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2 学校の先輩もヒーローです

 楽しいお昼休み、今日のお弁当は私の好物ばかりです。

 夕飯の残りだけど鳥の手羽を甘辛く煮て、キャベツのコールスローも添えてある。おかかをたくさん敷き詰めたのり弁も欠かせない。

 あ、鳥の手羽は怪獣じゃないよ。ちゃんと買ったブロイラーです。

 いつもお肉が手に入るわけではないのだ。昨日の出動で弟が倒した怪獣は昆虫系だったから。ニッチなファンはいるかもしれないけど、私と弟はそこまでマニアックではありません。昆虫系怪獣の足って、偶にパーツだけで動いたりするから苦手だ。

 あと絶対お母さんにばれるっ!


 屋上で友人の希未(のぞみ)陽菜(ひな)と一緒に弁当を広げていると、同じクラスの南君と島田君が合流してきた。

 四人は最近のヒーローの活躍について熱く語っております。彼らの話の中心は、この学校の三年生にいる現役ヒーロー石崎剣十(いしざきけんと)先輩だ。その容姿といつも成績上位に名を連ねる文武両道さから、男女問わず絶大な人気を誇っている。普通ヒーローの個人情報なんてそんなに出回らないものなんだけど、石崎先輩は緊急招集で早退や欠席をする事もあって、正体バレしてる。

 うう、私も可愛くて格好いい弟自慢をして姉バカ加減を存分に発揮したい!

 しかし龍弥たつびは中学生。ヒーローが特例で認められるのは、実は高校生からなんです。


 大きな声では言えませんが、不・法・就・労。


 母に話せないどころか、世間様の誰にも話せない……。

『全部、ぜんぶ怪獣が悪いんだぁ~』という小芝居も、弟相手にしか出来ないの。それなのに最近は飽きてきたのか、のってくれなくなりました。つまらないです。



 ヒーロー談義に耳を傾けながら弁当を消費していると、噂をすれば影! とばかりに石崎先輩に声を掛けられた。

「やっぱりかっこいいっ!」と希未が興奮しています。他の三人も軒並み憧れの眼差しで石崎先輩を見つめている。

 くっ……うちの弟だって、あと二年もすればキャーキャーだよ?きっと。

 悔しくなんてないやいっ。


 皆から離れて、声の聞こえない屋上の端まで移動する。

 弁当は手放しません。私は食事の途中だったのです。


「何のご用でしょうか、石崎先輩?」

 まだ弁当に未練を残しながらも見上げると、先輩はその頬を朱に染めながら目を逸らす。そのシャープな目元とお顔は確かに格好いいです。でもでも、うちの弟だって格好良さでは負けていませんよ、タイプが違うだけで。そう、犬に例えるならボルゾイとマメ柴は方向性が違うという感じです。マメ柴は格好良くない? そんなことありません! ああ見えて男気溢れるいい奴なんですよ! あれ、弟の話をしていたはずが何故マメ柴擁護に……。

 私がそんな弟とマメ柴に関する考察を脳内で繰り広げている間に、石崎先輩は本題に入った。


「お嬢さん、総帥からの伝言です」

 むう、それは言ってはいけないお約束ってやつです。


「お嬢さんではありません、石崎先輩。学校では草薙姉の方とでも呼んで頂ければ結構ですよ」

 弟の方との差別化を図ってみました。


「いえそんな! 総帥のお孫さんである円奈(まどな)お嬢さんをそんな風には呼べません」

 石崎先輩は困ったように眉尻を下げている。



 母方の祖父草薙菱義(くさなぎひしぎ)はヒーロー協会の総帥だ。

 日本には怪獣を倒す人々が所属する組織が二つある。

 一つは私の祖父が総帥を務める『ヒーロー協会』、もう一つが『ヒーロー組合』。

 どっちも怪獣を倒す(狩る)ための組織だ。やってる事はあまり変わらないと思うんだけど、協会と組合は仲が良くない。元祖と本家の争いを思い出すのは私だけではないはず……。和菓子とか、とんかつとか色々あるよねー。

 祖父や弟、学校の先輩が協会所属だから協会についてはある程度知っているけど、組合ははっきり言ってよく分からない。代表もあまり前には出ないみたいだし。でも有名なヒーローは何人もいるみたいで、弟から名前を聞いた事もある。

 私の興味は怪獣さん(のお肉)なので、覚えていないけど。


 なぜ祖父がヒーロー協会総帥なのに、弟は母に秘密にしているのか。それは私達の父が関係してくる。

 父は協会所属のヒーローだった。次期総帥などと言われていた実力派のヒーローだったのだ。ある時怪獣との戦闘によるダム破壊によって、逃げ遅れた付近の住民の少年が川に流されてしまう事故が発生した。父は必死に少年を救出し、しかし自分は亡くなってしまった。それが十年前の出来事。

 悲しい出来事だったけど、私達家族は互いに助け合い何とかこれまでうまく過ごしてきた。

 しかしこの春、弟の龍弥はヒーローの必殺技に目覚めたのだ。

 祖父は早速ヒーローとすることを望み、母はせめて成人してからと大反対した。父の死の辛さを思い出したのかもしれないし、自分も結婚前はヒーローだったから、大変さを分かっているからかもしれない。ちなみに『ヒーロー』という呼び名は男女共通です。

 そして結局祖父と母の意見の違いは大喧嘩に発展し、母は私達二人を連れて家を出たのだ。


 まあ、弟は母に隠れて祖父の元に通い既にヒーローの道を選んでしまったので、実際は母の一人負けなのだが。私も共犯なのでばれるのが今から恐ろしいです。

 ヒーローに危険は付き物だけど、祖父だって龍弥を危険な目に合わせはしないと約束してくれたので、その点は心配していません。今は見習いのようなものだし、成人したら危険とも向き合い自分で決めた道を歩むのは本人の権利だからね。

 私だって子供の頃の夢は、父のようなヒーローになる事だった。無理だったけどね。


 ――そう、決して怪獣のお肉だけが目当てで応援してる訳ではないのですよ!


「う~ん……。じゃあせめて、お嬢さんは止めてください。今の私の使命は節約ですから、お嬢さんはイメージに合いません!」

 使命というか、趣味に近いですが。

「イメージですか?」

「イメージですっ」

 私と石崎先輩、両方のイメージですよ?

 さらりと『お嬢さん』と呼ぶなんて、どこの遊び人だって感じです。


「それでは円奈(まどな)さんと呼ばせてください」

 苗字ではなく名前チョイスなのは、その苗字を口にも出したくはないという意思表示ですか? 我が祖父はどれだけ面倒をかけているのでしょう。

 それとも弟? いえいえ、龍弥は良い子です。

 それにしても、学校の先輩に敬語を使われるのは明らかに不自然なので、止めて欲しいものです。


「それで、祖父からの伝言とは何でしょうか?」

 弁当箱に泣く泣くフタをして、石崎先輩の話に耳を傾ける。


「はい、その……『もうすぐ誕生日だが、欲しい物はないか?』と」


 …………おじいちゃん、私はガックリだよ。

 思わずその場にくずおれて膝をつきそうになった。弁当箱を床に置かなければならなくなるので思い止まりましたが。

 人気急上昇のヒーローさんに、何を伝言しちゃっているのでしょうかうちのおじいちゃん。

 さっきまでの私の真面目モードを返して……。疲れるんだよアレ。


「そういうのは、携帯にでもメールをくださいと……あ、だめか」

「はい、アドレスを教えて頂いていないので連絡が出来ないとおっしゃっていました」

 祖父の家を出る時に、母が全て新規契約に切り替えた。しかも学割なのでお得に新機種ゲットです!


「総帥は、新しい携帯をプレゼントしたいとおっしゃっていました」

「それはダメですよ! 祖父と母の二人に意地を張るのを止めて欲しくて、私も龍弥もアドレス教えていないんですよ。

 何せ祖父はメール魔ですから。父娘喧嘩は二人だけでやってほしいんです。

 というわけで、プレゼントはお米でお願いします!」

 ぐっと握りこぶしを作り、必死さをアピールした。お肉も野菜も調味料も足りている。これでお米が届けば、我が家のエンゲル係数がどれだけ下がる事かっ!

 お米は全ての基本です。白いご飯は正義ですっ!


「――米ですか?」

「石崎先輩はご存じないかもしれませんが、お米は買うと高いのですよ。しかも我が家には胃袋ブラックホールの食べ盛りが居るのです。毎日五合炊いてもあっという間に底を突くのです。

 祖父には『おじいちゃん! 円奈はバースデープレゼントはお米一俵がいいなっ(はぁと)』と伝えてください」

 一俵あればかなり持つ。約60kgだからね!

 きりりと真剣な表情でお願いしてみた。私だってやれば出来るんです。


「わ、わかりました。お伝えします……」

 石崎先輩の口元が引き攣っている。真面目な方なので祖父に向かって(はぁと)を再現する自分を想像してしまったのかもしれない。面白そうなので訂正はしないけど。


「あと、どうしても連絡を取りたい時は弟の龍弥に直接伝言をしてくださいと。ヒーローの石崎先輩を使うなんて言語道断です」

 公私混同はいけません。


「それが、あまりにも総帥が龍弥君に構いすぎるので、彼に無視をされている状態でして。

 しかも龍弥君は年齢と名前を偽って登録しているので、あまり堂々と関わる訳にもいかず」


 思春期と不法就労のしわ寄せがこんな所に!


「う~ん、では石崎先輩に一番負担にならない方法にしたいのですが、何か良い案はありませんか?」

 きっと私まで祖父を無視したら、石崎先輩の胃に穴が開きそう。


「俺と円奈さんがアドレスを交換して、重要案件だけは伝えるというのはどうでしょう?」

 何故だか石崎先輩は不安そうにこちら見つめている。祖父は石崎先輩に相当プレッシャーをかけてる模様。可哀相に……胃薬をプレゼントするべきでしょうか。


「私は構いませんけど、石崎先輩が大変だと思いますよ? 祖父はメール魔ですから」

 同居中、学校の昼休みの度に送られてきた時は本気でウザかった。こんな祖父と数十年一緒に過ごした祖母は、とっても心の広い人だったのだなぁと深く尊敬したものだ。


「大丈夫です。既にコレですから」

 そう言って、いい笑顔の石崎先輩に見せられた携帯の受信ボックスは、一画面の表示全てが祖父からのメールでした。

 うん、スパムメール設定しても良いのではないでしょうか。


「ほんとにもう、おじいちゃんてば……」

 申し訳なさすぎて泣けてくる。

『石崎先輩に無駄な内容のメールを送ってきたら、ガン無視どころか受信拒否しますから☆』と伝えてくれるよう先輩に頼み、アドレス交換をした。


 これで祖父の先輩に対するメール攻撃が少しはマシになれば良いのだけど、無理だろうなー。


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