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第二部 第一章 第3話

 入都管理センターを出たアリスとレティアは、城壁の重厚な門を静かにくぐり抜けた。朝の光がやわらかく降り注ぎ、石畳の道に温かな影を落とす。

 

 二人の心は期待と少しの緊張に揺れていたが、自然と背筋が伸びるような感覚に包まれていた。


 城壁の内側には、想像をはるかに超えた活気が満ちていた。

広く整備された石畳の大通りを歩くと、さまざまな人々が談笑しながら行き交い、露店や小さな魔導器具の店が軒を連ねている。

 風に乗って、スパイスや新鮮な果物の甘い香り、焼きたてのパンの芳ばしい匂いが漂ってきて、旅の疲れがふっと和らぐ。


 どこからともなく聞こえてくる子どもたちのはしゃぎ声や、市場の活気ある呼び声が街の躍動を感じさせ、二人の胸に小さな暖かさが灯った。

 遠くの塔の鐘楼からは、時折澄んだ鐘の音が響き、都市の息づかいを知らせている。


 街路を滑る魔導車は、その白銀に輝く車体から静かな魔力のオーラを放ち、路面を滑らかに走り抜ける。

 車輪の回転音はほとんど聞こえず、代わりに微かな魔力の振動が足元に伝わり、未来的な静謐さを感じさせた。

 その動力は強大な魔力に加え、環境に配慮された再生エネルギーを巧みに組み合わせたもので、街の隅々まで配慮が行き届いているのがわかる。


 見上げれば、高台や尖塔の頂に据えられた巨大な風車がゆったりと回転している。

 風の音と混ざり合い、遠くから聞こえる軽やかな水車の音色が、自然と技術の調和を奏でているようだった。


 アステリアでは魔力、再生エネルギー、そして風力発電が高度に融合し、都市の動力源として積極的に活用されている。車窓から見える緑豊かな公園や運河は、都市の息づかいを感じさせる穏やかな空間だ。


 だが、未だ魔導列車は導入されておらず、その理由は都市の複雑な構造と環境保護への強い信念によるものであった。

 市民の足は主に魔導車や徒歩に頼っており、街は賑わいと静けさが絶妙に混じり合う。


 アリスは初めて訪れる都市部の息吹を全身で感じ取り、目を輝かせて周囲を見渡す。

「すごい……こんなにたくさんの魔導器具が並んでいるなんて……」


 レティアは柔らかく微笑み、少し誇らしげに答える。

「ここはミラージュ王国の心臓部よ。魔導技術の発展はこの街抜きには語れないわ。私達の故郷とはまた違う歴史が積み重ねられているわ」


 二人は石畳をゆっくり歩きながら、露店の香り豊かな香辛料や精巧な魔導調理器具の小物を手に取り、好奇心をくすぐられる。

「ねえ、これ見て」


 アリスが指差したのは、魔力の強さを自在に調整できる鍋だった。

「こんな道具があれば、毎日の料理もずっと楽になるよね」


 アリスは目を輝かせる。

 レティアは頷き、

「そうね。魔導技術は戦闘だけじゃなくて、生活の質を上げるためにもたくさん活用されているのね」

と言う。


 周囲では市場のざわめきと活気が満ちており、色鮮やかな焼き団子や新鮮な果物が並び、甘く香ばしい匂いが風に乗って流れてきた。

 アリスの口元が自然と緩み、レティアが手招きしてアリスを呼ぶ。


 そこには先ほどの魔導鍋で焼き上げられた、温かくて香ばしい焼き団子があった。

「美味しそう……ちょっと食べてみない?」


 レティアは我慢できない様子で微笑む。

 アリスも頷き、二人は露店の主人に軽食と冷たい飲料水を注文した。

 温かな団子の甘い香りが鼻をくすぐり、冷たい水が喉の渇きを優しく癒す。


「ふう……やっぱり街のものは違うね」

 レティアが幸せそうにつぶやく。


 アリスも穏やかな笑みを返し、

「こういう穏やかな時間は本当に大切よね」

と実感を込めて言った。


 二人はゆっくりと時間をかけて食事を楽しみ、長旅の疲れを優しく癒やしていく。


 夕刻が近づく頃、二人は街の中心部に位置する評判の宿屋「グリモワールの羽根亭」へと向かった。

 この宿屋は、アリスが剣術競技の準決勝で戦ったミラージュ第一魔導騎士団のヴェイル・シフォードから推薦された場所だった。


 小規模な建物ではあるが、玄関には魔導結界の紋章が輝き、内部は柔らかな温もりと安らぎを感じさせる空間だった。


「ここなら、安心してゆっくり休めそう」


 アリスがほっとした声でつぶやくと、レティアは微笑みながら玄関の扉をゆっくり押し開けた。

 室内は柔らかな灯りに包まれ、カウンターの向こうに立つ受付の女性が優しく笑顔を浮かべて二人を迎え入れる。


「いらっしゃいませ。ご予約はお済みでしょうか?」


 と丁寧に問いかける。

 レティアは軽く頷き、紹介者の名前を告げた。


「ヴェイル・シフォード様からご紹介いただきました。二名でお部屋をお願いしたいのですが」


 受付の女性は慣れた手つきで書類をめくり、すぐに予約を確認する。

「はい、ヴェイル・シフォード様から承っております。こちらの鍵をお受け取りくださいませ」


 渡された鍵は、小さな魔導石が繊細にあしらわれた美しい装飾品で、手に取るとほのかな温もりが伝わってきた。

「お部屋は二階の奥になります。どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 アリスは深く礼をし、レティアとともに鍵を手に取った。

「まずは荷物を置いて、少し休みましょう」


 とレティアが提案し、アリスは素直に頷いて、二人はゆっくりと階段を上がっていった。


 部屋の扉が静かに閉まると、外の喧騒がまるで遠い世界のことのように感じられた。

 部屋の中には、魔導結界の微かな煌めきが灯り、柔らかな光がやさしく空間を満たしている。


 窓の隙間からは、ほんのりとした木の香りと外の新鮮な空気がそっと流れ込んできた。

 その空気は、冷たくもなく暖かくもなく、疲れ切った身体にすっと染み入っていくようだった。


 足元の木製の床は、歩くたびに心地よいきしみ音を奏で、ベッドの柔らかな布団が身体を優しく包み込む。

 壁際の小さな魔導ランプは、淡い青白い炎を揺らめかせており、その灯りが静謐な空気に温もりを添えていた。


 湯沸かし器の微かな蒸気が立ち上り、わずかながらほのかな湯気の香りが鼻腔をくすぐる。


 カーテン越しの更衣スペースには旅の疲れを癒すための道具がひっそりと整えられていた。


 アリスは自然と窓辺へ歩み寄り、街並みを見下ろす。

 空は柔らかな午後の日差しに包まれ、石畳の通りを歩く人々の笑い声や会話がかすかに耳に届く。


 遠くそびえる大広場の高い塔が陽光を浴びて輝き、その威厳と美しさは訪れた者の心を惹きつけてやまなかった。


「うわ……見て、レティア。あの広場、夜にはもっと幻想的になるんだろうね」

 アリスの瞳は輝きを増し、期待に胸を膨らませるように嬉しそうな声を漏らす。


 レティアは荷物を静かにベッド脇の台に置きながら、柔らかな笑みを浮かべて答えた。

「そうね、夜になると街中に光結晶のランタンが灯されて、まるで星空が地上に降りてきたかのように幻想的な光景が広がるみたいだね」


 二人は旅装のままだったが、顔にはようやく落ち着きと安堵の色が広がっていた。


 アリスは振り返り、小さな微笑みを浮かべて照れくさそうに言葉を紡ぐ。

「なんだか……ほんとに“旅してる”って実感がする。戦いもなく、ただ穏やかな時間が流れてるみたいで」


 レティアの声には優しさが滲み、その言葉は確かな支えとなってアリスの心に響いた。

「そういう時間が必要なのよ、アリス。今は無理せず、ゆっくり心も身体も休めて」


 窓の外では、さわやかな風がカーテンをそっと揺らし、遠くからは市場の賑わいが微かに聞こえてくる。

 金属や革の匂い、香辛料の芳しい香りが風に乗って流れ込み、旅人の感覚を刺激していた。


 アリスは目を閉じ、深く呼吸を整える。

 学院から発行された『特別休学許可証』――その重みを胸に刻みつけるように、静かに心を落ち着かせた。

 療養と私的行動の許可、そして観光もその一部であること。


 しかしレティアが同行しているのは、万が一に備え、互いを支えるための強い絆でもあった。


「そういえば、この宿には天然の魔力温泉を使った大浴場があるらしいわよ」

 アリスの目がぱっと輝き、期待の色を滲ませた。


 レティアはゆったりとうなずきながら、微笑んだ。

「ええ、評判はとても良いみたい。身体の芯まで癒してくれるって聞いているから、疲れた今こそ最高のご褒美ね」


「夜ごはんを食べたら、ぜひ行きましょう。今日はかなり歩いたから、体のリセットにもなるし」


「それに賛成。まだ時間もあるし、荷物を置いてから、街の散策も少ししてみたいわ」


「甘いものも食べたいなあ。さっき焼き団子を食べたばかりだけど、やっぱり別腹だよね」

 レティアは笑いながら、肩をすくめた。 


「甘いものがお好きなのね、あなたらしいわ」

アリスが微笑む。


 それからレティアは、旅支度の傍らから小さな魔導ポーチを取り出し、優雅に手を差し出した。

「出発前に魔力の調整をしましょう。長時間の移動と食事の後は、知らず知らずのうちにバランスが崩れていることが多いから」


 アリスは素直にベッドの縁に腰掛け、ゆっくりと目を閉じて呼吸を整えた。


 レティアの手のひらからは、微かに煌めく魔力の波が広がり、部屋の結界と調和するように穏やかに揺らめく。

 それは触れるでもなく、干渉するでもなく、まるで音楽の調律のように魔力を繊細に整える優しい作用だった。


「はい、整いました。特に異常は見当たらないわ。回復も安定しているし、調整能力も十分に働いている」


 アリスは少し照れくさそうに笑みをこぼした。

「褒められると照れるなあ」


 二人は静かな笑い声を交わし、ゆっくりと立ち上がった。

 窓の外では、まだ昼下がりの陽光が輝き、アステリアの銀色の街並みを柔らかく照らしている。

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