第一部 第一章 第6話
駐屯地に到着した十五班は、まず携行品を所定の兵舎に運び入れると、休む間もなく駐屯地内の作戦指令室へと案内された。
「……ここが、指令室なのね」
レティアが思わず息を呑む。
「想像してたより、ずっと広いわ」
アリスは静かに頷きながら、周囲を見渡した。
指令室に足を踏み入れると、その広さに圧倒される。
部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、その周りには一列に並んだ椅子が並べられていた。
「学院の教室よりも……ずっと整ってる」
レティアが小声で呟く。
「ええ。まるで研究棟と司令室を合わせたみたい」
アリスの声は落ち着いていたが、瞳にはわずかな驚きが浮かんでいた。
指令室全体は、まるで古代の要塞を彷彿とさせる重厚な石造りの壁で囲まれており、その間に近未来的な魔導機器が調和して設置されている。
壁一面には巨大な魔導モニタがあり、淡い青白い光を放ち、その中に立体的に表示される地図が浮かび上がっている。
部屋の空気は静かで冷たいが、どこか緊張感が漂っていた。
「空気まで違う感じがする……」
「ええ。ここは本物の“前線”ね」
アリスは視線を上げ、魔導モニタに映る光景を見つめた。
そのモニタに映し出されたのは、今回の演習エリアであるミラージュ王国領の詳細な地図だ。
地図には、古代遺跡の入り口や魔獣の巣がマーキングされ、リアルタイムで更新される情報が反映されていた。
「……すごい。これ、全部立体投影なの?」
「ええ。学院の端末より精度が高いわ。観測範囲も広い」
アリスが淡々と答える。
レティアは地図の一部を指さし、首を傾げた。
「この印……赤い点は魔獣反応?」
「そう。たぶん監視班が更新してる。情報が生きてる証拠ね」
「まるで、現実の戦場をそのまま映してるみたい……」
「そうね。――だから、私たちも現実の一部として動くのよ」
二人の視線が再びモニタへと重なった。
淡い青白い光が、静かな緊張とともに彼女たちの頬を照らしていた。
重厚な扉が静かに開き、冷たい空気が一気に流れ込んだ。
その音に、指令室内のざわめきがすっと収まる。
扉の向こうから現れたのは、ミラージュ王国第一魔導騎士団団長――エルネスト・ルヴェリエ。
銀糸の髪を後ろで束ね、蒼の軍装を正確に着こなした姿は、威圧よりも静かな威厳を纏っていた。
その背後には、若い将校が一歩下がって続く。
栗色の髪を整えた青年――ディラン・ハースト少尉である。
エルネストは室内に足を踏み入れると、周囲をゆっくりと見渡し、静かな声で言った。
「皆様、お待たせしました」
低く響くその声に、場内の全員が姿勢を正した。
ディランもそれに倣い、敬礼をして団長の隣に立つ。
やがて、エルネスト・ルヴェリエ団長は、部屋の中央に立ち、深く一礼した後、落ち着いた口調で挨拶を始めた。
「改めまして、皆様。ミラージュ王国第一魔導騎士団団長、エルネスト・ルヴェリエです」
団長は軽く頭を下げると、少し間を取って続けた。
「この演習では、皆様に非常に重要な任務をお願いすることになります。私たちは共に過酷な環境に立ち向かい、新たな知識と経験を得るでしょう」
エルネストは、部屋に集まった全員に真摯な眼差しを向けた。
「我々が安全に、そして有意義にこの演習を終えるためには、皆さん一人ひとりの力が必要です。どうか、力を合わせて最善を尽くしていただきたい」
彼は一息つき、微笑みを浮かべながら次の言葉を続けた。
「それでは、演習エリアの詳細な説明を――ディラン・ハースト少尉にお願いしましょう」
エルネストが手を引いて、部屋の隅にいる青年に目を向けた。
ディラン・ハースト少尉は団長の合図を受けて前に歩み出し、しっかりとした声で説明を始めた。
「皆様、私の名前はディラン・ハースト。ミラージュ王国第一魔導騎士団に所属しています。これから演習エリアの詳細についてお話しします」
彼は指を軽く動かし、マジックビジョンの画面に触れると、立体的に表示されている地図が拡大された。
地図上の特に注目すべき区域が明確にハイライトされ、周囲の細かな獣道や急斜面、古代遺跡の位置が詳細に表示された。
「今回の演習エリアは、密林の中に点在する古代遺跡を探索するというものです」
ディランは、手にしたマジックビジョンを使って地図上で重要なポイントを指し示しながら、続けた。
「ここには、ストーンバック・ウルフやスレイトフォックス、ランチサーペントといった魔獣の縄張りもあります。これらの魔獣は非常に危険で、エリアの奥地では群れを成して出現する可能性も高いです」
ディランはその説明が終わると、班員たちを見渡し、慎重に言葉を続けた。
「また、この地域は霧が発生しやすく、視界を奪われることもあります。魔獣の気配も霧に紛れやすく、周囲の警戒を怠ることはできません」
班員たちはその説明を真剣に聞き入れ、アリスとレティアもそれぞれ手にしたマジックビジョンで地図を確認しながら、ディランの言葉に集中していた。
「ここから先の道のりは、いわば天然の迷路のようなものです」
ディランは少しだけ表情を引き締めて言った。
「獣道や急斜面は数多く存在し、完全に網羅された地図はありません。最新の偵察結果に基づいて、最も安全と思われるルートを選びつつ、勘を頼りに進んでいくことになります」
その言葉に、班員たちは少し緊張を感じ取ったが、レオ班長が後ろから声をかけ、安心感を与えた。
「だからこそ、お前たちがいるんだ。しっかり頼りにしてるからな」
アリスとレティアは、班の一員としてその言葉に力強く応え、ディランの説明を胸に刻んだ。
室内では他の支援要員や連絡役の騎士たちが、それぞれ情報を交わし合っており、魔導機器の微かな駆動音が響く中、立体地図には赤く光る警戒区域とともに、無数の進入ポイントが示されていた。
「全ての情報はここで把握できます」
ディランが改めて地図を指し示すと、アリスが小さく頷き、レティアもその情報をしっかりと頭に刻み込んでいった。
「さて、これで演習のルートと警戒ポイントについては確認できました。次は、実際の準備と装備点検を行い、後日、作戦指令室で詳細の打ち合わせを行います」
ディランが締めくくると、班員たちはそれぞれ準備を整えるべく動き始めた。
その時、レオ班長が一歩前に出て、全員に向き直った。
「十五班、聞け。これより装備の支給を行う」
低く通る声が室内に響き、動きかけていた班員たちが再び静止する。
「今回の演習における標準武装は――魔導ライフル一丁、そして近接用に魔導剣を各自に支給する」
言葉に合わせて、後方の補給係が魔導ケースを開き、整然と並んだ武装を台上に並べていく。
「ライフルはCBR―01汎用型。魔導弾と実弾の両方を使用できる。射撃時の反動は魔力制御で軽減されているから、初使用でも問題ないはずだ」
レオは一呼吸置き、鋭い視線を全員に向けた。
「ただし――魔導弾と実弾の切り替えは、カートリッジ交換によって行う。即座にモードを変えられるわけじゃないから注意しろ。戦闘中に無闇に切り替えるなよ、判断を誤れば装填遅れが命取りになる」
その言葉に、アリスが静かに手元のライフルを見下ろし、指で銃身の継ぎ目をなぞった。
「……やっぱり、双層式の魔力導管構造ね。実弾用の衝撃吸収層と魔導弾用の符術層が独立してる。切り替えに時間がかかるのも納得だわ」
隣でレティアが感心したように目を瞬く。
「見ただけでそこまでわかるの? すごいね……」
アリスは小さく笑みを浮かべた。
「学院で少し研究してたの。こういう構造、弱点も利点もよく知ってるつもりよ」
「ふむ、頼もしいな」
レオが短く笑みを漏らし、軽く顎を引いた。
「その知識、現場でも活かしてくれ」
「剣は軽量型の魔導剣 《スタンダード・ブレード》。耐久強化済みで、術式干渉にもある程度耐えられる。魔力量に応じて刃の輝度が変わるから、出力確認にも使える」
レオは一本を手に取り、刃をわずかに抜いて光を見せた。
蒼白い光が一瞬、室内の壁に反射する。
「そして、もうひとつ」
レオは腰のポーチから黒い小型ケースを取り出し、指先で開いた。
「これは通信装備だ。イヤホン型の魔導式通信端末――通常なら半径五百メートルが通話範囲だが、今回は魔力干渉が強い地帯を想定している。だから安定範囲は五十から百メートル前後になる」
彼はひとつを取り出し、指で軽く示す。
「干渉下でも最低限の通信は確保できる。緊急時の連絡はこのチャンネルを使え。魔力同調で声を拾うから、囁きでも届く」
「魔導通信……携帯型は初めて見るわ」
レティアが興味深げに目を細める。
アリスは静かに受け取り、耳に当てる部分を確かめながら頷いた。
「軽いのに、構造が複雑ね。……外部魔力に反応する共鳴型か」
「さすがだな。正解だ」
レオは満足げに頷く。
「この通信端末は魔力干渉を逆利用して、共鳴波で音声を拾う仕組みだ。学院の演習よりもずっと実戦寄りだと思え」
班員たちは一斉に装備を受け取り、各自の腰や背に固定していく。
金属音と革の軋む音が重なり、緊張の中にわずかな高揚感が混ざった。
アリスとレティアも先ほど、ミラージュ王国から貸与され、腰に携行していた薄型のマジックビジョンを起動し、演習データを即座に同期させる。
手の中の透過スクリーンに、同じ立体地図と進路が正確に投影された。
「わ……すごい、本当に一瞬で反映されるんだ……」
レティアが思わず小声で呟くと、アリスも頷きながら指先で地図をスライドさせる。
「これなら移動中でもルートを確認できるわ。……これで迷子にはならないはずね」
そのリアルタイム性能に驚きを隠せずにいた。
魔導ライフルの起動音と通信端末の微かな共鳴が、静かな空気の中に混ざり合う。
レオ班長は全員の動きを見渡し、再び前に出て声を張った。
「よし、十五班。装備支給完了――各自、魔力同調を済ませろ」
そして一拍置いて、力強く告げる。
「さて、皆、準備はできたか? これからは一人一人が頼りにされる時だ」
彼は班員たちの顔を見回し、最後に胸を張って言った。
「ミラージュ王国第一魔導騎士団と共に、この任務を達成するぞ!」
その言葉に、班員たちは一斉に応じ、声を重ねた。
その響きが天井に反射し、魔導灯の光が微かに揺らめく。
百名規模の大指令室に響く魔導機器の駆動音の中で――
十五班の冒険は、いよいよ現実味を帯びて動き始めた。




