01
いつからか私の夢は、誰かと繋がっていた。
いや、誰かというのは正しくはないかもしれない。他の誰でもなく、彼は私自身であるのだから。
私の名前は皐月百合。呼吸器が昔から弱く、また体調を酷く崩しやすい為に、物心ついた時には既に病院の真っ白いベッドの上にいた。ベッドの上ではやれることも限られて、仕方なく毎日読書や勉強等をして過ごしている。
代わり映えのしない毎日。それが変化の兆しを見せたのは、きっとあの日だったように思う。
私はいつものように本を読んでいた。その日はいつも以上に体調が安定していたので、「たまには」と思い立ち、車椅子に乗り病室の窓に近づいたのだ。窓から見える自然の緑がとても綺麗で、心が安らいだのを覚えている。
確かにその日からだ。あのような夢を見るようになったのは。
窓から見えた彼の姿に見惚れた、あの日から。
「侑利!」
俺の名前を呼ぶ彼の声が聞こえた。
「ん?どうかしたか、光」
振り返ると、やはり彼がいた。人工的に手を加えているはずなのに、それを感じさせない綺麗な亜麻色の髪を持つ彼が。彼曰く、その亜麻色の髪は自慢の一つであるという。俺にしてみれば、彼にはもっと明るい色も似合いそうだと思ってるのだが、それを彼に言うといつも「この色が良いんだ」と笑う。
彼の名前は神原光稀。「俺」の親友にして、「私」の夢の切っ掛け。
私は毎日、夢を見る。
そこでの私は「皐月侑利」と名を変え、性別さえも変えた別の誰かになっている。
最初は戸惑った。何故か夢での私(彼)は、私の通うことの出来ない地元の高校に編入生として通い始めた。私の出来ないことの全てが彼には出来る。これは私の願望がもたらす短い夢であるのだとすぐに分かった。
それから、私が眠りにつくと彼が目覚め、彼が眠りにつくと私が目覚めるという不思議なサイクルが出来てしまった。
この夢はいつか覚めるのだろう。だからこそ、一日一日を大切にして過ごしている。
「侑利。今日の放課後、遊びに行こうぜ。」
「今日の放課後?…何処へ行くつもりだ?」
光はよく「遊び」と表して、様々な場所へと俺を連れていく。そこは、公園だったり、ゲームセンターだったり、映画館だったりする。
「もうすぐお前の誕生日だろ?だから下見!」
光はそう言って笑った。彼には笑顔がよく似合うとつくづく思う。
いつか、俺としてではなく、「私」として彼に再び出会うことが出来たらどんなに幸せなことだろう。と言っても、光は私の想像から生み出されたのだから、あの日出会った彼と光は似ても似つかないのだろうけど。
「そう言えばそうだっけ。」
「そう言えばってお前…。自分の誕生日だろうがよ。」
俺は無言で肩をすくめた。
「私」にとって誕生日とは何の意味も持たない日である。毎日、意味も持たず過ごす「私」には、何もかもが無意味に思えた。
「ところでさ、ずっと聞きたかったんだけど。お前って妹とかいる?」
誕生日の前日、光は俺に突拍子もなく聞いてきた。
「…いや。」
俺にも私にも兄弟はいない。
何故そんなことを?と不思議に思った。
そんな俺の様子に気付いたのか誤魔化すようにまくし立てた。要約すると「彼女が欲しかったので紹介してもらいたかった」とのこと。
光はいつも周りの女子がきゃーきゃーと騒いでいることに気付いていないのだろうか。恋人なら直ぐに作れると思うのだが。
「Happy Birthday!侑利!」
俺と私の誕生日。光が祝ってくれたことが嬉しかった。何も変わらない日であるはずの今日が、特別な日であると錯覚する程に。
――ふと、違和感を感じた。
光とあの日出会った彼が重なる。光の亜麻色の髪が黒く染まっていく。
そうだった。彼の髪は綺麗な黒色で、太陽の光を鮮やかに反射していた。
あの時私は、私の色素の薄い茶色がかった色とは違う、彼の色に惹かれたのだ。
そして気付いた。今日があの日から丁度一年だということに。
俺の身体が消えていく。
「俺」という存在が消えていく。
――優しい夢はこれで終わりだ。