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6 夕食はウナギ怪獣さんです

「円ちゃんは帰りどうする? うちのサキ君が車で迎えに来てくれるんだけど、一緒に乗ってく?」


 携帯を操作してた陽菜が聞いてくる。彼氏さんは車持ちだ。

 希未はいつも一緒に帰っているから同乗決定らしい。


「んーん、大丈夫。弟が迎えに来てくれるから」


 週明けの月曜日。

 ショッピングモールにトラ怪獣さん(しかもトリプル)出現の話題で、学校内は持ちきりだった。予防線の張り直しが行われて危険は無いと発表されたものの、学校を休む生徒もいた。

 私も残念ながらバイトは封印です。シフトの組み直しで店長の頭髪が減らないか心配……。



「龍弥君て中二でしょ。いざという時どうにもならないじゃん。まあ怪獣出たら陽菜の彼氏もどうにも出来ないけどさ」


「ああん? 私のサキ君なめんなや。怪獣くらいドリフトでかわすわっ」

 希未の発言に陽菜がキレた! 一昔前のヤンキーっぽいのは何故でしょう。


「あれだよ、うちの学校のヒーロー石崎先輩! 円てばけっこう仲良しなんだから、送ってもらえばいいじゃない」

 さも閃いた! と希未が顔を近づけてくる。異様に顔が近いのは、隣のメンチ切る陽菜の視線から逃れたい為だよね。


「石崎先輩なら今日は休みだよ。ヒーローの皆さんは原因究明の為に駆り出されてるってニュースでやってなかった?」

 本当は石崎先輩本人に聞いたんだけどね。


 トラ怪獣さんをしっかり頂いた翌日。訪ねてきた先輩が私を危ない目にあわせたからと、玄関先で土下座を始めそうになって、弟と必死に止めました。そして母に見つかるという展開に。先輩、胃薬分けてくれませんか? いえ、胃は頑丈なんですが気分的に。


 もちろん母に隠し通せるはずもなく、トラ怪獣さんとの追いかけっこも龍弥のヒーロー活動も、芋づる式にばれてしまった。

 母が龍弥のヒーロー活動停止を宣言したから、今の龍弥は私限定のヒーロー。

 学校の送り迎えに弟を独り占め。わーい! おかげで私は学校を休むことを免れたので、感謝です。

 龍弥はしょぼんとしてます。『ごめんよ……お姉ちゃんが怪獣に好かれるばっかりにっ!』って小芝居したら、最近飽きたって冷たい目で言われた。熱血ヒーローなのにそんな目をしないで!?

 事件が事件なだけに、母と祖父は停戦協定を結んだようです。父娘なのに固いよ……。




 ――そしてどうしてこうなったのでしょう?

 いつものルートで下校している私の左隣は疲れた顔をした龍弥。右隣は舞雪さん。しかも彼女は私の腕をしっかりホールドしながら鼻歌が出てくるくらいにご機嫌だ。



 通学路、いつもの畑にいたのは家庭菜園の君じゃなく、スタイリッシュな妙齢の女性此花(このはな)舞雪(まゆき)さんだった。

 彼女とお兄さんは会社の同僚だった。ショッピングモールにはお仕事で来ていたそうな。でも二人とも私服っぽかった……。

 お兄さんの趣味が家庭菜園だということは舞雪さんには秘密だったらしく、彼女は大うけしてからかい過ぎて怒らせたらしい。今日は仕事で顔を出せないお兄さんに代わって、私に野菜を渡しに来たそうです。仲良しなんですね……。


「というのは建前で、私が円ちゃんに会ってみたかっただけなんだけどね~。いやー畑の場所聞き出すのに苦労したわー」

 何で私? いえ、野菜はすっごく助かるんですけどね!

 今日もつやつや美味しそうだ。なのに何故だか躊躇ってしまう。

 差し出された野菜を受け取りたい筈なのに手がワキワキする。


「あの! お兄さんのお野菜とっても美味しいので、舞雪さんも食べてみてはどうでしょう!?」

 咄嗟にそんなことを口走ってしまう。


「姉ちゃんが食い物の受け取りを躊躇した……だと!? 明日は血の雨……」


「血の雨じゃなくって、龍弥の目から血の涙じゃない?」

 笑顔で言ってみた。

 その合いの手はいらないぞ、弟よ。君の今日のおかずは一品少ないと思えっ。

 そんな私の想いが笑顔から伝わったのか、弟が慌てだす。


「ちょっとした冗談だろ? いじけんなよ姉ちゃん」


「うるさい。今日のメインはウナギ怪獣さんにしてあげるからね!」

 あの小骨が弟は苦手だ。美味しいし、冷凍して取って置き易いし私は好きなんだけどな。

 しかも市場では高級食材! 本物のうなぎだって高いんだから、当然だよね。

「何それ拷問!?」と騒ぐ弟と私を見て、舞雪さんがお腹を抱えて笑い始めた。ひーひー言ってる。うん、お兄さんが怒るのもちょっと分かるかも。


 五分経過。笑い過ぎだと思う。


「ご、ごめん。何だかツボに入って止まらなくって……」

 ようやく発作の収まった舞雪さんは、涙を人差し指で弾きながらこちらを見た。

 にっこりと微笑む。


「私とあいつ(緋路)は何でもないの。ただの同僚、腐れ縁。しかも私結婚してるしね」

 新婚よ? とウインクしながら、バッグから取り出したリングを嵌めて見せてくれる。


「いえあの、そんなつもりで野菜をお勧めしたわけじゃなく……」

 何だろうね私!? 最近の行動は意味不明すぎる。

 みっともなくって情けない。カルシウム足りないのかな? うん、そうに違いない。やっぱり夕飯はウナギ怪獣さんだね! 小骨でカルシウムゲット。


「そ~お? じゃあこの野菜はいらないのかな~。緋路がっかりするだろうな。でもいらないなら仕方ないわよね、持って帰ろうかな~」

 チラチラとこちらを見る目はこの間の猫の目だ。口元はニマニマしてるし。

 あああお野菜がっ。野菜の入った袋を目の前でふりふりする舞雪さんにつられて、思わず両手でがしっと飛びつく。これじゃ私が猫だよ!?


 でもでも名案が浮かびましたよ!


「それでは今日は我が家でお夕飯一緒に食べましょうっ。野菜も食べて頂けるし、お兄さんも悲しまない。我が家のエンゲル係数も助かる! 万事解決です」

 自信満々で言い切ったのに、弟はしゃがみこんで膝で顔を隠してる。舞雪さんはまた大笑いが止まらない。何でー!?



 ・・・・・・・・・・



 更に夕食はカオスと化しました。

 舞雪さんの旦那さんが迎えに来るので、じゃあいっしょに夕ご飯を! とお誘いしたら。


 家庭菜園の君がオプションで付いて来ました! しかもどうしておじいちゃんまで一緒!?

 お兄さんと舞雪さんの旦那さんは一緒にお仕事だったそうです。

 おじいちゃんは……外でチャイムを鳴らすタイミングをずっと見計らっていた。ヒーロー協会はこの人が総帥で大丈夫なの?


 いつもは三人の食卓がいきなり七人に。しかも我が家には胃袋ブラックホールが標準装備だというのにっ! ご飯が、ご飯が足りないよ! 母に泣き付いて、急遽麺類追加です。「急に来るな」と、祖父だけ母に怒られていた。ごめんねおじいちゃん、停戦協定で出入りできるようになったから嬉しいんだね。でもタイミング悪すぎだよ。


 ウナギ怪獣さんは蒲焼きとドジョウ鍋風を両方用意して、弟が泣いて頼むのでエビガ二怪獣さんでエビフライも作った。みんな大好きから揚げだって二キロも揚げました! もちろんお兄さんから頂いた野菜もサラダに副菜その他もろもろ大活躍だ。我が家の冷蔵庫はとっても見通し良くなった。

 乾き物とお酒類は弟が祖父と一緒にお使いです。財布はおじいちゃんなので、私は高級アイスのストロベリーを所望します!

 私と龍弥、お兄さん以外は全員酔っ払いの出来上がり。


 部屋の熱気に充てられて、外で涼んでいたらお兄さんに声を掛けられた。

 そういえばてんてこ舞いで会話もろくにしてなかったよ。


「お兄さん……。えっと、これからはお名前呼んでもいいですか?」

 舞雪さんも旦那さんの朔也(さくや)さんも『ヒロ』って呼んでた。

 便乗して呼んでみようかとも思ったけど、馴れ馴れしいと思われるのも嫌で確認してみる。


「もちろん。あー……そういえばきちんと自己紹介もしてなかったか。狭山緋路さやまひろだ」

 がしがしと頭をかいて困ったように笑うから、涼みにきたのに体温が上がった気がする。

 良かった……名前、私がうっかり聞き逃していた訳じゃなかったんですねっ。

 フルネームと漢字を教えて貰って、そんな些細な事が嬉しくてたまらない。もっと色々知りたいと思うのは何でだろう。


「もうご存知かもしれませんけど、私の名前は円奈ですよ。まどなの円の字を取ってえんってあだ名なんです。」

 このあだ名も好きだけど、緋路さんにはあだ名だけじゃなくって、きちんと名前を伝えたかった。こんな小さな事でさえ私の事を知って欲しくて。


「そうか、いい名前だな。じゃあ俺()円奈って、呼んでいい?」

 一つ心臓が跳ねた気がした。


「もちろんです! 私も緋路さんって呼びますし。でも、『俺も』って?」

 やけに強調されたけど、私を『まどな』って呼ぶのは祖父に母くらいだ。弟は『姉ちゃん』だし。ん? 今この家の中なら確率三分の一だから高確率?


「学校の先輩がそう呼ぶんだろ? 円奈さんって」

「ああ! 先輩ですね。でもそんな話しましたっけ?」

「…………この間、メールが届いてそんな話になっただろ」

 う~ん。そうでしたっけ? 首を捻っていたら「嫌か?」と聞かれたので急いで否定する。


「まさかっ! どうぞ、どうぞっ。よろしくお願いします!」

「こっちこそ宜しく」とポンポンと頭を軽く撫でられて、嬉しくて照れくさい気持ちと、子ども扱いに拗ねる気持ちが絡み合う。くすぐったくて温かい。体温上昇が止まりそうにないのですが。今日は熱帯夜予報出てたっけ!?


「この間は一方的に決めつけて悪かった。

 もし一人で買い物に行かなければならない事があったら、連絡貰えれば俺が一緒に行くから」

 ま、まさかこれは世に言うデートのお誘い!? いやいや違うただの買い物だ、落ち着こう私。

 我が友人のどちらかというと常識人寄りの方こと、陽菜さーん! 聞こえたら今すぐ私にアドバイスをっ!

 あうっ念話とかどうして人類には出来ないかなっ。


「こんなおっさんが荷物持ちじゃ嫌かもしれないけどな」

 あまりにフリーズ時間が長すぎて誤解された! 苦笑いなんて浮かべないでぇっ。


「緋路さんはおじさんなんかじゃありません! 推定年齢ですが二十代ですよね!? 大丈夫! まだまだ若人ですよ。

 そして私の方こそ制服着た小娘ですが宜しいのですか!?」

 緋路さんは絶句したあと大笑いを始めてしまった。舞雪さんの事言えないよ、これ。


「推定……年齢って! 俺が二十代じゃなかったらどうすんの? いや、二十七だけど。

 それに自分のこと小娘……ぶはっ」


「……笑い過ぎだと思います。ちなみに私は十七歳、高校二年生ですよ」

 緋路さんといい、舞雪さんといい、ツボが分からん。

 憮然とした私の顔が面白かったのか、緋路さんはさらに笑い続けた。

 その笑顔が少しだけ幼く見えて、歳が近づいた気がして嬉しかったのは秘密だ。



 祖父は迎えの車で、三人は飲まなかった緋路さんの運転で帰って行きました。

 緋路さんとはもちろん携帯の番号とアドレスを交換した。ショッピングモール襲撃の件が落ち着いてから、という事で日は決めなかったけど出掛ける約束もした。

 舞雪さんともばっちり交換しましたよ。緋路さんの恥ずかし情報とか、極秘情報とか流してくれるそうです。あとついでに旦那さんのスリーサイズも教えてくれるそうです。いりません。

 話してみたらとってもさばさばした素敵なお姉さんだった。めちゃくちゃ構ってくるけど。あの猫の目をされるとちょっぴり及び腰になる。


 ちなみにおじいちゃんが涙目で見てたけど、アドレスは教えませんよ。

 お母さんと早く完全に仲直りしてね?


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