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第十四部 第三章 第1話

 その日の夕食。

 久々に浴びるような照明と、肌を優しく撫でる整った空調。数日間の緊迫した戦闘を思えば、それだけでも“天国”のように思えた。


 演習施設の食堂――白い石材の壁に魔導灯が等間隔に並び、暖かな光が食卓を照らしている。中央の大鍋からは香草の香りを含んだ蒸気が立ち上り、広い空間全体に食欲をそそる匂いが漂っていた。

 焼き上げられた肉の脂の香ばしさ、パンの甘い香り、スープの柔らかな湯気が層を成し、空気そのものを満たしていく。


 アリスたちは六人揃って長卓に腰を下ろし、目の前に並ぶ豪華な料理を見た瞬間、思わず声を上げていた。


 「うわ、なんだこのロースト肉……! 見ただけで分かる、これ絶対うまいやつだろ!」


 ラースが切り分けられた肉をフォークで持ち上げる。

 外側は香ばしく焼き色がつき、肉汁がじゅわっと滴り落ちる。


 「まじで外はカリカリで、中ジューシーだぞ!? この焼き加減どうなってんだよ、最高かよ!」


 彼の目が輝き、次の瞬間、豪快に口へと運んだ。

 噛むたびにあふれる旨味に、頬が思わず緩む。


 「うっっま……! やばい、これ無限に食える……! 戦闘の後にこれとか、反則だろ!」


 「パンも焼きたて……! まだ温かい……!」


 リゼットが両手でちぎった白パンは、湯気を立ててふわふわと柔らかい。

 指先に伝わる弾力と熱が、確かな現実感として残る。


 「ふわふわ……それに、ほんのりバターの香りも……。これだけで、もう幸せ……」


 口に含めば小麦の甘みが広がり、彼女は思わず目を細めた。


 「スープに香草も入ってる……」


 ミレーネは木製のスプーンを口に運び、驚いたように呟く。


 「これ完全に回復系術師向け調整メニューね。体力の回復を促す効能があるはず。……うん、ちゃんと魔力循環も整う味がする」


 スープの表面で緑の葉がゆらめき、透明感のある黄金色が揺れていた。

 飲み込むたびに、内側からじんわりと温もりが広がっていく。


 「これ……身体の奥まで染みる……。さっきまでの疲れ、少し軽くなった気がする」


 ザックは黙々と皿を整え、端末にメモを取りつつも、料理を口に含んだ瞬間に小さく感嘆の息を漏らす。


 「……これは、正直、驚いたな。学院の食堂でここまでの品質とは。栄養バランスも計算されているし、回復促進も意図的だ」


 フォークを止めずに言葉を続ける。


 「戦闘後の消耗を前提にした構成だ。脂質、塩分、魔力補助成分……全部が適切に調整されている。合理的だな」


 それでも、その声にはわずかな満足が混じっていた。


 レティアは姿勢正しくナイフとフォークを手に取り、優雅に一口ずつ口へと運んでいた。

 だがその頬にわずかに朱が差し、目元には生還の安堵が色濃く浮かんでいる。


 「……とても温かいわ。味だけじゃなくて、心まで満たされる。こんな風に食事を“味わう”の、久しぶりかもしれない」


 ナイフを静かに置き、ふっと息を吐く。


 「生きて帰ってきたって……こういうことなのね」


 「ふふ……そうね」


 アリスはそんな仲間たちの様子を眺め、自然に笑みを浮かべる。


 「こうしてみんなで食べられるだけで、十分すぎるくらいよ。……本当に、お疲れさま」


 彼女自身もまた、フォークを手にして肉を口に運ぶ。

 噛みしめるたびに、力がじんわりと戻ってくるのを感じた。


 舌に広がる味。

 身体に染み込む熱。

 それらすべてが、“生きている”という実感を確かなものにしていく。


 言葉こそ違えど、誰の表情にも“生還”の喜びがにじみ出ていた。

 胃の底から満たされていく感覚とともに、張り詰めていた神経がほどけ、戦場で刻まれた緊張の名残が少しずつ消えていく。


 誰かが小さく笑い、別の誰かが頷く。

 その何気ないやり取りが、何よりも尊いものに感じられた。


 その食堂には、戦いを越えて帰ってきた者だけが味わえる――安堵と幸福の時間が、確かに流れていた。



 そんな中、ふとラースが真顔になり、手にしていたフォークを皿に置いた。

 金属が陶器に触れる乾いた音が、和やかな空気の中で小さく響く。

 視線が、正面に座るアリスに向けられる。


 「なあ、アリス――あれで……よかったのか?」


 低く、重たい響きだった。

 その声には、ただの疑問ではない、仲間としての確認と覚悟が込められていた。


 その言葉の意味を、食卓を囲む誰もが瞬時に悟る。

 第二十層での最後の体験――そして報告会で“語らなかったこと”。


 アリスは手を止め、ゆっくりと息を吐いた。

 指先に残る温もりと、胸の奥に残る白銀の余韻が、静かに重なり合う。


 目を伏せた横顔には、かすかな迷いと、それでも揺らがぬ覚悟が滲んでいる。


 「……ごめん」


 それだけを、静かに口にした。

 言葉は短く、それでいて彼女の選択のすべてを内包していた。


 数秒の沈黙。

 食堂のざわめきが遠くに感じられるほど、卓上の空気は静まり返る。


 しかし――誰一人として責める者はいなかった。


 「いや、いいと思うけど?」


 先に口を開いたのはミレーネだった。

 彼女はパンをちぎりながら、わざと軽い調子で言う。


 「だってさ、六人で過ごした“あれだけの時間”が、記録上たった六分って……普通に考えて、誰も信じるわけないじゃん。むしろ正直に話したら、それこそ大騒ぎだよ」


 パンの断面から立ちのぼる湯気が、彼女の頬をかすかに曇らせる。


 「そうね」


 レティアが穏やかに頷いた。

 彼女の口元は微笑んでいたが、その瞳には確かな現実感が宿っている。


 「もしも正直に話していたら……間違いなくアリス、拘束されてたと思うわ。

 “魔力干渉で時空が歪んだ”なんて話、学会でも断言できる者は少ないのだから。

 下手をすれば、あなた自身が“検証対象”にされていたかもしれない」


 「それもそうだな!」


 ラースはようやく肩の力を抜き、拳を軽く打ち鳴らす。


 「よし、忘れよう! あれは“夢”だ、“夢!”

 ……ってことにしとかねぇと、頭がおかしくなりそうだしな!」


 そう言って豪快にスープを飲み干した。

 だがその仕草の裏に、ほんのわずかな緊張が残っている。


 「いや、夢ではないと思うけどな」


 ザックが苦笑を浮かべ、端末を指でなぞりながら冷静に言葉を重ねる。


 「ただ――問題は、あの階層で記録した映像だ。……施設内の水晶端末に保存されたものは、俺たちが破棄できるとしても。

 自動転送系統に乗ったデータまでは、完全には抑えきれない可能性がある」


 彼の指先がわずかに止まり、視線が険しくなる。


 「……そう」


 リゼットが淡々と応じる。

 指先でカップをなぞりながら、その声は一段低く落ちていた。


 「演習装置の魔術回路には、記録の“自動転送”が組み込まれている。

 報告室の補佐官たちが――“本来知るはずのない映像”を目にする可能性がある。

 もしそれが検知されたら、追跡調査は避けられない」


 その一言に、全員の表情がわずかに曇った。

 和やかさを取り戻しかけていた空気が、再び重くなる。


 誰もすぐには次の言葉を発せず、ただ互いの顔を見やりながら、沈黙の重さに飲まれていった。


 だが――


 「うん、それなら大丈夫!」


 アリスがぱっと明るく微笑んだ。

 ほんの少し前まで漂っていた重苦しい沈黙を、軽やかに打ち払うような声音だった。


 「そこは私がちょっと、ね? 細工しておいたから。映像転送ライン、途中でフィルタリング処理が入るように“調整”しておいたの。

 異常波形は自動的にノイズ扱いされるようにしてあるから、問題にはならないはずよ」


 その言葉に、一同の視線が一斉に彼女へと集まる。

 驚きと安堵が入り混じった空気の中――


 ――《私、がんばっちゃったよ~♪ アリスってば、ちゃんと感謝してよね?》


 脳裏に弾むような声が響き、アリスはわずかに肩をすくめる。

 苦笑を浮かべながら心中で答えを返す。


 《……はいはい、ちゃんと後でお茶でも淹れるから。あと甘いものも付けるから機嫌直して》


 ――《やったー♪ 約束だよ?》


 その軽やかなやり取りに、アリスの表情がほんの少し柔らぐ。


 「……なんでそんなことができるんだよ」


 ラースが目を丸くしてつぶやく。

 だが、その声音には呆れと同時に“またアリスか”という納得が滲んでいた。


 「いやほんと、どこまでやるんだよお前……。助かるけどさ」


 「アリスが言うなら、大丈夫ね」


 ミレーネがふわりと笑みをこぼす。

 疲れを滲ませながらも、その瞳には確かな安心が宿っていた。


 「うん、なんだか不思議と不安が消えるの。アリスが“大丈夫”って言うと、本当にそうなる気がする」


 「なら……本当に、よかったんだな」


 ザックも眼鏡を押し上げ、張りつめていた息を小さく吐き出す。


 「データの整合性も取れる。……これで、余計な波紋は防げるはずだ」


 淡々とした言葉の裏に、胸の奥から解き放たれた安堵が隠しきれない。


 「うん」


 アリスは力強く頷いた。


 「六人全員、無事に戻ってこれた。それだけで、今は……十分だよ。

 他のことは、あとでいい。今は、この時間を大事にしたい」


 温かな料理の香りが漂い、テーブルを囲む笑顔が一つ、また一つと増えていく。

 皿に残ったソースの光沢、パンをちぎる音、カップから立ちのぼる湯気――どれもが日常の証のように、彼らの心をじんわりと包み込んでいく。


 笑い声が小さく重なり、肩の力が抜けていく。

 ほんの少し前まで死線の上にいたとは思えないほど、穏やかな時間。


 不思議な余韻と、確かに結ばれた絆。

 その両方が、静かに、しかし揺るぎなく、テーブルの上に広がっていた。



 笑い声が食堂に響き、ゆるやかに夕食の時間が流れていく。

 木製の椅子がかすかに軋む音や、食器が触れ合う軽やかな響きが、穏やかな日常のリズムを刻んでいた。

 数刻前まで死線を越えていたとは思えないほど、空気は柔らかく、温かく満ちている。


 湯気を立てる皿の香り、グラスに揺れる水面のきらめき、厨房から漏れ聞こえる軽やかな調理音――それらすべてが、日常へ帰ってきた安心を思わせた。

 香草と肉の焼ける匂いが混ざり合い、胸の奥まで満たしていく。


 その中で、ふとリゼットが湯気の立つティーカップを両手で包み込み、視線を伏せながらぽつりとつぶやいた。


 「……あと、二日あるんだよね。演習期間。正式な終了日は明後日だったはず。まだ時間、残ってる」


 その言葉は静かだったが、どこか現実へ引き戻す響きを持っていた。


 「だなー」


 ラースが肉の皿から手を止め、真剣な顔を見せる。

 頬に残っていた笑みが少しだけ引き締まり、現実を見据える色へと変わる。


 「明日はまぁ、部屋でゴロゴロしててもいいけど……さすがに二日間もずっと引きこもるのはキツいわ。体は休めたいけど、気分まで沈むのは勘弁だな」


 彼は肩を軽く回しながら、疲労と回復の狭間にある身体を確かめるように息を吐いた。


 「んー、気持ちはわかる」


 アリスは口元に柔らかな笑みを浮かべ、ナイフとフォークを静かに置いた。

 軽く伸ばした肩から緊張が抜け、ふっと息がこぼれる。


 「明日はきっと全員爆睡だろうけど……明後日なら、時間はあるよね。体も少しは戻ってるはずだし、動けると思う」


 彼女の声音には、無理をしない前提の穏やかな提案が滲んでいた。


 「……だったら、せっかくだし、みんなで街に繰り出さない?」


 その提案に、最初に反応したのはレティアだった。

 瞳をきらりと輝かせ、スプーンを持つ手を止める。


 「いいね~、それ。外の空気も吸いたいし、何か甘いものでも食べに行きたい気分。ずっと戦闘モードだったし、ちょっとくらい贅沢してもいいでしょ」


 その言葉には、張り詰めていた日々から解き放たれたいという素直な願いが込められていた。


 「よし!その案、採用!」


 ラースが嬉しそうに拳を握り、椅子ごと少し前に乗り出してうなずく。


 「街なら肉もあるし、酒も……いや、酒はダメか。まぁいいや、とにかく旨いもん食いに行こうぜ!」


 その勢いに、自然と場の空気がさらに明るくなる。


 「反対意見は?」


 アリスが冗談めかして視線を巡らせる。

 その瞳は優しく、仲間一人ひとりの様子を確かめるように動いていた。


 ザックは無言のままスープを口に運び、眼鏡越しにちらりと仲間を見やったあと、小さく頷いてみせた。


 「……問題ない。外の環境も確認しておきたいし、気分転換も必要だ。むしろ推奨されるべき行動だな」


 理屈を添えた言葉だったが、その裏にはわずかな期待が混じっていた。


 「よかった。全会一致ね」


 アリスの言葉に、自然と笑顔が連鎖していく。

 ミレーネは安心したように目を細め、リゼットは口元を緩めながらカップを傾けた。


 「うん……なんだか、そういう予定があるだけで、少しほっとする。ちゃんと“終わった”って思える気がする」


 ミレーネの小さな言葉に、誰もが無言でうなずく。


 確かに――報告で語らなかったこともあった。

 胸の奥にしまい込んだ“あの時間”は、今も静かに存在している。


 けれど、それ以上に今は“全員で戻ってきた”という事実が、何よりも大きく、胸に染み入っていた。


 食堂の窓の外には、秋の終わりを告げるような静かな夕焼けが広がっている。

 赤橙の光がテーブルの皿を照らし、仲間たちの横顔を温かく染め上げていた。


 沈みゆく陽光が、彼らの疲労をそっと包み込み、戦いの記憶を遠ざけていく。


 明日はゆっくりと休み、そして明後日は――ようやく、“普通の時間”を取り戻すのだ。


 そう思えること自体が、なによりの報酬のように感じられていた。



 夜更け。

 演習施設の居住棟は、すでに深い静けさに包まれていた。

 昼間の喧騒が嘘のように消え去り、廊下には人の気配すらほとんど残っていない。

 遠くで巡回する管理用の魔導機構の低い駆動音だけが、規則的に夜の時間を刻んでいた。


 個室の窓から差し込む月明かりは薄いカーテンに遮られ、柔らかな魔導灯の光だけが室内をほのかに照らしている。

 白い壁に落ちる影は揺らぎ、まるで水面のように静かに形を変えていた。


 アリスは毛布を胸元まで引き寄せ、仰向けのままベッドに沈み込んでいた。

 身体は重く、四肢に残る疲労がじんわりと深層へと沈み込んでいく。


 張り詰めた演習の緊張と長い報告の余韻。

 まぶたは重く、意識は夢と現実の境を漂いかけていた。


 呼吸はゆっくりと整い、胸の奥で静かな波が打つ。


 ――その時。


 胸元に抱えた《魔導核》から、微かな波が立ち昇った。

 光はない。音もない。

 それでも確かに“そこにある”と分かる、存在の揺らぎ。


 音ではない。触覚でもない。

 ただ“心”の奥をくすぐるような、かすかな脈動。


 アリスにしか感じ取れない、思念の響きだった。


 《ねぇアリス。今日の夕飯、すごく豪華だったね~。久々に満足♪ あれ絶対、特別メニューでしょ。帰還祝いってやつだよね♪》


 弾むような声が、直接脳裏に流れ込む。

 軽やかで、どこか楽しげで――そして妙に現実感のある存在。


 「……フローラ、あなたねぇ……」


 アリスは目を閉じたまま、眉をひそめて小さく返した。

 呆れと、ほんのわずかな安堵が混じる声音。


 「最初に聞くわ。あの第二十層の最後――あの“女性の声”って……あなたでしょ?」


 問いは静かだったが、逃がさぬように核心を突いていた。


 《……え? 何のことかな~? そんな人、いたっけ? 記憶違いじゃない?》


 わざとらしい間を挟んだ返答。

 あからさまにとぼけた口調。


 アリスはゆっくりと息を吐いた。


 「とぼけないの。あの声も、雰囲気も、言葉選びも……全部あなたにしか思えない。

 それに、あの宝箱――あれだって、フローラ、あなたでしょ?」


 言葉の端に、確信がにじむ。


 《……うーん……バレたか~。さすがアリス、鋭いなぁ》


 フローラの思念が、少し甘えるように揺れる。


 《だってぇ、どうしても“あの魔導核”を渡すには、自然な流れが必要だったんだもん。

 いきなり「はいこれ」って出したら怪しすぎるでしょ?

 だからね、ああいう演出が一番、抵抗なく受け取ってもらえるかなって思って♪》


 「演出って……あの空間ごと、全部“演出”だったってわけ?」


 わずかに眉を寄せ、問い返す。


 《ううん、そこは違うよ》


 フローラの声色が少し変わり、真剣さを帯びる。

 軽さが消え、静かな重みが滲む。


 《第二十層そのものの“構造”は、わたしの仕業じゃない。

 演出部分はちょっとだけ手を加えたけど……“あの空間”を創ったのは別の存在。

 もっと古くて、もっと深いところにある何か》


 その言葉に、アリスの意識がわずかに覚醒する。


 「別? じゃあ誰が……?」


 問いかけに、思念はしばし沈黙し――やがて低く答えた。


 《それは……さすがに教えられないわね》


 「……なぜ?」


 問いは短く、鋭い。


 《それを知ると、未来が“変わる”かもしれないから。

 あなたの選択も、誰かの運命も、少しずつズレていくかもしれない。

 それは……今はまだ、必要ないこと》


 淡々と、けれど妙に重みのある返答。


 アリスは言葉を失い、しばし天井を見つめ続ける。

 魔導灯の光が壁に揺れ、時計の針の音がひときわ大きく響いた。


 胸の奥で、わずかに鼓動が速まる。


 やがて、ゆっくりと目を閉じて告げる。


 「……まあいいわ。とりあえず明日、アポ取れたから。二人に会わせるよ」


 その言葉に、思念がぱっと弾んだ。


 《えっ、本当に? あの二人に? ついにご対面ってやつ?》


 驚きと期待が混ざった声。


 「ええ。わたしもいろいろと相談と報告をしないといけないからね。

 あの人たちなら……この件も、きっと理解してくれる」


 《ふふっ……驚くかなぁ、二人とも。特に“あの子”なんて、絶対目まんまるにするよ~。

 あー、楽しみだなぁ。絶対面白いことになる》


 くすくすと笑う思念の声が、夜の静けさに溶けていく。


 アリスは小さな微笑を浮かべ、毛布を胸まで引き寄せた。

 指先に残る温もりと、胸奥に宿る白銀の感覚が、静かに重なる。


 (……明日が来る。きっと、また忙しい一日になる)


 だがその思いは、どこか穏やかだった。


 張り詰めていた糸がほどけ、身体がゆっくりと沈み込んでいく。


 意識は静かに遠のき、呼吸がさらに深くなる。


 心にそう刻みながら、彼女はゆっくりと眠りへと落ちていった。

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