木枯らしがふく。孤独になる。
ラジオ大賞参加作品
使用キーワード:木枯らし
しいなここみさま「冬のホラー企画4」参加作品
使用キーワード:体温
木枯らしがふく。その空気の移動が、鼓膜を震わせる。残滓ともいえる落ち葉を踏みつけ、遠くの方の空気の動きを感じる。耳の奥で、不協和音が鳴り響く。
私は林の中で、孤独だ。人はおろか、動物、虫さえ目に入らない。あるのは植物。惰性で生き延びているだけの、有機物。
寒い。体温が下がっているのだろう。厚手のダウンジャケットを着てきたが、これでも寒い。既に手先の感覚は無くなっている。今なら触れられても気づかない。
私は立ち止まった。振り返ると、これまで歩いてきた道なき道が見える。全ては落ち葉に覆われ、必死に自らを隠蔽していた。
その中で、ひとひらの葉が舞っている。もう冬だというのにみずみずしい緑色だ。私はしばらくそれを見つめていたが、やがて葉が地面に落ち、他の葉と混ざると興味をなくした。
私は再び前を向き、歩き出す。何があるかはわからない、林の奥へと。
ふと、これまで鳴っていた音とは違う音が耳に入ってくる。
それは、山奥の忘れ去られたピアノのようで。終末世界で流れる、水のようで。
そして――女の、掠れた泣き声のようで。
私は、顔を上げた。
林の奥には、人影が見えた。
こんな田舎の林の奥で、偶々人に出会うわけがない。そんなことはわかっていた。けれど希望はもっていた。いや、もちたかったというのが正しいだろう。
私は孤独だった。仲間が欲しかった。せめて、となりあって座るような。
そんなこんなで、私は人影を見つけた時、舞い踊るほど嬉しかった。
驚かせないよう、けれど着実に影へと近づいてゆく。
影まで数十メートルというところで、気がついた。
影は影ではなかった。半透明で、それ自体が本体なのだ。
私は立ち止まった。
影――もとい、本体はこちらを向いた。否、そのように見えただけだ。そいつには顔がなかった。
そいつと私はしばらく見つめ合った。睨み合ったと言っても良い。
そして、そいつは消えた。先端から、溶けるように。
私は残念だった。
孤独を癒してくれると思ったのに、消えてしまった。
未だふきつづける木枯らしに溶けるように小さく呟く。
「初めて見たから味くらい知りたかったな」
男はまだ孤独ではない。男の中には、これまでに食べた命が詰まっているのだ。




