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第十一部 第三章 第3話

 ふわり、とした重力感覚と星空のような空間に包まれたまま、アリスは一瞬、深く息を吐き、乱れそうになる呼吸を整えた。


 肺に流れ込む空気は冷たく澄んでいるのに、その奥に微かな甘い香りが混ざっている。

 吸い込みすぎれば意識がぼやけそうな、そんな奇妙な甘さだ。


 だがすぐに、胸を内側から押し広げるような“魔力の濃さ”に意識が向く。


 (……魔力の干渉濃度、かなり高い。皮膚がざわつく。視界も……このままじゃ不安定ね)


 目の前の光景は確かに美しい。

 蒼い闇の中、星のような光点が瞬き、流れ、散り、また生まれる。

 だがよく見ると、その瞬きに合わせて空気そのものがわずかに揺らめいていた。

 まるで水面の下から覗き込んでいるかのように、空間が波打っている。


 髪の毛がわずかに揺れ、外套の裾が触れた瞬間、微細な震動が指先へと返る。

 術式を展開すれば、魔力の波に攪乱され、誤作動や遅延が起きても不思議ではない。


「ザック、干渉レベルは? 正確な数値が欲しい」


 アリスの問いは低く、だが明確だった。


 ザックはすでに端末を展開している。

 蒼い空間に浮かぶ光学式スクリーンへ次々と数式が流れ込み、波形グラフが歪んでいるのが見て取れる。


「……高い。かなり高い。波長が不規則にぶれてる。周期が読めない。幻影系や探知系は補正をかけないと誤検出するレベルだね。遮蔽はない……でも、光がこの空間に“飲み込まれてる”。直進しない」


「直進しない、ってどういう意味?」


 ラースが眉をひそめる。


「拡散率が異常。通常空間なら反射や減衰が一定なのに、ここでは光が途中で揺らいで消える。まるで空間自体が光を吸収してるみたいだ」


 ザックは短く息を吐き、視線を上げた。


「このままだと、視界情報が信用できない」


「――了解。なら、周辺への視界確保照明、行くわよ」


 アリスは一歩前へ出る。

 軽い重力が身体をわずかに浮かせるが、踏み込みを抑えて姿勢を固定する。


 右手を胸の前に掲げ、魔力を集中。


 掌の上で、青白い粒子がふつふつと沸き立つ。

 星々とは異なる、統制された光。


「《レイ・スフィア》――展開。光波の収束、拡散制御、干渉補正三重化……安定式、固定!」


 呪文の終わりと同時に、淡く青白い光球が浮かび上がる。

 表面には幾何学的な魔術紋様が走り、一定のリズムで脈動を始めた。


 腰の《ルミナ=コード》がかすかに震え、共鳴するように微細な光波を放つ。

 光球から広がる波は、水面に落ちた雫のように静かに拡散し、黒い空間に淡い青の輪郭を刻み始める。


 蒼の闇が、わずかに押し返される。


「照明……でも、ただの光じゃないな」


 ラースが低く呟く。


「ええ。干渉下でも自己制御するよう補正してある。揺らぎを拾って、自動で位相を合わせるわ」


 アリスは光球の揺れを見極めながら答える。


 光は揺れるが、崩れない。

 星々の振動に飲まれず、逆に空間の揺らぎを押しとどめるように安定している。


「ミレーネ、支援結界を頼める?」


「任せて」


 ミレーネは両手を胸の前で重ね、静かに詠唱する。


「《フォース・シェル》、干渉遮断重ねます――層化、密度上昇、位相固定!」


 柔らかな光の幕が、六人を包み込む。

 半透明の膜がゆっくりと重なり、星々の瞬きによる揺らぎを内側で穏やかに整える。


 耳鳴りが、わずかに遠のいた。


「視界、安定。光源半径、およそ二十メートル。幻影・残像効果も抑制されてる」


 ザックが端末を操作しながら報告する。


 アリスはゆっくりと周囲を見回し、頷いた。


「よし。これで進めるわ。地形も方向感覚も信用できないけど、少なくとも“足場”はある。慎重にいきましょう」


 六人の影が、光球の淡い明かりに浮かび上がる。


 しばらく、六人は慎重に前進を続けていた。


 足裏には確かに「地面」の感触がある。

 だが、視界の外縁は何も示さない。


 踏み出すたび、靴底から伝わる振動がわずかに遅れて返る。

 石床のような硬さがあるのに、音は星空へ吸い込まれる。


 周囲を埋め尽くすのは、きらめく光点。

 それは夜空のように「上」にあるのではなく、彼らを囲うように上下左右――あらゆる方向へと広がっている。


 距離が測れない。

 近いのか遠いのか。

 光は呼吸するように瞬き、消え、また生まれる。


 重力は確かに存在している。

 だが軽い。


 歩を進めるたびに身体がふわりと浮き、髪や外套の裾が遅れて揺れる。


 ラースは一歩強く踏み込み、足場を確かめる。


「……気持ち悪いな。地面はあるのに、根が張れねえ」


「踏み込みは七割以下で」


 リゼットが冷静に言う。


「急停止すると体勢が崩れます」


 アリスは歩きながら、視線を巡らせていた。


 (……これは、天の川銀河? あの散らばり方は……いや、似てるだけ。あれはアンドロメダに近い配置……でも――あの赤い光点……火星? 木星?)


 前々世、「長瀬はるな」として天文台のドームから見上げた夜空。

 望遠鏡越しに観測した星雲。

 教科書に載っていた銀河の写真。


 その記憶と目の前の光景を、必死に照らし合わせる。


 だが、違う。


 似ている。

 だが一致しない。


 星の数。

 光の強さ。

 配置の流れ。


 (星座の線が……繋がらない。知ってる形にならない。やっぱり……これは別の“宇宙”なの? それとも、地上に作られた擬似空間……?)


 胸の奥がざわめく。


 科学者としての記憶が告げる「不一致」。

 冒険者としての直感が囁く「異常性」。


 二つの感覚が交錯し、アリスの視線は一層鋭さを増していた。


 一方、他のメンバーたちは純粋な感嘆の色を浮かべていた。


 蒼い闇は静かに脈打ち、無数の光点がゆるやかな呼吸を繰り返すように明滅している。

 足元に確かな地面の感触があるにもかかわらず、上下左右の感覚は曖昧で、まるで星の海のただ中に立っているかのような錯覚を覚えさせた。

 光は冷たいはずなのにどこか柔らかく、六人の影を淡く包み込み、輪郭を溶かしていく。


「……ねえ、すごくない? まるで本物の夜空の中を歩いてるみたい……こんな景色、物語の挿絵でしか見たことないよ」


 ミレーネがそっと声を漏らす。

 吐息すら白い光に溶け込むように消えていき、その声音は星々に吸い込まれていくかのようだった。

 瞳はきらきらと輝き、頬に浮かぶ赤みは緊張というよりも、純粋な高揚の色を帯びている。


 リゼットも視線を上げたまま、静かに頷いた。

 肩にかかる髪がゆるやかに揺れ、その先端が星光を反射して淡く光る。


「視界全体が星に包まれてる……なんだか、不思議な安心感があります。怖いはずなのに、どこか懐かしいような……落ち着くような……でも、きっとそれが危ないんでしょうね」


 理性で自制しながらも、その声音には素直な感動がにじんでいた。

 空間は静寂に満ちている。


 風もない。

 音もない。

 ただ、微かな魔力のざわめきだけが皮膚の奥を撫でていく。


 そのときだった。


「……流れ星?」


 ラースが空を指差すように顎を上げる。

 その視線の先、視界の端――青白い光点が尾を引きながらすべり落ちた。

 ひとつ、ふたつ。やがていくつも連なるように流れ始める。

 細い光の線が交差し、まるで星の雨のように視界を横切っていく。


 光はただの点ではない。

 尾は細く長く伸び、揺らぎながらも消えない。

 瞬きではなく、明確な軌跡を描いている。

 静かな空間に、見えない風が吹いたかのような錯覚が走る。


 だが、それはただの幻想的な光景ではなかった。


「……待て」


 アリスの瞳が鋭く細められる。

 蒼銀の光を宿した視線が、空を渡る軌跡を正確に追う。


 流れる光点は、地上から見上げる流星のように一瞬で消え去るはずだった。

 だが、その輝きは衰えず、むしろ軌跡を長く引き延ばしながら、じわりと減速していく。

 尾が揺れ、進行方向がわずかに修正される。その変化は小さいが、確実だった。


「おかしい、速度が……落ちてる?」


 ザックが一歩前に出て呟いた。

 彼の手元の端末が淡い光を放ち、空間へ投影された数値が不規則に跳ね上がる。

 波形は収束せず、しかし確実に“動き”を示している。


「……質量がある。大気摩擦の減速じゃない……これは自然落下じゃない。進路を“制御されてる”。誰かが、あるいは何かが、あの光を操作してる」


 光点がひとつ、明確に方向を変えた。

 尾を引きながら弧を描き、六人のいる位置へとゆるやかに角度を合わせていく。


 星の海の静寂が、わずかに軋んだ。


 ミレーネの表情から、純粋な感嘆が消える。

 リゼットは無意識に一歩後ろへ下がり、指先に魔力を集めた。


 ラースの手が自然に武器へ伸びる。


 アリスは光の軌跡を見据えたまま、低く告げる。


「全員、警戒。あれは“落ちてくる”んじゃない。“来る”」


 空を渡る光が、流星から――“意思を持つ飛翔体”へと、その正体を変えつつあるのを、全員が同時に悟った。


 流星は星の軌道などではなかった。

 蒼い闇を裂きながら描いていた弧は、偶然の落下ではなく、明確な意志を帯びている。

 尾を引く光は、ただの燃焼痕ではない。

 ゆるやかに、しかし確実に角度を修正し、六人の位置へと焦点を合わせていた。


 ――あきらかに“こちらに向かって飛来している”。


「回避――っ! 全員、散開!」


 アリスが叫ぶと同時に、最も近くを走った光点が爆ぜるように砕け散る。

 破裂音はない。

 だが、空間そのものがひび割れたかのような衝撃が走り、青白い火花が四散する。

 砕けた光の殻の内部から、黒い影が、軌跡を裂くように顕現した。


 星の尾を引き裂きながら現れたそれは、重力を拒絶するように宙を滑る。


「――魔獣!? 空間転移体!?」


 リゼットが叫び、札を広げる。

 札面の符が一斉に発光し、彼女の周囲に即席の感知陣が展開する。


 重力の緩さもあってか、異形は宙を滑るように疾走し、常識を裏切る角度から迫ってきた。

 足場も空も関係ない。

 上下の概念を無視し、星屑を蹴散らしながら横滑りに突進する。


 その外殻は半透明の鉱質を帯び、星の光を反射して煌めきながら、同時に飲み込むように周囲を歪ませる。

 光が当たるたび、表面が波打ち、内部で蠢く魔核が赤黒く脈動した。

 見る者の視界に微細な残像を残し、“そこにいないはずの軌跡”を錯覚させる。


 まるで“星の皮を被った”怪異。


 それは、特異個体――流星擬態魔獣 《アステロイド・ファントム》。

 高位変性型の魔獣であり、この第四層の異空間に適応した特殊存在。

 周囲の魔力干渉濃度を利用して感知系魔術から逃れ、流星のような光跡で飛来する。

 その正体を現す瞬間まで、星の一部にしか見えない。


「……っ、光の反射と吸収を同時にしてる……! 外殻の屈折率が一定じゃない、観測値が揺らぐ……!」


 ザックが息を呑み、端末に数値が走る。

 空間に投影された波形は乱れ、予測軌道が瞬時に書き換えられていく。


「姿勢制御が無茶苦茶だ、重力に従ってない! 推進力は魔力圧縮型、しかも瞬間的にベクトルを切り替えてる!」


 《アステロイド・ファントム》の外殻は半透明の鉱質を帯び、その内側で蠢く魔核が脈動していた。

 星光を浴びるたびに形状を変質させ、尾を引く光の帯を曖昧に歪ませる。

 見る者に“星そのものが襲ってくる”錯覚を強制する、極めて危険な捕食形態。


「来るわ、構えてっ! 低重力に引きずられないで、姿勢を固定!」


 アリスが魔導剣《ルミナ=コード》を構える。

 刃に青白い光が走り、周囲の星光を裂くように輝いた。

 柄から伝わる振動が脈打ち、まるで剣自身が獲物を捉えているかのように微細に唸る。


 その瞬間――


「っ……!」


 別方向の流星群が次々と擬態を解き、十を超える影が一斉に降下を開始する。

 砕ける光。

 裂ける軌跡。

 空そのものが崩れ落ちるように、星々が牙を剥いた。


 魔獣の影が、虚空を滑るように襲いかかってきた。

 星々の光を背に、その挙動はまるで流星が弧を描きながら降り注ぐかのように速く、しかも軌道が一定せず、先読みを拒む。


「くっ――!」


 ラースが双剣を抜き放ち、とっさに身をひねる。

 爪撃が空を裂き、星屑を散らし、ほんの紙一重で肩先を掠めて通過した。

 だが、回避の勢いで身体がふわりと浮き上がり、足裏が虚空を滑る。

 踏み込みが効かない。

 刃を振るう反動すら、思った位置に返ってこない。


「っ……重心が狂う……! 着地の感覚が――掴めない! 踏ん張れねえ!」


 低重力の罠。

 跳ね返す動作すら思うように決まらず、ラースの動きが一瞬遅れる。

 その隙を狙うかのように、別の魔獣が影の尾を閃かせて突進してきた。


「――っ!」


 ミレーネが即座に詠唱し、仲間の前に光壁を張る。


「《シールド・シェル》! 重ねて展開、内圧固定、衝撃吸収!」


 半透明の結界が空間に走り、爪撃を受け止めた。

 衝突の瞬間、青白い火花が飛び散り、結界の表面が大きく波打つ。

 干渉波の濃度が高いためか、反応がわずかに遅れ、衝撃が内側まで震動として伝わった。


「このふわふわじゃ、反射も遅れる……! 衝撃吸収が間に合わない!」


 ミレーネが歯を食いしばる。

 魔力が削られ、結界の縁が揺らぐ。


「魔導ライフルで応戦して! 接近は避けて、迎撃に集中! 重力に飲まれないで!」


 アリスの鋭い声が空間に響いた。


「了解! 追尾弾モード、同期完了!」


 リゼットが即座に《ヴァルツァー=ハイブリッド》を肩付けし、照準を合わせる。

 銃口から放たれた光弾が宙を疾走し、軌道を自在に修正しながら魔獣を追尾する。

 星の海を裂く青白い弾道が、弧を描きながら着弾。


 続けて、ザックも術式弾を装填し、端末と連動させて一斉射撃を開始した。


「標的、捕捉完了……術式弾、射出! 偏向補正三度!」


 轟音が虚空に反響し、青白い魔力弾が流星の群れを逆照射するように撃ち抜いていった。

 光の閃光と星々の瞬きが重なり、まるで夜空そのものが砲火で切り裂かれるかのようだった。


 しかし――


「なっ……かわされた!? あり得ない軌道だ!」


 リゼットの狙撃が空を裂いた瞬間、魔獣は滑るように体を傾け、弾丸の軌跡を紙一重で回避した。

 重力の縛りをものともせず、まるで水面を跳ねる影のように急加速と滑空を繰り返す。

 その姿は、宙そのものに“浮かぶ”異形だった。


「なら――こっちも重力に合わせるしかない……!」


 アリスは迷わず腰の魔導剣を抜き、息を詰めて詠唱を重ねる。


「《グラヴィティ・バインド:自重固定式》――!」


 瞬間、足元から重力の鎖が絡みついたような圧が走り、全身が沈む。

 骨に響くほどの重量感が一気に肩にのしかかり、肺が圧迫されるような息苦しさが襲う。

 視界が一瞬暗転し、血流が重くなる。


 (……っ、思った以上に重い……でも――これなら、踏ん張れる!)


「《フィジカルブースト》、それと――《クイックアクセル》! 出力上げる!」


 重力に抗うため、強化術式を上乗せ。

 筋肉が悲鳴を上げ、全身の血流が一気に加速する。

 骨が軋み、床にかかる圧が一点へ集中した。


 次の瞬間、アリスの足が床を深く抉り、低重力の空間を切り裂くように跳躍した。

 星屑が爆ぜる。

 光が尾を引く。


「――形を変えなさい、ルミナ=コード! 最適形態、長剣!」


 魔導剣が眩い光を放ち、刀型から瞬時に長剣へと伸びる。

 刃の縁が蒼白に発光し、干渉空間を押し退けるように震動した。


 迫る《アステロイド・ファントム》の胴体へ、一直線に踏み込む。


 軌跡が星々の光を裂き、弧を描いた一閃が魔獣の胴を捉えた。


 抵抗はない。

 だが斬撃が触れた瞬間、魔核が激しく脈打ち、空間が歪む。

 術式を刻まれた斬撃が空間を揺らすと同時に、異形の影は蒼い霧となって霧散した。


「……撃破、確認」


 剣を下ろしたアリスの足がわずかに震え、重力魔法の負荷に膝が沈みかける。

 喉から漏れた呼吸は熱く、魔力の消耗がじわじわと全身を蝕んでいた。


 だが、まだ終わりではなかった。

 蒼い霧となって散った魔獣の残滓が、星屑のように虚空へ溶けていく。

 その光が完全に消え切るよりも早く、視界の奥――星々のさらに深い層で、いくつもの瞬きが不自然に強まった。


 それは偶然の煌めきではない。

 明滅の間隔が揃い、わずかに軌道を描きながら、六人の立つ位置へと収束してくる。


 星空に紛れるように光点がいくつも瞬き、次第に軌道を描いて迫ってくる。

 尾を引く光は細く長く、揺らぎながらも確実に距離を詰めていた。

 夜空の流星とは違う。

 一瞬で消える儚さはなく、むしろ意図をもって“狙いを定める”ような執拗さがある。


「……来るわよ、あと数体。今度は全員、重力対策を優先して。跳ばない、浮かない、踏み込むことを意識して」


 鋭く放たれたアリスの声は低く、だがよく通る。

 蒼銀の瞳が光点の動きを正確に追い、その微妙な角度の変化まで見逃さない。


 仲間たちは即座に姿勢を整える。


「了解! 結界、出力を安定型に切り替えるね。衝撃反射より、姿勢保持を優先する」


 ミレーネが両手を胸の前で重ね、深く呼吸を整える。

 足裏に意識を集中し、ふわりと浮きかける身体を押し戻す。

 淡い光の紋様が床面に浮かび、六人の足元をそっと固定するように広がった。


「照準、再設定。追尾は重力補正込みで曲線予測に変更。直線読みは捨てる」


 リゼットが《ヴァルツァー=ハイブリッド》を肩付けし、静かに照準を微調整する。

 呼吸を一定に保ち、引き金にはまだ指をかけない。

 狙うのは今ではない。

 最適な瞬間まで待つ。


「重力補正フィールド、リンク開始。全員の足元に簡易固定術式を同期する。違和感が出たらすぐ言って」


 ザックの端末から淡い光線が走り、仲間の足元に接続される。

 わずかな沈み込みが生じ、浮遊感が一段階抑えられた。


 ラースも双剣を構え直す。

 刃先を低く保ち、重心を落とす。

 床を踏みしめる感覚を確かめるように、ゆっくりと足を動かす。


「跳ねるな、沈めろ……地面を掴むつもりで、だな」


 低く呟き、肩の力を抜く。


 光点は増えていく。

 一つ、二つ、三つ――数えきれないほどの尾が、星の海の奥から伸びてくる。

 交差し、絡み合い、ゆるやかな弧を描きながら、確実に距離を縮めていた。


 空間がわずかに軋む。

 魔力の密度がさらに上昇し、皮膚の奥を刺すような圧がかかる。


 アリスは深く息を吸い、ゆっくりと吐く。


「焦らないで。まだ距離はある。動きを読むの。流れを見る。――来る瞬間までは、撃たない」


 その声に、全員の呼吸が揃う。


 星の海は美しい。

 だがその中心に、確かな殺意がある。


 尾を引く光が、さらに明確な軌道を描いた。


 次なる一波――異空間での“新たな戦い”が、すぐそこまで迫っていた。

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