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コノハの短編集

ヴァレンタイン・ラバーズ

作者: コノハ

 毎日の習慣、というものがある。毎日朝にコーヒーを飲む。毎日昼寝をする。毎日夜絵本を読む。誰もかれもがあるというものではないが、毎日の習慣がない、と言う人はそう多くないはずだ。

 彼、竹取 ミイは、放課後誰もいなくなった教室で本を読むことが毎日の習慣だった。日が落ちかけて、紅く染まった教室の中で、孤独に本をめくる。別に彼はそんな自分に陶酔していたわけでも、家に帰りたくないというわけでもない。ただ、夕焼けに染まる教室で本を読む、ということが好きなだけなのである。


 「……また読んでる」


 ……だが、本当にそれだけなのだろうか。それは彼自身もよくわかっていなかった。


 「悪いか、美衣子」

 「悪くはないよ。でも、根暗だって、言われない?」


 本当は、ここに毎日やってくる同級生、浅賀 美衣子と話がしたいだけではないか。最近、彼はそう思うようになってきた。それは、毎日の読書よりも、こうして美衣子が誰もいなくなった教室のドアを開けるのを、心待ちにしている節があったからである。彼は美衣子がやってくると、今まで読んでいた本を閉じ、椅子を引いて彼女の方を向いた。


 「ネクラ? 言われるさ。それがどうした」

 「……ははは、本当ミイって人のこと気にしないよね」

 「悪いか、美衣子」

 「悪くはないよ。でも、わがままだって言われない?」


 美衣子は心配そうにしながらミイが座っている席まで歩く。ミイのそばまでくると、彼が座っている前の席に座る。背もたれに顎を乗せ、見上げるようにしてミイと会話する。


 「わがまま、ね。そう言われるまで深く人と付き合ったことがない。これからもないだろうがな」

 「わがままだね、ミイって」

 「……それがどうした」

 

 ははは、とまた美衣子は苦笑した。彼女がミイとこうして話すようになってから一年が経ったが、彼女はいまだに彼の性格がつかめていなかった。口数が少なくて、ぶっきらぼうで。けれど、美衣子はそんな彼が嫌いではなかった。


 「どうもしないよ。……その本、哲学?」

 「ああ。悪いか?」


 どこまでもクールで、どこまでも冷静。それが、美衣子がミイと一年話した感想だった。とらえどころがない、というよりも、自分を出さない。


 「どんなことが書いてあるの?」

 「簡単なことだ。哲学には、初めて手を出すからな。入門編だ」

 「ぷっ……」


 ついこらえきれなくなった、という風に美衣子は噴きだした。

 

 「何が可笑しい」 


 笑われたというのに、ミイは何も思っていないようだった。そうふるまっているだけかもしれないが。


 「だって、ミイっていっつも難しい本読んでるイメージがあるから、入門編って……」

 「……何事も最初が肝心だ。……美衣子だってそうだったのだろう?」


 美衣子はときどき、哲学的な物思いにふけることがある。だから、ミイは彼女が哲学に詳しいと思っているのだ。


 「え? 私、哲学なんて知らないよ?」

 「……そうなのか?」

 「うん」


 あれほどしっかりとモノを考えているのに、不思議なものだ、と彼は思った。

 

 「しかし、あの話は……」

 「……神様の話?」

 「ああ」


 美衣子は言われて、あごに手を当てた。


 「……あんなの、哲学なんかじゃないよ。ただ、私のわがまま」

 「神はいない。神は偶像の産物であり……もっとも最初に人間が生み出した『架空の存在』である。普段明るい君が、そんなことを言っていたからな。哲学とは、君をそうも懐疑的にさせるものなのだろうかと、気になってな」


 そこで、ミイは閉じた本をまた開き、パラパラと項をめくった。


 「それで、どうだった?」

 「わからん」

 「珍しいね。ミイが本を読んでもわからない、っていうのは」

 

 美衣子はくすくすと笑った。いつもしたり顔で物事について話す彼が、気難しそうな顔をしているのがおかしかったのだ。ミイは本をめくるのをやめると、彼女に向き直る。


 「……悪いか?」

 「悪くないよ。それで、見つかりそう?」

 「……いや」


 ミイは半ばあきらめかけていた。もう哲学関係の本は何冊も読んだが、その中に美衣子が神に関して懐疑的になる原因となるものは、何も見つからなかった。


 「本人に聞いたほうがいいかもな」

 「……かもね」


 彼女は乗り気でなかった。むしろどこか拒否的だった。


 「なぜ、神はいないと?」

 「神様がいたらね、きっと、世界はもっとやさしいと思う」

 「……辛いのか、現状が」

 

 彼女はミイの問いに首を振った。


 「……ううん。私のはもっと簡単な欲望だよ。世界にはもっとつらくて、もっと絶望している人もいるんだし……」

 「君が辛いのかどうかと聞いているのだが」

 

 ミイは重ねて聞いた。


 「……辛いよ。でも、でもね、ミイ。私ね、ちょっとうれしいんだ」

 「何がだ」

 「……こうして、ミイと話すのが」


 少しだけ頬を染めて、美衣子は言った。彼女は毎日こうして彼と話しているうちに、ある一定の感情を、彼に向けるようになった。


 「うれしい?」

 「うん。だって、今日、私ある目的があって、ミイに近づいたんだもん。わざわざ放課後、人気のない今を狙って」

 「……なんだ。俺を暗殺でもしたいのか?」


 いぶかしげに彼は聞いたが、彼女は可笑しくて噴き出した。


 「ぷっ……。暗殺って……! 面白いね、ミイは」

 「……そうか」

 「ああ~面白い。面白くて……涙でそう」


 美衣子が目元をこすると、その指はわずかに液体でぬれていた。それは本当に笑いからもれたしずくなのか。


 「そこまで面白いか?」

 「うん。……もう。面白いミイにプレゼントあげる」

 「……?」


 彼女は立ち上がると、自分の席まで行く。机の中をごそごそと探ると、またミイの元へと戻ってくる。

 すでに彼は本に視線を移しており、美衣子が何をしにいったのかはわからない。


 「ねえ。……また本か」

 「これが好きなんだ。悪いか?」

 「悪いよ」


 普段と違う受け答えをされて、ミイは驚いて顔を上げた。すると、そこには。


 「……」

 「ミイは、本当に鈍感だね。今日ほかの男子と会話しなかったの?」


 すると、そこにはかわいらしくラッピングされた小さな箱を大切そうに両手で持った美衣子がいた。


 「しなかった。今日も、いつもと変わらない日常だと思ったから」

 「……もう。ちょっとは社交性持ちなさい」

 「これが俺だ。……悪いか?」


 ミイは、柄にもなく緊張していた。今日、この日にこれを渡される意味は、さすがの彼でも理解している。しているからこそ、彼の心拍は上昇し、全身が強張り、頬が上気する。


 「悪くないよ。だって、ミイがそんな性格してるおかげで、私はこうして、たった一人で、ライバルを一人も作ることなく、これを手渡せるんだから。悪いのは、ミイの性格を『しめしめ』って思う私」

 「悪いものか」


 内心どきどきしながら、それでも必死で冷静をつくろって、ミイは答える。


 「悪いものか。人が人を手に入れようとしたときに、多少腹黒くなるのは当たり前のことだ。少なくとも、俺はそうだ」

 「……ありがと」


 照れくさそうにお礼を言うと、彼女は手に持っている箱を、ミイのほうへと差し出す。


 「……ずっと前から好きでした。付き合ってください」


 そんな、告白の言葉とともに。


 「……お、俺は」


 ミイは、予想をしていた言葉をそのまま言われて、言葉に詰まった。これを、受け取ってもよいのだろうか。確かに、彼は美衣子と出会うたび、何かを感じていた。けれど、それは恋愛というにはあまりにも淡い感情だった。それなのに、こんなにも想いが詰まった箱を、受け取ってもかまわないのだろうか。


 「ミイ。今日はバレンタイン。答えるのはまた今度でもいいから……せめて、受け取って」


 長い沈黙をどう受け取ったのか、美衣子は悲しそうにいった。

 

 「……ああ」


 いつものように冷静でいようと思った末、そんなぶっきらぼうな返事になってしまった。その反応が、彼女の悪い想像をさらに加速させた。彼が箱を受け取ったのを確認すると、きびすを返し、一気に教室の外に出ようとする。


 「待てっ!」


 立ち上がって、声を荒げて、彼は引き止めた。弱弱しく、美衣子は振り返る。


 「……何? 私は……ミイの心を、掴めなかった。だから」

 「俺は」


 彼の心拍はどんどん上がる。今までここで交わした多くの会話が走馬灯のようによみがえる。会話を交わすたびに込みあがってきた熱い感情。もし、それに名前を、ラベルをつけるのならきっと……


 「俺は、美衣子のことが好きだ」


 きっと、『恋』というものになるのだろう。


 「……ふぇ?」


 今度は、言われた彼女が困惑する番だった。


 「俺は君のことが好きだった。今気づいた。さっきのせりふをそのまま返そう。ずっと前から好きでした。付き合ってください」



 まくし立てるように一気に言うと、ミイは彼女のそばまで走った。一瞬ためらって、抱きしめる。美衣子も、されるがままだった。


 「……ありがと、ミイ」

 「こちらこそ、ありがとう」


 二人は見つめあい、そして、次第に顔と顔との距離が近づいていき、そして……。








 そして、一年越しの恋は成就したのである。

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