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指切り  作者: 湊音
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夜になり「トキタ」の部屋を後にした僕は自宅に帰りつくと、すぐさま貸してくれた本を開いた。この本を読めば「トキタ」に少しでも近づけると思ったから。


 本の内容は「トキタ」が言っていた通り難しいものだった。理解するには何度も読まなければならないだろう物語。「ゆびきり」という約束の重さ、重大さ。ホラーのようなミステリーのようなこの本に僕は必死に齧りついた。今日「トキタ」とりんごを齧っていたときの様に。

 だが、本を読み終わっても「トキタ」を理解することはできなかった。何故「トキタ」はこの本を僕にくれたのだろうか、疑問ばかりが頭に浮かび、僕はあまり眠ることができなかった。早く「トキタ」と話したい、ただそればかりを考えていた。




 朝が来て、僕はまだ空気の冷たい中「トキタ」の家へと向かった。この本について、また「トキタ」のことを知るために。「トキタ」の家に向かう僕の足取りはドンドンと早くなっていった。

 

 普段、玄関は「トキタ」が僕が来る時間帯、僕がいつでも入ってもいいようにと開けてくれている。しかし、今日はいつもより早く「トキタ」の家についたので、家の鍵は開いていないだろうと思い何度もチャイムを鳴らしたが中から反応はない。


 そっと、玄関の扉を引く、といつものように開いたのだ。それを不思議に思いながらも僕はゆっくりと中へと足を進めた。何故だろう、通いなれた家のはずなのに、今日はやけに玄関から部屋へと続くこの短い廊下が長く、違う雰囲気の様に感じる。そして、いつもあの男がいる部屋に入ると、そこには首を吊った「トキタ」がいた。 

 僕は一瞬、目の前の光景を疑った。現実との区別がつかない、この目の前にいる、きっと死んでいるのだろう、天井から引かれた紐に静かにぶら下がる、この体が昨日まで共にいた「トキタ」なのか、僕にはわからなかった。だけど、僕の好きだった、あのいつも本を捲る、骨ばった手をキュと握った瞬間、昨日まで血の通った暖かい手と同じものだと確信した。昨日とは違いその手は冷たく硬くなっている。



 この光景を目の前にしてもなぜか僕の頭は落着いていて、冷静に警察へと連絡した、救急車も一応呼んだ。紐にぶら下がっている「トキタ」を見ながら、視線をふと廊下に戻す。

 すると突然今まで入ったことのない、僕にとっては開かずの部屋の扉が目に移る。その部屋に呼ばれているような気がして、僕はふらふらと廊下を歩き部屋の前に辿りつく。

 ゆっくりと扉を開け、吸い込まれるようにその部屋へと入った。今まで一度も見たいとは思わなかった部屋の中には、沢山のおもちゃやランドセル。そして、壁一面には大量の写真。写っているのは全て一人の子供だった。

 僕はその部屋の隅にあった古そうな学習机の上で、「トキタ」の書いた日記だろうものを見つけた。この中身は、「トキタ」と僕が出会う以前の事が書かれてあった。

この日記を読んで僕は初めて「トキタ」という人物がどのような人物なのかどういった過去を持っているのか知ることになった。



 「トキタ」は有名な大学病院の外科医だったようだ。そして、「トキタ」は心臓を患っていた我が子を自分の執刀で亡くしていた。

 今、「トキタ」の気持ちがわかった気がした。彼は罪悪と共に生きてきたのだ。我が子の生命を自らの手で断ち切ってしまったその苦しみと、自分だけが生きているという罪悪。それはあまりにも残酷な結末。愛おしい我が子の塊を目の前にした「トキタ」。日記の最後のページには若い頃の「トキタ」と綺麗な女性、そして「トキタ」の子供、三人が幸せそうに微笑む写真が貼られ。

 その横のページには読み取る事ができないほどに酷く書き殴られた文字と涙の後があった。日記を閉じて元の場所へと戻す。部屋の中は子供のなのだろう。ほとんどが新品同様であった。

 

 部屋を出ると、僕はただの塊となってしまった「トキタ」を見つめた。僕が好きになった。あの骨ばっていてスラリと伸びた指はもう二度とページを捲ることはないのだ。ふと、いつも「トキタ」が座っていた場所とテーブルを見ると先ほどあった日記と同じものだが、それより新しく見える日記が一冊置いてあった。僕はその日記を開く。



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