七夕の逢瀬~陰陽高校生 外伝~
この物語は、「陰陽高校生 奮闘記」に登場する二人のちょっとした昔話です。
この物語だけでも十分楽しめると思いますが、できれば、本編も読んでいただけると幸いです。
天に流れるは星の川。その川を越え、二人の男女は逢瀬を果たす。一年にただ一度のみ、天より許された逢瀬。
人はその日に願いを託す。願いを言の葉に書き留めた、笹の葉を流し。
――託す願いは、再会の約束。
日本の暦には「節句」というものが存在する。三月三日、五月五日、七月七日、九月九日。それぞれ、奇数の重なる日は陽の気が高まる日とされ、祭祀が執り行われてきた。
そして、今日は七月七日。言わずと知れた七夕の節句だ。
かの日本最高峰の陰陽師、安倍晴明を祖先に持つ土御門家でも、七夕の準備が進められていた。
土御門邸の裏手にある竹林から、ある程度立派な笹が持ち出されていた。その手伝いをしているのが、土御門の若君、とその筋では称されている護だ。
そして、土御門家と所縁の深い風森家の娘である月美の姿も確認できた。
心なしか、月美はうきうきしているように見える。護はその様子を優しい目で見つめている。
――そう言えば、あの約束をしたのも七夕の時だったな……
護は月美が準備している様子を眺めながら、ある日の七夕で交わした約束のことを思い出した。
※ ※ ※ ※ ※
中学三年生の頃、護は帰宅前に東京の街中をふらふらと歩いていた。もちろん、適当に遊んでいるわけではない。半ば趣味となってしまった書店めぐり兼散歩だ。
護はのんびりといつもの道を歩く。誰かと一緒に歩くのはあまり好きではない。だが、こうして一人のんびり、人の営みを見ながら歩くのは、そう悪いものだとは感じない。
「護?」
ふと、聞き覚えのある声がしたので、思わず振り返る。
そこには、見覚えのある少女がいた。制服のデザインから、この辺りの学校に通う生徒ではないことがわかる。もちろん、ここ最近見かけた生徒でもない。
だが、護にはそれが誰だかすぐに分かった。いや、直感したと言ってもいい。なにしろ、年に一度しか会えない、大切な人なのだから。
「月美?」
「やっぱり護だ。東京に来てたから、会えたらいいなって思ってたんだ」
そう言いながら、幼馴染の月美はにっこりと笑う。
詳しく聞くと、どうやら、通っている中学の修学旅行で東京まで来ていたらしい。そして、今日と明日の二日間は自由行動の日なのだそうだ。
「護は……これから帰り?」
「ん、あぁ……途中まで案内しようか?」
「いいの?」
月美の問いに、護は微笑みで返す。それを了承と受け取った月美は、飛び上がらんばかりに喜び、少し離れたところにいたクラスメート数名を護に紹介し、土御門邸付近まで案内することになった。
土御門邸の近くまで行くと、七夕飾りが目立ち始めた。都心が近いとはいえ、土御門邸の付近はまだまだ下町の雰囲気を残しているため、今でもこうした行事の飾りつけは各家庭で行われている。
「すごいな、東京って言ったらもう「大都会!」ってイメージだったけど」
月美の同級生の一人、吉田というらしい、が本当に驚いているかのように言葉を発する。他の班員も同じ感想を抱いているらしい。下町の風景に少しばかり驚いているようだ。
「護のうちも、七夕飾りやるの?」
「あぁ、やることになってる……というか、昨日笹を取りに行って来いって言われて取ってきたばっかだ……」
少しばかり重労働だったことと、どの笹を取っていけばいいかさんざん悩んだことが重なりかなりの疲労感が護を襲った。
月美はその様子を見て、お疲れ様、と呟きながら、護の肩をぽんと叩く。護はそれに対し、ありがとう、とすこし恥ずかしげな微笑みを浮かべて礼を言う。
ある程度東京の下町を案内すると、そろそろ宿泊先に戻った方がいいだろうと判断した護は、修学旅行生一行を近所の駅近くまで送ると、そのまま自宅に直行した。
何しろ、このあとすぐに、七夕飾りを整えなければならないのだ。もっとも、土御門家の笹は短冊だけのいたってシンプルなものなのだが。
帰宅後、護は制服から浴衣に着替え、短冊を取りだし、その前で腰を下ろす。
――さて……何と書いたものかな……
思えば、織姫と彦星の年に一度の逢瀬を果たすという時に、人は自分勝手な願いをこうして紙切れ一枚に書き記し、天に祈ると言う行為は、傍から見ればかなり無粋なものなのではないだろうか、と最近は護も考えるようになってきた。
もちろん、年に一度しか大切な人と会えないことについて、同情の念からの考え、というより、実体験から理解してたどりついた考えだ。
眼を閉じると、年に一度しか会うことのできない、大切な幼馴染の笑顔が浮かぶ。今度会えるのは三ヶ月後。出雲大社に八百万の神々が集まる神無月の頃だ。それまでは、互いにメールか電話でのやり取りしかできない。
実際に顔を見て、笑いあうことはできない。
――織姫と彦星も、そうなんだよな……
そう思うと、護は短冊に自分の願いを書き記した。
「……大切な人と来年も会えますように、ねぇ?」
書き終えた瞬間、白い毛並みを持った狐が短冊の文字を覗き込んできた。
護が式神として使役している狐精、白桜だ。
心なしか、にやにやと笑っているように見える。
「来年も月美と会えますように、の間違いじゃないのか?」
「なっ!!」
「ほっほ~、紅くなった紅くなった。やっぱり図星か~」
そうかそうか、と白桜はにやにやと笑いながらうなずく。
白桜は護が三年前に契約を交わし、式神となったが、主従関係というものをあまり意識していないらしい。それが証拠に、こうして主である護をからかっている。
「わざわざ短冊に託さなくても、連休とかで会いに行けばいいじゃないか」
「……何も、俺一人の願いじゃなくてもいいだろ?」
護は白桜を抱きかかえ、ぐりぐりと少し乱暴に頭をなでながらそう答える。
もちろん、この短冊は護自身の願いをこめたものだ。だが、その願いは、護一人のものではない。大切な誰かに、また会えるように。そう願っている人のために、護はこの願いを短冊に書き記した。
自分だけではなく、他の人の願いも乗せる。ある意味で傲慢と見えなくはないが、それは若さ、もとい幼さゆえだ。多少の所ならば、天も許してくれよう。
「ほんとに、お前は……」
白桜は少しあきれた態度で口に出すが、その瞳はとても優しいものだった。
その夜。
護が眼を開けると、足もとに天の川が流れている光景が目に入った。
「これは……夢、か」
ここ数年、眠りにつくと何度か、こうして夢の中で意識を保つことができるようになってきた。それだけ力がついたということなのだろう。
護が周囲を見渡すと、天の川の対岸に一人の少女の姿が目に入った。衣装こそ今日出会ったときとは違うが、間違いない。月美だ。
「月美……どうして?」
「護こそどうして?」
どうやら、月美も自分と同じように、夢の中で意識を保つことができるようになってきていたらしい。しかし、他人の夢とつながることが、まして夢の主と出会うことができるとは、思いもしなかった。
だが、今はそんなことは関係ない。
約一年ぶりに再会した二人は、先ほど話せなかったことを互いに話した。
中学でやっている部活動。苦手な教科や好きな教科。面白い先生や友達。そして、やはり時々互いが恋しくなってしまうこと。
「……ねぇ、護……わたしたち、いつまでこのままなのかな……」
「わからない。土御門家が葛葉姫命をこっちに移すか、土御門の拠点を出雲に移すかしないかぎり、ずっとこのままなのかもしれない」
それこそ、天が許してくれるかどうか。
いつか、大人になってある程度の自由が利くようになった時、あるいはずっと一緒にいられるのかもしれない。けれど、そうなるまでは。
「わたしね、短冊に書いたんだ……大事な人と来年も会えますようにって」
「俺もだよ……来年も、会えるようにって」
月美はその言葉を聞いて、護の手に自分の手を乗せた。護も、ぎゅっとその手を握り締める。
しかし、それ以上は許されなかった。
突然、後ろからものすごい力で引っ張られる感覚を覚え、それにあらがうことができず、二人の距離はどんどん離れて行ってしまった。
これ以上はここに、夢の中にとどまることができないと悟った護は、精一杯声を張り上げて叫んだ。
「絶対、会いに行くから!来年も!再来年も!!」
月美も同じように、精一杯声を張り上げ、護の言葉に応える。
「待ってるよ!ずっと、待ってるからね!!」
月美の言葉が最後まで届いたか届かなかったかの間に、護は眼を覚ました。
護は上半身を起こし、先ほど夢で月美の手を握っていた手を見つめる。錯覚なのかもしれないが、月美のぬくもりが、まだ少し残っているような感覚がある。
その手を握り締め、護は力強くつぶやく。
絶対、会いに行くから、と。
※ ※ ※ ※ ※
その約束が果たせているのか。こうして今も、護と月美は年に一度、必ず会うことができている。いや、正確には年に一度ではない。
あれ以来、夢の中でも時々、月美と言葉を交わすことができる。もっとも、二人とも声を届けることができる時とできないときがあるため、会えたことの嬉しさが半減してしまうことが多いのだが。
それでも、何度でも短冊にこの願いを託す。
来年も、大切な人と会うことができますように。
会いたいけれども会うことができないから、ならばせめて、願いだけでも天に届けたい。
そう願い、護と月美は今年も同じ願いを短冊に書き記すのだった。
七月七日は七夕。七夕と言えば織姫と彦星が年に一度の逢瀬を果たす日。
というところから、この二人で書いてみようって思って書いてみました。
七夕に合わせて投稿しようと思っていたので、文章や構成に多少の無理があるかもしれませんが、そこはご容赦願いたいです……というか、許してください、お願いします。