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閑話 第一六二回 王立魔導学院 学内武術競技会 -四年次- 第19話

 セオ・ガルディアとの激戦を制したアリスは、その勢いを落とすことなく総合部門ベスト八へと駒を進めていた。


 ここまで勝ち残った選手はいずれも各部門で上位へ食い込む実力者ばかりだったが、アリスにとって最大の難関となったのは、結果としてベスト16で戦ったセオだった。


 六挺の魔導ライフルと四枚の魔導盾、さらに二振りの魔導剣を《マギ・アームズ》で同時運用する戦闘方式は、それまで経験したどの相手とも大きく異なっていた。

 そのセオを突破した経験は、続く試合でも確実にアリスの戦い方へ生かされていた。


 ベスト8の相手も、当然ながら簡単に勝てるような選手ではなかった。

 魔法と近接攻撃を巧みに切り替え、アリスが距離を詰めれば剣で迎え撃ち、離れればすぐに魔法へ切り替えることで、自分に有利な間合いを維持しようとしてくる。


「――始め!」


 開始と同時に相手が一歩後ろへ下がり、空いた左手をアリスへ向ける。

 その正面へ三つの術式が連続して浮かび上がり、間を置くことなく魔力弾が撃ち出された。


 アリスは最初の一発を右へ踏み込んでかわし、続く二発目へ剣を斜めに合わせて軌道を逸らす。

 三発目が足元を狙って飛び込んでくるのを見て踏み込みを止めると、魔力弾は直前までアリスが進もうとしていた石畳へ激突し、乾いた破裂音とともに魔力の残滓を散らした。


「やっぱり、簡単には近づかせてくれないか」


 小さく呟いたアリスに対し、相手は返事をすることなく再び術式を展開する。

 今度は正面だけでなく左右へ術式を広げ、アリスが回り込める空間そのものを削るように魔法を撃ち込んできた。


 アリスは無理に突破せず、一度後方へ身体を引いて魔法の軌道を見極める。

 連続して飛来する魔力弾の間隔は一定ではなく、避けた先へ次弾を重ねることで、徐々に移動方向を限定するよう組み立てられていた。


 その攻防を数度繰り返したところで、アリスの視線が相手の足元へ落ちた。


 魔法を撃つ瞬間には右足へ重心が残り、剣へ切り替える直前には必ず左足が半歩だけ前へ出る。

 魔法と剣を滑らかに切り替えているように見えても、その境目にはほんの僅かな重心の変化が存在していた。


「そこね」


 次の魔力弾が放たれるより早く、アリスが一気に踏み込んだ。


 相手もすぐに魔法を中断して剣を振り上げるが、アリスは正面から打ち合わず、振り下ろされる剣の外側へ身体を滑らせる。

 互いの刃が擦れ合って高い金属音を響かせ、その直後にはアリスの剣先が相手の脇腹へ装着された軽量アーマーを捉えていた。


 乾いた音とともに一つ目の軽量アーマーが外れ、石畳の上を跳ねながら転がっていく。


「くっ……!」


 相手は即座に距離を取り、今度は後退しながら魔法を放ってアリスを引き離そうとする。

 アリスも深追いはせず、剣先を相手へ向けたまま足を止めると、再び間合いを測り直した。


 そこからの攻防は、それまでよりも速くなった。


 相手が魔法で進路を塞ぎ、アリスが軌道の隙間を縫って踏み込む。

 近づけば剣同士がぶつかり合い、相手が受け止めようとした瞬間にはアリスが手首を返して刃を滑らせ、別の角度から軽量アーマーを狙っていく。


 それでも相手は二つ目を簡単には許さず、剣を弾かれればすぐに魔法へ切り替え、至近距離から放った魔力弾でアリスを後退させた。

 アリスも身体を捻って直撃を避けたものの、魔力がすぐ脇を通過した衝撃に髪が大きく揺れ、半歩だけ体勢を崩される。


「危なっ……!」


 その隙を逃さず相手が踏み込み、今度は剣による連撃でアリスを押し返そうとする。

 右からの横薙ぎを剣で受け流し、返す刃を身体を沈めてかわしたアリスは、三撃目が来るより先に相手の懐へ半歩踏み込んだ。


 剣を振るためではなく、相手の踏み込みそのものを窮屈にするための一歩だった。


 間合いを潰された相手の剣筋が僅かに詰まり、振り抜くはずだった刃がアリスの肩口を浅く通過する。

 その瞬間、アリスは身体を入れ替えながら剣を返し、相手の背中側へ装着された二つ目の軽量アーマーを正確に打ち抜いた。


 二つ目が外れたことで、観客席から大きな歓声が上がった。


 残る軽量アーマーは一つ。

 相手もそれを理解しているだけに、それまで以上に慎重に距離を取り、魔法を中心とした戦い方へ切り替えていく。


 しかし、アリスはすでに相手の切り替えの癖を掴んでいた。


 踏み込みと重心の変化を見ながら攻撃の起点を潰し、魔法へ移ろうとすればその前に距離を詰め、剣へ切り替えれば振り始めるより先に角度を変える。

 セオ戦のように四つの強化魔法を同時に使用する必要もなく、相手の選択肢を一つずつ削りながら主導権を握っていった。


 最後は距離を作ろうと後退した相手へ一気に追いつき、振り向きざまに放たれた剣を外側へ受け流す。

 その勢いのまま身体を横へ滑らせ、空いた肩口へ剣を走らせると、三つ目の軽量アーマーが石畳へ落ちた。


「――そこまで! 勝者、アリス・グレイスラー!」


 審判の声とともに歓声が広がる中、アリスは剣を下ろして対戦相手へ一礼し、そのまま試合場を後にした。



 同じ準々決勝ではフレイド・クレイスも危なげなく勝利し、六年次騎士部主席にして剣術部門優勝者という肩書きに違わない実力を見せつけている。


 クラウス・ヴァレンディアもまた、剣と魔法を組み合わせながら相手の攻撃を崩し、確実に反撃を重ねる安定した戦い方でベスト四へ進出した。


 そして迎えた準決勝でも、アリスの勢いが止まることはなかった。


 対戦相手は遠距離から複数の魔法を重ねながら接近を拒み、アリスが踏み込めば即座に後退することで、自分に有利な間合いを維持しようとしてくる。


「――始め!」


 開始直後、相手の周囲へ複数の術式が展開され、ほぼ同時に魔力弾が放たれた。

 一発目はアリスの正面を狙い、二発目と三発目は左右へ逃げる空間を塞ぐように僅かな時間差をつけて迫ってくる。


 アリスは正面の一発を剣で弾き、その反動を利用して身体を左へ流した。

 そこへ二発目が迫るが、直前で踏み込みを切り返して軌道から外れ、三発目が石畳へ着弾するより先に前へ出る。


 しかし、相手はすでに後退していた。


 アリスが一歩進めば相手も一歩下がり、さらに魔法を重ねることで接近そのものを拒んでくる。

 無理に直線で追えば魔法の集中攻撃を受け、回り込もうとすれば、その方向へ先に術式を向けられて進路を塞がれた。


「……徹底してるわね」


 アリスは追う速度をわずかに落とし、正面から距離を詰めることを一度やめた。


 相手はその変化を見ても攻撃を止めず、一定の距離を保ちながら魔法を撃ち続ける。

 右へ逃げれば右へ、左へ動けば左へと照準を変え、アリスが踏み込む瞬間だけ僅かに後退を早めていた。


 序盤こそ何度か足を止められたものの、同じ攻防を繰り返すうちに、アリスは相手が距離を取る際の方向とタイミングを見抜いていた。


 正面から強く踏み込み、相手が反応して後方へ重心を移した瞬間、アリスは二歩目の進路をわずかに外へ変えた。

 追ってくるはずだったアリスが視界の正面から外れ、相手は反射的に斜め後方へ退こうとする。


 そこには、すでにアリスが回り込んでいた。


「なっ……!?」


 予想していた退路を塞がれた相手が反射的に別方向へ身体を流すが、その選択もすでにアリスの想定に入っていた。


 相手が咄嗟に剣を抜き、横薙ぎの一撃でアリスを押し返そうとする。

 アリスは防御へ回った剣の角度を見ながら自分の攻撃方向を変え、刃同士が触れる直前に手首を返して相手の剣の下へ潜り込ませた。


 守ろうとした場所とは反対側へ剣先が滑り込み、一つ目の軽量アーマーが外れて石畳へ転がった。


 しかし、相手もそのまま崩れはしない。


 至近距離から魔法を発動してアリスを強引に引き離すと、再び後方へ跳びながら複数の術式を展開する。

 今度は退路を一定にせず、左右へ細かく方向を変えながら魔法を撃ち込むことで、先回りされること自体を防ごうとしていた。


 アリスもすぐには追わず、飛来する魔法を避けながら相手の足運びを見続ける。


 右、左、右と細かく進路を変えているように見えるが、魔法を放つ直前だけは足運びが僅かに小さくなり、重心が一瞬その場へ残る。

 その瞬間だけ、次の退路を選ぶまでにほんの僅かな遅れが生まれていた。


「そこっ!」


 アリスが魔力弾の間を一気に抜け、相手が次の一歩を踏み出すより先に間合いへ入る。


 振り下ろされた剣を真正面から受けず、身体を半歩だけ外へずらしながら刃の側面へ自分の剣を合わせる。

 衝突の力を横へ逃がしたまま踏み込みを止めず、相手の身体が流れた方向へ回り込むと、返した剣先が二つ目の軽量アーマーを捉えた。


 残る一つを守ろうと、相手はすぐに大きく後退する。


 今度はアリスも離さなかった。


 魔法が一発、二発と至近距離から放たれるたびに身体を左右へ切り返し、爆ぜる魔力のすぐ脇を抜けながら前へ出る。

 三発目だけは回避せず剣で斜めへ弾き、その反動で僅かに開いた相手の懐へ身体ごと飛び込んだ。


 相手も最後の軽量アーマーを守ろうと剣を横へ振るう。

 アリスは一度だけ後ろへ重心を逃がして刃先を通過させると、その剣が戻るより先に再び踏み込んだ。


 強引に突破しようと前へ出た相手と、アリスの踏み込みが正面から重なる。


 その瞬間、アリスは身体を半身へ変えて衝突を避け、すれ違いざまに剣を横へ走らせた。

 三つ目の軽量アーマーが外れて宙を舞い、石畳へ落ちた直後、審判が腕を上げて試合終了を告げた。


「――そこまで! 勝者、アリス・グレイスラー!」


 再び歓声が広がる中、アリスは大きく息を吐いて剣を下ろし、対戦相手と礼を交わしてから控え席へ戻っていく。



 これで総合部門の決勝進出が決まり、剣術部門では届かなかった優勝まで、残すところあと一勝となった。

 待っていたレティアの隣へ腰を下ろしたところでようやく実感が湧いてきたのか、アリスは試合場を見ながら小さく息を吐いた。


「……本当に決勝まで来ちゃった」

「何を今さら言ってるのよ。総合部門は絶対に優勝するって、あれだけ大声で宣言してたじゃない」

「……言ったけど」

「競技場中に聞こえるくらいの声で」

「そこまで大声じゃなかったでしょ?」


 思わず反論したアリスだったが、レティアは呆れたような顔を向けたまま、まったく引く様子を見せない。


 剣術部門の決勝を終えた直後、悔しさのあまり宣言したことを思い出し、アリスは少しだけ視線を逸らした。

 そんな様子を見逃すはずもなく、レティアは楽しそうに口元を緩める。


「十分大きかったわよ」

「……忘れて」

「無理」

「即答しなくてもいいじゃない……」


 アリスは小さく肩を落としたものの、その表情はすぐに引き締まり、これから始まるもう一つの準決勝へ視線を向けた。


 まだ決勝の相手は決まっておらず、どちらが勝ち上がってきても簡単な試合にはならないことだけは間違いない。

 すでに二人の選手が試合場へ姿を現しており、観客席からはアリスの準決勝以上とも思える歓声が上がり始めていた。



 一人は六年次騎士部主席にして、剣術部門の決勝でアリスと最後まで競り合ったフレイド・クレイス。


 もう一人は同じ六年次騎士部に所属し、総合部門でレティアを破って勝ち上がってきたクラウス・ヴァレンディア。


 剣術部門優勝者と騎士部第二位が総合部門の準決勝でぶつかることになり、どちらが決勝へ進むのかを見届けようと、会場全体の視線が二人へ集まっていた。


「……どっちが来ても嫌ね」

「アリス、それ決勝進出した人が言う台詞じゃないと思う」

「だって、どっちもやりにくいもの」

「私としては、クラウスに勝ってほしいけど」


 レティアの言葉に、アリスは一度だけ瞬きをしてから隣へ顔を向けた。


 その理由については聞くまでもなく、つい先ほどまでレティア自身がクラウスに敗れたことを悔しがっていたのを知っている。

 アリスは少しだけ笑いながら問い返した。


「……やっぱり?」

「もちろん。負けたまま終わるのは悔しいし」

「じゃあ、クラウスが勝ったら私が代わりにやり返せばいい?」

「そういう言い方すると、ものすごく子供っぽく聞こえるわよ」

「……じゃあ、やめる」


 アリスがあっさり引き下がると、今度はレティアが少しだけ考え込むように黙り込んだ。


 やがて何かを諦めたように息を吐き、試合場へ視線を戻しながら小さく口を開く。


「……でも、お願い」

「どっちなのよ」


 思わず苦笑したアリスだったが、二人の会話とは対照的に、試合場の空気は急速に張り詰めていた。



 フレイドは剣を下段へ置いてわずかに腰を落とし、空いた左手は身体の前へ自然に構えたまま、剣にも魔法にも即座に移れる姿勢を取っている。

 剣術部門でアリスと戦ったときとは違い、剣先だけでなく左手の僅かな動きにも魔力が滲み、どこから攻撃が始まるのか簡単には読めない。


 対するクラウスもやや半身になって剣先を低く保ち、その周囲にはいつでも展開できるよう薄い魔力が集まっていた。

 剣で受け流すのか、防御術式で軌道を変えるのか、それとも攻撃魔法で先に動きを潰すのか、構えだけでは判断できない。


「……相性、どうなの?」


 アリスが小さく尋ねると、レティアはすぐには答えず、二人の構えを見比べるように視線を動かした。


 自分自身がクラウスと戦った経験があるからこそ簡単には判断できないらしく、少し考えてからゆっくり口を開く。


「……分からない。私の攻撃はクラウスに流れを読まれたけど、フレイド先輩は私みたいに最初から自分の形へ持っていこうとする戦い方じゃない」

「……うん」

「剣でも魔法でも、その場で一番いい形へ変えてくる。だからクラウスが崩そうとしても、その崩した先でまた別の形に変わると思う」

「私もそう思う」


 アリスは剣術部門決勝でフレイドと戦ったときの感触を思い返しながら、小さく頷いた。


 フレイドは一つの型に固執せず、受け流しが通らなければ受け止め、連続攻撃が通じなければ一撃ごとの読み合いへ変え、相手に合わせて戦い方そのものを組み替えてくる。

 総合部門ならそこへ魔法まで加わる以上、剣を崩しただけで攻撃が終わるとは限らない。


 クラウスが得意とするのもまた、相手の攻撃の芯を見抜き、剣と魔法の両方を使って力と流れをわずかにずらし、崩れた瞬間へ反撃を差し込む戦い方だった。


 だが、流れを崩した先でフレイド自身が新しい流れを作り直すなら、レティアのときと同じ方法だけでは簡単に止められない。



「――両者、準備はいいか!」


 審判の声が響くと、フレイドがわずかに剣を上げ、クラウスもそれに合わせるように静かに重心を沈めた。


 互いに大きく構えを変えることはなく、それでも先ほどまでとは明らかに違う緊張感が二人の間へ生まれていく。

 観客席から聞こえていた歓声も次第に小さくなり、試合開始を待つ静寂が競技場を包んだ。


「――始め!」


 開始の声が落ちた瞬間、先に動いたフレイドが正面から圧をかけながら踏み込み、二歩目でわずかに外側へ軸をずらした。


 単純な直線ではなく、クラウスの剣が届きにくい角度へ身体を滑らせながら間合いへ入り、そのまま横薙ぎの一撃を放つ。

 クラウスは剣で真正面から受けることなく、刃が届く直前に薄い防御術式を斜めへ展開し、斬撃の軌道だけをわずかに上方向へ逸らした。


 その動きと同時に自らの剣を滑り込ませ、体勢を崩したはずのフレイドの胴へ最短距離の反撃を差し込んでいく。


 だが、フレイドは逸らされた剣へ逆らわず、そのまま上方向へ流された力を利用して身体を回転させた。

 クラウスの反撃から身体を外すと同時に、空いた左手を相手の胸元へ向ける。


 小さな術式が一瞬で組み上がり、至近距離から魔力弾が撃ち出された。


「っ!」


 クラウスは反撃を途中で切り、正面へ防御術式を展開する。

 魔力弾が障壁へ激突して弾けた瞬間、その光と魔力の残滓を隠れ蓑にするようにフレイドが再び踏み込んでいた。


 上段から振り下ろされた剣をクラウスが横へかわし、直後に自らも左手をフレイドへ向ける。

 二つの術式から放たれた魔力弾が左右から挟み込むように飛び、フレイドは追撃を諦めて後方へ跳んだ。


 着地を狙ってさらに一発が正面から迫る。


 フレイドは剣を振ることなく左手を前へ出し、自らも魔力弾を撃ち返した。

 二つの魔法が空中で衝突し、弾けた魔力が白い残光となって二人の間へ広がる。


 その残光が消えるより先に、二人はほぼ同時に動いていた。


 フレイドが低く踏み込み、剣による斬り上げを放つ。

 クラウスは薄い防御術式で刃の軌道を外側へ逸らしながら、その死角から魔力弾を撃ち込んだ。


 フレイドは剣を戻して防ぐのではなく、逸らされた勢いのまま身体を回し、魔力弾を紙一重でかわす。

 回転の終わりに左手を振り抜くと、新たな魔力弾がクラウスの足元へ撃ち込まれた。


 石畳へ魔法が炸裂し、クラウスが反射的に横へ踏み出す。

 その移動先へフレイドの剣が追いかけるように走った。


「くっ……!」


 クラウスは剣を差し込み、金属音を響かせながら斬撃を受け流す。

 そのまま距離を取ろうとするが、フレイドは無理に追わず、今度は左手へ魔力を集めた。


 距離が開けば魔法、近づけば剣。

 だが、その二つは別々の攻撃ではなく、一方を防がせることで次の攻撃へ繋ぐ一つの流れとして組み上げられていた。


「……これは、きついわね」

「うん。クラウスの得意な形に入らせてない」


 レティアの呟きに答えながら、アリスは試合場から目を離さず、フレイドの一挙一動を追い続けた。


 クラウスが弱いわけではなく、実際に剣も魔法も一つずつ確実に処理している。

 それでも剣を崩せば魔法へ変わり、魔法を防げばその防御を利用して剣が来るため、反撃へ移るための時間をフレイドが与えていなかった。


 相手の攻撃を崩して反撃へ繋げるクラウスに対し、フレイドは崩されたこと自体を次の攻撃へ利用することで、迎撃の起点を作らせていない。


 フレイドが再び間合いへ入り、右上から振り下ろした剣へクラウスが薄い防御術式を展開する。


 斬撃の芯を外側へ逸らそうと術式が接触した瞬間、フレイドは自ら腕の力を抜き、軌道を変えるために加えられた力を空振りさせた。

 クラウスの防御術式が一瞬だけ意味を失い、その隙を逃さずフレイドの左手へ新たな術式が浮かび上がる。


 至近距離から放たれた魔力弾へ、クラウスは咄嗟に剣を合わせた。

 刃の側面へ魔力が衝突し、その衝撃によって二歩後退させられる。


 フレイドがそこへ追撃しようとした瞬間、クラウスも左手を振り上げた。

 三つの魔力弾が扇状に撃ち出され、正面からの追撃を拒むようにフレイドの進路を塞いだ。


 フレイドは一発を剣で弾き、二発目を身体を沈めてかわす。

 三発目だけは避けずに小さな防御術式を展開して受け止め、その衝撃を利用して自ら後方へ距離を取った。


「……なるほど」


 距離が開いたところで、クラウスが小さく呟きながら剣を構え直した。

 フレイドは無理に追撃することなく、その場で相手の出方を待ちながら、わずかに首を傾げる。


「どうした?」

「いや……少し驚いただけだ」

「何に?」

「あなたは、思っていた以上に面倒だ」

「それは褒め言葉として受け取っておこう」


 フレイドが楽しそうに口元を緩める一方、クラウスは剣を構えたまま相手の足元へ視線を落とした。


 これまでと同じように目の前の攻撃を一つずつ崩そうとしても、フレイドは剣から魔法へ、魔法から剣へと形を変え、そのたびに新しい攻撃の流れを作り直してしまう。

 ならば見るべきものは振られた剣でも、発動した魔法でもなく、それらが生まれるまでの身体と魔力の動きなのだと、クラウスは判断を切り替えていた。


 再び動いたクラウスは低く踏み込み、正面から剣を振るように見せながら、フレイドが迎撃へ移った瞬間に自ら攻撃を止めて一歩外へ逃れた。


 続く二度目は左手へ術式を浮かべるだけで発動せず、フレイドが剣で詰めるのか、それとも魔法で応じるのかを確認する。

 三度目だけは実際に魔力弾を放ち、フレイドが剣で弾いた直後にも反撃を狙わず、すぐに距離を取って構え直した。


 それまでとは明らかに違う動きを見せ始めたクラウスに、アリスはわずかに目を細めた。


「……変えた」

「え?」

「クラウス、迎撃するのをやめたわけじゃない。でも、フレイド先輩の攻撃だけを見るのをやめてる」


 クラウスの視線は剣先や術式だけを追うことなく、肩や腰、足の位置から重心の移動、さらに左手へ集まる魔力まで、フレイドの身体全体を捉えていた。


 剣へ移るなら、その前に必ず踏み込みと重心の変化がある。

 魔法へ切り替えるなら、術式が完成するより先に魔力が左手へ集まり始める。


 フレイドが次に何を放つのかではなく、その攻撃を選択する直前に何が起きるのかを見極めようとしていた。


 レティアもその意味に気づいたらしく、試合場を見つめたまま小さく息を呑んだ。


「……フレイド先輩が、どうやって次の攻撃を作ってるかを見てるの?」

「うん。たぶん、攻撃が来てから崩すんじゃ遅いって気づいたんだと思う」


 クラウスが再び間合いへ入り、フレイドの剣が走ると同時に薄い防御術式を展開して斬撃を外へ逸らした。


 これまでならフレイドはその力を利用して次の斬撃へ繋ぐか、左手から魔法を放って新しい攻撃を作っていた。

 だが、クラウスはどちらが来るのかを待たなかった。


 斬撃を逸らした瞬間、クラウス自身が前へ出る。


 フレイドの左手へ魔力が集まり始めるより早く、その腕が向けられるはずの空間へ剣先を差し込んだ。

 魔法を放てば腕ごと軽量アーマーを狙われる位置へ入られ、フレイドは術式を完成させることなく左手を引く。


 そのまま剣へ切り替えようと足を踏み替えるが、クラウスはさらに半歩だけ踏み込んでいた。

 身体の連動が完成する前へ剣先を置かれ、フレイドは初めて攻撃を繋げることなく、大きく身体を引いて間合いを外した。


 クラウスの剣先は軽量アーマーの直前を通過しただけで、有効打には届いていない。

 それでも、ここまで主導権を握り続けていたフレイドに剣も魔法も中断させたことで、二人の間に流れていた空気が明らかに変わった。


「……今のは」


 フレイドは一度自分の左手と足元へ視線を落としてから、何かを理解したようにクラウスへ顔を向ける。


「やっと少し見えた」

「……なるほど。俺の剣でも魔法でもなく、その前を見ることにしたのか」

「目の前の攻撃を崩そうとするから追いつけない。崩した後から別の攻撃を作られるなら、その前を止めればいい」

「簡単に言ってくれるな」


 そう言いながらも、フレイドの口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。


 クラウスも剣先をわずかに下げて重心を沈め、左手へ薄く魔力を集めながら、先ほどまでとは違う距離の取り方で相手の動きを待つ。

 剣と魔法を崩し続けるクラウスと、崩された先から新たな攻撃を作り続けるフレイドの戦いは、ここに来て初めて別の段階へ移ろうとしていた。


「面白くなってきたな」

「同感だ」


 短く言葉を交わした二人が、剣と魔力を同時に構えながら、ほぼ同時に再び間合いを詰める。


 その攻防を見つめるアリスは、クラウスがついにフレイドの剣でも魔法でもなく、それらが生まれる流れそのものを捉え始めたことを理解していた。

 だが同時に、剣術部門の決勝で何度も自分の変化へ対応してきたフレイドが、このまま同じ戦い方を続けるはずがないことも知っている。


 どちらが先に相手の変化を上回るのか、準決勝の勝敗はここから先の攻防で決まろうとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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