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第九部 第一章 第2話

 席に着いていた他の隊員たちも、順に名乗りを上げていく。


 会議室に並ぶ長机の周囲で、椅子が静かに引かれる音が重なり、空気が少しずつ引き締まっていった。


 まず、痩せ型の青年将校が立ち上がる。

 胸元に整えた制服の襟を軽く正し、背筋を伸ばした。


「魔術師団第三分析室所属、術式構造解析担当のマーロ・ディルヴィン中尉です。今回も解析班として、術式の内部構造と反応推移を中心に担当します」


 落ち着いた低い声。

 言葉の端々には研究者特有の冷静な分析力がにじみ、眼鏡の奥の瞳は会議室全体を細かく走査している。

 すでに思考は先へ進み、調査の段取りを組み立てているかのようだった。


 次いで立ち上がったのは、淡い灰色の髪を後ろで束ねた中尉。


「同じく魔術師団、波動記録処理担当のエルネア・カース中尉です。魔力波形の長期記録と異常検出を主に受け持ちます」


 簡潔で澄んだ声。

 無駄のない自己紹介に、学究肌らしい気質がはっきりと表れている。

 机の上に置かれた記録装置へ一瞬だけ視線を落とす仕草からも、その几帳面さが伝わってきた。


 三番目に立ち上がったのは、やや若々しい雰囲気を残す少尉だった。


「感知補佐および精神干渉記録補佐を兼任します、フィレル・ロス少尉です。前回の記録を踏まえ、今回は精度向上に努めます」


 声にはわずかに緊張が混じっていたが、その瞳は真っ直ぐで誠実だった。

 補佐役として地道な役割を果たそうとする意志が、はっきりと感じ取れる。


 最後に立ち上がったのは、栗色の髪をきちんと結い上げた女性士官。


「補助記録士のエミリア・カリードです。調査中の記録整理と速報処理を担当します。現場と後方の橋渡し役として、迅速な共有を心がけます」


 柔らかくも落ち着いた声。

 その口調からは、混乱しがちな現場に確かな安定をもたらす“裏方”としての自負が滲んでいた。


 ここで一度、場が区切られる。

 続いて、ティアナ騎士団からの護衛騎士たちが順に立ち上がった。


 最初に声を上げたのは、切れ長の瞳を持つ女性士官。


「護衛任務担当、レナ・ヴァルシュ少尉です。要人警護および調査補佐任務を担当します。行動時の安全確保は私が責任を持ちます」


 姿勢は端正で、言葉も簡潔。

 護衛任務に従事する者らしい無駄のない立ち姿から、実直な性格がそのまま伝わってくる。


 続いて、鋭い眼差しを持ちながらも口調は柔らかな軍曹が一歩前へ出た。


「同じく、セラ・グラウネス軍曹です。現地記録支援および精神干渉への対策護衛を担当します。異常兆候があれば即時対応します」


 言葉を選ぶように丁寧に名乗るその声音は、周囲に安心感をもたらした。

 この二名が、アリスの警護および行動支援を主とする配属であることは、言葉にせずとも場の誰もが理解していた。


 その後に続く三名は、現場周辺の警戒と有事対応を担う、重装備の魔導兵装装備者たちだった。

 椅子を立ち上がるたび、鎧に組み込まれた術式金属がわずかに触れ合い、低い金属音を響かせる。


「近隣警備担当、ナディア・フェルグリッド中尉です。魔導兵装《G-M19タイプ》装備。広域防衛と術式遮断を主軸に、全体防御を担います」


 はっきりと通る声。

 指揮官の風格を思わせる落ち着きがあり、その背後に控える兵装の重厚さが存在感をさらに際立たせていた。


「同じく、ミリエル・オストン准士官。潜在魔力反応への迎撃支援を担当します。索敵と初動対応を任せてください」


 短く簡潔な言葉とともに、顎を引いて礼を示す。

 無駄のない立ち振る舞いは、迅速な行動を信条としていることを雄弁に物語っていた。


「接近戦特化班、フロリア・カンタール軍曹です。近接防衛区域の制圧と前衛展開を担当します。有事の際は最前線に立ちます」


 凛とした声には、武人らしい強い気迫が込められている。

 立ち上がる瞬間の動作も俊敏で、前衛戦士としての自負が全身から感じ取れた。


 そして、最後に改めて紹介されるのは、隊を統括する筆頭指揮官――。


 金褐色の髪を一つに結い上げた女性が、静かに前へ歩み出る。

 その立ち姿は揺るぎなく、ただそこに立つだけで場を支配する存在感を放っていた。


 セシリア・グレオール准尉。

 ティアナ直属の筆頭補佐官にして、ティアナ公女殿下の護衛責任者の一人。

 作戦立案から戦略補佐、調査の裏取りに至るまでを担う、実質的な軍司でもある。


 セシリアは一呼吸置き、会議室をゆっくりと見渡してから口を開いた。


「セシリア・グレオールです。ティアナ騎士団直属副官として、前回に引き続き今回の調査隊の指揮を執ります。全員の役割は明確です。互いに連携し、無事に任務を完遂しましょう。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 静かな言葉だったが、その重みは確実に全員の胸へ届いた。

 会議室の空気は自然と引き締まり、各員の中に「いよいよ本格的な調査が始まる」という緊張と覚悟が、静かに芽生えていった。


 少しの間を置き、セシリアは静かに続きを口にした。

 先ほどまで張り詰めていた空気を、そのまま維持するような慎重な間だった。


「ティアナ公女殿下は、残念ながら公務のため、今回の調査には参加なさいません。ですが――その代わりとして。本日は殿下の警護任務のためこの場には出席しておりませんが、殿下直々の指示により、調査当日にはレイラ・アスコット少尉が調査隊へ合流することが決定しています」


 その言葉が会議室に落ちた瞬間、空気がひやりと変わった。

 誰かが息を呑む気配が、連鎖するように広がり、深い沈黙が場を包み込む。

 重苦しいというよりも、嵐の接近を察知した直前のような張り詰めた静けさ――それが全員の胸に伝わっていた。


 セシリア自身も、集まった視線を一身に受けながら、ほんの一瞬だけ小さく息を吐く。


「……今回は、公務と重なってくださって……本当に、ほんとうによかった……」


 誰に聞かせるでもない、抑えきれずに零れ落ちた本音だった。

 その声を、すぐ近くに座っていたクラリスとアリスは、はっきりと耳にしていた。


 二人は一瞬だけ視線を交わし、互いに小さく微笑み合う。

 指揮官としての冷静な仮面の奥に覗いた、人間らしい安堵。

 それを感じ取ったからこその、短い無言のやり取りだった。


 やがてセシリアの声音は再び硬質さを取り戻し、会議室全体には気づかれぬまま、空気は何事もなかったかのように流れていく。


 だが近くにいた二人にとって、その一瞬の吐露は、彼女もまた重責を背負う一人の若き将であることを思い出させるには十分だった。


 沈黙を破るように、護衛担当のレナ・ヴァルシュが、小さく息を吐きながら呟いた。


「……レイラ少尉が、ですか」


 その声音には、驚きよりも感嘆が混じっていた。

 視線は机上の書類に落とされたままだが、指先は無意識に強張っている。

 かつて戦場で目にした一瞬の斬撃――閃光のように敵陣を切り裂いたあの姿が脳裏に蘇り、背筋に冷たい震えが走った。

 頼もしさと、畏れ。

 相反する感情が入り混じった複雑な色が、その表情に浮かんでいる。


「本気で来る、ということね。ティアナ様は」


 低く続けたのは、セラ・グラウネスだった。

 腕を組み、目を伏せたままの声には、敬意と同時に張り詰めた緊張が宿っている。


 過去に共闘した経験を持つ彼女にとって、レイラの戦いぶりは焼き付いて離れない記憶だった。

 無慈悲なほど速く、徹底して正確な剣筋。

 仲間でさえ喉を鳴らしてしまう、その苛烈さ。


「“あの人”が動くってことは……今回は相当、厄介ってことよ」


 静かに吐き出すように告げたその言葉には、現場の危険度が一段引き上げられたという冷ややかな現実が込められていた。


 その一言に、何人かが視線を交わし、しかし誰も口を開かない。

 言葉にせずとも、全員が同じ理解に至っていた。


 ――ティアナ公女直轄の“切り札”が動くということは、今回の調査が単なる探索ではなく、最重要度の作戦へと格上げされたということだ。


「接触前に、全部終わってそうね。私たちの出番、残るかしら」


 ミリエル・オストンは、わざと軽口めいた笑みを浮かべて言った。

 だがその唇の端には、緊張の影が残り、笑みは完全には崩れていない。

 冗談で場を和らげようとした意図は明らかだったが、その瞳の奥には、すでに戦場での動きを計算する鋭い光が宿っていた。


「わかりやすくて助かるけど……仲間でいても、正直ちょっと怖いわよ。あの斬り込み方」


 ナディア・フェルグリッドが苦笑混じりに口を挟む。

 重装兵として守りを担う彼女にとって、レイラの“前に出すぎる”戦法は常に計算外の存在だ。

 盾役でさえ置き去りにされるあの速度――思い返すだけで、背中に冷や汗が滲む。


 だが同時に、その存在が戦線を一瞬で切り拓く光明であることも、誰より理解していた。

 畏怖と頼もしさが背中合わせに揺れ、心臓が強く脈打つ。


「……ブラッディ・ローズ、か。こりゃ現場が荒れるな」


 フロリア・カンタールは短く呟き、無意識に腰の剣帯を締め直した。

 その異名は、過去の戦場で刻みつけられた鮮烈な印象に由来する。

 紅い残光を散らす斬撃、血飛沫を浴びても一切動じぬ戦いぶり。

 美しくも恐ろしいその姿は、まさしく畏怖と敬意が入り混じった象徴だった。


 会議室には再び沈黙が落ちる。

 だがそれは恐怖ではない。

 これから向かう現場が、生死を分かつ最前線となることを理解した者たちの、静かな覚悟の沈黙だった。


 その緊張感は、新たに加わったメンバーたちの胸にも、確実に響いている。


 ディラン・フリースは眼鏡の奥で瞳を揺らし、固く唇を結んだ。

 数値と理論を扱ってきた研究者である彼にとって、“切り札”という言葉が持つ現実の重みは、想像以上だった。


 レイナ・アスフォードは膝の上で指先を重ね、わずかに力を込める。

 恐怖に似た畏怖と、それ以上に「役に立たなければならない」という決意が、胸の内を熱くしていた。


 セリオ・カルミナの目の奥には、研究者特有の興奮が灯っていた。

 自らの専門が、これほど苛烈な戦場に直結するとは想定外だったが、その現実こそが学者としての誇りを刺激していた。


 イリナ・フェルステンは小さく肩を震わせ、胸の前でそっと両手を組む。

 名でしか知らなかった“ブラッディ・ローズ”が、仲間として加わる現実。

 恐怖と同時に、この場にいる自分の重みを思い知らされる瞬間だった。


 ――こうして会議室に集った全員が、それぞれ異なる感情を抱きながらも、一つの真実を理解していた。


 レイラ・アスコットの加入によって、この調査は単なる探索ではなく、

 王国の未来を左右しかねない、最前線の作戦へと変貌したのだと。

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