閑話 第一六二回 王立魔導学院 学内武術競技会 -四年次- 第18話
暴風のような魔力弾が絶え間なく結界内を埋め尽くす。
アリスは《エリア・シールド》を貼り続け、砕けた障壁の破片が青白い光となって散るたびに、次の防壁を前面へ差し込んでいく。
防御だけで立ち止まれば削られる。
だから、アリスは障壁を張り替えながら一歩ずつ間合いを詰めた。
崩壊寸前の《エリア・シールド》を解除する。
次の障壁を半歩前へ展開する。
着弾の衝撃を受け流しながら足を出す。
その繰り返しで、アリスは青白い破砕光の中をじりじりと進む。
「はっ……その弾幕抜けてくるか!」
セオの目がわずかに細くなる。
だが驚きは一瞬だった。
魔力腕の魔導ライフル群が左右へ開き、背後で待機していた二本の魔導剣が再び抜き放たれる。
「なら、もう一回近接だ!」
――バンッ。
《ヴィタルブースト》と《クイックアクセル》を維持したまま、セオが一気に間合いを詰める。
霜が砕け、鋭い風圧がアリスの正面へ押し寄せる。
左右の魔導剣が青白い軌跡を描き、上段と横薙ぎの二方向から同時に振り抜かれた。
アリスはロングソードを引き上げる。
右から来た斬撃を剣の腹で滑らせ、左から迫る刃へ身体を半歩沈める。
――キィィンッ。
金属音が結界内へ弾け、火花のような魔力光が霜の上へ散った。
速い。
重い。
しかも魔力腕の双剣は、人間の肩や腰の予備動作に縛られない。
溜めのない斬撃が、不自然な角度から連続して差し込まれてくる。
「っ……!」
アリスは紙一重で軌道を外しながら、双剣の中心へロングソードを差し込む。
真正面から受け止めるのではなく、刃の角度をずらして相殺する。
――ギィンッ。
――ガッ。
二本の魔導剣がわずかに外へ流れ、セオの正面に一瞬だけ隙が生まれる。
その瞬間、アリスが反撃へ踏み込もうとした。
だが、四枚の魔導盾のうち二枚が一気に前へ滑り込む。
盾は斬撃を防ぐ位置ではない。
そのまま、アリスの踏み込みへぶつける軌道だった。
(――盾!?)
遅い。
気づいた時には、もう目の前だった。
――ガンッ。
魔導盾によるシールドバッシュが左右から同時に叩き込まれ、重い衝撃がアリスの体勢を真正面から潰す。
「っ――!」
衝撃が胸部へ突き刺さる。
踏み込みかけた重心が崩れ、呼吸が押し潰される。
視界がわずかに揺れ、足裏の霜が砕けて滑った。
次の瞬間、安全機構が作動する。
――パシュッ。
一枚目の軽量アーマーが自動脱着し、外装が霜の上を滑って転がっていく。
観客席が一気にどよめいた。
「入ったぁ!」
「アリスのアーマー飛ばしたぞ!?」
「今の盾で崩したのか……!?」
アリスは即座に後方へ跳ぶ。
崩れた体勢を無理やり立て直しながら距離を取る。
だが、胸部へ残る衝撃は軽くない。
ただ押されたのではない。
双剣で意識を固定された瞬間へ、盾を差し込まれた。
(攻撃じゃなくて……崩し)
セオは笑う。
「どうした? 今の完全に入ったと思ったんだけどな!」
背後ではなおも魔導ライフル群が魔力光を収束している。
双剣。
盾。
弾幕。
十本腕による同時制圧は、まだ止まっていなかった。
背後ではなおも魔導ライフル群が魔力光を収束している。
双剣による近接制圧と、四枚の魔導盾による迎撃防御、さらに後方から絶え間なく降り注ぐ高密度弾幕によって、セオの十本腕による同時制圧はまだ止まっていなかった。
だが、アリスはその光景を前にしても視線を逸らさない。
胸部へ残る衝撃はまだ消えていない。
軽量アーマーを一枚失った感覚も重い。
呼吸を整えるたびに鈍い痛みが内側へ残り、シールドバッシュによって崩された体勢の感覚も完全には消えていなかった。
それでも、その蒼銀の瞳だけは静かだった。
(……なるほど)
双剣で崩し、盾で潰し、距離を切れば弾幕で押し戻す。
攻撃と防御を完全分離した多重制御が、ほとんど隙なく噛み合っている。
しかも、そのすべてが異常な速度で連動していた。
強い。
間違いなく、ここまでの相手とは別格だった。
観客席も息を呑んでいる。
「アリスが押されてる……?」
「いや、あのセオってやつが異常なんだよ……!」
「十本腕で全部同時にやってるぞ……!」
セオは笑う。
魔力腕の魔導剣を肩へ担ぐように浮かせながら、両手の魔導ライフルをゆっくり構え直す。
四枚の魔導盾もまた、アリスの動きへ合わせるように周囲を旋回し、次の攻防へ備えて位置を変え始めていた。
「どうした? そろそろ押し切られる気分は?」
青白い魔力光が銃口へ収束していく。
次の連射が来る。
しかも今度は、近接への踏み込みも混ぜてくる可能性が高い。
このまま通常の攻防を続ければ、防御側へ回され続ける。
その瞬間だった。
アリスの足元で魔力が膨れ上がる。
「――《フィジカルブースト》」
身体強化魔力が一気に全身へ巡り、筋肉と神経、さらに骨格強度へまで高密度の魔力が浸透していくことで、身体出力そのものが一段引き上げられていく。
脚部へ魔力が流れ込むたびに、踏み締めた地面の霜が細かく砕け、青白い粒子が足元から舞い上がった。
結界内の空気が、わずかに震える。
さらに。
「――《クイックアクセル》」
魔力が脚部と神経系へ集中し、反応速度と瞬間加速、さらに視界処理と神経伝達までもが同時に引き上げられていく。
流れていたはずの魔力弾の軌道がわずかに遅く見え始め、セオの魔力腕の動きまでもが線として認識できるようになる。
観客席がざわめく。
「二重強化……!」
「いや待て、まだやるのか!?」
アリスは止まらない。
「――《プロテス》」
青白い防御光が身体表面へ走る。
双剣による近接制圧や魔導盾による迎撃、さらにシールドバッシュの衝撃までを正面から耐え切るための防護術式が、薄い光膜となって身体を覆い始める。
そして。
「――《シェル》」
最後の魔力層が重なる。
淡い光膜がさらに上から身体を包み込み、魔力干渉軽減と衝撃分散を同時補助する第二防護層が形成される。
四つの術式が互いへ干渉しながらも崩れず噛み合い、青白い魔力光がアリスの周囲で静かに脈動し始めた。
四層展開。
瞬間。
結界内の空気が変わった。
――ビキィッ。
アリスの足元の霜が砕ける。
魔力圧だけで地面が軋む。
金髪がふわりと浮き上がり、青白い魔力光が全身から淡く噴き出す。
魔力の奔流が周囲の空気を押し広げ、結界内へ重い圧迫感が広がっていった。
観客席が静まり返る。
「……おい、今、一気に四つ重ねたぞ……! 普通そんな多重展開したら制御崩れるだろ……!」
セオの笑みがわずかに止まる。
アリスの瞳が細くなる。
「……なら、こっちも正面から行く」
次の瞬間。
――バァンッ!!
アリスが爆発するように踏み込んだ。
霜が吹き飛ぶ。
衝撃波が地面を走る。
先ほどまでとは比べ物にならない加速だった。
《フィジカルブースト》で底上げされた身体出力へ、《クイックアクセル》による瞬間加速が重なり、アリスの身体が一直線にセオへ突き進む。
「っ――!?」
セオの瞳が開かれる。
速い。
違う。
今までのアリスではない。
魔導ライフル群が一斉射撃へ移行する。
――ダダダダダダダダダダッ。
圧縮された魔力弾が暴風のように叩き込まれる。
だが。
アリスは止まらない。
《エリア・シールド》すら使わない。
《プロテス》と《シェル》を纏ったまま、最短軌道で真正面から弾幕へ突っ込む。
着弾衝撃が連続して身体を叩き、青白い火花が防護膜表面で爆ぜる。
それでも、踏み込みは止まらない。
――ガガガガガッ!!
魔力弾が着弾する。
衝撃が爆ぜる。
爆風が金髪を乱す。
だが、その中心で。
アリスは、前へ出る。
《クイックアクセル》と《フィジカルブースト》によって極限まで底上げされた身体能力が、これまでとは比較にならない速度と出力を生み出していた。
踏み込みの瞬間に霜が爆ぜ、加速した身体が青白い残光を引きながら一気にセオの懐へ滑り込む。
先ほどまで視認できていた剣筋が、今はほとんど線にしか見えない。
「なっ――!?」
セオの表情が変わる。
速い。
いや、重い。
アリスのロングソードが振り抜かれる。
《フィジカルブースト》によって強化された筋力と、《クイックアクセル》による爆発的な踏み込み速度が重なった斬撃は、単純な速度だけではなく、受けた瞬間に防御そのものを押し潰すような質量感を伴っていた。
――ギィィンッ!!
衝撃音が爆ぜる。
魔導盾が真正面から受け止める。
だが、受け止め切れない。
四枚の魔導盾が連動し、回転するように防御位置を切り替えながら斬撃へ対応していく。
左右。
上段。
正面。
絶え間なく位置を変え、アリスの剣筋を潰そうとする。
しかし、今のアリスは止まらなかった。
――ギィンッ!!
――ガガァッ!!
――キィィンッ!!
高速剣戟が連続する。
しかも、一撃ごとの重さが異常だった。
《フィジカルブースト》で底上げされた出力がそのまま剣へ乗り、《クイックアクセル》による加速が衝突威力をさらに増幅している。
防御するたびに魔導盾が激しく軋み、青白い火花と衝撃波が周囲へ弾け飛んだ。
「ぐっ……!!」
セオが歯を食いしばる。
防御は間に合っている。
だが、衝撃が重すぎる。
アリスの剣を受けるたびに、魔力腕ごと押し込まれ、盾配置がわずかに崩されていく。
アリスは止まらない。
斬る。
返す。
さらに踏み込む。
ロングソードが青白い軌跡を描きながら、暴風のような連撃となってセオへ襲い掛かる。
剣速が上がっているだけではない。
連撃と連撃の繋ぎそのものが短くなり、受け流しても次が来る。
防御の余白そのものを押し潰すような剣戟だった。
「っ――この……!」
セオの魔力腕が高速回転するように動き、四枚の魔導盾を再配置する。
双剣も迎撃へ割り込む。
だが。
――バギィッ!!
一枚目の魔導盾が限界を迎えた。
アリスの斬撃を真正面から受けた瞬間、盾表面へ亀裂が走り、そのまま青白い破片となって砕け散る。
砕けた盾片が霜混じりの空気へ飛び散り、観客席が一気にどよめいた。
「盾がっ!?」
「壊したぞ!?」
「今の一撃で……!?」
さらに。
――ギャァンッ!!
返しの一撃がもう一枚へ直撃する。
今度は破壊ではない。
だが、重すぎる。
真正面から叩き込まれた斬撃の衝撃によって、魔導盾ごと魔力腕が大きく弾き飛ばされ、防御位置を維持できなくなった盾が外側へ吹き飛ぶ。
四枚で成立していた防御陣形が崩れた。
セオの瞳が見開かれる。
(押し切られる……!?)
今までのアリスではない。
防御を崩せないはずだった。
四枚盾による循環防御なら受け切れると判断していた。
だが、今の剣戟は違う。
速度。
重さ。
踏み込み。
そのすべてが、強引に防御そのものを破壊し始めていた。
アリスの蒼銀の瞳が細くなる。
ロングソードが再び引き絞られる。
砕け散る青白い盾片の中で、次の一撃がすでに始まっていた。
砕け散る青白い盾片の中で、次の一撃がすでに始まっていた。
――ギィィンッ!!
アリスのロングソードが再び振り抜かれる。
《フィジカルブースト》によって強化された出力と、《クイックアクセル》による爆発的な加速が噛み合った斬撃は、受け止めるたびに魔導盾ごと押し込んでくる。
残った盾で防御しても衝撃が重い。
受け流しても次が来る。
しかも、剣戟の切り替え速度そのものが異常だった。
「っ……!!」
セオが歯を食いしばる。
たまったものではない。
盾を削られた状態でこの剣戟を受け続ければ、防御そのものが崩壊する。
(距離を取る……!)
セオは即座に判断する。
近接で押し切られる前に、一度間合いを外すしかない。
魔導ライフルの制圧距離へ戻せば、再び弾幕優位を作れる。
「――下がれッ!!」
残った魔導盾を前面へ滑り込ませ、双剣を交差させながら強引にアリスの剣筋を押し外す。
その瞬間、《クイックアクセル》を重ねて一気に後退する。
霜が爆ぜる。
距離を開ける。
そう判断した。
だが。
「逃がさない」
アリスが即座に踏み込む。
――バァンッ!!
霜が吹き飛ぶ。
セオが後退した瞬間には、もうアリスが目の前へ来ていた。
速い。
いや、異常に速い。
「なっ――!?」
セオの瞳が開かれる。
後退した。
間違いなく距離を切ったはずだった。
それなのに、アリスはほとんど同時に間合いを潰してくる。
《クイックアクセル》同士。
しかも、今のアリスは《フィジカルブースト》による出力強化まで重なっている。
踏み込み速度そのものが、先ほどまでとは比較にならなかった。
ロングソードが閃く。
――ギィンッ!!
セオは咄嗟に双剣で受ける。
重い。
受けた瞬間、腕ごと押し込まれる。
残った魔導盾も割り込ませるが、防御へ意識を回したせいで、魔導ライフル群の射線制御が遅れる。
(まずい……!)
ライフルを撃つ余裕がない。
距離が近すぎる。
照準を作る前にアリスが踏み込んでくる。
魔導剣。
盾。
迎撃。
それだけで制御が埋まる。
「撃てッ!!」
セオが叫ぶ。
後方の魔導ライフル群が無理やり射撃へ入る。
だが。
――ギィィンッ!!
アリスの斬撃が先に来る。
盾が弾かれる。
双剣が押し流される。
射撃軌道が崩れる。
――ダダッ!!
放たれた魔力弾が明後日の方向へ逸れる。
「射線が……!?」
「撃ててない!?」
「アリスが近すぎるんだ!!」
観客席がどよめく。
セオはさらに後退しようとする。
だが、その瞬間にはもうアリスが追いついてくる。
間合いが開かない。
いや、開かせてもらえない。
アリスの蒼銀の瞳が静かに細くなる。
ロングソードが再び引き絞られる。
今の彼女は、完全に近接制圧へ切り替わっていた。
アリスの蒼銀の瞳が静かに細くなる。
ロングソードが再び引き絞られる。
今の彼女は、完全に近接制圧へ切り替わっていた。
――ギィィンッ!!
斬撃が爆ぜる。
セオは残った魔導盾を無理やり前面へ差し込む。
双剣も迎撃へ回す。
だが、防御へ集中した瞬間に魔導ライフル群の制御が遅れ、射線がぶれる。
逆に射撃を優先すれば、今度は剣戟防御が間に合わない。
(まずい……押される……!)
セオの額へ汗が浮かぶ。
距離を切れない。
ライフルの制圧距離へ戻れない。
アリスが踏み込むたびに、強引に近接へ固定される。
――ギィンッ!!
――ガガァッ!!
――キィィンッ!!
高速剣戟が連続する。
アリスのロングソードは止まらない。
《フィジカルブースト》で底上げされた膂力と、《クイックアクセル》による爆発的な踏み込み速度が噛み合い、受けるたびに防御そのものが押し潰されていく。
「くっ――!!」
セオが残った魔導盾をさらに前へ出す。
だが、その瞬間。
――バギィィッ!!
三枚目の魔導盾が吹き飛ぶ。
真正面から叩き込まれたアリスの斬撃が、盾ごと魔力腕を弾き飛ばし、青白い盾片が霜混じりの空気へ激しく散った。
防御陣形がさらに崩れる。
「もう一枚いった!?」
「まずい、セオの防御が……!」
観客席がざわめく。
セオは咄嗟に双剣を交差させる。
残った盾も割り込ませる。
だが、遅い。
アリスはその防御のズレを見逃さなかった。
(そこ――!)
踏み込む。
床を砕く。
霜が爆ぜる。
――バァンッ!!
《クイックアクセル》によって極限まで加速した踏み込みが、セオの懐深くへ一気に入り込む。
ロングソードが最短軌道で振り抜かれた。
――ギィィィンッ!!
双剣が受ける。
だが押し切れない。
アリスの剣が交差防御を強引に押し下げ、そのまま防御の隙間へ滑り込む。
「っ――!!」
セオの瞳が見開かれる。
次の瞬間。
――ガァンッ!!
アリスの一撃がセオの胴部へ直撃した。
重い衝撃が結界内へ響き渡る。
防護術式が火花のように爆ぜ、安全機構が作動する。
――パシュッ。
一枚目の軽量アーマーが自動脱着し、外装が勢いよく吹き飛ぶ。
霜の上を滑り、青白い火花を散らしながら結界端近くまで転がっていった。
「入ったぁぁぁ!!」
「アリスが抜いた!!」
「ついにガード崩したぞ!!」
観客席が爆発する。
セオが後方へよろめく。
今まで防ぎ切っていたはずの防御が、ついに破られた。
胸部へ残る衝撃に呼吸が乱れ、双剣の構えがわずかに遅れる。
だが。
アリスは止まらない。
彼女の瞳が、次の一撃を捉えていた。
セオが後方へよろめく。
一枚目の軽量アーマーを吹き飛ばされた衝撃によって呼吸が乱れ、双剣の構えがわずかに遅れる。
だが、その立て直しを待つほど、今のアリスは甘くなかった。
(逃がさない――!)
――バァンッ!!
アリスが即座に踏み込む。
《クイックアクセル》によって極限まで加速された身体が、吹き飛ばされたセオへ一直線に追いつく。
霜が砕け、衝撃波が床を走り、後退したはずの距離が一瞬で消えた。
「っ――!?」
セオの瞳が開かれる。
まだ体勢が戻っていない。
双剣を構え直す前に、もうアリスが目の前へ来ている。
ロングソードが閃く。
――ギィィンッ!!
セオは咄嗟に双剣を交差させる。
残った魔導盾も無理やり割り込ませる。
だが、防御が間に合わない。
先ほど崩された体勢のまま受けたことで、踏ん張りそのものが作れなかった。
「ぐっ……!!」
衝撃が走る。
双剣ごと押し込まれ、残った魔導盾が激しく軋み、魔力腕の制御が乱れる。
アリスはその揺らぎを見逃さない。
さらに踏み込む。
――ギィンッ!!
――ガガァッ!!
――キィィンッ!!
高速剣戟が連続する。
今のアリスは止まらない。
一撃目を受けた直後に次が来る。
押し返そうとしても、さらに踏み込まれる。
受けるたびに防御位置が崩れ、セオの身体が後方へ押し流されていく。
(まずい……立て直せない……!)
セオの表情へ焦りが滲む。
距離を切る余裕がない。
ライフルを撃つ暇もない。
近接制圧の流れを完全に握られていた。
アリスの蒼銀の瞳が細くなる。
防御のズレ。
双剣の角度。
盾配置の遅れ。
そのすべてを視界の中で捉えながら、ロングソードがさらに加速する。
「――っ!!」
セオが無理やり後退しようとする。
だが、遅い。
――バァンッ!!
アリスの踏み込みが先に入る。
床を砕きながら懐へ潜り込み、そのままロングソードが最短軌道で振り抜かれた。
――ガァァンッ!!
重い衝撃音が結界内へ響き渡る。
「っ――ぁ!!」
セオの身体が大きく揺れる。
防御を崩されたまま受けた斬撃が胴部へ直撃し、防護術式が激しく火花を散らす。
次の瞬間。
――パシュッ!!
二枚目の軽量アーマーが自動脱着した。
外装が勢いよく吹き飛び、霜の上を激しく滑っていく。
青白い火花が尾を引き、結界端へぶつかった瞬間、乾いた音が響いた。
「また入ったぁぁ!!」
「二枚目飛ばしたぞ!?」
「完全に流れ変わった!!」
観客席が一気に沸き上がる。
セオが後退する。
呼吸が乱れる。
双剣の構えも崩れ始めている。
だが、その目の前では。
アリスが、まだ止まっていなかった。
《クイックアクセル》によって極限まで加速された踏み込みが、後退するセオへ再び食らいつく。
霜が爆ぜる。
砕けた床片が跳ね上がる。
セオが距離を作ろうと後退した瞬間には、もうアリスのロングソードが次の軌道へ入っていた。
(止まらない……!)
セオの背筋へ冷たい感覚が走る。
二枚目の軽量アーマーを吹き飛ばされた衝撃がまだ残っている。
呼吸も乱れている。
魔力腕の制御同期もわずかにズレ始めていた。
それでも、防御しなければ終わる。
「っ――防げ!!」
セオが叫ぶ。
残った魔導剣を無理やり前へ差し込む。
魔導盾も動かす。
だが、もう完全な体勢は作れていない。
崩れた状態からの受けだった。
アリスの蒼銀の瞳が細くなる。
(遅い――!)
――バァンッ!!
踏み込み。
加速。
そして。
――ギィィィンッ!!
ロングソードが真正面から叩き込まれる。
「ぐっ――!!」
セオが歯を食いしばる。
受けた瞬間、腕へ衝撃が突き抜ける。
重い。
速い。
しかも、《フィジカルブースト》で底上げされた出力が、そのまま剣へ乗っている。
耐え切れない。
次の瞬間。
――バギィッ!!
一本目の魔導剣が弾け飛んだ。
刃が耐え切れず、激しい火花を撒き散らしながら上空へ吹き飛ぶ。
同時に、その剣を保持していた魔力腕の制御まで崩壊する。
「なっ――!?」
セオの瞳が見開かれる。
さらに。
――ガギャァッ!!
剣を失った魔力腕へ衝撃が流れ込み、その反動で近くにあった魔導ライフル群の制御まで巻き込まれる。
魔力同期が乱れた二丁の魔導ライフルが魔力腕ごと大きく弾かれ、そのまま空中へ吹き飛ばされた。
――ガンッ!!
――ギャァンッ!!
吹き飛んだライフルが結界壁へ叩き付けられ、青白い火花を散らす。
観客席が一気にどよめいた。
「剣ごと持ってかれた!?」
「ライフルまで吹っ飛んだぞ!?」
「押し切ってる……!」
セオの表情が変わる。
完全に押され始めていた。
十本腕による制圧陣形が、今まさに崩壊した。
青白い魔力光を纏ったロングソードが再び引き絞られ、その切っ先が真っ直ぐセオを捉えていた。
だが、距離が近すぎる。
アリスは踏み込み続けたことで、すでにセオと超接近状態へ入っていた。
ロングソードを大きく振り抜く余白がない。
無理に斬れば、自分の体勢まで崩れる。
セオもそれを理解していた。
残った魔導盾を無理やり前へ動かし、崩れた体勢のままでも防御を立て直そうとする。
魔力腕も再同期を始め、吹き飛ばされなかった魔導ライフル群が再び銃口を持ち上げ始めていた。
(まだ立て直す……!)
アリスの瞳が細くなる。
次の瞬間、アリスはロングソードを振らなかった。
刃を振るための間合いではないなら、別の一手を使えばいい。
そう判断した動きに、迷いはなかった。
「――っ?」
セオの表情がわずかに止まる。
アリスの左手が伸びる。
強く殴るわけではない。
ただ、軽く、まるで位置を確かめるように左拳をセオの腹部へ押し当てた。
「……え?」
セオが理解できずに目を見開く。
その刹那、アリスの左腕へ魔力が集中する。
青白い魔力光が拳の周囲へ収束し、圧縮された魔力が腕の内側で震え始めた。
押し当てられた拳の一点だけが、異常な密度で静かに輝く。
観客席がざわめく。
「な、なんだ……?」
「殴る気じゃ――」
遅い。
アリスの瞳が静かに細くなる。
《フィジカルブースト》で強化された身体出力と、《クイックアクセル》で加速された神経制御が、拳一点へ集束した魔力の解放へ完全に同期する。
次の瞬間、押し当てたままの左拳が短く振り抜かれた。
「――はぁぁぁっ!!」
――ドォォォォンッ!!
ただ殴ったのではない。
拳へ圧縮されていた魔力が、接触したまま至近距離で一気に解放される。
衝撃は表面で爆ぜず、押し当てられた腹部から奥へ沈むように叩き込まれた。
魔力の圧が内部へ抜け、外側の防御では受け止め切れない震動がセオの身体を貫いていく。
「がっ――ぁぁぁっ!!?」
セオの身体がくの字に折れ曲がる。
腹部へ叩き込まれた衝撃によって呼吸が強制的に吐き出され、そのまま後方へ大きく吹き飛ばされた。
霜混じりの空気が激しく裂け、身体が宙へ浮いたまま三メートル近く後方へ弾き飛ばされる。
その途中。
――バギィッ!!
腹部の防護術式が限界を迎える。
軽量アーマーが安全機構によって維持できなくなり、自動脱着というより、衝撃そのものによって吹き飛ばされるように外装が弾け飛んだ。
青白い火花を撒き散らしながら装甲片が空中へ舞い、そのまま結界床へ激しく叩き付けられる。
「う、浮いた!?」
「今の拳で吹き飛ばしたのか!?」
「軽量アーマーまで……!」
「なっ――!?」
「今の何だ!? 拳……!? いや違う、魔力を直接――!?」
「打撃と同時に魔力を流し込んだのか!?」
「防御を貫通した……!?」
「魔導盾を無視して内部へ叩き込んだぞ……!」
「近接魔術……!? いや、あれはもう体術だろ!?」
「剣士の間合いで魔力制御までやってるのか……!?」
観客席が騒然となる。
ざわめきが一気に広がっていく。
誰もが今の一撃を理解できていなかった。
剣ではない。
通常の魔術でもない。
だが、ただの拳打でもない。
「押し当てたまま撃った……?」
「いや、違う……! 接触した瞬間に内部で爆ぜたんだ……!」
「防御術式の外側じゃなく、内側へ衝撃が通ってたぞ……!」
上級生たちの表情も変わる。
今の一撃が単純な力任せではないことを理解していた。
接触。
圧縮。
解放。
それを至近距離で同時成立させた制御精度そのものが異常だった。
「……なんだよ、あれ」
「アリスって、本当に学院生か……?」
誰かが呆然と呟く。
だが、その声に答える者はいなかった。
セオの身体が床へ激突する。
――ガァンッ!!
重い衝撃音が結界内へ響き、霜と砕けた破片が周囲へ跳ね上がる。
転がりながらなおも勢いが止まらず、床を削るように滑っていった。
(内側……から……!?)
セオの意識が揺れる。
衝撃が違う。
表面ではない。
防御を貫通するように、身体の内部へ直接叩き込まれた感覚だった。
そして、その視界の先では、青白い魔力光を纏ったアリスが、静かに拳を下ろしていた。




