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第七部 第二章 第11話

 その後も、魔導剣に関する試験は、区切りというものを見せぬまま延々と続けられた。


 演習場と調整室を行き来するたび、空気の質も、光の色も、張り詰め方も変わる。だが共通しているのは、常に「限界」を測ろうとする視線が、アリスと腰の剣に注がれているという事実だった。


 まず行われたのは、剣そのものの衝撃耐性試験。

 分厚く積層された魔術強化標的へ、意図的に全力の斬撃を叩き込む。


 刃が触れた瞬間、低い衝撃音が演習場を震わせ、空気が一拍遅れて揺れ戻る。


 鋼鉄と石材を複合した標的は、抵抗する間もなく断ち割られ、そのたびに計測器の表示灯が赤く明滅した。

 術式水晶は甲高い共鳴音を立て、内部を走る魔力の流れが可視化される。


 研究員たちは息を詰め、刃と鞘を結ぶ魔力伝導部に生じる負荷の数値を追い続けた。


 続いて実施されたのは、魔力耐久試験だった。

 同調鞘に対し、一定量の魔力を絶え間なく流し込み、設計上の限界値に達するまで充填を続ける。


 アリスはその間、剣を持たず、鞘に両手を添えたまま、呼吸と魔力の流れを揃え続けねばならなかった。

 時間が経つにつれ、掌の奥がじんじんと痺れ、肩から背中にかけて鈍い痛みが広がっていく。


 それでも魔力を途切れさせれば、正確な測定は成り立たない。


 やがて、鞘に刻まれた文様が、淡い光から白熱するような輝きへと変わった。

 魔力の飽和を示す兆候に、記録班の研究者たちが一斉に動き出す。

 羽根ペンが紙を走り、端末の表示が高速で更新され、誰かが短く指示を飛ばす。


 アリスは歯を食いしばり、魔力の流れを最後まで維持した。


 さらに課されたのは、極端な環境条件下での試験だった。

 魔導冷却装置が起動すると、室温は急速に下がり、吐く息が白く立ちのぼる。

 剣と鞘の表面には細かな霜が張り付き、金属が冷気を帯びて鈍く光った。

 指先の感覚は次第に薄れ、柄を握る力の加減すら難しくなる。


 その直後、今度は魔炎石による加熱試験が行われる。

 室内に熱が満ち、額から汗が滴り落ち、掌の中で柄が滑りそうになる。

 温度差による膨張と収縮が剣と鞘に与える影響を測るため、過酷な条件が意図的に作られていた。


 それでも剣と同調鞘は変わらず呼応し、魔力の循環は乱れを見せない。

 その安定性に、研究員たちの間で小さなどよめきが広がった。


 干渉実験では、外部から強力な魔力をぶつけ、意図的に共鳴を乱す試みが行われた。


 防御結界越しに観測する研究員たちの前で、アリスは必死に制御を保ち続ける。

 鞘が青い光を灯し、流れ込む異質な魔力を押し返すたび、心臓が大きく跳ねた。


 額を伝う冷や汗が視界を滲ませ、それでも彼女は視線を逸らさず、呼吸を崩さなかった。


 時には、ただ静止したまま鞘を握り、微細な魔力波長を測定するだけの試験もあった。


 動きはなくとも、精神の消耗は激しい。

 わずかな揺らぎすら許されず、呼吸の間隔、意識の焦点、そのすべてを制御し続ける必要がある。


 アリスは、まるで自分自身が計測装置の一部になったかのような感覚で、長時間にわたり集中を保ち続けた。


 そして、試験は最終段階へと移行する。


 同調鞘に蓄えられた魔力を一度すべて空にし、そこから改めてアリス自身の魔力を注ぎ込み、満充填に至るまでの時間を計測する工程だった。


 流入量を一定に保ちながら、どれほどの速度で鞘が再び満たされるのかを、秒単位で記録していく。


 その数値は、今後の運用と安全基準を左右する、極めて重要な指標となる。


 さらに続いて計画されたのが、保持試験だった。

 満充填状態の同調鞘を、アリス不在のまま一定時間放置し、どれほど安定して魔力を保持できるかを確認する。


 制御を離れた魔力は、不意に活性化すれば暴走の危険を孕む。


 そのため、この試験は最低限、王立魔導学院 地下特別保管庫と同等の強度を持つ隔離空間で行う必要があると判断された。


 研究者たちの視線が交錯し、慎重な確認が重ねられる。

 そして静かに、次なる試験への準備が始まった。


 現在はその部屋の最終準備を待っている段階であり、研究班は器材の追加搬入と結界強度の再確認に追われていた。


 多層結界の安定度、魔力遮断率、暴走時の逃がし経路――いずれも妥協が許されない項目であり、技術局の研究者たちは一つひとつを潰すように確認作業を続けている。


 必然的に、試験の主軸を担っていたアリスも、いったん休憩に入ることとなった。


 数時間に及んだ緊張と集中の連続。

 剣を握り続けた指先には赤く残る圧痕があり、腕は鉛のように重く、胸の奥はひどく乾いていた。

 魔力を流し、抑え、制御し続けるという行為は、戦闘とは異なる形で確実に神経を摩耗させていた。


 演習場の一角に併設された控室へと戻った瞬間、アリスは思わず大きく息を吐き出した。


 椅子に腰を下ろすと同時に、背筋に溜まり続けていた緊張が一気に解け、身体の芯から力が抜けていく。


「……思ったより、疲れました」


 額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら呟いたその声には、戦闘以上に神経を使ったことを物語る、深い疲労がにじんでいた。


「そうでしょうね。魔力の流れをずっと意識し続けるのって、想像以上に神経をすり減らすものよ」


 隣に腰掛けていたクラリスがそう言いながら、銀盆の上に置かれていたカップを一つ取り上げる。

 中には冷たく冷やされた水が張られており、彼女はそれをそっとアリスへ差し出した。


 アリスは小さく頷き、感謝を込めて受け取る。

 一息に喉を潤すと、透明な水が乾き切った身体の奥へと染み込み、張り詰めていた感覚がわずかに和らいだ。


 クラリスはその様子を確認してから、柔らかな微笑を浮かべて続ける。


「でも、これでようやく運用の目処が立ったわ。

 アリスの帯剣も、もう“特例”扱いじゃない。正式に認可される段階に入ったと言っていいでしょう」


「うん……ありがとう。

 クラリスさんも、ディランさんたちも……本当に」


 その感謝の言葉に、控室の奥で報告書をまとめていたディランが顔を上げた。

 椅子に座ったまま軽く振り返り、穏やかな笑みを浮かべる。


「いえ、感謝するのはこちらです。

 想定を上回る制御精度、適合率……まさに理想的なデータが得られました」


 彼は一度言葉を区切り、真剣な眼差しでアリスを見る。


「試作機としては、致命的な不具合は見られません。

 ただし――今後もしばらくは、実地での継続観察が必要になります」


「学院内外での帯剣運用中に起きた事象。

 どんな些細な反応でも構いません。必ず記録を残してください。

 それが“正式採用型”の改善に直結します」


「了解です。

 報告書も、きちんと出します」


 アリスは背筋を正し、疲労の色を押し隠すようにして真剣な眼差しで応じた。


 やがて休憩を挟み、試験は最終段階へと移行する。


 同調鞘に蓄えられた魔力を一度すべて空にし、そこから改めてアリス自身の魔力を注ぎ込み、満充填までに要する時間を計測する工程だった。


 演習場中央に設置された専用台座へ鞘が固定され、研究班が周囲に計測装置を展開する。

 水晶板、魔力流量計、結界反応計――それぞれが低い駆動音を立てながら待機状態へ移行した。


 アリスは深く呼吸を整え、両掌をそっと鞘に重ねる。


 ――静かな光が、黒と銀の鞘の表面を走った。


 刻まれた文様が呼吸するように淡く脈打ち、柄の根元に嵌め込まれた魔石が、かすかな青から徐々に濃い輝きへと変わっていく。


「流入速度、安定。

 残量……二割……三割……」


 ディランの読み上げに合わせ、水晶板に刻まれる数値が着実に上昇する。


 アリスの呼吸は一定に保たれていたが、額にはじわりと汗が滲み始めていた。

 魔力を送り続ける行為は、剣を振るう戦闘とは異なる形で体力と精神力を削っていく。


 やがて、魔石が鮮やかな青に満ち切った瞬間――。

 周囲の計測器が一斉に確認音を鳴らした。


「……満充填。

 所要時間、正確に一時間三分。想定値とほぼ一致です」


 ディランが記録を確認し、研究員たちが互いに視線を交わす。

 そこには安堵と、確信に近い納得の色が混じっていた。


 アリスは深く息を吐き、ゆっくりと鞘から手を離す。


「この後、もう一度鞘を空にしていただきますが……体調に問題はありませんか?」


 ディランが念を押すように問いかける。


「大丈夫です。

 続けて構いません」


 静かな声でそう答え、アリスは軽く首を振った。


 指示に従い、同調鞘の魔力は制御装置によって再び完全に空へと戻される。

 魔石の光がすっと沈黙し、冷たい銀黒の器だけがそこに残った。


「では次の工程に移ります。

 ――今度は、急速充填です」


 ディランの声が低く引き締まる。


「アリスさんの全力で魔力を注ぎ込んでいただき、

 同調鞘が耐えられるか、そして充填完了までの時間を計測します」


 控室にいた研究員たちの表情が一斉に硬くなる。

 これは鞘そのものに大きな負荷を与える、極めて危険性の高い試験だった。


 アリスは同調鞘を両手で支え、目を閉じる。

 深く、ゆっくりと呼吸を整えながら、自身に制限を課す。


 ――白銀化ぎりぎりの魔力放出。


 次の瞬間。

 彼女の体から、奔流のように魔力が溢れ出した。


 青白い光が演習場を満たし、空気そのものが震える。

 計測器が悲鳴のような警告音を鳴らし、数値が一気に跳ね上がった。


「な、なんという魔力量……!」

「密度が……常識を超えている……!」


 観測水晶を覗いていた研究員たちが、次々に息を呑む。


 同調鞘の文様は眩く輝き、軋むような反応を示しながらも、崩壊には至らない。

 必死に魔力を受け止め、循環を維持し続けている。


 アリスの瞳には揺るぎない決意が宿り、魔力は途切れることなく流れ込んでいく。


 ――やがて、五分後。


 柄に埋め込まれた魔石が再び青く満ち、強烈な輝きを放った。


「……充填完了!

 所要時間、わずか五分!」


 ディランの報告に、研究員たちの間に大きなどよめきが走る。


「想定外だ……」

「耐えはしたが、この速度は……」

「繰り返せば、構造が持たない……!」


 口々に上がる声は、驚愕と警戒が入り混じっていた。


 ディランは厳しい表情で一度頷き、場をまとめるように告げる。


「本日の結果を踏まえ、

 同調鞘の魔力強度設計そのものを再検討する必要があります。

 これ以上の急速充填は、現行モデルでは危険すぎる」


 こうして急速充填試験は、成功と同時に、新たな課題を突き付ける結果となった。

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