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第一部 第一章 第2話

春の陽気に包まれた王都郊外


――第二騎士団の魔導飛行艇発着ポートは、朝の光の中に静かな活気を帯びていた。


広大な敷地には、魔術師団と第二騎士団の新人たちが班ごとに整列している。

吐く息にはまだわずかに冷たさが残るが、空気は柔らかく澄み、春の到来を告げていた。


滑らかな石畳の上には、魔導車両と補給用の魔導器材が整然と並び、魔力符の淡い光が朝日に照らされている。

整備兵たちが工具と符術盤を手に走り回り、飛行艇の外殻を点検するたび、低い魔力音が重なって響いた。


油と金属の匂い、そして符術の焦げたような独特の匂いが混ざり合い、戦地への準備が整いつつあることを感じさせる。


兵士や魔術師たちの顔には、期待と緊張、そして少しの不安が交錯していた。

新たな任務に挑む者たちの瞳は、皆が違う色をしていながら、同じ方向を見つめている。


遠くの発着ラインには、王国の紋章を刻んだ大型魔導飛行艇が静かに浮かび、陽光を受けて灰銀の装甲を光らせていた。

風を受けてはためく王国旗が、青空の中で凛々しく舞う。


――その列の中で、ひときわ目を引く姿があった。

金の髪を陽光にきらめかせる少女、アリス・グレイスラー。

彼女は真新しい第二騎士団の白い軍服をきちんと着こなし、背筋をまっすぐに伸ばして立っていた。


風がそっと頬を撫で、長い金髪を揺らす。

淡い光の粒が髪の合間にこぼれ落ちるように煌めき、その横顔をいっそう際立たせた。


その蒼の瞳は、演習地の遥か先を見据えている。

迷いのないまなざし。

穏やかでありながら、心の奥には静かな炎が宿っていた。


周囲の喧騒を遠くに感じながらも、アリスはただ一点――これから進む道だけを見つめていた。


隣には、栗色の髪を肩で揺らす少女の姿。

レティア・エクスバルド。

彼女も同じく、第二騎士団の白い軍服を凛と着こなし、襟元には伯爵家の紋章を模した小さな刺繍が施されていた。


貴族らしい品格を漂わせながらも、その瞳には覚悟の光が宿っている。

「……いよいよね」

レティアが小さくつぶやく。


アリスは短く息を吸い込み、視線を前に戻した。

「ええ。――ここからが、本当の始まり」


二人は言葉を交わしたそれきり、再び無言で立ち尽くす。

その沈黙は、何よりも深い信頼の証だった。

幾多の訓練を共にし、危機を乗り越えてきた絆が、言葉を必要としないほどに確かなものになっていた。


レティアは目を細め、アリスの横顔を静かに見つめる。

吹き抜ける春風が、二人の白い軍服の裾を軽く揺らした。


発着ポートの上空を、点検飛行を終えた一隻の小型艇が滑るように通過していく。

陽光が金属の外殻を照らし、反射した光が地面に瞬きのような輝きを落とす。

その光の中で、アリスはそっと目を閉じた。


ほんの一瞬、深く息を吸い込み、心を静める。

再び目を開いたその蒼の瞳には、もう迷いもためらいもなかった。


「……やっぱり、いざ出発となると緊張するね……」

レティアが小さく吐息を漏らしながら、第二騎士団の白い軍服の袖をぎゅっと握りしめた。


指先がわずかに震えている。

その震えを悟られまいとするように、彼女はそっと顔を上げ、隣に立つアリスを見上げた。


春の風が吹き抜け、二人の髪をそよがせる。

白く整えられた布地が風に揺れ、金と栗の髪が陽光の下で柔らかくきらめいた。


その様子を横目で見ながら、アリスはくすりと笑う。

彼女の笑みは穏やかで、どこか安心させるような強さを帯びていた。

「大丈夫よ、レティア。演習といっても、私たちが学院で鍛えたことを試すだけだもの」

アリスの声は落ち着いていて、張りつめていた空気を少しだけ和らげた。


その言葉には自信と余裕がにじみ、周囲のざわめきさえも遠くに感じさせるほどだった。

「……アリスは落ち着いてるね。私、今まで座学とか模擬戦ばっかりで……本物の魔物相手は初めてだから……心臓が痛いくらい」

レティアが苦笑混じりに言葉を漏らす。


その表情は明るさを保とうとしているが、瞳の奥では恐れと覚悟が揺れていた。

指先の震えが再び微かに走る。


目の前に控える“戦い”という現実が、ようやく彼女の心に重みを持って迫ってきているのだ。


「ふふ、大丈夫。私が守ってあげる」

アリスが明るく笑い、軽く肩をすくめてみせた。

その笑顔は太陽の光のようにやわらかく、けれど確かな力を宿している。


それを見たレティアの頬がわずかに緩み、張り詰めた肩の力が少し抜けた。


「はいはい、頼もしいこと言って……でも、私だって頑張るんだからね」

レティアが軽く息を吐き、わざと明るく言い返す。


その声に少しだけ笑みが戻り、彼女の瞳が再び前を向いた。

まるで、恐れの代わりに覚悟を宿すように。


その視線の先――演習場の外れに停泊している巨大な銀色の艦影があった。

陽光を受けて鈍く輝く外殻、艦首に刻まれた王国の紋章、そしてその背後に立ち上がる二基の推進翼。

魔導飛行艇――王国が誇る最新鋭の空中移動艦。


艦体の下部では整備兵たちが最後の確認に追われ、符術の光がリズミカルに点滅していた。

魔力の流れる低い音が地面を震わせ、まるでその巨大な心臓が鼓動しているかのようだ。


レティアは息を呑み、思わずその場に立ち尽くした。

「わぁ……やっぱり、近くで見ると迫力あるね……

 空を飛んでるのは何度も見てたけど、まさか自分が乗る日が来るなんて……」

その声には驚きと興奮が入り混じっていた。

憧れにも似た輝きが、彼女の瞳に映る銀色の船体に反射する。


遠い存在だった“空を行く艦”が、今、自分のすぐ目の前にある――。


その事実が胸の奥に広がり、鼓動が少し速くなった。

「私の記憶だと過去三回は乗ったことがあるの。

 やっぱり浮かぶのはわかっていても、本当に落ちないのか不安になるわね。

 でも、レティアが乗るのが初めてなのは意外ね」

アリスが少し首を傾げ、微笑を浮かべながら言った。


彼女の声は穏やかだが、その奥に“経験者”としての冷静な余裕が滲んでいる。

対するレティアは頬を掻きながら、照れくさそうに笑った。

「んー、領都から王都まではいつも魔導車で大空洞を通ってたから、わざわざ飛行艇に乗る機会なんてなかったの……え、乗ったことあるんだ?」


「うん、あるよ。……なるほどね、確かにそれならそうなるわ」

アリスがしっかりと頷き、やさしくレティアを見守る。


その目は、仲間としての信頼と、少し年上の姉のような包容を帯びていた。

レティアもその視線を受け止め、小さく息を吐いて笑った。

「ふふ……なんか、少し安心したかも」

「でしょ?」

「うん。……私、やっぱりアリスがいると心強い」


二人は自然に視線を交わし、ほっとしたように微笑み合った。

その瞬間だけ、緊張に満ちた発着ポートの空気が少しだけ和らぐ。

周囲の喧騒が一瞬遠のき、春の風が二人の髪をやさしく揺らした。


その時――


発着ポート全体に、低く魔力を帯びた拡声音が響いた。

列の前方で、第二騎士団副団長――ガレス・ヴァルディーン准将が一歩前へ進み出る。 


白銀の外套を揺らしながら、鋭い視線で整列する新人たちを見渡した。

その姿には、一分の隙もない。


戦場をいくつもくぐり抜けてきた者だけが持つ、圧のある気配があった。

「――静粛に」

低く発せられたその声に、場のざわめきがすぐに収まる。

空気が張りつめ、風の音さえ遠のいていく。

ガレスは一呼吸おいて、背後の巨大な魔導飛行艇を見上げた。


「これより、団長閣下より訓辞がある」

その一言が放たれると同時に、発着ポート全体に魔導放送の光が走った。


空中に展開した転送魔方陣が淡く輝き、そこから響いたのは、澄み渡るような――凛とした声だった。

「若き剣と魔の使い手たちよ!」

音の発生源は列の最前方。


壇上に立つのは、第二騎士団長――フリードリヒ・ヴァルデマール中将。


陽光を受けた白銀の甲冑が眩いほどに輝き、その背に流れる青のマントが風に翻る。

鍛え上げられた体格から発せられる威圧感は圧倒的でありながら、眼差しには若者たちを奮い立たせる温かさがあった。

その立ち姿だけで、場内の空気がぴんと張り詰める。


「お前たちは王国の誇りであり、未来を紡ぐ希望だ。

 恐れるな、恥じるな、己が力を信じて進め!

 この演習で得たものが、いずれ王国を護る礎となることを、我は信じている!」

その声は朗々と響いた。

重厚な音が胸に直接届くようで、誰もが思わず背筋を伸ばす。


騎士たちの鎧が一斉に音を立て、整列する者たちの目が壇上へと向けられた。

陽光の下で、白銀と蒼の光が交錯する。

アリスもレティアも自然と姿勢を正し、胸に手を当てた。

緊張と共に、心の奥に熱いものがこみ上げてくる。

彼女たちが立つこの場が、学院の延長ではなく――“現場”なのだという実感が、静かに胸を満たしていった。


フリードリヒの声が春空に溶けていくと、会場全体が一瞬だけ静まり返る。


その静寂ののち、各班ごとに指導役が前へと進み出た。

呼吸を整えながら、班員たちは小さな円陣を組み、最後の確認を行い始める。


十五班も例外ではない。

飛行艇への搭乗を前に、班長――レオ・バルト少尉が前に立ち、仲間たちを見渡した。


日差しの中に立つその姿は精悍で、腰の剣の柄を軽く叩く仕草には自信が滲んでいる。


「さて――改めて自己紹介しておくな」

レオが明るく声を張ると、周囲の視線が自然と彼に集まった。

「俺はレオ・バルト。階級は少尉。

 この十五班の班長を務める。所属は第二騎士団第二師団第五分隊だ」


その言葉には屈託のない笑顔が添えられ、重苦しかった空気がふっと和らぐ。


班のあちこちから小さな笑い声と頷きが起こり、緊張が溶けていくのが分かった。

彼の声には、若いながらも人を引き寄せる不思議な明るさがあった。


レオは少し間を置き、後方に目を向ける。

控えめに立つ二人の少女――金髪のアリスと、栗髪のレティアを指さした。

「それから――この班には学院から選抜された学生が二人いる。

 そっちの金髪がアリス・グレイスラー、隣の栗髪がレティア・エクスバルドだ」


二人は一歩前に進み、揃って軽く頭を下げた。

白い軍服が光を反射し、整った所作が周囲の注目を集める。


レオが笑みを浮かべながら続けた。

「そういえば、二人とも十五班全員には、まだ自己紹介をしてなかったな。

 せっかくだ、前に出てみんなに挨拶してくれ」


レティアは一瞬、驚いたようにアリスを見た。

しかしアリスは迷うことなく一歩踏み出し、軽やかに壇の中央へ進む。

その姿勢は凛としていて、まるで空気が引き締まるようだった。

「こんにちは、アリス・グレイスラーです。

 王立魔導学院探索者育成部、四年次で活動しています。

 今回は演習を通じて新たな経験を積み、皆さんと共に成長していけたらと思います」


はっきりとした声。

聞く者に自然と伝わる誠実さがあった。

彼女が軽く礼をすると、白い軍服の袖がふわりと揺れ、胸元の学院徽章が光を反射した。 


続いて、レティアが緊張を押し隠すように一歩前へ出る。

ほんの少し頬を染めながらも、瞳はまっすぐで、凛とした意志が宿っていた。


「レティア・エクスバルドです。

 王立魔導学院探索者育成部、四年次を務めています。

 魔術部門での活動が主ですが、今回は演習で実践的な経験を積みたいと思っています。

 よろしくお願いします」

その声は柔らかくも芯があり、言葉の端々に誠実さが滲んでいた。


班員たちの間から、自然と拍手が湧き起こる。

「おお、学院の子たちか」

「若いのにしっかりしてるな」

といった声が小さく交わされ、場が和やかに包まれていく。


アリスとレティアは視線を交わし、微笑み合った。

その笑顔は、緊張に満ちた朝の空気の中で、春の陽射しのようにやわらかだった。


「よし!」

レオが一歩前に出て、腰に手を当てる。

「全員で力を合わせて乗り切るぞ!

 準備できたやつから順に搭乗開始!

 飛行艇の中でも気を抜くなよ!」

その掛け声に、班員たちが一斉に拳を突き上げた。


「おうっ!」

若い声が重なり、空気が熱を帯びる。

その瞬間、十五班は一つの意志を持った“部隊”へと変わった。

金属板を踏みしめる靴音が響き、隊列が動き出す。 


整然とした歩調で、銀翼の魔導飛行艇――《アルディア級・第二型》へと向かっていく。


その艦体は巨大で、青白い魔力光が側面の符術ラインを走り、心臓の鼓動のように脈動していた。


タラップを登る風の中、アリスは小さく息を吸う。

白い外套が風に舞い、胸の奥で鼓動が高鳴った。


背後でレティアも同じように、深呼吸をしていた。

――これが、始まりの一歩。


十五班は、それぞれの決意を胸に、

銀翼の魔導飛行艇へと足を踏み入れたのだった。

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