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第二部 第一章 第2話

 城壁の門をくぐる直前、アリスとレティアは入都管理センターへと足を運んだ。


 入都管理センターは城門の脇に位置し、整然とした受付カウンターが並ぶ空間は、王国の最先端技術を象徴するような、磨き込まれた魔導金属と透明度の高い強化魔晶ガラスで構成されていた。


 カウンターの表面は光を柔らかく反射し、隅々まで手入れが行き届いた清潔感が漂っている。


 それはまるで、魔導技術が洗練の極みに達した国外行魔導飛行艇発着場に設置された高性能受付窓口のようで、訪れる者に安心感と厳粛さを同時に与えていた。


 背後には、鋭く研ぎ澄まされた鎧を身に纏い、長剣を携えた守衛騎士たちが、規律正しく直立し、城門の安全を見守っている。

 彼らの静かな気配と厳格な視線が、場の厳重さを物語っていた。


 受付嬢は整った制服を身にまとい、穏やかな笑みを浮かべながらも、職務に厳粛さを宿していた。


「こんにちは。入都の手続きをお願いいたします」


 アリスは落ち着いた声で許可証と学生証を差し出す。


「こちらはファーレンナイト王国の軍用ミラージュ王国特別入国許可証、そして王立魔導学院の学生証です。休暇による観光目的での入都を希望します」


 受付嬢は魔導端末を操作しながら、書類を細かく照合していく。

 足元の魔力感知結界が静かに脈動し、空間全体に規律正しい魔力の波紋が広がっていた。


 しばらくの沈黙の後、受付嬢は目を見開き、驚きを含んだ声でぽつりと呟いた。


「グレイスラー様……」


 突然、彼女は席を立ち、守衛騎士の静かな視線を背に受けながら、アリスの前へと歩み寄った。

 敬意を込めて手を差し出し、柔らかな声で告げる。


「お会いできて光栄です。グエン様の孫娘様……」


 アリスは驚きつつも、その手をしっかりと握り返した。


 その言葉が、城門をくぐる前の緊張した空気をふっと和らげ、アリスとレティアの心に確かな安堵の灯りをともした。


 受付嬢はしばらくアリスを見つめた後、柔らかな笑みを浮かべて言った。


「グレイスラー様のご家族であれば、貴族用の入都ゲートをご利用されればよろしかったのに。こちらは一般入都ゲートでございますので、少々物々しいかと存じますが……」


 彼女は少しだけ気まずそうに微笑み、続けた。


「ですが、お二人の身分を考慮し、特別な配慮は確約いたします。どうぞ安心くださいませ」


 その丁寧な言葉に、アリスは少しだけ頬を染めながらも、静かに礼を返した。


「ありがとうございます。お気遣い、感謝いたします」


 受付嬢の言葉を聞いたアリスは、小さく頷きながらも、レティアに小声で呟いた。


「グエンおじ様って、やっぱりすごいんだね……」


 それを聞いたレティアは、肩をすくめて大きくため息をついた。


「おじい様の家族と解ると、なぜかアステリアではこうなるのよ。ちょっとした名刺代わりというか、特権の証明みたいなものね」


 アリスは苦笑しながら、腕を組んで愚痴るように言った。


「私は平民なのよ、貴族じゃないのよ。なんだか居心地が悪いわ……」


 すると、レティアは鋭くアリスを睨みつけて、少し声を張った。


「それは私に対する当てつけですか? 貴族ですが、なにか?」


 アリスは慌てて笑いながら、両手をあげて誤魔化す。


「ち、違う違う! そんなつもりは全然ないよ!」


 二人の軽い口論に、受付嬢も苦笑いを浮かべ、和やかな空気が流れた。


 受付嬢は自分のコンソールから呼び出し音が鳴っているのを確認すると、申し訳なさそうに頭を下げて言った。


「失礼いたします」


 そして静かに席に戻り、コンソール式のマジックビジョンをじっと見つめた。

 しばらくして、受付嬢は再びアリスたちに顔を向け、恐縮したように告げる。


「大変申し訳ございません。ただいま、こちらに貴族用入都ゲートの責任者が向かってきておりますので、少々お時間をいただきたいのですが……」


 不安げにアリスが尋ねる。


「え、なにかありましたか?」


 受付嬢はにっこりと微笑んで、


「いえ、そういうわけではないのですが、責任者のものが貴族入都の申請をさせてほしいとのことです」


 アリスは少し安心し、軽く頷いた。


「申請手続きですか。なら仕方ありませんね」


「では、こちらへどうぞ」


 受付嬢は自分の護衛騎士を伴い、ゆっくりとアリスたちを応接ルームへと案内した。


 静かな通路を進みながら、二人はこれからの手続きを思い描いていた。


 応接ルームに入ると、待機していた執事が優雅に一礼した。


「お待ちしておりました、グレイスラー様、エクスバルド様」


 受付嬢は軽く会釈をしてから、


「私はこちらで失礼いたします」

 と言い残し、静かに退出した。


 部屋に残った執事は、丁寧な口調で話し始める。


「まずはお茶をお持ちいたしますが、こちらのリストの中からお好みの茶葉をお選びくださいませ」


 執事が差し出したリストには、香り高い茶葉が数種類美しく記されていた。

 アリスは迷い、レティアに助け船を求める。

 レティアは優雅な動作でリストを眺め、しばらく考えた後、


「こちらの“ミラージュ・エレガンス”をお願い致します」

 と指定した。


 執事は柔らかな微笑みを浮かべ、ゆったりとした動作で茶葉を茶器に取り、蒸らし、ゆっくりとティーカップにお茶を注いだ。


 やがて二人に差し出された温かな茶杯を受け取ったアリスは、一口含み、ほっとしたように、


「……美味しい」

 と呟く。


 その声を聞くと、執事は再び深く礼をし、静かに控えの位置へと戻った。

 ほどなくして、応接室の扉が静かに開き、責任者が姿を現した。


 応接室の扉が静かに閉じられると、責任者は丁寧に両手を軽く組みながら、柔らかな笑みを浮かべて話し始めた。


「改めまして、ご挨拶申し上げます。ミラージュ王国、貴族用入都ゲート管理責任者のアドリアン・セルフィスでございます」


 彼はゆっくりと自己紹介を済ませると、隣のレティアに視線を向け、続けた。


「貴女様は、ファーレンナイト王国の由緒正しいエクスバルド伯爵家のご出身と伺っております」


 レティアが静かに軽く頷く。


「そして、グレイスラー様。ファーレンナイト王国においては、グエン卿の一代限りではありますが、準男爵の爵位をお持ちと承知しております。加えて、そのグエン卿はミラージュ王国でも爵位を有しており、そのためこちらでもグレイスラー様の血筋は貴族として正式に認められております」


 アドリアンは一礼しながら説明を続ける。


「ミラージュ王国においては、たとえ爵位が一代限りのものであっても、その爵位を持つ者が存命である限り、その血筋すべてに貴族特権が認められております。したがいまして、お二人共に、こちらでの貴族待遇の対象となられます」


 彼は机の上に置かれた書類を示しながら付け加えた。


「また、この入都手続きは単なる通過ではなく、貴族の方々にはこの館の一階にて、王族への謁見手続きや他貴族への訪問手続きも行っていただけます」


「さらに、貴族リストの管理は我々の重要な役割の一つであり、王城の行政部門および警備騎士団と情報を共有し、厳重に管理しております」


 最後に、彼は真剣な眼差しで二人を見つめ、

「特に今回のように初めての入都となる貴族の方々には、このように詳細な説明責任を果たすことが求められております。お時間をいただいたのは、そのためでございます。ご理解いただければ幸いです」


 責任者の言葉は重く響き、アリスとレティアは改めてその重みを胸に刻んだ。


 責任者アドリアンは、丁寧に席を立ち、ふっと微笑みながら言った。


「何かご質問などございますでしょうか?」


 アリスは少し考え込んだあと、静かに首を振る。


「いいえ、大丈夫です。ありがとうございました」


 レティアも同様に軽く頷いた。


「私も特にありません。ありがとうございます」


 説明を終えたアドリアンは、穏やかな微笑みを浮かべながら静かに言葉を続けた。


「さて、これより貴女方の入都手続きを進めさせていただきます。こちらの書類にご署名をお願いいたします」


 アリスは軽く頷き、用意された書類を丁寧に確認しながらサインをした。

レティアも同様に慎重に記入を済ませる。


「ありがとうございます。これで手続きは完了いたしました」


 アドリアンは再び礼を述べ、部屋の片隅に設置された古びた魔導石に視線を移す。

 魔導石は淡く光り、入都者の身分情報を王城および警備騎士団へと瞬時に伝達していく。


「これで正式に、アリス・グレイスラー殿、レティア・エクスバルド殿は、ミラージュ王国貴族として認められました。どうぞ安心して滞在され、御用の際は我々が万全のサポートをお約束いたします」


 アドリアンは軽く会釈して、静かに応接室を後にした。

 扉の閉まる音が響き渡り、部屋にふたりだけが残された。


 アリスは小さくため息をつき、肩の力を抜きながらぽつりと呟く。


「ただの観光なのに、貴族って大変なのね……」


 隣でレティアが笑みを浮かべ、少し首をかしげて返す。

「ファーレンナイトの貴族は、こんなに“貴族らしい”ことなんてしてないから、なんだかすごく違和感があるわ」


 アリスも笑いながら、でもどこか楽しげに続けた。

「でも、これでいよいよ“アステリアの中”ね」

 レティアは軽やかに笑い声をあげ、二人の間に温かな空気が流れた。


 アリスはその言葉に力強く頷き、ゆっくりと立ち上がった。


「さあ、アステリアの街へ出かけましょう」


 レティアもすぐに立ち上がり、ふたりは窓の外の輝く都市を見つめた。

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