閑話 第一六二回 王立魔導学院 学内武術競技会 -四年次- 第23話
アリスが先に動き、まだ平坦なまま残されている石畳へ向かって駆け出した。
そこはクラウスが壊した場所でも、自分が壊した場所でもない。
クラウスもその意図を探りながら追い、二人はほとんど距離を変えないまま試合場の外側へ移っていく。
「そこを使うのか?」
「はい」
アリスは短く答え、左手を上げた。
三つの術式が展開され、クラウスの左右と後方、それぞれ異なる場所へ照準を向ける。
クラウスは術式だけを追わず、アリスとの距離と周囲の足場を確認しながら進路を僅かに変えた。
アリスが左手を振ると、三発の魔力弾がクラウスの周囲へ放たれた。
狙われたのはクラウス本人ではなく、右側と左側、そして後方に残された石畳だった。
三発が相次いで着弾し、乾いた破砕音とともに足場を崩していく。
平坦な場所は前方だけに残された。
クラウスがそこへ踏み込むと、その先にはすでにアリスが待っている。
振り下ろされた剣を斜めに受け流し、クラウスは身体を外側へ逃がそうとした。
だが、その方向には先ほど砕かれた石畳が広がっている。
足を置けないわけではないが、踏み込めば確実に速度が落ちる。
クラウスは無理に逃げず、その場で剣を返してアリスの二撃目を受け止めた。
甲高い金属音が響き、二本の剣が至近距離で押し合う。
クラウスは足元へ一度だけ視線を落とし、左右に広がる砕けた石畳を確認した。
それからアリスへ視線を戻し、小さく息を吐く。
「場所を壊したかったんじゃないな」
「はい」
「残したかったのか」
「そういうことです」
アリスは剣を滑らせながら距離を取り、再び正面へ構えた。
壊れた場所を増やすだけなら、クラウスとやっていることは同じだった。
必要なのは使える場所をすべてなくすことではなく、使える場所を意図的に残すことだった。
そこだけなら安全だと思わせれば、相手がどこへ動くのかを読む必要はない。
自分が相手の進む場所を決めればいい。
先ほどまで続いていた読み合いを、アリスは試合場そのものへ置き換えていた。
「……嫌なこと考えるな」
「クラウス先輩に言われたくないです」
「俺はそこまでしてない」
「さっき石に乗せられましたけど?」
「……それを言われると弱いな」
アリスが少し笑う。
だが、クラウスもすぐに剣を構え直し、左手へ魔力を集めた。
四つの術式が展開され、その照準が自分ではなく石畳へ向いていることにアリスも気づく。
「でも、一回見せた」
「はい」
「なら、次は俺も使える」
「ですよね」
四発の魔力弾が連続して放たれ、アリスの右側と後方、さらに左前方の石畳を砕いた。
今度はクラウスが、アリスの使える平坦な進路を一つだけ残している。
その先ではクラウスが剣を構え、アリスが来るのを待っていた。
アリスはそちらへ向かわなかった。
逆に正面へ踏み込み、自分から砕かれた石畳へ足を入れる。
細かな破片へ爪先を置き、滑る前に次の一歩を踏み出して、不安定な足場を駆け抜けた。
「……そっちを選ぶのか」
「選ばされたくないので」
クラウスの剣が横から迫り、アリスは身体を回しながら斜めに刃を合わせた。
接触した瞬間に足元の石が滑ったが、無理に踏み止まらず、その動きに合わせて身体を横へ流す。
クラウスの剣が僅かに外れ、その隙へ踏み込んだアリスが下から剣を振り上げた。
クラウスは剣を差し込んで受け止める。
アリスは押し合わずに刃を引き、同時に左手へ術式を展開して後方を塞いだ。
クラウスは下がらず、逆に距離を潰すことで術式の射角から外れる。
アリスもすぐに術式を解除し、身体を左へ回して側面へ抜けようとした。
その進路へクラウスの剣が追い、アリスは受け流しながらさらに外側へ逃れる。
だが、そこにはクラウスが先ほど壊した石畳が待っていた。
「今度はそっちだ」
「分かってます」
アリスは砕けた石の隙間へ踵を落とさず、爪先だけで踏み切って小さく跳んだ。
クラウスの剣を空中でかわした直後、その着地地点へ二つの術式が向けられる。
アリスは着地直前に防御術式を斜めへ張り、一発目の魔力弾を外側へ逸らした。
二発目は身体を沈めて頭上へ通し、そのまま着地と同時に前へ出る。
まだ障壁が残っている間に距離を潰し、上から落ちてきたクラウスの剣を受け止めた。
同時に障壁を解除すると、左手をクラウスの脇腹へ向けて魔力弾を放つ。
クラウスも即座に防御術式を展開した。
至近距離で魔力が弾け、白い光が二人の間へ広がる。
アリスは光が消えるより先に身体を沈め、障壁の下へ潜り込むように剣を振り上げた。
クラウスは自分から障壁を解除して後ろへ下がり、胸元へ迫った刃先を紙一重で外した。
だが、その着地点にはすでにアリスの術式が一つ展開されている。
クラウスは横へ跳んで射線から逃れたものの、そこには砕けた石畳が広がっていた。
着地の瞬間だけ、クラウスの動きが鈍る。
アリスはその隙を逃さず距離を詰め、横薙ぎに剣を振り抜いた。
クラウスは剣を縦に立てて受け止め、その衝撃を利用して後方へ距離を取る。
アリスは追わなかった。
代わりに左手を高く掲げると、その周囲へ次々と術式が展開されていく。
三つ、五つと増えても止まらず、やがて十を超える魔力の光がアリスの背後と左右へ広がった。
「……待て」
「はい?」
「それは、さすがに多くないか?」
「そうですか?」
「そうだろ」
アリスは首を僅かに傾げた。
その間にも新たな術式が加わり、クラウスを半円状に包むように配置されていく。
これまでアリスが使っていた数とは、明らかに違っていた。
「……いつから、そんな戦い方をするようになった?」
「セオ先輩に、学びました」
「……あいつか」
「はい。いっぱい撃たれるの、処理が大変だったので。」
「それを、今度は俺にやるのか?」
アリスは迷うことなく頷いた。
「はい」
「嫌なところを学んだな」
「使えそうだったので」
アリスの周囲を埋めた術式が一斉に輝いた。
十を超える魔力弾が僅かな時間差をつけながら放たれ、正面だけでなく左右と上方からもクラウスへ殺到する。
さらに数発はクラウス本人ではなく、その周囲に残された石畳へ向かって飛んでいった。
クラウスは右へ踏み込み、最初の一発を剣で外側へ弾いた。
続く二発目を防御術式で逸らし、三発目は身体を沈めてかわす。
だが、そのまま進もうとした右前方へ別の魔力弾が着弾し、クラウスは進路を左へ切り替えた。
そこへ二発が時間差で迫る。
一発を剣で弾いたものの、もう一発を障壁で受けた瞬間に足が止まった。
その一瞬には、アリス自身が弾幕の中へ走り込んでいる。
「君まで来るのか!」
「その方が大変かなって」
「大変だよ!」
まだ複数の魔力弾が飛び交う中、アリスは自分が作った射線の隙間を抜けて間合いへ入った。
右上から振り下ろされた剣をクラウスが受け止め、二本の刃が激しくぶつかる。
アリスは一度剣を引き、左後方へ残していた術式を発動させた。
背後から迫る魔力弾に気づき、クラウスは振り返らずに横へ身体を逃がした。
だが、その移動先へ別の二発が飛び込み、一発を剣で弾いた直後にもう一発を障壁で受ける。
そこへアリスが再び踏み込み、低い位置から剣を振り上げた。
クラウスは身体を捻って刃を外し、そのままアリスの側面へ回り込もうとする。
だが、足元へ魔力弾が着弾し、進もうとした石畳が砕けた。
足を止めれば次が来ると判断し、クラウスは逆にアリスへ向かって踏み込む。
二本の剣が正面から激突した。
クラウスは押し返しながら左手を向け、至近距離へ術式を展開する。
アリスは魔力弾が放たれる直前に左へ身体をずらし、肩の横を通過させた。
クラウスはその回避を待っていた。
剣を引くと同時に右足を深く踏み込み、横薙ぎの一撃をアリスの軽量アーマーへ向ける。
アリスは剣を立てて受け止め、衝撃に逆らわず後方へ跳んだ。
その着地点へ二つ目の術式が向けられる。
二発の魔力弾が時間差で迫り、アリスは一発目を防御術式で外側へ流した。
二発目には剣を合わせ、魔力を纏わせた刃で軌道を逸らす。
弾かれた魔力弾が石畳へ着弾し、破片と粉塵が舞い上がった。
クラウスはその向こうから距離を詰めようとするが、アリスの周囲にはすでに五つの術式が展開されている。
先ほどより数は少ないものの、その配置はクラウスの左右と後方へ大きく広がっていた。
最初の一発がクラウスの進行方向へ飛ぶ。
避けた先へ二発目が向かい、そこで止まれば三発目が正面から迫る。
残る二発は発動せず、左右へ照準を残したままクラウスの判断を縛っていた。
「……セオのとは違うな」
「はい」
「数を増やしただけじゃない」
「そのままだと、クラウス先輩には避けられそうなので」
「だから、避けた先を狙ってるのか」
「それもあります」
発動していなかった二つの術式が、そこで初めて向きを変えた。
狙われたのはクラウスではなく、その左右に残された石畳だった。
二発が着弾し、クラウスの左右で足場が同時に崩れる。
使える場所は中央に残された細い進路だけとなった。
そこへアリスが正面から踏み込み、クラウスも退かずに剣を合わせる。
アリスの剣を右へ流しながら、クラウスは左手へ術式を展開した。
アリスは魔法を警戒し、僅かに身体を左へずらす。
だが、クラウスは術式を発動せず、その動きで空いた脇腹へ剣を返した。
アリスは剣を戻すより先に、身体の横へ薄い防御術式を展開する。
クラウスの剣が障壁へ触れ、斜めに外側へ滑った。
刃が軽量アーマーのすぐ横を通過し、その間にアリスの左手がクラウスへ向く。
至近距離から放たれた魔力弾を、クラウスは上体を反らしてかわした。
アリスは魔法を追わず、すぐに剣を下から振り上げる。
クラウスも身体を戻しながら剣を差し込み、二本の刃が胸元の前で激突した。
アリスがさらに一歩押し込み、クラウスの踵が砕けた石畳の手前まで下がる。
後ろへ下がれば足場が悪く、左右もすでに崩されている。
正面にはアリスがいる。
クラウスは一瞬だけ周囲へ視線を走らせた。
アリスはそれを見て、さらに剣へ力を込める。
だが、クラウスは押し返そうとはせず、左手を自分の足元へ向けた。
そこへ術式が現れた瞬間、アリスの目が僅かに見開かれる。
「えっ?」
クラウスが自分の足元へ魔力弾を撃ち込んだ。
石畳が砕けた衝撃を利用して身体を後方へ投げ出し、アリスが残した進路そのものから強引に外れる。
破片の上を転がるように着地すると、すぐに剣を構え直した。
「そう来ますか……!」
「行ける場所がないなら、作ればいい!」
クラウスは着地と同時に三つの術式を展開した。
一発はアリス本人へ向かい、残る二発は右側と後方の石畳を狙っている。
アリスは最初の一発を剣で弾き、右へ逃げようとしたところで二発目の狙いに気づいた。
進路を変えて前へ出る。
そこへクラウスが踏み込み、アリスが前へ来ることを見越した剣を低い位置から伸ばした。
アリスは咄嗟に剣を下へ差し込み、軽量アーマーへ迫った刃を弾く。
クラウスはすぐに剣を引き、左手をアリスの腹部へ向けた。
アリスも同時に防御術式を展開し、至近距離から放たれた魔力弾を受け止める。
衝撃で一歩下がったところへ、クラウスの剣が右から追ってきた。
アリスは受け流し、さらに続く一撃を半歩下がって外した。
その着地点へ、残されていた三発目の魔力弾が飛び込んでくる。
横へ跳んでかわしたものの、着地した場所には細かな石片が散っていた。
右足が僅かに滑る。
クラウスはその瞬間まで追い、姿勢が戻るより先に剣を突き込んだ。
アリスは横から剣を叩きつけて軌道を外すが、刃先が腰の軽量アーマーすれすれを通過する。
アリスは滑った右足をそのまま軸にして身体を回した。
低い姿勢から横薙ぎに剣を振り抜くと、クラウスは後ろへ跳んで刃をかわす。
その着地点へ、再び三つの術式が展開された。
「またか!」
「まだあります!」
三発が時間差で放たれ、クラウスは一発目を剣で弾いた。
二発目を障壁で受け、三発目をかわすために左へ踏み込む。
そこへアリスが一気に加速し、先ほどまでより速く間合いを詰めた。
正面から剣を振ると見せ、途中で軌道を変える。
クラウスの剣の外側へ刃を滑らせ、そのまま軽量アーマーへ届く角度へ身体を入れた。
クラウスも身体を捻り、剣から逃れようとする。
その逃げる側へアリスの術式が一つ現れた。
魔法を避ければ剣から逃げられず、剣を避ければ魔法の射線へ入る。
クラウスは一瞬だけ両方を確認すると、どちらからも逃げなかった。
「……そういうことか!」
逆にアリスへ向かって踏み込み、剣を持つ右腕へ肩をぶつける。
アリスの剣筋がずれ、同時に放たれた魔力弾もクラウスの背後を通過した。
だが、アリスもその接近を利用し、ぶつかった勢いに逆らわず身体を回して位置を入れ替える。
クラウスの背後には、アリスが意図的に残した平坦な石畳がある。
アリスが踏み込み、クラウスも振り返りながら剣を返した。
二本の刃が激しくぶつかり、互いに外側へ弾かれる。
その瞬間、アリスの背後へ四つの術式が展開された。
クラウスは正面へ防御術式を張り、最初の一発を受け止める。
だが、続く二発はクラウスではなく、左右に残された石畳へ着弾した。
左右の足場が崩れ、最後の術式だけが発動せず残る。
クラウスの正面にはアリスがいて、後ろには唯一残された平坦な場所がある。
クラウスは一瞬だけ迷い、その平坦な場所へ下がった。
「そこです」
アリスが追い、上段から剣を振り下ろした。
クラウスが受け止めると同時に、残されていた術式がその後方へ照準を合わせる。
前へ出れば剣があり、後ろへ下がれば魔法がある。
クラウスは剣を押し返した。
アリスも退かず、二本の刃が甲高い音を立てながら擦れ合う。
そこでクラウスが突然力を抜き、アリスの剣を前へ流した。
クラウスは身体を沈め、その下を抜けようとする。
アリスは剣では追わず、代わりに左手を振った。
最後まで残していた術式から、クラウスの進路へ魔力弾が放たれる。
クラウスは身体を捻り、脇腹すれすれで魔力弾をかわした。
だが、その回避で身体が開く。
流れていたアリスの剣が、その瞬間に戻ってきた。
乾いた音が響いた。
クラウスの腰から軽量アーマーが一つ外れ、石畳の上を跳ねながら転がっていく。
観客席から大きな歓声が上がる中、クラウスは数歩離れたところで止まった。
アリスも無理に追わず、剣を構えたまま呼吸を整える。
残る軽量アーマーは、アリスが二つ。
クラウスは一つ。
互角へ戻されていた勝負で、再びアリスが一歩先へ出た。
「……取ったな」
「はい」
「弾幕まで使って、最後はそこか」
「いっぱい撃つだけでも大変ですけど、逃げる場所が決まってた方がもっと楽なので」
「君がな」
アリスは少し考えてから頷いた。
「はい。私が」
「そこは否定してくれ」
「でも、本当なので」
クラウスが小さく笑う。
それでも剣を下ろすことはなく、残された最後の軽量アーマーへ一度だけ視線を落とした。
再びアリスへ向き直ると、今度は左手を下げたまま剣を正面へ構える。
「なら、次は俺が楽をする」
「嫌です」
「即答か」
「取られたくないので」
クラウスが踏み込んだ。
今度は術式を先に見せず、剣だけを正面へ置いて一直線に距離を潰してくる。
アリスも迎え撃ち、二本の剣が中央で激しく衝突した。
クラウスは一撃で押し切ろうとはしない。
剣を弾かれればすぐに逆側から返し、アリスが受ければ半歩だけ位置を変える。
少しずつ角度をずらしながら、アリスを足場の悪い側へ追い込んでいった。
アリスも同じ方向へ二度続けて下がらず、受けるたびに身体の向きを変える。
クラウスの左手が動いても術式の有無を読もうとはせず、剣への対応を優先した。
術式が現れ、実際に魔力弾が放たれてから身体をずらす。
かわした先へクラウスの剣が来た。
アリスは受け止めるが、その衝撃で右足が半歩下がる。
そこにはクラウスが先ほど砕いた石畳が広がっていた。
アリスはさらに下がらず、逆に剣を押し返して前へ出ようとする。
その瞬間、正面へクラウスの防御術式が展開された。
アリスの剣が障壁へ触れる。
クラウスは障壁ごと身体を斜めへずらし、アリスの剣を外側へ流した。
同時に左足を進行方向へ踏み込み、アリスの身体を右へ向けさせる。
そこへ魔力弾が放たれた。
アリスは防御術式で受ける。
だが、障壁の反対側からクラウスの剣が迫っていた。
アリスはすぐに障壁を消し、剣を戻そうとする。
間に合わない。
身体を後ろへ倒し、クラウスの刃を胸元すれすれで通過させる。
そのまま左手を地面へつき、片足を軸に身体を回してクラウスの横を抜けた。
立ち上がるより先に剣を振るが、クラウスも振り返りながら受け止める。
互いの剣が弾かれた。
アリスの左手に術式が現れるが、クラウスは発動を待たずに一気に距離を詰める。
左腕を自由に使いにくい間合いへ入り、低い位置から剣を振り上げた。
「近い……!」
「撃たせなければいい!」
アリスは柄を両手で握り、正面から剣を受け止めた。
衝撃で身体が僅かに浮き、後方へ一歩押し出される。
クラウスは着地した瞬間へ横薙ぎの一撃を重ねた。
アリスは剣で受け流す。
その先へクラウスの左手が向けられ、至近距離から魔力弾が放たれた。
身体を捻って直撃は避けたものの、魔力弾が脇腹を掠めて姿勢が崩れる。
クラウスの剣がすぐに追ってきた。
アリスは自分の剣を差し込んで受け止めるが、十分に力を入れられず一歩押し込まれる。
さらに下がった踵が、砕けた石の手前へ触れた。
先ほどクラウスに一本取られたときと、よく似た形だった。
アリスもそれに気づき、同じ手は使わせまいと重心を前へ移す。
クラウスはその反応を確認した瞬間、剣から力を抜いた。
「っ!」
押し返そうとしていたアリスの身体が前へ流れる。
クラウスは横へ抜け、すれ違いざまに剣を返した。
アリスも腰を捻って剣を戻すが、僅かに遅い。
乾いた音が響いた。
アリスの腰から軽量アーマーが外れ、石畳へ落ちた。
観客席から歓声が上がり、アリスは数歩進んでから振り返る。
クラウスもすでに剣を構え直していた。
互いの腰に残る軽量アーマーは、一つだけ。
次に取られた方が負ける。
長く続いた総合部門の決勝は、最後の一つまでもつれ込んだ。
「……また同じので取られました」
「同じじゃない」
「違います?」
「君が同じだと思ったから使った」
「……なるほど」
アリスは落ちた軽量アーマーへ一度だけ視線を向けた。
前回と同じ状況を作られたことで、その先にある別の攻撃を警戒し過ぎた。
クラウスは同じ攻撃ではなく、アリスが「同じだ」と判断すること自体を利用していた。
「……楽しいのか?」
「ちょっと」
「またか」
「クラウス先輩もでしょ?」
「まあな」
二人が同時に剣を構え直した。
試合場の石畳は開始時の姿をほとんど残しておらず、砕けた場所と窪んだ場所、その間に僅かな平地が入り混じっている。
ここまで二人が選び、壊し、残してきた場所のすべてが、最後の攻防にそのまま残されていた。
「クラウス先輩」
「何だ?」
「次で決めます」
「今度は本当に一つだからな」
「はい。確認しました」
クラウスが剣を正面へ構える。
「なら、来い」
「行きます」
アリスの周囲へ再び術式が展開される。
先ほどの弾幕ほど数は多くないが、今度は試合場の各所へ大きく広がっていた。
クラウスもすぐに意図を理解し、剣を正面へ構えながら前へ出る。
最初の魔力弾がクラウスの進行方向へ放たれた。
左へ切り返した先には二発目が着弾し、さらに右へ戻ろうとしたところへ三発目が飛ぶ。
クラウスは下がらず、逆にアリスへ向かって前へ踏み込んだ。
アリスも同時に走り出す。
二本の剣が中央でぶつかり、その頭上をアリスの魔力弾が通過してクラウスの背後へ着弾した。
クラウスは剣を押し返しながら左手へ術式を展開する。
アリスは身体を回して剣を受け流し、そのまま左へ抜けた。
そこへクラウスの魔力弾が飛び、アリスは剣で軌道を逸らす。
弾かれた魔力弾は石畳へ落ち、二人の間へ粉塵を巻き上げた。
クラウスがその中から踏み込んでくる。
アリスは姿が見えるより先に剣を上げ、一撃目を受け止めた。
続く二撃目を半歩下がって外し、三撃目には正面から剣を合わせる。
クラウスの左手が動く。
アリスは術式が現れるより先に右へ身体をずらした。
だが、魔法は来ない。
その右側へクラウスの剣が迫る。
アリスは身体を沈めてかわし、すぐに低い位置から剣を返した。
クラウスは自分の剣を戻して受ける。
その横から魔力弾が迫った。
クラウスは防御術式を張って受け止める。
アリスは魔力弾が障壁へ触れた瞬間に踏み込み、剣も同じ場所へ叩き込んだ。
防御術式の表面へ亀裂が走る。
クラウスは壊される前に自分から障壁を消し、前へ流れたアリスの剣の内側へ踏み込んだ。
そのまま軽量アーマーへ剣を伸ばす。
アリスは身体を捻り、刃をぎりぎりで外した。
左手をクラウスへ向けると、クラウスもすぐに防御術式を展開する。
だが、アリスは魔法を撃たなかった。
そのまま左へ回り、僅かに残された平坦な石畳へ向かう。
クラウスも追い、二人はほぼ同時にその場所へ踏み込んだ。
左右へ逃げれば砕けた足場があり、後ろへ下がれば相手へ距離を渡す。
アリスの剣が上から落ちる。
クラウスが受け止め、すぐに斜め下から剣を返す。
アリスは受け流しながら半歩下がり、クラウスもその分だけ前へ出た。
二人の左手にほぼ同時に術式が現れる。
放たれた魔力弾が中間で衝突し、白い光と衝撃が周囲へ広がった。
それでも二人は下がらず、光の中で再び剣を合わせる。
アリスが右から振り、クラウスが受ける。
クラウスが返した剣をアリスが外側へ流し、そのまま身体を入れ替えようとする。
クラウスもすぐに足を動かし、正面を譲らない。
そこで二人の足が、同じ平坦な石畳へ乗った。
クラウスは一度だけ足元を見てから、アリスへ視線を戻す。
ここだけは、アリスが最後まで大きく壊さずに残していた場所だった。
「ここだろ?」
「はい」
「ここへ来させたかった」
「そうです」
「なら、ここからどうする?」
アリスは少しだけ考えるように瞬きをした。
「ここからは、まだ決めてません」
「……は?」
アリスの左手が足元へ向いた。
術式が現れた瞬間、クラウスの目が見開かれる。
次の瞬間、魔力弾が二人の立っている石畳へ撃ち込まれた。
足元で爆発が起こり、最後まで残されていた平坦な場所が一気に砕ける。
大小の石片が跳ね、二人の身体が同時に崩れた。
これでアリス自身も、次にどこへ足を置けるのか分からない。
「自分で壊すのか!」
「ここまで来たら、どっちが使うか分からないので!」
「それで自分まで困ってるだろ!」
「困ってます!」
アリスの右足が砕けた石へ乗り、僅かに外側へ滑った。
クラウスはそこへ剣を振るが、アリスは滑った勢いを利用して身体を沈め、刃の下を抜ける。
すぐにクラウスの左手が追い、至近距離から魔力弾が放たれた。
アリスは剣の腹で魔力弾を弾き、軌道を上へ逸らした。
そのまま一歩踏み込むと、クラウスも剣を戻して正面から受け止める。
接触した瞬間、今度はクラウスの足元で砕けた石が動いた。
クラウスの身体が僅かに傾く。
アリスは剣を押し込むが、クラウスは逆らわず身体を横へ流した。
アリスの剣が外れたところへ左手を向け、至近距離へ術式を展開する。
アリスも同時に左手を向けた。
二つの魔力弾がほぼ同時に放たれ、二人の間で激しく衝突する。
爆発の衝撃で互いの身体が反対方向へ弾かれた。
アリスは空中で身体を捻り、砕けた石畳へ片足から着地する。
クラウスも着地したが、その足元の石が崩れて姿勢が僅かに沈んだ。
アリスはその隙を見て、一気に前へ出る。
クラウスも剣を上げる。
その瞬間、アリスの周囲へ六つの術式が展開された。
先ほどの大規模な弾幕より少ないが、すべて異なる方向からクラウスを狙っている。
「まだ撃つのか!」
「セオ先輩の、結構便利なので!」
一発目がクラウスの右側を塞ぎ、二発目は左側へ着弾した。
三発目が後方の石畳を砕き、クラウスは逃げずに前へ出る。
そこへ四発目が正面から迫った。
クラウスは剣を振って四発目を外側へ弾く。
続く五発目を防御術式で受け止めたが、残された六発目だけはいつまで経っても放たれない。
その理由を理解したときには、魔力弾の代わりにアリス自身が間合いへ飛び込んでいた。
アリスの剣が振り下ろされる。
クラウスは受け止め、押し返そうとする。
アリスは力を競わず、刃を滑らせながら左へ身体を回した。
クラウスもすぐに追う。
アリスの剣が横から迫り、クラウスは自分の剣を合わせて受け止めた。
そこで最後まで残されていた六つ目の術式が発動する。
クラウスもその術式を忘れてはいなかった。
アリス側へ身体を寄せることで射線を潰し、魔力弾と剣を同時に処理しようとする。
だが、放たれた魔力弾はクラウスへ向かっていなかった。
二人の横に残っていた石畳へ着弾する。
爆発で足場が崩れ、クラウスが踏み込もうとした場所が消えた。
その瞬間だけ、クラウスの足が止まる。
アリスは迷わず踏み込んだ。
右から剣を振り抜くと、クラウスも即座に剣を戻して受け止める。
二本の刃が激しくぶつかった。
アリスは押し込まない。
接触した瞬間に剣を引き、クラウスの身体が前へ流れるのに合わせて横へ抜ける。
クラウスもすぐに身体を捻り、アリスを追った。
互いの剣がほとんど同時に返る。
アリスの刃がクラウスの腰へ向かい、クラウスの刃もアリスの最後の軽量アーマーへ伸びる。
どちらも途中で止めることなく、そのまま振り抜いた。
乾いた音が響いた。
アリスは数歩先まで走ってから止まった。
クラウスも反対側で動きを止め、二人ともすぐには振り返らない。
少し遅れて、石畳へ何かが落ちる軽い音がした。
アリスがゆっくり振り返る。
クラウスも自分の腰へ視線を落とした。
そこにあったはずの最後の軽量アーマーが消えている。
砕けた石畳の上に、クラウスの軽量アーマーが落ちていた。
「……あ」
アリスから小さな声が漏れる。
「取ったな」
「……取りましたね」
「なんで君が驚いてるんだ」
「最後、ちょっと分からなくなってたので」
「俺もだ」
クラウスは小さく息を吐き、剣を下ろした。
それからここまでの攻防で砕けた試合場を一度見回し、最後にアリスへ視線を戻す。
少しだけ悔しそうに、それでもどこか満足そうに笑った。
「負けた」
「はい」
アリスも剣を下ろした。
「勝者――アリス・グレイスラー!」
審判の声が響いた瞬間、観客席から大きな歓声が上がった。
アリスはその声に少しだけ目を丸くし、ようやく終わったことを確かめるように、自分の腰へ残った最後の軽量アーマーに触れる。
それから大きく息を吐き、ようやく肩の力を抜いた。
「アリス」
「はい?」
「優勝、おめでとう」
「ありがとうございます」
「次にやるときは、もう少し素直な相手になってくれ」
「クラウス先輩が言います?」
クラウスは一瞬だけ黙った。
「……言う相手を間違えたな」
「私もそう思います」
二人が小さく笑う。
「アリスー! おめでとー!」
観客席から、歓声にも負けないレティアの声が飛んできた。
両手を大きく振るレティアの隣では、ラースも片手を上げている。
アリスは少し困ったように笑い、それでも二人へ向けて手を振り返した。
剣術部門では、フレイドに敗れた。
総合部門では、そのフレイドを破ったクラウスと最後の一つまで戦った。
何度も戦い方を変えられ、自分も変え、そのたびに相手の次の手へさらに別の答えを返してきた。
セオとの戦いで知った弾幕も、この決勝で覚えた選択肢の削り方も、最後にはすべて自分の戦い方へ組み込んだ。
それでも最後の最後には、自分で用意した安全な場所さえ壊し、そこから先はその場で次の一手を選んだ。
砕けた石畳と無数の焦げ跡の中央で、アリスはもう一度、自分の腰に残った軽量アーマーを確認する。
「……勝った」
今度は誰に聞かせるでもなく、アリスは小さくそう呟いた。
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