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4 怪獣マフィンは自信作です

 今日は家庭科の調理実習です。

 既に材料とレシピは用意されているので、まぜて焼くだけ簡単マフィンの出来上がり。

 アレンジやトッピングは各自持ち寄りなので、私は丁度乾燥させて保存していた植物系怪獣アーモンドヒドラさんの爪を用意しました!

 砕いて加熱すると、アーモンドの様な風味でとっても美味だ。流通では高級食材として扱われているのだけど、砕いてしまえばアーモンドにしか見えない。オッケーです!

 ちなみに非常に残念なことに、ヒドラさんにお肉はない。植物系怪獣さんなので本体は幹なのだ。燃やすと青い炎を出しながら良い炭が出来るそうです。

 窓際二班の子達のオーブンから青い炎が上がったのは、何かのマジックだと思いたい。まさかヒドラさんの本体部分ではないですよね……。


 私達の班は希未、陽菜そして私の三人と、男子は南君と島田君で五人だ。

 極度の料理音痴もいないので滞りなく進む。各自持ち寄ったトッピングもバナナやドライフルーツ、チョコチップ、抹茶など代表的な食材だ。あえて言うなら私のヒドラさんが一番ゲテモノ……いえいえ高級食材ですからっ。余り物だったけどね。

 他の班の様子を見ると、マシュマロやもち、ウズラの卵など闇鍋と化した食材の班もある。うん、漬物は良くないと思う。試食する先生も命がけだ。

 私ももうちょっと奇をてらった怪獣さんを用意するべきだったかな。でも彼氏にプレゼント予定の陽菜に殺されます。

 特に失敗する事も無く、私達の班は順当に一人五個の分配を終えた。

 提出に行ったら先生が泣いて喜んでくれました。提出物体(あえてこう呼ぼう)には何故か科学実験の様な色合いになってしまった物もあった。ああ、やっぱり二班のマフィンにはアーモンドヒドラさんの本体が刺さっております。紛う事なき炭入りマフィン。備長炭入りとかのクッキーが存在するのだから、これもあり……なのかな。


 陽菜からラッピングバッグを分けてもらい包装する。

えんは誰かにあげる予定?」

 希未が既に三個目を咀嚼しながら聞いてくる。ここにも胃袋ブラックホールがいらっしゃいました……。その目は私の取り分を狙っているね!? 希未から身を挺してマフィンをかばうと、舌打ちが聞こえた気がするんですけど。


「家族とお世話になっている人と、そしてもちろん家庭菜園の君!」

「か、家庭菜園の……君?」

 南君が聞き返してきた。

「うん! いつも下校途中にお野菜をくれる優しいお兄さんだよ」

「その時間って、社会人は仕事じゃねーの?」

 島田君も何故だか家庭菜園の君に興味津々だ。

「本職は知らないけど今の家に引っ越してからは、ほぼ毎日会ってるね」

 おかげで殆ど野菜は買っていない。大助かりです!


「今時小学生でも物に釣られないってのに、野菜で釣れる女子高生!」

「ふははっ。チョロすぎ」

 希未と陽菜はたまに意地悪だっ。


「そんなことないもん! 我が家の彩りがどれだけ助かっているかっ。バランスの良い食事は大事!」

「うん、言いたいのはそこじゃあないんだけどねー」

「残念な美少女って、こういう時に使うんだねー」

 希未と陽菜の言葉に、何故か南君と島田君が頷いている。ひとりぼっちでちょっと寂しいのですが……。



 ・・・・・・・・・・・



 昼休み、屋上階段の柱の陰にこっそりと先輩を呼び出しマフィンと胃薬をお渡しする。先輩は我が高校のヒーロー、とにかく目立つのでいつもはメールでのやり取りが主だ。先輩に憧れるお嬢さん達に無駄な心配を与えてもいけないからねっ! こんな私でも、周囲にいると不安になるお嬢さんも居るらしく、何度か関係を聞かれました。

 なので柱の陰から押し付けます。


「え、俺にだけですか? 総帥へのプレゼントを預かるのではなく?」


「もちろんです! いつも祖父と弟共々お世話になっておりますという、感謝の気持ちのプレゼントです。ささ、素早く懐へ!」


 祖父にはあげませんとも。この間お米をプレゼントして貰った時、袋の中に新しい携帯が入ってました。いらないって言ったのに。母が回収して返送してたけど、あれ以来母はちょっぴりピリピリしている。この間のイカ怪獣さんのお肉も、切り身が大きくて疑っていたくらいだ。私と弟は今、母からの雷が落ちるかどうかの瀬戸際に立たされている。

 新生活始まってほんのふた月でばれるなんて情けなさすぎるから……。


 石崎先輩はマフィンを持ったまま固まっている。早く仕舞ってってば!

「横に添えられた胃薬の存在に逆に胃痛が……」

「ああ、だってそちらがメインのプレゼントですから! 胃薬はいつも祖父からの伝言をお願いしている心労を鑑みた結果です。ヒドラマフィンはおまけですよ?」

 食べ物と一緒に渡すのは、やっぱりまずかったか。


「心労は円奈さんと龍弥君が、もう少し総帥に優しくしてくれれば減るかと……。

 ヒドラマフィンって、まさかこれが怪獣料理ですか?」

 祖父に優しく……は華麗にスルーします。


「怪獣料理ですよ。アーモンドヒドラさんの爪は美味ですっ」

 石崎先輩にはお世話になっておりますし、多めにサービスです! 頑張れヒーロー!


「円奈さん、調理実習で怪獣料理はスタンダードじゃありませんよ……。

 いや俺は喜んで食べますけど、円奈さん家の食卓怪獣率は一般家庭とはかけ離れていますから」

 何故か真剣な顔で諭された。

 違うのかあ。じゃあもしかしてこれ、あげちゃいけない系プレゼント?

 食わず嫌いって良くないと思うんだけどな。



 ・・・・・・・・・・・・・



 石崎先輩の助言を聞いて、家庭菜園の君へプレゼントしても良い物か、悩みながらもいつもの畑に到着してしまった。

 まあいいや! 本人に聞いてみるのが一番だよね。

 そして今日こそは上手いこと話を誘導して、お兄さんの名前をゲットしたいものです。


「お兄さんっ」

 作業をする家庭菜園の君に向かって、手を振って呼びかける。


「お帰り、円ちゃん」

「はい! ただいまです」

 手を休めてこちらに振り向いたお兄さんに、後ろ手にマフィンを隠しながら質問する。


「あのお兄さん、怪獣さんのお肉をどう思いますか?

 私の中ではとっても美味しくて、量もいっぱい獲れる素敵食材って位置づけなんですけど」

 お兄さんが怪獣肉断固拒否派だったらどうしよう? 今まで全然考えてなかった……。


「いきなりどうした? 普通に美味いと思うぞ。週三日は食べるかな」

 よ、良かった~! ご同類ですね?

 ちなみに我が家は週六日ペースです。流石に毎食ではありませんよ。

 ずずいとラッピングしたマフィンを差し出す。


「どうぞお納めください、お代官様」

 以前こっそりリサーチした所、甘いものはお好きだとの回答を頂いたので、気分は山吹色のお菓子を捧げる越後屋!


「俺にか。しかも上に乗っているのは……怪獣の爪?」

「おお正解です! いつもの野菜のお礼って言うとおこがましいですが、家庭科の調理実習で作ったマフィンです。ささ、賄賂の証拠隠滅を図ってくださいませ!」


「ありがとう、頂くよ。最近の家庭科は怪獣の爪を使ったりするんだな。

 俺が学生の時には無かったぞ、怪獣料理がここまで浸透するとはな。こう考えると歳とったよなー」

 お兄さんは、はははと空笑いしてからウェットティッシュで手を拭いて、マフィンを手に取る。

 受け取ってもらえて良かった。でもそこは『お主も悪よのう……くっくっくっく……』と言って欲しかった。最近誰も小芝居に付き合ってくれないのです。


「美味しい」

 一口食べてから驚いたようにマフィンを凝視しないで。


「お兄さん? そのびっくり加減は何でですか。こう見えて料理にはちょっと自信があるのですよ?」

 軽く睨んでしまったのはしょうがないと思う。


「いや、アーモンドヒドラの爪が菓子に合うのにびっくりして」

「よくヒドラさんの爪だって分かりましたねー。ヒドラさんの爪は砕いて加熱するととっても美味なのです。

 先輩は気付いてくれなかったんですけど、良くご存じですね~」

 もしかしてかなりの怪獣肉好きですか!? それなら私、小一時間語れますよ!


「まあ職業柄もあるかな……」

 さっきから年齢や職業に関するヒント(?)がちらほらとっ。

 もっと突っ込んで聞きたかったのに、逆に先輩についてお兄さんに根掘り葉掘り聞かれた。有名ヒーローになりつつある石崎先輩の名前を出すのも憚られて、そこは誤魔化しましたが。

 バイトの時間に遅れてしまうのでしぶしぶその場を後にしようとすると、お兄さんが切り出した。


「これから本職が忙しくなる予定なんだ。もしかしたら当分時間が合わないかもしれない。でも知人に野菜を渡してくれるように頼んでおくから」

 野菜を貰えるのは嬉しいけど、お兄さんに会えない事の方にかなりがっかりした。

 そしてやっぱりお名前聞きそびれたよ!? サラリと年齢や出身地、学歴を聞きだすようなOLの婚活スキルは私には備わっておりません。



 それから一週間程、家庭菜園の君はいつもの畑にいなかったのだ。

 何故かいつも毎回違う、ごついお兄さんが頬を染めながら野菜を手渡してくれたけど、お腹は満たされるのに私の心はもやもやするばかりだ。

 未練がましくバイト終りに畑の前を通ったりしてみたけど、やっぱりいなかった。

 そもそもバイト終りはもう暗いから、畑になんているはず無いのに。

 心配して迎えに来てくれた弟に叱られた。中二の弟に本気で叱られる姉の図……ショック。


 何だか無性にイライラする。

 お兄さんがそこにいないことに、勝手に怒っている自分に愕然とした。

 まるで毎日会うのが当たり前だと思っていた事に気が付いて、ちょっぴり自己嫌悪だ。



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