7 幻の怪獣さん出現です
私はバイトに復帰して、弟の活動停止命令も解除されました!
トラ怪獣さんのショッピングモール襲撃事件は、最初の頃こそみんな騒いだけれど、今ではすっかり日常に戻りつつある。そもそも怪獣さんが食糧になる時代ですからね!
駐車場の修復も終わり、今度の休みにはリニューアルオープンセールです。建屋はほとんど被害を受けていないはずなのに、黄色と黒の縞模様に塗り直したそうですよ。壊した張本人にあやかっちゃったんですね……。
ただでは起きない商売人の根性は素晴らしい。そのカラーリングが、ショッピングモールのコンセプトからかけ離れていってるのは、言ってはいけない事なんでしょう。どこかの優勝セールでも連日開きそうな勢いです。
最近は祖父と母もなし崩し的にですが仲直りをしはじめました。祖父はよく夕飯を食べに来るし、母も弟のヒーロー活動を黙認の姿勢です。トラ怪獣さん事件の時の活躍を大プッシュした、地道な小芝居が効いたのかな!? おじいちゃん家に戻る日も遠くないのかもしれない。
いくら家にはお手伝いに来てくれる人がいても、祖父を独り暮らしさせておくのは母だって心配だったはず。ヒーローと生活力は関係ないからなぁ……。祖父の必殺技が家庭内で役に立つのは、重い物を移動させる時くらいだし。
弟の活動停止が解除されてから、まるで弟と入れ替わるように、緋路さんが毎日放課後校門まで野菜を届けてくれて、そのまま家まで送ってくれるようになりました。
家庭菜園に続き、宅配業務も趣味の内ですかね?
学校は予防線の範囲内だからそんなに気を使ってくれなくてもいいんだけど。でも緋路さんと帰宅までの間、一緒に居られるのは嬉しい。希未と陽菜に見つかって、散々からかわれていたりもするけど。
もしかして、野菜を欲しがるがめつい子から、ちょっと親しい近所の子くらいにはランクアップしたのでしょうか。いかん、何故だか表情筋が私の言うことを聞きません。
――何だか最近良い事ばかりで嬉しい。
そして今日、弟は郊外でキジバト怪獣さんの群れを倒したそうです!
今夜のメインはキジバト怪獣さんのローストで決まりですっ。
特に右もものお肉は絶品! もも肉だけでオーブンが一杯になってしまうそのボリュームも素敵ですが、何といっても『陥没キック』と呼ばれる踵落としを決める右ももは格別の美味しさなのです! (キジバト怪獣さんに踵があるのかどうかは、突っ込んではいけないお約束ってやつです)
私は浮かれていた。スキップせんばかりのテンションだ。
だってキジバト怪獣さんは美味しいんだもんっ。
すっかりメル友となった石崎先輩から情報が入ったのは、清掃時クラスメイトと焼却炉にゴミ捨てに向かっている時だった。
先輩は、弟の観察日記が書けるくらいの勢いでメールをくれるマメな人だ。ラジオやテレビ、ネットのニュースでは分からなかった弟の活躍の詳細を聞き、その上なんと! その日手に入る食材が事前に分かるという、夕食を作る身としては嬉しい素敵仕様なのです。
学校で希未たちが、憧れの眼差しで見つめていたのも頷けると言うもの。
メール魔の祖父に気に入られるのも納得だねー!
そんな風に浮かれていたものだから、私は焼却炉の陰から近づく人影に気が付かなかった。
・・・・・・・・・・
「誘拐は犯罪です」
私は至極真面目に発言しています。目の前の男は全く意に介さず、顔の上半分を仮面で隠してスーツに包まれた足を組んで寛いでいる。
スーツに仮面! こんな状況じゃなかったら、笑い死にするくらい笑い転げるんだけどな。
停車している無駄に豪華な高級車の後部座席には、誘拐犯と二人きり。
昏倒させられた時に打たれたらしい首の後ろが痛いです。目を覚ました時点で、ドアの外に見張りが立っているのは知っている。逃げる力も無いと思われ縄すら打たれていないのは、幸運だけどその通りなので悔しい。脚力だけは自信があるから、隙さえ有ったら超全速力で逃げるのに。
……ぐうっ……我が腹時計によれば今は夕方の四時半頃とみた!
「これは犯罪などではないさ。君はこれから私の輝かしい将来の一歩に協力するんだ」
「……話が見えませんが、とりあえずロリコンさんですか?」
目の前の仮面の男は声だけしかわからないけど、私の母と同年代かそれ以上だと思う。
ロリコンの対処法って、どんなのでしょう? やっぱり立てこもり犯とかと同じで刺激しちゃいけないのかな。
「君みたいなアホな子供は好みじゃない。駒子さんがいけないんだよ、私ではなくあんな筋肉馬鹿を選ぶから。――まあ今ではどうでもいい話だがな」
まさかの展開! 駒子はうちの母の名だ。しかも筋肉馬鹿って亡くなったうちの父の事ですか? 確かに筋肉隆々で大雑把でしたけどっ。
「お母さんのストーカーですかっ!?」
思わず声に出ちゃったけど、ストーカーの対処も刺激しちゃいけないんだっけ?
「父親に似て失礼な子だな、過去の話だよ。そうなっていれば今より楽だったと言うだけの話だ。私が協会を掌握して総帥になるには現総帥の引退が必要だ。
総帥の祖父バカは有名だからね、君には少し役に立って欲しいだけさ」
祖父のジジバカはやっぱり有名なんだー。うん、知ってた!
そして一番気になることが。
「総帥になりたいってことは、あなたもヒーローなんですよね。
人質を取るなんて、ヒーローのする事じゃありません」
仮面の男は嗤ってみせる。
「ヒーローだってただの職業だ。現総帥の様に『守りたいものがあること』なんて条件を入れる方がおかしいんだよ。」
「――なら実力で総帥になればいいんじゃないですか。リコール出して、きちんと祖父と争って勝てばいいだけでしょう」
何だかあれだ、この男の相手が面倒臭くなってきた。多分空腹のせいじゃないでしょうか。
キジバト怪獣さんのお肉が遠のいていく。緋路さん、校門前で待ちぼうけさせちゃったな。もしかして心配とかしてくれてるのかな。
「それがそうもいかないんだ」
「じゃあ、これから私をどうするつもりですか?」
私の質問には答えずに、仮面の男は楽しそうに笑う。仮面から覗くその目は淀んでいるような気がして、私は寒気に襲われた。
促され車外に出ると、そこは市街からは大分離れた郊外の平野だった。
ここは予防線の外ではありませんか!
予防線は怪獣の被害を出来るだけ人類と建造物の範囲から逸らす為に、科学の粋を集めて開発された。電線のようなものが範囲内を区切るように張られているだけで、実際には何も空には無いけれど、構造としては素敵トランポリン装置だ。予防線の範囲内にはとりあえず怪獣は出現しない。範囲内に出現しそうになると、ボヨンとトランポリンで跳ねて、外周に落ちる感じ。
そうして怪獣は町から離れた開けた場所に出現するので、ここは出現率の高い場所だと思う。危ないので連れて来てもらったことは無いけれど、弟はここで怪獣さんを倒した事があるのかもしれない。
数台止まっている車両のうちの一台、トラックから檻が降ろされる。
指示を受けて動く部下たちは皆スキーマスクを付けている。すっごい妖しい強盗団って感じだ。白衣にスキーマスクの一層怪しい男が設置の指示を出している。
これが全部ヒーローだとしたら、おじいちゃん協会って大丈夫なの!? 残念過ぎて私は泣きたいよ。
「……あの檻って」
かなり頑丈そうだけど、高さは百五十センチ程度。入ったら立てないから辛そう。いえ、入らないですから!
「あの中に君と怪獣の誘導装置を入れて、検証実験を行うんだよ。
その辺に転がしておいてももったいないし、君を利用してついでに実験をしようかと思ってね。まだまだデータが足らないんだ。なに、あの檻の中で大人しくしていればすぐに終わるさ。呼び出すのは小型サイズの怪獣だから、発現警報にも引っかからない。
我々がすぐに仕留めて終りだ」
『誘導装置、検証実験』
仮面の男の言葉で思い出すのは、ショッピングモールのトラ怪獣さん。
「――まさかショッピングモールに誘導装置を置いたの? あんなに人がたくさんいる場所へ」
自分でも吃驚するくらい固い声が出た。
「ああ、あれはかなりの大成功だった。ただ第一線のヒーローが多数駆け付けてしまったので、注目されすぎてしまったがね。困ったものだよ」
仮面の男が肩をすくめると、こちらへやって来た白衣の男が話を引き継ぐ。
「誘導装置の導入は必須事項だ。人間が怪獣をコントロールするなんて素晴らしいだろう? 多数決で過半数を獲得したのに、総帥権限で却下するなんて横暴だと思わないか。草薙総帥は、今や歳のせいで正常な判断も出来ない老害だ」
「人質を取って脅すのは横暴ではないとでも?」
研究者風の白衣の男を睨みつける。
「より効率的で安全な仕事場を望むのは、我々の当然の権利だ。総帥が引退すれば装置の導入を進めて、これこそが正しく必要な行いだったと皆気づくさ。目の前に便利なものがあるのに使わないなんて、現代人として間違っていると思わないかい?」
道理が通じない仮面の男に、嫌悪感が募っていく。
「あなたは誘拐拉致監禁の罪で捕まるんだから、総帥就任も装置導入も無理でしょう」
男の口角が上がる。仮面でほとんどの表情が見えない中、強調される口元は、サーカスのピエロを思い出す。
「捕まらないよ?
君は人質じゃない、総帥にも何処にも連絡なんてしていないんだ。急な失踪の方がダメージは大きいからね。
十年前に娘婿を亡くし、五年前に妻を亡くした。そして今度は孫娘が行方不明。流石に伝説と謳われた草薙菱義でも、心が折れて引退すると思わないか?」
ぶちっと、何かが切れた気がした。私の中の怒りが恐怖や嫌悪を凌駕する。
目の前が一瞬暗くなる。
深呼吸だ……落ち着け!
まずは自分の体調と所持品をチェック。体調は首の後ろが少し痛いが他は異常なし。鞄と携帯はもちろんない。
周りには仮面の男と白衣の男、そしてスキーマスクの男達。全部で十人くらいだろうか。
場所は平野、おあつらえ向き。
最初から私を帰す気なんてなかった。
思い通りにならないから暴力に訴えて何とかしようなんて、そんなの私は認めない。
そっちがその気なら、私だって本気の力技を見せてあげましょう!
――私は突然歌い始めた。
男達はギョッとしているが、特に止めようとはしない。
歌は何でもいいのだけれど気分の問題で、双子の姉妹が蝶々怪獣を呼ぶときの歌にしてみました。雰囲気って大事だよね!
十年以上鼻歌すら口ずさんでいなかったので、めちゃくちゃだけど。
歌詞の一番を歌い切った所で変化が現れる。
一キロ前方の空間に波紋が浮かび圧縮された空気がはじける感覚を受ける。
やって来たのは幻のパンダ怪獣さんっ!
その特徴的な白黒模様と頭に聳える三本の竹の子に似た角は間違いない。お肉は極上らしいけど、獰猛なのでも有名な大怪獣だ。
見てるっ超こっち見てる! 目もとの黒い縁取りで分かりづらいけど、熱視線を感じます。
草薙円奈、伊達に獣に好かれておりません!