表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/179

第二部 第一章 第4話

 午後のアステリアは、穏やかな陽光に包まれながら、ゆっくりと時を刻んでいた。


 薄雲を透かして差し込む光は柔らかく、白金色の街並みをまるで絵画のように照らしている。

 街の中心から伸びる石畳の大通りは緩やかな弧を描き、遠くに見える塔の尖端が光を反射して、まるで昼の星のように瞬いていた。


 着替えを済ませたアリスとレティアは、こぢんまりとした宿の扉をそっと閉め、石畳の路地を並んで歩き出す。


 宿の外壁にはツタが絡まり、小さな風鈴型の魔導灯が並んでいる。

 風が通るたび、光がわずかに揺れては色を変え、淡い青から金へ、そして透明へ――それはアステリア独特の魔導照明エーテルランプの光だ。


 通りには観光客の笑い声や会話が響き、色鮮やかな衣装や露店の装飾が視界に溢れているが、整然とした都市計画のせいか雑多な印象は感じられなかった。


 広すぎず狭すぎない道幅、左右対称に設置された魔導灯、そして歩行者を緩やかに誘導する風紋の魔術陣。

都市設計の緻密さが、喧騒を不思議と心地よい“賑わい”へと変えていた。


 通り沿いには、焼き菓子の甘い香りや蜜をたっぷり纏った果物の芳醇な匂い、そして涼やかに輝く魔導結晶のゼリーなど、多彩な露店が軒を連ね、二人の好奇心を刺激した。


 焼きたてのワッフルがこんがりとした香ばしさを放ち、隣の店では果汁を氷結させた透明な菓子玉が、太陽の光を受けて宝石のように輝いている。

 時折、香辛料を煮込む音や、魔導鍋の沸騰音が通りの音楽のように混ざり合って聞こえた。


「ねえ、アリス。やっぱり甘いもの、もう少し食べたい気分になってきたわ。匂いだけで我慢するのは難しいかも」


 アリスは微笑みながらも、少し首をかしげて答えた。

「そう? さっき焼き団子を食べたばかりじゃない?」


「でもね、甘いものは別腹っていうじゃない? ほら、この香り、罪でしょう? ――ちょっとだけ付き合ってくれる?」


「もう……レティアって本当に食べ物の誘惑に弱いんだから。

 でも、まあ……少しくらいなら付き合ってあげてもいいかな」


「ふふっ、やっぱりアリスは優しいわね。そういうところ、好きよ」


「もう、そうやってからかうのやめてってば」


 二人の笑い声が、露店通りの喧騒の中で柔らかく溶けていった。


 二人は白い天幕の下に並ぶ菓子屋の露店へと歩み寄る。

透明なガラス器の中には、魔力で冷却されたカラフルなゼリーや、結晶化した砂糖菓子が星のように詰め込まれている。


 器の下では、薄い魔導円盤がゆるやかに回転し、光が反射するたびにゼリーの断面が虹色に輝いた。

 

 魔導工芸の国と称されるミラージュ王国の心臓部――アステリア。

そこに並ぶ商品は、どれも洗練され、まるで小さな芸術作品のようだった。


 老職人らしき男が細い銀のピンセットで、ゼリーの中に微細な魔力結晶を封じ込めている。

 その手つきは宝飾師のように繊細で、見ているだけで息をのむほど美しい。


「ねえ、見て。このガラス細工……これ、浮遊制御してるわ」

 レティアが振り返り、アリスの袖を引く。


アリスがそっと手を伸ばすと、小鳥の形をした硝子片がふわりと浮かび、彼女の動きに合わせて舞った。

「わあ……すごい。まるで生きてるみたい」


「魔導空気流の制御ね。温度差と微細な魔力で浮かせてるの。

 風属性の符術を応用したものよ。こういうの、ミラージュの工房街では人気なの」


「魔術学院でも、こういう精密制御を練習できたらいいのに……」


 そんな中、隣の露店に目をやったアリスの表情がぱっと明るくなる。

「わあ、あの指輪、魔力に反応して色が変わるんだって。……見て、今青に変わったよ!」


 露店の台の上で半透明の宝石が淡く光り、アリスの手元で青から淡紫へと移ろう。


「持ち主の感情に反応して色が変わるそうよ。学院では研究用に使われているけれど、こちらでは完全に装飾品ね。


 ――ほら、アリスが触ってる時だけ、青から紫に変わってる。今の気持ち、見透かされてるみたい」


「ちょ、ちょっと! そんなわけないでしょ!」


「ふふっ、じゃあ“照れてる”色かしら?」


「もうっ、レティア!」


 アリスの声が通りに響き、周囲の観光客が思わず振り返って微笑む。


 その様子にレティアは楽しそうに笑い、

「ねえ、アステリアって、こういう穏やかな喧騒がいいのよ。

 誰もが笑っていて、世界が静かに回ってる。――ね、アリス」


「うん。戦いのない時間って、こんなに柔らかいんだね……」


 風が二人の髪を優しく撫で抜け、遠くで鐘の音が響く。

 その音はまるで、訪れた者たちの穏やかな午後を祝福しているかのように聞こえた。



 そのまま通りを抜け、二人は細い運河沿いへと足を踏み入れる。

午後の陽光が水面に反射し、キラキラと光の粒が踊る。

 白い石畳の上に反射した光が揺らめき、まるで足元に小さな波が流れているかのようだった。


 潮と花の香りが混じる風が心地よく、時折、魔導船が音もなく滑るように進む。


「こんなところがあるなんて知らなかった。観光用の船、いつか乗ってみたいね」


「夕方には光結晶を積んだ船が運航されるって案内にあったわ。時間が合えば、乗ってみましょう」


「間に合うかもね。……行ってみよう!」


「ええ、少し早めに並びましょう」


 やがて辿り着いたのは、魔導大学の付属展示館だった。

 館内は涼やかな空気が漂い、古代から現代までの魔導技術の進化を模型と映像で紹介している。

 半透明の魔導パネルが来訪者の動きに反応して自動再生され、空間全体が青白い光に包まれていた。


「なるほど、アステリアのエネルギー供給の七割が風力と魔力の融合なのね。魔導列車が導入されていない理由も、ある意味では納得できるわ」


「この都市自体がエネルギー循環を前提に設計されているんだものね。列車よりも小回りの利く輸送手段が合っているのも当然か」


「それに、この規模の街なら、風と魔力の相互循環だけで安定してる。魔導炉の暴走リスクを抑える設計思想、理にかなってるわ」


「本当に、まるで別の文化圏に来たみたい」


 館を出ると、西の空は橙色に染まり始めていた。

「ねえ、ちょうど今がいい時間かも。光結晶船、出航の頃だよ」


「ふふっ、落ち着いて。転ばないでね」


 二人は港広場へと向かった。

 噴水の水しぶきが夕陽に照らされ虹色に輝く。

 魔導楽器の演奏が始まり、音と光が一つに溶け合う。


「綺麗……音が光みたい……心に染みるね」

 レティアは静かに隣に立ち、同じ空を見上げた。


「アステリアって、時間の流れが穏やかね」


「うん……こういう時間、ずっと続けばいいのに」


『次便、光結晶観覧船 《ルミエール・ライン》、まもなく出航いたします。ご搭乗のお客様は桟橋までお越しください』


「行こう、レティア!」


「ええ、今度は“観光客らしく”ね」


 夕暮れの運河に並んだ光結晶船は、船体全体が透明な水晶で覆われ、内部の魔導炉が淡い金と蒼の光を脈動させていた。


「ようこそ《ルミエール・ライン》へ。本日の航路では、アステリアの光結晶庫と古水道跡を巡ります。どうぞお楽しみください」


 船が音もなく滑り出し、街が光に包まれていく。

「わぁ……街が光ってる」


「この時間帯は、“光の道”って呼ばれているの。地元の人たちもこの瞬間を見に来るのよ」


「わかる気がする。戦いのない、誰も傷つかない世界の光――そんな感じがするの」


「アリス……あなたの言葉って、不思議ね。聞いてると、心の奥まで風が通るような気がするわ」


「そんなことないよ。ただ、綺麗だなって思っただけ」


「それが大切なのよ」


 船は古い水門《アウレル回廊》の前で減速した。

「こちらが旧時代の魔導水路“アウレル回廊”です。三百年前の技師が築いたもので、現在も都市の水流制御に利用されています」


「三百年前……レティシア様の時代ね」


「ええ……今もちゃんと息づいてるんだね」


 空には初めの星が瞬き、運河の水面は無数の光結晶の輝きを映して銀の帯を描いた。


「……また、明日も見られるといいね」


「ええ。きっと、何度見ても飽きないと思うわ」


 船はやがて終点の桟橋へと静かに横付けされ、光結晶の輝きが一つ、また一つとゆっくり落ち着いていく。

 名残惜しそうに振り返る乗客たちの足取りは穏やかで、誰もがまだ光の余韻を胸に抱いたままだった。


 アリスとレティアも船を降り、夜風に吹かれながら石畳の運河沿いを歩き出す。

 昼間の賑わいが嘘のように静まり返った街は、窓辺や街灯に残る淡い光だけを灯し、まるで夢の続きを歩いているかのようだった。


 そうして、二人は宿の前に辿り着く。


 宿へ戻ると、受付の女性が控えめに声をかけてきた。

「お二人様に、第一魔導騎士団のヴェイル・シフォード様よりお預かりした言伝がございます」


 アリスとレティアは顔を見合わせ、封筒を受け取る。

部屋に戻って封を開けると、簡潔な文面が書かれていた。

『明日、お会いしたい方がおられます。お手数ですが第一魔導騎士団事務所までお越しください。』


「誰か会いたい人がいるみたいね」


「……行ってみよう」


 夕食は宿の食堂で取ることにした。

 暖かな灯りに包まれた空間には旅人たちの笑い声がほどよく響き、和やかな雰囲気が漂っている。


「このミラージュ風ローストチキン、香草の香りがたまらないわ」


「私は魔導火釜でじっくり焼かれた根菜の煮込みが好き。体が温まるわね」


「料理も魔導技術の賜物って感じ。味も香りも繊細で、まるで魔力が染み込んでるみたい」


「こういう平穏な時間があると、旅の疲れもすっと消えていく気がするわね」


 食後、二人は宿の大浴場へ向かった。

 天然の魔力温泉が豊かに湯気を立て、壁の魔導石が柔らかな光を放っている。

 湯に浸かると体の芯から疲れが溶け出すようで、二人の表情が緩んだ。


「こういう場所があると、やっぱり人は癒やされるものよね」


「うん……また明日から頑張れる気がする」


 夜風がカーテンを揺らす頃、部屋の灯りは柔らかく沈んでいった。

 窓の外には満天の星空、遠くに魔導船の航跡。


 アリスは窓辺に寄りかかり、夜風を感じながら深く息を吐いた。

 レティアは隣のベッドで静かに横たわり、二人の呼吸がゆったりと重なっていく。


 明日への期待と少しの緊張を胸に、やがて二人は穏やかな眠りへと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ