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第一部 第一章 第1話

 人魔大戦の終結から三百年――現代


 南大陸屈指の繁栄を誇るファーレンナイト王国の中心、王都ファーレンは、かつての戦乱の面影をすっかり失い、湖上に築かれた巨大な白亜の城塞都市として、今も人々を魅了し続けている。


 都の中央には、王祖として敬われるレティシア・ファーレンナイトの像が静かに佇み、その背後では王代家の政庁が荘厳な威容を放っていた。


 この国に生まれた者であれば誰もが知るその名――

 人魔大戦を終結へと導いた英雄、そして王国を築いた礎の王祖様。


 人々は彼女を“白銀の戦乙女”と呼び、今なお畏敬の念を抱き続けている。


 石造りの大通りでは、伝統的な魔導馬車と新世代の魔導車が混在して往来し、車輪の音が都市の息吹を奏でていた。

 馬車が通り過ぎるたびに舗装された石畳が微かに震え、風に揺れる木々の葉がその律動に合わせて踊る。


 湖面を渡る浮橋の先には貴族街と職人街が広がり、活気と笑い声が絶えることはない。

 街並みには色とりどりの店が軒を連ね、露店では商人たちが声を張り上げて客を呼び込み、通りを行き交う人々の顔には満ち足りた表情が浮かんでいた。

 そのすべてが、王国の平和と安定を物語っている。


 空を見上げれば、時折、白銀の船体を持つ魔導飛行艇が雲間を縫うようにゆるやかに滑空し、都と遠方を結んでいた。

 その巨体は風を切りながらも静かに空を渡り、まるで空間そのものを変形させるかのような存在感を放っている。

 時おり船底から響く魔力排出の軽やかな音が、魔導システムの鼓動を目に見えるかのように伝えていた。


 さらに王都を起点とする魔導列車も整備が進み、遠方都市との往来を支えている。

 列車の車両は重厚な装甲を施した魔導動力で駆動し、走行中は大地にひびを刻むような低く重い響きを残して進み続けた。


 その王都の南岸、湖を望む丘陵地に建つのが、南大陸随一の総合学術機関――

 ファーレンナイト王立魔導学院である。


 学院の敷地は王都の中でもひときわ広大で、魔導結界に守られた学舎棟群をはじめ、広大な訓練場、魔導実験塔、国立図書院分館、研究棟、学生寮、騎士演習場、さらには学院専用の飛行艇港までを備えていた。


 一歩その敷地に足を踏み入れれば、まるで異世界に迷い込んだかのような感覚を覚えるだろう。

 魔導結界が常時展開され、そこに集う学生たちの期待と緊張が空気そのものを震わせている。


 学院内では学問と技術、理論と実践が交わり、無数の未来の魔導師や騎士たちが己の理想を胸に研鑽を重ねていた。


 魔術部では、古典から最先端までの理論を学びつつ、実戦魔術、結界構築、召喚術など、多岐にわたる術式の応用を修得する。

 授業内容は極めて実践的であり、訓練場での実技演習は常に危険と隣り合わせだ。

 学生たちは危険な魔獣を操ったり、強力な結界を築いたりしながら、真の実力を磨いていく。


 騎士部では、魔導兵装と伝統剣術を併用し、国家の対魔獣・対国防戦力の中核を担う精鋭を育てる訓練が日夜行われていた。

 その内容は過酷を極め、魔獣との戦闘、魔導兵器の操作、さらには実戦を想定した模擬戦にまで及ぶ。

 教官たちはすべて経験豊富な現役騎士であり、その言葉一つひとつに重みがあった。


 学術部では、魔法理論のみならず、古代文献学、錬金術、魔導工学、医療魔導など、学問としての深淵を探求する研究者たちが集う。

 ここでは知識に基づく理論的探求と、実際的な応用研究が同時に行われ、日々新たな発見が生まれていた。


 内政経済部では、王国運営に欠かせない政務、法律、商業までを広く学び、未来の官僚や王代家の補佐官を多数輩出している。

 その活動は王国行政の根幹を支えるものであり、国家の未来を形づくる礎といえた。


 そして近年、急速に注目を集めているのが、未開の遺跡探索や魔獣調査を担う探索者育成部である。

 冒険者ギルドとの連携を通じ、若き探求者たちを鍛え、王国の外縁部に広がる未知の領域を切り拓いていく。


 特に魔獣討伐の分野では、騎士団や魔術師団との協力体制が確立されており、実地演習や任務を通して真の戦闘力を養う場となっていた。

 探求者たちは未踏の遺跡や魔物の巣を調査し、ときに命を賭して未知の脅威に挑む。


 十三歳以上であれば身分を問わず、王国全土からの推薦と入学試験を経て、実力のみで門をくぐることが許される。

 厳しい六年制課程を修了すれば、王立魔術師団、王国騎士団、あるいは王政の要職への登用がほぼ約束されていた。


 王国中の若き才能がこの丘に集い、友情と研鑽、誇りと野心が交差する――

 それが、ファーレンナイト王立魔導学院である。


 そして学院生の中でも、年に一度、在学四年生以上を対象に行われる武術競技会で上位入賞を果たした者のみが、特別選抜として参加を許されるのが――

 《実地魔物討伐演習》であった。


 この演習は、班ごとに任務と演習地が異なり、危険度や習得目標に応じて王立騎士団と魔術師団の教官陣が監修する。


 中でも学院内で若き実力者として名を馳せていたのが、学院四年生にして魔術部門個人三位、剣術部門二位、そして総合部門一位の頂点に立つアリス・グレイスラー。

 そして、同じく四年生で魔術部門二位に名を連ねる親友――レティア・エクスバルドである。


 彼女たちもまた当然のように選抜され、特別班への参加を認められていた。

 第二騎士団と魔術師団の新人とで構成された混成班のうち、その二人が所属する第十五班は、演習地として選ばれたミラージュ王国領内の古代遺跡が眠る大森林地帯へと派遣されることになる。


 この班は、現地のミラージュ王国魔導騎士団の新規入団組とも混成され、両王国合同による討伐演習を行う特別班として編成されていた――。


 ――そんな特別班への参加を控えた二人は、今日も学院の講義室の後方席に並んで座っていた。


 教壇では初老の教官が、魔導飛行船の浮力制御と推進理論について、黒板いっぱいに数式と魔方陣を書き殴りながら熱弁を振るっている。


 だが後方席のアリス・グレイスラーは、教科書を広げたまま、その涼しげな青い瞳を窓の外へ向けていた。

 腰まで伸びた金髪が肩越しにさらりと流れ、湖面から吹き込む春の風に揺れている。


 窓の向こうでは、学院の訓練用の小型魔導飛行艇が湖上をゆったりと旋回していた。

 その動きに合わせて、空気の流れが少しずつ変わるのが感じられる。

 アリスの視線は、すっかりその飛行艇に捕らえられていた。


 静かな湖面を滑るその艇は、無駄な音ひとつ立てず、まるで水面を掻き分けるように進んでいく。


 アリスとレティア・エクスバルドは、学院の中でも実戦重視の探索者育成部に所属している。

 まだ四年生にして、今年初めて参加した武術競技会で、伝統ある魔術部や騎士部の強豪を抑えて上位入賞を果たし、その実力を学院内外に知らしめたばかりだった。


 しかし今は、その名声も束の間。

 目の前には、実戦で通用する知識を詰め込まなければならないという重圧が待っていた。


 「……アリス、また聞いてないでしょ?」


 隣の席で小声で囁くのは、同じくノートを広げるレティアだ。

 肩口で切り揃えた栗色の髪と、落ち着いた灰紫の瞳が涼しげだが、指先は机の下で小さく動いている。

 教官の視線を避けながら、魔力糸で来週の演習の作戦プランを頭の中で組み立てていた。


 「だって飛行艇の推進理論なんか、演習で使わないもの……

  それより森の天候パターンのほうが気になるでしょ?」


 アリスはおどけたように小声で返し、前髪をかき上げて小さく笑った。

 その横顔に、前列の男子生徒が気づかれぬよう振り返り、頬を赤くする。


 レティアは軽く肩をすくめ、呆れ混じりに返した。

 「言ってることは正論だけど……また先生に当てられたらどうするの。前もそれで居残りになったでしょ?」


 「へーきへーき。どうせ最後は『寮で丸暗記してこい!』って言って終わるんだから」


 アリスが小さく吹き出すと、レティアもつられて口元を押さえて笑った。


 「……でも、私も正直、演習のことで頭がいっぱい」


 そう呟くレティアの瞳には、静かな決意の光が宿っていた。


 「だよね。あの古代遺跡にまで魔物の巣が広がってるなんて、滅多にないし!」


 アリスの声がわずかに弾む。


 「だからこそ、気を抜かないでよ。アリスはいつも突っ込みすぎるから。ストーンバック・ウルフの群れに囲まれたら、さすがにタダじゃ済まないわ」


 「わかってるってば! その時はレティアが後ろから全部片付けてくれるんでしょ?」


 からかうように笑いかけるアリスに、レティアは困ったように眉を下げた。


 ――その瞬間、教壇から雷鳴のような怒声が飛んだ。


 「そこのグレイスラー嬢とエクスバルド嬢!

  後ろだからといって気を抜くなッ!!」


 不意を突かれた二人は顔を見合わせ、同時に肩をすくめて小さくため息を吐く。


 「やっぱり……」

 「うん、やっぱりね」


 レティアが苦笑いを浮かべると、アリスも小さく肩をすくめ、再び教科書を手に取った。

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