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乱れて走って鬼の王

 振り返れば、奴らがいた。


「チクショォォォ! 何でこんな事になってんだよ!」


「知らないよぉぉぉぉ! アレ何とかしてよぉ!」


 街から歩いて数時間の所にある森は、キルト達を歓迎するように不気味に葉を擦りあげていた。悪い足場を精一杯、全力で走るキルトの脚力は魔法により底上げされ凄まじい速度を出している。追走するアリスも離されまいと必死な形相だ。


 彼らの後ろには、醜悪な小鬼が群れで追いすがっていた。キルトの半分以下しかない身長、二足歩行をして手には棒のような鈍器が握られている。赤の皮膚は乾き、かなり皺が目立つ。個体によっては僅かな違いはあるものの、皆揃って醜悪な見た目をしていた。


 ゴブリンと呼ばれる彼らは森に住み着いた魔物である。今回の依頼はゴブリンの集落を襲い壊滅させる事が目的なのだが、何故かキルト達は先走ったミコトとはぐれてゴブリンの群れに追いかけられていた。


 こうなる前、ミコトは王が居ると呟き凶悪な笑みを浮かべたまま突っ込んでいった。その後、侵入を悟ったゴブリンは不届きな人間を成敗しようと命懸けでキルト達を殺しにかかっている。


 本来ならゴブリン程度、キルトとアリスにとってとるに足らない存在だがいかんせん数が多すぎた。個々の能力は低くとも、独特のコミュニティで形成された、一個の集団として動くゴブリンは、正攻法ならば分断させたところを叩くのだが、ミコトのおかげで完全に予定が狂ってしまっている。


 キルト一人ならばゴブリンを全滅させられるのだが、アリスを守りながらでは分が悪い。闘争と逃走を天秤に掛けた結果、リスクの高い闘争を回避した。


 しかし、連れてくるべきではないとは思わない。これは彼女自身が望んだ事であり、今回は運が悪かったとはいえ元々、アリスもキルトと共に過ごしてかなりの戦力を身に付けている。


 必死に頼み込んでくる彼女を、どうして拒否出来るのか。キルトの背中を追い、どうにか隣に立とうとする彼女を拒絶するのはキルトには無理だ。他人の歩みを止める行為はキルトにとっても最大級の禁忌である。


 懸命に努力するアリスは、どことなく誰かに似ていた。重なってはいない。汚濁にまみれた少年と、希望の象徴であるアリスが重なるはずもない。だけど確かに誰かと似ている。


 アリスだけにはキルトや彼と同じ道を歩んでほしくない、というのは我が儘なのだろう。傷付けたくない、穢れの無い人生を送ってほしいと思うのは親としたら当たり前である。彼女だけは、最初から最後まで幸福であってほしかった。


 過程を犠牲にして他人を助けるキルトが唯一、正しくあろうとする希望。人の価値は平等ではないから、彼女にだけは間違った方法を取る事はなく、全身全霊で守っていく。救うのではなく、守るのだ。一片の悪意すら彼女に傷は付けさせない。


 これはキルトの誓いであり心の在り方だった。何も失ってほしくないという思いは、キルトに自己を犠牲にする方法を取らせないでいた。


 走りながら舌打ちをする。ゴブリンはこの森がテリトリーだ。地理も熟知している上に、狩りの要領でこちらを追い詰めていくだろう。その証拠に、脚力で勝てないと悟った彼らは二手に別れてしまった。


 どこを走っているのかも分からないキルト達が誘導され罠に嵌まるのは時間の問題。それに、既にアリスの表情からは疲れが見てとれる。


 戦って、命を得るしかない。


 そう判断したキルトはまず、ゴブリン達の殲滅ではなくどう有効に状況を好転させるかを考える。逃げ回って悪くなる一方なのは既に証明されていた。ならば、キルト達の目的は二人で森を出る事ではなく、ミコトと合流する事に切り替わる。


 彼女とはぐれてまだ十分も経っていないから、おそらくまだ森の中にはいるはずだ。彼女の暴力に頼るのが最もリスクが少なく確実に生き残れる方法だと判断する。


「アリス! ミコトと合流するから手を貸せ!」


 ミコトは多分、ゴブリン達の集落で戦っている。来た道を戻るのならば、後ろにいるゴブリンの数を減らさなくてはならない。幸い、強い個体はいないようで数を減らすだけならば危険は少ないはず。


「うん!」


 アリスの返事を合図に反転、ゴブリンの群れに突っ込んでいくように走り始めた。これには彼らも予想外の行動だったようで、動揺して動きが止まっている。


 思わぬ副産物に口元から笑みが溢れる。この隙を利用すれば先制としては悪くない結果が得られる。


 この時、ゴブリン達の別動隊はキルト達の動きをいち早く察知して、僅かな停止と共に戻ってきていた。しかし集落への道を確保するのに抜ける時間を考えると、おそらく彼らは間に合わない。


 懐からナイフを取り出し投擲する。これは相手を傷付ける為ではなく、牽制とナイフに内蔵された魔法による効果を期待した行動だ。


 魔法を扱うには媒体と効果が釣り合った上で、魔力を操作しなければいけない。キルトの使った魔法はナイフを媒体にして、金属を鳴らす効果を付与した。投げるという行為は振動を誘発させ、地面に刺さる事により始めて魔法が発動される。


 鋭く、不快感を煽る音はゴブリン達の思考を乱した。あらかじめ覚悟をしていたキルトとアリスはそのままの勢いを保ちつつ、恐慌状態になったゴブリン達に迫る。


「うるせぇな!」


 それでも顔をしかめ悪態をついてしまう。


 脚力を強化している魔法を止める。すぐさま余った魔力で手のひらを媒体として、衝撃を貫通させる魔法を作り出した。勢いよくゴブリンの頭に向けて、攻撃を放つ。


 ゴブリンは脳を守る骨が非常に弱く、キルトが行った攻撃は威力こそ無いもののゴブリンを無力化するには充分であった。内部を揺らされたゴブリンは、糸が切れた人形のように倒れた。殺したのではなく、一時的に無力化したに過ぎないが今はこれでも良い。人間のように頭を守る骨が硬い生物では効果がない魔法も、ゴブリン相手では絶大だ。


 まずは一体。周りを確認すると、アリスがキルトと同じ方法で一体を減らしていたので、残りは十体。ちょうど、集落に行く方向にいるゴブリン達を見たキルトは己の運の悪さを嘆いた。


 全てを倒す必要はない。時間的に考えれば別動隊が来る前に終わらせたいキルトは、道を開ける事に全思考を傾ける。


 持ってきた戦闘用の装備は投擲する為の短剣が七本、魔法の媒体として使用する紙が数十枚と糸が何本か。近接戦闘用には四十センチ程の片刃の短剣と、それよりも少し大きい全長七十センチの諸刃の短剣。


 ミコトがいる事と、相手がゴブリンである事で装備は必要最低限、主に罠用しか持ってきてはいない。


 想定外の中、キルトの思考は回り続ける。こういう場面は幾度も経験してきた。五年間、共に過ごした彼がいなくなってから、世界は一気に厳しくなった。それはずっと彼に守られていたからであろう。


 ーーだから、力を欲した。


 間違いなくキルトは人間の中では強い部類に入る。才能こそ無かったが、魔法の認識を変えた事により拙いながら古代魔法さえ使え、魔力の操作も並の者よりも上だろう。武器の扱い、格闘術、魔物の知識から逃げる方法まで一人で生きていく術は持っていた。


 長い方の短剣を抜き、魔力を全身に流した。効果は身体能力の向上、自らの血流を早める事で魔法を発動する。キルトが得意とする強化魔法は、全身の能力を高めるもので、ミコトのような達人ならば部分強化により爆発力を得る事が出来るが、そんな器用な真似は戦闘中にするなどキルトにとって自殺行為でしかない。


 強化された肉体はまず、混乱から立ち直ろうとする相手から襲いかかる。脳の機能を取り戻したゴブリンは、本能的に頭を守りがちだ。低身長の彼らは上からの攻撃に対処する為、棒を頭の上に掲げる。


「相変わらず、馬鹿だなぁ!」


 フェイントを一つ入れるだけで素直な反応を返してくれるゴブリンは、とても知能が高いとは思えない。


 上からの防御に固執するゴブリンに、下から蹴りあげてやる。強化された蹴りはゴブリンの顎を穿つ。絶命したかの確認は取らず次にアリスを攻撃しようとする相手の頭に短剣を突き刺した。


「アリス! 周りをしっかり見て動けよ!」


「無理だって!」


 未だ未熟なアリスだが、しっかりと二体目を倒している。魔法の才能のあるアリスは、キルトが二年も掛けて修得した強化魔法を僅か半年で覚えた。冒険者になって依頼を受けるようになってからまだ二年でここまでの成長は天才と言える。きっちり両親の才能を受け継いでいるのを見ると、やはり嬉しさが込み上げてくる。


「左から抜ける! 着いてこいよ!」


「分かった!」


 残り六体、左側が手薄なのを見て進路を決める。全部を相手にするのは骨が折れるが、このまま駆け抜けら

るだけならば問題ない道は出来た。


 再び強化を脚力に集中。加速し、群れから抜ける。


 ここでようやく全てのゴブリンが立ち直ったが、もう襲い。別動隊も間に合わず、僅かに引き離したまま森を駆けた。


 そのまま全速力でミコトのいる方向へと進む。


 本来ならば愚策であろうこの作戦は、運が良いことに成功した。集落の方に近付けば、激しい戦闘の音が響いている。案の定、ミコトはあの場所にいる。


 そして、数分ほど走ったキルトは、思わず声を漏らした。


「何だよ、ありゃ」


 そこでは、ゴブリンとは思えない程の大きさを誇る個体と、楽しそうに笑うミコトの姿があった。ミコトの周りには無数のゴブリンの死体が転がっており、血の海が広がっている。


 キルトが驚いたのは、ミコトと相対しているゴブリンの姿。普通の四倍はある大きさと、まるで鍛えかのように引き絞られた肉体、手には棍棒が握られており、真っ赤に染まった赤は本物の鬼のような凶悪な姿をしている。頭にある二本の角は歪に捻ったような曲がり方だ。


 何よりも、ミコトを前にして生き残れたという事実がキルトの心臓を縮みあげた。目視出来る程に迸る魔力は赤い色の稲妻のようにゴブリンの周りを守っている。


「冗談じゃねぇぞ……」


 一瞬、集落に向かった事を後悔する。


「ロードかよ……」


 異様な容貌の個体はゴブリンロードと呼ばれ、普通のゴブリンが進化した個体と言われている。その特長とすれば、高い戦闘能力と膨大な魔力の量。そして、武器を使いこなす程の知能がある。


 そんなゴブリンロードの前に立つミコトを見て、キルトは戦慄を抑えきれなかった。


 ダラリとだらけきった構えは余裕さを感じさせる。まるでゴブリンロードが取るに足らない存在であるかのように、まるで獲物を前にした獣のような笑みを浮かべるミコトは、この場にいる誰よりも強者の風格が漂っていた。


 ゴブリンロードを討伐するのに、国が所有する騎士団を派遣したと聞いたことがある。一般的に凄腕の冒険者を集めたパーティーや訓練された騎士団ですら討伐に苦労する、というのが正しい認識だ。ましてや個人で挑むなど、命を捨てている行為だと嘲笑を受けるだろう。


 だが、ミコトは右手に持つ剣を構えようともせずにゴブリンロードに対して弱者に向ける目をしていた。そして、あろうことかゴブリンロードは目の前の人間に警戒している。


 ミコトの強さを知っていても驚きの光景だった。


 集落の中に入ったキルトは立ち止まり、ミコト達に背を向ける。


「アリス、とにかく隠れるか逃げるかして身を守れ。ゴブリンロードはーーミコトが何とかする」


「わ、分かったよ」


 これから始まるのは、怪物と怪物の殺し合い。キルトはせいぜい、邪魔が入らぬように後続のゴブリン共を殺すこと。その中でアリスを傷付ける可能性が僅かに存在するから、キルトは彼女に向かって隠れるように言った。


「出来れば、あっちの戦いを見とけ。多分、あれが強化の理想形だからな」


 滅多に見られない戦いを見てアリスに学ばせる。参考になるか、果たして理解出来る戦いなのかは分からない。


「うん、勉強する」


 血の臭いが漂い、死が隣にある場所にも関わらずアリスは素直に頷いた。


「ミコト! 任せたぞ!」


 背を見せたまま叫んだキルトに、いつもと変わらぬ声が聞こえてくる。


「五分もかからねェ。ま、邪魔だけはするんじゃねェぞ」


 ミコトの返事が響き、瞬間的に場の威圧が増大する。


 刹那、凄まじい金属音と共に戦いが開始された。


  


 

 

 

 

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