私と醜悪なワルツを踊りたくないなら
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「魔法とは何か、疑問に感じた事は無いか?」
「便利だけど絶対じゃない力、じゃないの?」
彼の問い掛けにキルトは答える。この間にも体を巡らせる魔力を操る事を止めない。
「まあ、俺達の認識じゃあそれが限界だわな」
他に何があるのだ、と疑問符を浮かべる。キルトが言った事は魔法を表す際に用いられる表現の一つだ。神から与えられた、身の丈に合った力が魔法である。
魔力を操作して、彼は指先に火を灯した。
「そもそも、以前の文明と現在では魔法の認識がまるで違うんだ」
確かに、と肯定の意味で首を縦に振った。古代の魔法は今と全く違い、絶大な効果のあるものが多い。つまり、魔法の技術が遥かに進んでいたのだろう。現在、古代魔法を扱えるのは本当に限られた存在しかいない。
キルトと共にいる彼もまた、古代の魔法を使える一人だ。
「古代では、魔力を神から奪うという発想をしていたらしい。今じゃ神からの恩恵、加護って言われてるな」
魔力とは魔法を使う際に必要な力で、量や質に個人差があれど誰にでも宿っているモノとして考えられている。この魔力を操り、初めて魔法が使えるのだ。
「何でアンタがそんな事知ってるの?」
謎の多い古代文明を解き明かした者はいない。遺跡は数多く残っており、この国の代表格で言えば月のノドや石鳴樹海と呼ばれる遺跡。月のノドは塔になっており、現在は国が管理を行っている。対して石鳴樹海は魔物や罠が多すぎて誰も手出しが出来ない魔境で知られていた。
歴史とは簡単に解明出来るものではなく、ましてや彼が個人で出来る事などたかが知れている。だからキルトは納得の出来ない違和感を表したのである。
「そんな事はどうでも良いんだよ」
彼がどうでも良いと言うのならば、そうなのだろう。きっと、しつこく聞いたとしても話してはくれない。
「重要なのは、古代と現代の違い。今の奴等は神を神として崇めてるだろ古代の人間は神を神として見ていなかった。ただ、自分達とは違う上位の存在として認定していたんだよ」
素直に彼の言葉を受け入れるが、さっぱり分からない。神が本当に存在するのかさえ分からないのに、なぜ神の話をしているのだろうか。それに、キルトは神という存在が嫌いであった。きっと人間を虫けらと同等くらいにしか見ていないのだ。
「だから、奪うべき対象として認識出来た。混じりけ無し、純粋な魔力と魔法を持っていたからこそ古代文明の魔法は進んでいたんだ」
「じゃあ、アンタも神から奪ってるのか?」
「奪うって表現が正しいとは言えないけど、まあ合ってはいるな。俺の魔力が多いのは神の恩恵で、古代魔法を使えるのは俺が神から奪ったもんだ。もっとも、あちらさんは何もしてこないがね」
「頭がおかしくなった?」
「本当に失礼な奴だなお前。俺がせっかく魔法の講義をしてやってんのに」
「色々とすっ飛ばし過ぎでしょ。俺はまだ自分の魔力も満足に操作出来ないのに」
身体中を駆け巡る魔力の流れは所々失速し、一定の量を保てない。魔力操作を教わってから一年は経つのに、魔法の一つも使えないのは才能が無いのだろう。情けなくて、自分が許せなくなる。
キルトはもっと強くならなければならない。罪から逃げる為、のし掛かる重圧を誤魔化す為に。死んでいった命よりも遥かに多くの命を助けようと、まるで子供のような事を思っていた。
許されようとは、そんな事は微塵も期待していない。何よりもキルトは己を許すことは絶対に無く、内に宿る醜悪な化け物と延々に踊り続けるしかなかった。
彼のように間違って、負け続けてもひたすらに結果を追い求める。自己犠牲の精神は誰からも称賛される事はなく、過程を犠牲にした彼は人々から蔑みと非難を浴びてきた。だけど、間違った方法しか取れない人間はこうするしかないのだ。
しかし、彼は笑っていた。いつも笑顔で、不恰好に踊り続ける。きっと命が果てるまで、魂が死を迎えて腐敗しても彼は踊る。
「ゆっくりやっていけば良いさ。その時までは、俺が何とかしてやるよ」
歩みを止めず、先も分からない道でキルトと彼は行く。一方は強烈な光を放ちながら、一方は光に手を伸ばしながら。
「そんじゃあ、次も元気出して守りに行くか!」
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支部に着いたキルトは、まず膝から崩れ落ちるような絶望感に襲われた。
「よォ、キルトじゃねぇか。今日もご機嫌な面してんなァ」
依頼の競りが行われている場で見つけたのは、悪態を付いている様子の冒険者達と、その中心にいる女の冒険者だった。
「冗談だろ、ミコト……」
ミコトと呼ばれた女性は豪快に笑い、豊かに育った二つの実を強調するように胸を反らした。獰猛さを感じさせる獣のような赤い瞳は真っ直ぐキルトを見据えており、歯を見せて笑う姿は女性らしさがない。黒い髪は短く切り揃えられ、少し艶が足りない印象を受ける。女性にしては身長が高く、キルトと同じくらいの身長を誇っている。しなやかさを感じる鍛えられた肉体は彼女が冒険者だと物語っている。
「残念だったなァ、キルト。依頼はもらった」
「クソォォォ! 何でこうも上手くいかねぇんだよぉ」
「それはな、テメェが雑魚で無能だからだ」
「お前に比べたらそうだろうよ!」
キルトの知る限り、冒険者の中で彼女よりも強い人物は知らない。というより、彼女はキルトが知っている中で二番目に戦闘能力が高い。一番は既にいない為、実質彼女が最強という事になる。
冒険者は強さだけでは出来ないが、ミコトだけは例外だった。困った事があると暴力で片付けられる理不尽を備えているからだ。不遜で傲慢な性格は普通ならば嫌われるだろうが、彼女に関してはそれが正しい振る舞いであるかのような錯覚を受けてしまう。
多分、この国で彼女と殺し合いをして生き残れる者は少ない。噂では、ドラゴンを殺した事があると聞く。絶対的な上位の存在であるドラゴンに勝てる人間など存在しないはずだ。流石にミコトと言えどドラゴンに勝つ姿なんて想像が出来ないので、このうわさは眉唾である。
しかし、そんな意味の分からない噂が流れる程に彼女の戦闘能力は突出していた。
「まあ、アタシに勝てる生物なんてどの世界を探してもいないから、誰を見ても雑魚に見えちまうんだよなァ」
ここまで極まると、いっそ清々しい。生きている者であれば殺してみせると常日頃から嘯いている彼女は、今日も変わらず正常だった。
「ミコト、一生の頼みがある」
「ダメだ。どうせ依頼を寄越せって言うつもりだろう?」
「お腹を空かせた子供が待ってるんです! 貴女に人の心があるならどうか依頼を譲って下さい!」
「おいおい、頭ん中に虫でも沸いちまったかァ? アタシにそんなもんあるわけねぇだろ。そのまま飢えての垂れ死ねよ」
同情を誘うやり方は失敗してしまった。これは想定の範囲内だ。キルトだって彼女にそんなものを求めてはいない。ここで了承してしまうようなら、何か裏があるのではと疑ってしまう。
「じゃあ、共同で依頼を受けよう。金には困ってないだろ?」
そう、ミコトは金に困っていない。絶大な力を有する彼女には、冒険者組合や貴族から莫大な契約金が支払われている。他の国に行かない為、ミコトという暴力を内に納めておきたい。更に、誰もやりたがらない危険な依頼も遂行出来る彼女は貴族も金を惜しまない。
多分、この依頼を受けている理由は彼女の趣味だろう。ここ最近は魔物討伐の仕事が無かった為鬱憤が溜まっているのだ。キルトにしてみればはた迷惑な話である。
「アタシに利益が無いように思えるんだけどな? テメェはアタシに自分の意見を押し付けようってか? 虫が良すぎるぜ、キルト」
「頼むよぉ。邪魔はしねぇからさ。それにほら、俺を連れていくと何か起こるかもしれないだろ?」
ここでもう最後の切り札を出した。キルトの運の無さは誰もが知るところで、ミコトでさえ一目を置く程の運の無さだ。もしかすると、今回の魔物討伐で予期せぬトラブルが発生する可能性も無くはない。
何より混沌を愛する彼女がこれに飛び付いてくるかもしれず、僅かな希望を乗せて恥を押し殺して自虐めいた言葉を放ったのだ。
「ハハハハハ! 面白いなァ。面白いから、連れていってやらん事もない。ただし、アタシの邪魔だけはするんじゃねぇぞ」
歓喜の瞬間。ミコトが単純で良かった。馬鹿ではないが、基本的には自分の欲望を優先する傾向のある彼女はキルトの道化っぷりを高く評価したのだろう。
こうして、キルトは無事に依頼をモノにする事が出来た。
ただし、ミコトが幾らでこの依頼を落札したのかは聞いていない。壮大な思い違いを抱えたまま、キルトは喜びはしゃいでいた。