゃあ……お母さんは大変じゃないの!」


母「私はいいのよ。代わりに零華は勉強頑張ってね。私は零華が勉強している姿が一番好きだから!」


零華「……」


母「本当に心配しなくていいから!」


零華「お母さん」


母「ん?」


零華「バイトがやりたいとかもう言わないから、お願い。これ以上仕事を増やさないでね」


母「分かった、約束ね」


 零華に焦点当たる。

 母、ストップモーション。


零華「でもやっぱり私は、お母さんの力になりたい……」


 暗転。

 母、はける。


【シーン・六】


 中割、開く。

 明転。

 舞台は河川敷である。

 切人、幸、平台上に入ってくる。



切人「さっちゃん」


幸「どうしましたか?」


 切人、『パズル』を取り出す。


切人「これ……」


幸「でもこれは……」


切人「零華が嫌だから何だって言うんだ! ……頼む、受け取ってくれ」


幸「……」


切人「俺はもうさっちゃんに対しても、零華に対しても嘘をつきたくない……。この本にはさっちゃんと繋がる何かがあるはずなんだ! 前からそう思ってたんだ。でも、見えない恐怖という壁が俺を怖じ気づかせて……。更に遠くに零華が言ってしまうようで……」


 間。


幸「……分かりました」


 幸、『パズル』を受け取る。すると、幸は何かを感じる。


切人「どうしたの?」


幸「やっと……やっと、埋まりました……」


切人「……そうか」


幸「さぁ切人さん! 零華さんの所に戻りましょう!」


切人「あぁ!」


 二人、来た方向へと走ってはける。

 照明、変わる。


【シーン・七】


 母、入ってきて下手で止まる。

 中割が、階段らしき物の所まで閉まる。

 舞台は昔の零華の家である。

 音楽。

 母に焦点当たる。

 母はずっと働いている感じを出す。

 照明、変わる。

 零華、入ってくる。が、すごく疲れている様子である。


母「零華!」


零華「ただいま……」


母「どうしてこんなに遅くなったの!」


零華「……」


母「お母さんとの約束を破ったのね。バイトしたんでしょ」


零華「だって我慢出来ないよ! お母さんは休む間もなく働いているのに、自分は何もしないなんて……」


母「前にも言ったじゃない。勉強をしてくれればそれでいいって」


零華「耐えきれないよ! だから約束破ってでもバイトしたんだよ!」


 母、零華の頬を叩こうとするが、押しとどめる。

 そして、涙を浮かべながらへたりこむ。


母「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!! 馬鹿……。あんたって子は本当に……」


零華「ごめんなさい」


母「バイト先はどこなの?」


零華「近くのハンバーガーショップ」


母「そう。お母さんちょっと行ってくるね」


 母、走ってはける。

 暗転。

 車の音。

 車とぶつかる音。

 救急車のサイレン音。


声「水谷さん! 水谷幸さん! しっかりして下さい!!」


 中央に照明。

 その下には零華がいる。


零華「お母さんは交通事故に遭いました」


 照明、変わる。

 そこには、ベッドに寝ている母がいる。


零華「お母さん! お母さん! どうしてこんなに呼びかけてるのに、目を開けてくれないの? お母さん! ……早く目を開けて、『ただいま』って言ってよ……。お母さん答えてよ……。神様も答えてよ……。私が悪いの!? 私が約束破ったから!? だから天罰が下ったっていうの!? どうして……どうしてこうなったの? 誰か教えてよ……ねぇ! ねぇ!」


 暗転。


【シーン・八】


 明転。

 舞台は零華の家の部屋……である。

 舞台上には、零華がいる。

 幸、ドアを開けて、部屋に入る。


零華「……」


幸「……」


零華「……何で来たの?」


幸「……」


零華「何で来たの!」


幸「……」


零華「こんな私の、どうしようもない私の所に」


幸「零華さん」


零華「あなたは私の所から離れていけば、自由になれるはずでしょ!」


幸「離れられません。それは零華さんにも分かっていますよね?」


零華「そんなのあなたがそう思おうとしないからよ」


幸「……」


零華「なのにどうして」


幸「零華さんあの」


零華「(幸の言葉を無視して)私はただあなたを見ている、それだけで良かったの!」


幸「私は」


零華「それだけで良かったのに……」


幸「そういう運命だからです」


零華「……」


幸「あの私、やっと全部分かったんです」


零華「……そう」


幸「私はあなたの悲しみによって、生まれました」


 中割、開く。

 中央にある階段らしき物の上に、照明当たる。

 そこに母が入ってくる。


幸「あなたのお母さんを失った悲しみです。始め私は、ただの人形でした。感情なんてない、声も発せない、動くことも出来ない。ですが、あなたの手が私に加わりました。それによって、あなたの気持ちが私に伝わってきたんです。そして、私は感情を持ち、声を発し、動けるようになりました」


零華「……」


幸「何度でも言います、私はあなたの悲しみです。あなたが私という存在を作ったんです。自分のお母さんという忘れられないから……その代わりの存在を作って埋め合わせたんです……。それもあってか、私には、あなたのお母さんの声が聞こえてくるんです。ほら、零華さんも耳を傾けて下さい。聞こえてくるはずです」


母「零華、元気にしてる? って元気なわけないよね……。ごめんね、あなた一人だけを残して……本当にごめんね……。私いっつも零華に心配かけてたと思う」


零華「……いつも心配ばかりしてたよ」


母「うん、ごめんね。実はさ、零華がバイトするって言った時、お母さん嬉しかったんだ。たくましく成長してるなーって。もう後悔しても遅いけど、素直に受け入れれば良かったのにね。でも、何か寂しかったの。お母さんの所からどんどん離れていくようで……」


零華「だからって、全部自分で抱え込まなくてもいいんだよ!」


母「それは零華もでしょ?」


零華「え?」


母「私の子だからかもしれないけど、私にそっくり。誰にも頼らず私に囚われ続けて、いつまでも一人で悲しみに浸っている」


零華「……」


母「ごめん、そろそろお母さん行かなきゃいけないみたい……。じゃあね、零華……」


零華「待って……。待ってよ!」


 母、はける。

 母がいた所の照明が消える。


幸「……もう行ってしまわれました。さぁ零華さん。そろそろ無視せずに答えてあげたら良いんじゃないですか? 本当の声に」


 インターホンの音。


零華「反応?」


幸「とぼけないで下さい」


 インターホンの音。


幸「ほら、さっきから聞こえますよ」


 インターホンの音。


零華「私には聞こえない」


 インターホンの音。


零華「聞こえない聞こえない!」


幸「切人さんの声も聞こえてきますよ」


 切人、入ってくる。

 切人に焦点当たる。


切人「おーい零華ー。外に出てこいよー。ったく、いつまでも引きこもってんじゃねーよ、この馬鹿!」


零華「どこにも大原の声なんてしない!」


切人「そんな、何もない所にいても楽しくないだろ?」


幸「どうして答えようとしないんですか?」


零華「……」


幸「いつまで自分の殻に閉じこもってるつもりですか?」


切人「なぁ一歩踏み出そうぜ!」


幸「あなたの近くには、いつも誰がいたんですか?」


零華「……」


幸「幼馴染の切人さんですよね」


零華「……」


幸「そこを開けて受け入れましょうよ」


切人「俺さ、お前を傷つけたくなくて嘘ばかりついていた。担当でもないのに担当と言い張ってお前に近付いたりさ。けど、それじゃあいけないってことが、やっと分かったんだ。それで本当のことを言おうって。だからお前も、ちゃんと俺の言葉を聞いてほしい。穴を塞いで、聞こえないものとしてしないでほしい」


 間。


切人「……あのさ、お前の書いた『パズル』は心底すごい! って思えるんだ。どうして応募しない? 俺に見せるだけに留めておくんだ? 過信かもしれないけど、お前なら将来、小説家になれるはずなのに!」


零華「何を言ってるの……」


切人「こっちの世界は綺麗だぞ。周りの至る所に宝石がキラキラと光っているみたいだ。それなのにどうしてお前は、そっちを選ぼうとするんだ?」


零華「留まっていたいからよ」


切人「お前のお母さんがもしここにいたら、喝でもいれると思うぞ」


零華「一度翼をもがれて、空から落ちて飛べなくなった鳥は、哀れにこの泥沼に浸かってるしかないの! 私はそれと同じ……。そうすることしか出来ないの!」


切人「お前にそんな風になってほしいと、望むと思うか? 違うだろ。自分がいなくても、それを嘆き悲しんでいても、『零華は立ち上がって、立派にやってけるよ』って言うはずだろ!」


零華「うるさいうるさいうるさい!うるさい!!」


切人「一人で立ち上がれないなら、難しいなら俺がいる。俺がいるからさ! 俺が一緒になって抱えてやるよ! だからお願いだ……いい加減答えてくれよ……」


零華「止めて。もう止めて!! ……聞きたくないわ……。幸、あなたは私の味方じゃないの? これは全部あなたが聞かせてる幻聴なんでしょ? だったら今すぐ止めてよ!!」


幸「幻聴なんかじゃありません。これが、あなたがずっと聞きたかった声だからです」


零華「……」


幸「もう過去に引きづられるのは止めましょう」


零華「……前から分かってたよ。戻ってこないことぐらい」


幸「じゃあどうして私に、幸っていう名前を付けたんですか!」


零華「それは……」


幸「別れっていうのは、いつかは来るものなんですよ」


零華「……」


幸「私は別れが辛いって思えるってことは良いことだと思っています。だって楽しかった思い出や悲しい思い出があるからそう思えるんです。もし何もなかったらそう思えるわけないですよね?」


零華「……そうだね」


幸「だから、ただの人形からこうなってから私は、零華さん達との一日一日をとても大切に過ごしていました。それこそ一秒一秒噛みしめるように」


零華「何で……」


幸「別れが辛くて泣くよりそれを嬉しく、笑顔でいられるようにするために」


零華「何であなたはそう思えるのよ」


幸「どうしてでしょうね……。分かっていたから……そう思えたのですかね……ウッ……!」


 幸、突然力が抜けたかのように崩れ落ちる。


零華「幸!」


幸「……どうやら役目が終わったようですね……」


零華「嫌よ嫌よ! もう少しだけ頑張ってよ!」


幸「最後に……一つだけいいですか?」


零華「何!?」


幸「零華さん……」


零華「うん!」


幸「……ありがと……」


 幸、まるで元の人形へと戻ったかのように、ピクリとも動かなくなる。


零華「幸? ねぇ聞こえてるの、幸? 幸……幸……。幸ー!!!」


 暗転。

 幸、はける。


【シーン・九】


 人形が何処かしらに置かれる。

 切人、入ってくる。

 明転。

 舞台は、零華の家の部屋である。

 舞台上には、零華、切人がいる。

 切人、零華の原稿を読んでいる。


零華「……ど、どう?」


切人「良いと思うよ」


零華「そう!?」


切人「それにしてもよく応募する気になったな」


零華「どこらへんが良いんだ!?」


切人「スルー!?」


零華「何してるの?」


切人「……ってお前近い」


零華「!? ……ごめん」


切人「別にいいけど。タイトルはどうするんだ? 全部カタカナの『パズル』でいいか?」


零華「いや、『ぱズる』。ぱとるがひらがなで、ズがカタカナ。なんかひらがなって柔らかいイメージしない?」


切人「言われてみれば、するな」


零華「これを硬い殻を突き破って、前に進むために一歩踏み出した証にしたいんだ」


切人「お前がそう思うならいいんじゃないか?」


零華「分かった」


 間。


零華「あのね大原……いや、切人!」


切人「と、突然どうした」


零華「後で話したいことがあるの」


 中央にある階段らしきものの壇上に照明当たる。

 零華、その壇上に向かっていく。

 零華、一ピースだけが大きく欠けている巨大なパズルの絵に向かって、手を差し伸べる。

 零華の中で、その一ピースは、しっかりと埋められた。

 緞帳、下りる。






 〜終〜


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[一言] 元演劇部としては、久々に台本を読めて楽しませて頂きました! 個人的には抽象と具体の真ん中あたりで、演出のしがいのありそうな台本だなーと(せっかくなので、ちょっと現役時代を思い返して、演出担当…
[良い点] 初めて演劇の脚本を読みました。 ストーリー性として、展開が興味深かったです。 これに人の動きが加わると更に面白いものになっていくんだろうな、と上映してほしい気分です。 [気になる点] 脚本…
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