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閑話 第一六二回 王立魔導学院 学内武術競技会 -四年次- 第5話

閑話、四年次の武術競技会編 第5話です。

今回も思いのほか長くなってしまい、本編でいうと2話分に相当するボリュームになっています……。

 アリスの対戦相手は、なんの運命かガントレット装備のインファイタータイプだった。


 対戦表を確認した瞬間、その特徴的な装備と戦闘スタイルが一目で理解できる相手だった。

 それは単なる分類の把握ではなかった。

 踏み込まれた瞬間、回避か迎撃かを誤れば即座に勝敗が決する危険域の相手であると直感させる圧があった。


 周囲のざわめきや観客席の気配さえ一瞬遠のくほどの緊張が走る。


 重厚な金属製のガントレットを両腕に装着し、間合いを一気に詰めて打撃を叩き込む近接特化型。

 その拳は振り抜かれる前から鈍い金属音を孕んだ圧を帯びていた。

 踏み込みと同時に床を叩く衝撃を伴って空気を押し潰しながら一直線に加速する軌道を予感させる質量を持っていた。


 足の置き方、重心移動、拳の角度、そのすべてに無駄がなく、単なる力任せではない技量の裏付けが見て取れる動きだった。


 踏み込みの起点から打撃の終端までが一つの連続運動として完成されており、途中で崩れる余地を一切残さない精度で収束していた。


「……え?」

 レティアが思わず声を漏らす。


 その視線は対戦相手とアリスを行き来し、相手の踏み込みの準備動作を細かく観察しているうちに、わずかな重心の沈み込みや筋肉の収縮が次の瞬間の爆発的な加速へと直結していることを理解し、その連動の速さに思考が追いつく前に危機感だけが胸の奥へと沈み込んでいく。


 わずかな重心の沈み込み、足の角度、肩の開き――どれもが明確に“速い”とわかる動きだった。

 その速さは単なる俊敏さではなく、踏み込んだ瞬間に全身の力が一点へ収束し、衝突と同時に破壊へ転じる完成された打撃として成立していた。


「うん、そうなるよね」

 アリスは小さく肩をすくめる。


「……これ、特訓のまんまじゃない? しかも私がこれから当たる相手と同じタイプ……いや違う、こっちの方が明らかに上で、踏み込みの瞬間の加速も重心移動の鋭さも段違いだし、一撃ごとに体勢が崩れないから次に繋がる余裕まである」


 レティアは一度言葉を切り、無意識に唇を引き結びながら相手の足運びへ視線を落とし、そのわずかな踏み込みの予兆に背筋をぞくりと震わせる。


「踏み込みも重心移動も全部一段速いし重い。完全に上位互換なんだけど。これ読み外したら一発で持っていかれるやつでしょ」

 レティアは息を呑みながら言う。


 その胸の内では、昨日の特訓で体感した衝撃と圧力が鮮明に蘇り、それをさらに研ぎ澄ませた完成度で目の前に存在する相手に対し、回避の遅れがそのまま敗北へ直結する未来を具体的に想像してしまうことで、背筋を冷たいものが走り抜けていた。


「うん。だからいい相手」


 あまりにも落ち着いた返答。


「いや、“いい相手”で済ませていいレベルじゃないでしょ。あれ完全に当てたら終わる型だし。読み外した瞬間に間合いを潰されてそのまま連撃で終わる流れになるし正面から受けるのは危ない」


 レティアは小さく首を振り、呆れたように肩を落としながらも視線だけは相手から外さず、その動きの一つ一つを追い続ける。


「あれ普通に強いよ。私の相手より確実に格上だし。踏み込みのタイミングを外したら防御も回避も間に合わないタイプ」


 半ば呆れたように言う。


「だから、見てて」


 アリスは短く言い、視線を前へ戻す。



 試合場。

 中央に張られた結界が淡く発光し、空気がわずかに歪み、外界の音が抑えられて内部だけが切り取られたような静寂が広がる。

 踏み固められた地面には霜が残り、淡い光を反射して細かく輝いていた。


「――両者、準備」


 審判の声が結界内で低く反響し、抑制された音の層に重なって空気を震わせ、その一言だけで場の温度が一段落ちたかのように緊張が凝縮する。


 対戦相手の男は低く構え、重心を前に預ける。

 その姿は今にも弾けるような圧縮された力を内包しており、拳をわずかに開閉しながら呼吸を整え、その視線は一点、アリスへと固定されている。


 踏み込む前の静止でありながら筋肉はすでに収束しきり、足裏から膝、腰、肩、腕へと連動する力の流れが一本の線として繋がり、そのまま解放されれば打撃として完成する寸前まで高められていた。


 アリスは――動かない。

 構えも取らず、ただ静かに立っているが、その静止には一切の隙がなく、空間そのものと同化したような違和感すら覚える。


 そこに存在しているはずなのに焦点がわずかに定まらないような曖昧さがあり、踏み込む側の認識をほんの僅かにずらすことで、当たるはずの軌道を外す余白が最初から仕込まれている。


「――開始!」


 その瞬間、対戦相手が動いた。


 《クイックアクセル》。

 詠唱と同時に身体が加速し、地面の霜が爆ぜ、白い粉が爆発するように弾け飛び、踏み込みの軌跡が白線のような残像を引きながら視界に焼き付き、遅れて風切り音が鋭く耳を裂く。


 一歩。

 いや一歩にも満たない時間でアリスの懐へ完全に踏み込む。

 その踏み込みは単なる速度ではなく質量を伴った圧であり、踏み込んだ瞬間に周囲の空気が押し潰され、遅れて衝撃波が地面を這うように広がり結界に鈍い震動を刻む。


 拳が振り抜かれる。

 鋭く迷いなく確実に当てに来る一撃であり、圧縮された空気層を切り裂きながら一直線に叩き込まれる。

 その軌道は一切の揺らぎがなく、加速と同時に形成された圧縮帯が拳の周囲に張り付き、衝突の瞬間にすべてを解放する設計が完成していた。


 その瞬間、触れる直前。

 ほんの紙一枚分の距離で物理障壁 《ピンポイント・プロテクション・シールド》が展開される。

 その展開は光すら伴わず、ただ“そこにある”としか認識できない極小の防御が、打撃の接触点にぴたりと重なる。


 ――ガンッ。


 鈍く重い衝突音が結界内で反響し、拳の威力は完全に遮断され、衝撃だけが霧のように拡散し、圧縮されていた空気が解放されて波状に広がるが、アリスの身体は微動だにしない。


「――っ!? なんだ今の……今、確実に入ってただろ、手応えはあった、軌道も完璧だった、それなのに……なんで抜けねぇ、なんで壊れねぇ……!」


 対戦相手の瞳が揺れる。


 だが止まらない。

 即座に次の打撃へ移行し、左、右、さらに踏み込みながらの連撃、肘打ちを織り交ぜたラッシュへと移行する。

 拳が空気を裂き、連続する衝撃波が周囲に広がり、地面の霜が次々と砕け散り白煙のように舞い上がる。


 踏み込み、打撃、引き戻し、再加速。

 そのすべてが一つの流れとして繋がり、間断なく叩き込まれる攻撃は回避の余地を削り取るように圧を増していく。


 ――だが、すべて当たらない。


 拳が届くその一点。

 その瞬間だけ物理障壁 《ピンポイント・プロテクション・シールド》が正確無比に展開され、打撃の当たりどころだけを寸分の狂いもなく潰していく。

 その精度は人の反応速度を完全に超えている。


 連撃、打撃音が連続するがそれはすべて障壁に弾かれる音であり、本来なら肉体に叩き込まれるはずの衝撃は一切通らず、力の逃げ場を失った圧だけが空間を震わせる。


 アリスは動かない。

 ただその場に立ち、来る攻撃すべてに対して必要最小限の障壁を必要な瞬間にだけ展開する。

 その動きはあまりにも合理的で無駄がなく、完全な制御と完全な読みが成立している。


「……な、なんだあれ……全部見えてるのか……? いや違う……見てるんじゃない……置いてる……完全に来る位置に先に置いてる……あれ……人の反応じゃねぇ……どうやってるんだあの精度……!」


 見学者たちの声が震える。


 驚愕と理解不能。

 ただ一つ確かなのは攻撃が通らないという事実。


 その中で、レティアだけは違った。


「……そういうことね……なるほど……見て止めてるんじゃない……来る前提で空間を制御してる……だから遅れないしズレない……あれは反応じゃない……配置してる……完全に先読みして置いてる……」


 小さく呟く。


 あの夜、自由練習場で繰り返した動き、“見えないものを来る前提で止める”。

 それがそのまま目の前で再現されている。

 いや再現ではない完成形。

 自分がこれから対峙する相手よりもさらに上の技量を持つインファイターを相手にしてなお成立している。


 つまり自分がこれから戦う相手はこの再現の下位であり、やるべきことは明確だった。


「……これ、見せてるんだ……完全に……私に対しての解答をそのまま……ここまでやれば通らないってことを……全部……逃げるか止めるかじゃない……そもそも当たらせない位置にいる……」


 理解する。


 これはただの戦闘ではない。

 圧倒的な技量で描かれる模範。


 対戦相手は距離を取り、再び踏み込む。

 《クイックアクセル》による再加速。

 地面が爆ぜ、空気が裂ける。

 その瞬間、再び拳が振り抜かれる。


 だが同時に展開される物理障壁 《ピンポイント・プロテクション・シールド》。


 完全遮断。


「……っ、またかよ……! 全部置かれてる……全部読まれてる……どこを狙っても同じかよ……くそ……ふざけんな……!」


 だがその瞬間、空気が変わる。

 アリスの周囲に見えない層が形成され、圧縮された風が一気に臨界を超え解放される。


 《ウインド・ストーム》。


 ――ドンッ。


 爆発的な圧力が四方へ叩きつけられ、衝撃波が地面の霜を一瞬で吹き飛ばし、白い粉塵が視界を覆い、その中心で対戦相手の身体が浮き上がるように吹き飛ばされる。


「っ――!」


 空中で姿勢を崩しながらも、叩きつけられる寸前に身体を捻り、どうにか受け身を取るが、その衝撃は完全には殺しきれず、地面に転がる。


「まだ……いける……! ここで終わるかよ……!」


 歯を食いしばり、立ち上がる。


 その瞬間、空が裂ける。


 視界の上空で光が収束し、空気が焼けるような高音を発しながら一点に凝縮される。


 雷光が線ではなく“柱”として落ちる。


 《レイ・スパーク》。


 ――バチィィィィィィィッ!!!!


 轟音と閃光が同時に炸裂し、雷撃が地面ごと叩き砕く勢いで直撃し、衝撃で周囲の霜と土が爆散し、白と茶の粒子が吹き上がり、その中心で対戦相手の身体が強制的に硬直する。


「がっ――――!!!」


 声にならない絶叫。


 筋肉が限界まで収縮し、神経が焼き切れるような感覚とともに動きが完全に停止する。


 その瞬間、対戦相手の身体に装着されていた軽装防護具の表面に埋め込まれた術式が反応し、胸部と肩部、腰部に展開されていた軽装アーマー三枚が同時に淡く発光しながら自動展開し、衝撃と内部損傷を検知した防護機構が強制的に作動することで装着部位から瞬時に切り離される。


 外装が外れると同時に内部の魔力回路が遮断され、保護用の魔力膜が一瞬だけ膨張して残留する衝撃を吸収し、その後すぐに霧散することで、戦闘続行不能の判定が結界側へと送られ、試合の強制終了が確定する。


 外れた三枚の軽装アーマーは弧を描いて地面へと叩きつけられ、乾いた金属音を響かせながら霜の上を滑り、その衝撃で砕けた氷片が細かく跳ね上がる。


 そのまま崩れ落ちる。


 完全に動かない。


 焦げた匂いと微かな蒸気が立ち上り、空気が静かに揺れる。


 静寂。


「――そこまで!」 

 審判の声が響き、勝敗が確定する。



 見学者たちは、前回の戦闘と今回の戦闘からインファイターの戦い方とその逆の魔術師の戦い方の両方を魅せられていた。


 間合いを一瞬で詰め、圧力で押し切る近接戦の理想形と、そのすべてを受け止め、無効化し、制御する魔術戦の完成形が、同一の舞台で、同一の流れの中で提示されたことで、観る者の理解は否応なく引き上げられていた。


 砕け散った霜が白く舞い、まだ消えきらない焦げた匂いが冷たい空気に混じる中、戦場には確かな余韻と緊張が残り続けている。


 結界の淡い光が揺らぎ、戦闘の終わりを告げているにもかかわらず、その場の空気は緩まない。

 むしろ、今見せられたものを理解しようとする思考が、場全体を静かに過熱させていた。

 誰もが口を開きかけては、言葉を選び直し、そしてようやく吐き出す。


「……いや、ちょっと待て、前回と全然意味が違うだろ、あれ……ただ強いとかそういう話じゃない……いや強いのは同じなんだけど……見せ方が違う……理解できる分だけ余計におかしい……!」


「だよな!? 前回は“意味わからん強さ”だったけど……今回は“意味がわかってなおおかしい”ってやつだろ……あの時は何が起きてるかわからなかったけど……今はわかる……わかるのに止められてるのが怖すぎる……!」


「前回さ、『いや、マジで見た方がいいって! あれ、完全に別次元だったぞ!』って騒いでたけどさ……あの時は“現象”しか見えてなかったんだよ……今回でその“中身”見せられた感じなんだが……!」


 声が重なる。

 ただの興奮ではない。

 理解しようとする者たちの、半ば恐怖に近い熱量。


「《ブレイズ・レイ》真正面から受け切るとか意味わからんって話してたけどさ……あの時は三十枚で削り切ってたって話だろ!? それだけでも頭おかしいのに……そもそも削り切る前提で耐えるって発想がもうおかしいって思ってたんだよ……!」


「しかもそのあとだろ!? 一瞬で消えたと思ったら懐にいて、そのまま一撃って……あの時はどうなってんだよって思ってたけど……」


 一人が言葉を切り、ゆっくりと視線を試合場へ戻す。


「……今回見て、わかったわ……前回も今回も全部“できるからやってる”だけだ……余裕で再現可能な動きとして制御してる……前回は火力で押し切って……今回は制御だけで全部止めてる……偶然でも奇跡でもねぇ……全部設計されてる動きだ……!」


 理解が進むほど、ざわめきは静かに深くなる。


「四重展開もそうだろ!? 前回は《フィジカルブースト》《プロテス》《シェル》《クイックアクセル》同時とか成立するわけないって言ってたのに……あれだって“できるやつがいる”って証明されたばっかだぞ……!」


「いや今回それやってねぇぞ!? やってねぇのにあのインファイター全部止めてるんだぞ!? どういうことだよ……逆に精度上がってんじゃねぇか……前回は出力で押して……今回は精度だけで上回ってるってことだろ……!」


 一瞬、言葉が詰まる。

 誰もが同じ結論に辿り着きかけている。


「……つまりさ、前回は“火力と制圧”を見せてて……今回は“対処と制御”を見せてるってことだろ……?」


「しかも相手、普通に強いぞあれ……踏み込みも打撃も完成度高いのに……それ全部無効化されてるって……普通なら押し切れるぞ……!」


 空気が揺れる。


「いや、あれインファイター側の理想形だろ……あの踏み込み……あの圧……あれ普通なら押し切れるぞ……一撃で崩れるレベルだ……」


「なのに全部止められてるってことは……」


「魔術師側の理想も同時に成立してるってことだろ……?」


 沈黙が一瞬だけ落ちる。


 そして。


「……今、両方の“完成形”同時に見せられてないか……?」


 誰かの呟きが、空気を決定づける。


 インファイターの完成形。

 魔術師の完成形。

 その両方を、同時に提示された。


「……あれ、教材じゃねぇか……しかも答え付きの……いや、答えどころか“考え方ごと”見せられてる……」


「いや教材ってレベルじゃねぇだろ……あれ見て再現できるやついんのかよ……理解はできても、実行できる気がしねぇ……」


「でも見せてるってことは、やれってことだろ……? あれが基準になるってことだろ……?」


 ざわめきがさらに深くなる。

 ただ強いのではない。

 “基準を提示している”。

 その意味に気づき始める者が増えていく。


 視線が自然と一点へ集まる。

 アリス・グレイスラー。

 その存在が、勝者ではなく、基準そのものとして認識され始めていた。


 そんな中。


「……くっそ、なんで俺だけ外してんだよ……! よりにもよってこの二戦、なんで両方とも見れてねぇんだ……タイミング悪すぎだろ……!」


 低く、悔しさを押し殺した声が響く。

 ラース・エルヴァンが腕を組み、わずかに顔をしかめながら、周囲の会話を聞いている。

 結界の向こう側にまだ残る熱と焦げた匂い、舞い上がった霜の粒子が光を受けてゆっくりと落ちていく様子を横目に、その場の空気ごと噛み締めるように息を吐く。


 だがその視線は鋭く、ただの愚痴ではなく、すべてを吸収しようとする意志が宿っていた。


「……前回も見逃して、今回もかよ。しかも今回の方が完全に“中身”だろ……一番見なきゃいけないやつを二回連続で外すとか、どういう巡り合わせだよ……! 運がねぇとかそういうレベルじゃねぇだろ、これ……!」


 舌打ちが、乾いた音を立てる。


「前回はまだいい、派手でわかりやすかった。でも今回だろ……これ完全に対インファイターの解答じゃねぇか……! しかもただ止めてるんじゃねぇ……全部読んで、全部“置いて”、その上で潰してる……どうやったらあんなことできんだよ……!」


 拳を握る。

 指先に力が入り、関節が白くなる。


「しかも相手、普通に強いって話じゃねぇか……あの踏み込み、あの圧、あれ食らったら終わりのやつだろ……それ全部止めてるって、俺の戦い方そのものを正面から否定されてるみたいなもんだろ……! 真正面から“通らねぇ”って突きつけられてるのと同じだぞ……!」


 悔しさが滲む。

 だが、その視線は落ちない。


 前を向く。

 アリスの背中を、まっすぐに捉える。


 そこに立つ存在は、ただの勝者ではなく、越えるべき基準として静かにそこに在り続けている。


「……次は絶対見る。てか見るだけじゃ足りねぇ……やるしかねぇな、あれは……見て理解した気になるのが一番ダメだ、ああいうのは体に落とさねぇと意味ねぇ……!」


 低く呟く。


「直接やって、体で覚える。あのタイミングも、あの置き方も、見て理解できるレベルじゃねぇ……自分の感覚に落とし込まないと意味がない……踏み込んで、潰されて、それでも繰り返して、自分の中で再現できるようになるまでやるしかねぇ……!」


 唇の端がわずかに上がる。

 悔しさと同時に生まれる、純粋な戦意。


 強者を前にしたときにだけ生まれる、研ぎ澄まされた闘志。

 その感情は怒りでも焦りでもなく、ただ純粋に“追いつくための熱”として静かに燃え上がっていく。


 演習場の熱は、まだ冷めない。

 結界の残光がわずかに揺れ、空気に残る衝撃の名残が微細に振動し続ける中、その中心にあった戦闘の意味だけが、確実に観る者の中へと刻み込まれていく。


 アリスの戦闘を起点に。

 すべてが、動き始めていた。



 そして、ついに第三試合、レティアの順番が来た。


 演習場に残っていたざわめきがゆっくりと形を変え、先ほどまでの興奮と分析の声は次の戦いへの緊張へと移り変わり、観客席から流れ込む視線が一斉に舞台へと集まっていく。


 冷えた空気が張り詰め、結界の光が再び強く安定し、先ほどの戦闘で刻まれた霜の砕片や焦げ跡がそのまま残る地面が、これから始まる戦いの現実感を強く伝えていた。


 レティアが舞台に上がる。

 一歩踏み出すたびに霜を踏みしめる乾いた音が規則正しく響き、薄く砕けた氷片が足元で細かく跳ね、吐く息は白く、視界の端でゆっくりとほどけて消えていく。

 その足取りに迷いはなく、内側では先ほど見た光景が鮮明に再生され続けていた。


(……あの動き、あのタイミング、見てからじゃ遅い。来る前提で置く)


 対戦相手のインファイターの名前も呼ばれる。

 ガントレットを装着した男が前へ出て、金属同士がわずかに擦れる音が静かな空間に響き、その存在感を際立たせる。

 肩の力は抜けているが重心は低く安定し、いつでも踏み込める状態にあり、その立ち姿だけで先ほどの相手と同系統であることがはっきりと理解できた。


 両者とも自身の立ち位置に移動した。

 距離が保たれ、互いの間合いの外だが一歩で届く境界線に立ち、風がわずかに流れて地面の霜が細かく舞い上がる。

 その粒が光を受けて揺れ、時間がわずかに引き伸ばされるような錯覚を生む。


 審判が手を上げる。


「――両者、準備」


 静寂が落ちる。

 レティアはゆっくりと息を吸い、冷たい空気が肺に入り、意識が研ぎ澄まされていくのを感じながら視界の中の余計な情報を削ぎ落とす。

 残るのは相手の動きと空間の流れだけで、思考は一点へ収束していく。


(……大丈夫、見た、理解した、あとは再現するだけ。躊躇するな。置く、先に置く。それだけでいい)


 対戦相手はすでに構えており、膝をわずかに落とし重心を前へ預け、筋肉に力を溜め込むその動きはすべて踏み込みのための準備として完成されている。

 そのわずかな沈み込みと呼吸の同期が爆発の前触れであることを、レティアはすでに理解していた。


「――開始!」


 その瞬間、両者が同時に動いた。


「――行く!」


 レティアの小さな声とともに、《クイックアクセル》《フィジカルブースト》が同時に発動し、魔力が身体を包み込み感覚が鋭く研ぎ澄まされる。

 視界がクリアになり、空気の流れや霜の粒の軌道までもが明確に捉えられ、時間の流れがわずかに遅く感じられる中で、相手も同様に加速する。


「遅れるなよ……ここで潰す……!」


 低い声とともに対戦相手が踏み込み、地面の霜が爆ぜて空気が押し出され、一瞬で姿が視界から消える。

 踏み込みと同時に圧縮された空気が弾け、衝撃波が遅れて広がり、視界の端で霜が連続的に砕けていく。


 だがレティアは追わない。

 目で探さない。

 代わりに置くという意識に切り替える。


(……来る、右じゃない、正面、ここ)


 その確信だけを残した次の瞬間、対戦相手がレティアの懐に現れ、拳が振り抜かれる直前の位置に出現する。


「もらった……! この距離なら避けられねぇ、叩き込む……!」


 確信の一撃。

 踏み込みの加速とともに全身の力が一点へ収束し、拳の周囲に圧縮帯が形成され、衝突と同時に解放される軌道が完成する。


 だが同時に、レティアはすでに展開していた。


 《ウインド・ストーム》。


 自身の周囲に瞬時に空気の層を形成し、圧縮された風が薄く、しかし確実に身体を包み込みながら流動し、侵入する力を分散させる防壁として機能する。

 風は固定された壁ではなく流れ続ける層として存在し、接触した瞬間に力を受け止めるのではなく逃がし、逸らし、削り取る。


 拳が到達する。

 その瞬間、衝撃がぶつかるが届かない。

 圧縮された風の層が接触点で滑り、打撃の軌道をわずかに外し、力の流れを分断することで威力を殺す。


 ――ドッ。


 鈍く押し潰されるような音とともに、衝撃は分散し、地面の霜が巻き上がり、白い粒子が二人の間を流れる。


「……なっ!? なんだ今の、確実に入ったはずだろ、軌道もタイミングも完璧だった、なのに抜けねぇ、重さが通らねぇ……!」


 対戦相手の声が漏れる。

 確実に入ったはずの初撃なのに手応えが違い、重さが伝わらず打ち抜けていないという違和感が明確に残る。


 その一瞬の遅れ。

 そのズレ。


 それこそが決定的だった。


 レティアは即座に風魔法 《エアロ・バレット》で、圧縮された空気の塊を連続で打ち出し、相手を後退させた。

 掌の前に凝縮された空気が弾丸のように収束し、わずかに歪んだ空間が震え、圧縮限界に達した瞬間に解放されて連続して撃ち出される。

 視認できないほどに圧縮されたそれは、空気の歪みとして軌跡だけを残し、次の瞬間には衝撃となって相手へと叩きつけられていた。


 ――ドンッ、ドンッ、ドンッ。


 連続する鈍い衝撃音が結界内に重く響き、空気そのものが叩きつけられるような圧力が周囲に広がり、霜の粒子が巻き上げられて白い煙のように舞い上がる。

 ガントレットで受け流そうとするが、衝撃は一点ではなく面として押し寄せ、受けた瞬間に圧が広がり、完全にいなすことはできない。


 数発が身体へ直撃し、重心が崩れ、踏み込みの軸が揺らぐ。


「っ……! なんだこれ……見えねぇのに重い……! 打撃じゃねぇ……圧で押されてる……!」


 対戦相手の身体がわずかに浮き、そのまま押し戻される。

 地面を強く踏み締めようとするが、連続する衝撃がそれを許さず、踏み込もうとするたびに逆方向へと弾かれる。


 後退。

 霜が砕け、足元が滑る。

 靴底が地面を掴みきれず、わずかに横へ流される。


「……くそっ……止まれ……止まれってんだ……これ以上下がったら流れが完全に持ってかれる……!」


 わずかによろめきながらも、必死に体勢を維持する。

 だが――止まらない。


 レティアの攻撃は間断なく続く。

 掌の前で空気が次々と圧縮される。

 見えない弾丸が連続して形成され、解放され、衝撃となって叩き込まれる。


「まだ……いける……ここで止める……止め続ける……流れを渡さない……!」


 レティアが低く呟き、さらに撃ち出す。

 空気が圧縮され、弾け、連なる衝撃となって襲いかかる。

 衝撃波が重なり、空間がわずかに震え、結界の表面に微細な波紋が広がる。


 数発を受け、ついに大きくよろめく。

 肩が揺れ、膝がわずかに沈む。


 だが、その直後。

 対戦相手は歯を食いしばり、強引に体勢を立て直す。


「……舐めるな……! こんなもんで止まるかよ……押されるだけで終わるか……!」


 足を踏み込み直す。

 地面を強く踏み締め、霜を砕き、重心を落とし、姿勢を戻す。


 次の瞬間からは、動きが変わる。


 避け始める。

 弾道を読む。

 空気の歪みを視界の端で捉え、軌道を予測する。


 最小限の動きで、直撃を回避していく。

 身体をわずかに傾け、半歩だけずらし、衝撃の芯を外す。


「……そうか……軌道は一定……見えなくても流れはある……そこを外せばいい……見える……見えるぞ……!」


 呼吸を整え、完全に対応へ切り替える。

 先ほどまでの押し返される動きとは違い、攻撃の“流れ”を読む動きへと変化していた。


 だが。


 その動きを見たレティアの目が、わずかに細まる。


(……なら、囲う)


 攻撃の手を緩めず、同時に術式を展開する。

 意識を二層に分け、攻撃と制御を並列で処理する。


 《エリア・シールド》。


 瞬時に複数の魔法防壁を生成する。

 相手の周囲へ展開する。

 四方を囲むように配置する。


 空間の節点を押さえるように配置し、逃げるための動線を一つずつ潰していく。

 展開する。

 逃げ場を塞ぐ。


 空間そのものを制御するように、位置を固定する。

 透明な壁が見えない檻のように組み上がり、相手の行動範囲を強制的に制限する。


「……っ……囲んだ……!? 動線が……潰されてる……!」


 対戦相手の視線がわずかに揺れる。

 動こうとした瞬間、進路の先に見えない抵抗が生まれる。


 踏み込みの軌道が制限され、加速が成立しない。

 視界の中で、相手の動線が制限されていく。


 逃げ場はない。

 すべてが、レティアの掌の上へと収束していく。


 相手頭上に初歩的な水魔法 《ウォーター》を高速に叩き込む。

 囲んだ障壁を水に満たす。

 上空に生じた水塊が一瞬で形を崩す。

 ただ落ちるのではなく術式によって制御されながら一気に内部へと流れ込む。


 透明な水が四方の障壁に沿って広がる。

 わずかな隙間も残さず逃げ場のない空間を満たしていく。


 冷たい水が一気に閉鎖空間を埋め尽くす。

 光を屈折させる。

 内部の景色を歪めながら揺らめかせる。


 対戦相手は瞬時に水の中に閉じ込められる。

 視界が歪む。

 音が消える。

 外界との接続が断たれる。

 耳鳴りのような鈍い圧迫感だけが内側に残る。


 反射的に身体を動かそうとする。

 だが圧縮された水の抵抗がそれを阻む。

 普段の動きとはまったく異なる重さが四肢に絡みつく。


「っ……!? ぐっ……何だ、これ……水、だと……! 動きが……重すぎる……!」


 声は届かない。

 喉を震わせても、吐き出された空気は泡となって弾ける。

 視界の中でゆらゆらと浮かび上がるだけ。


 手足を動かし、脱出を試みる。

 ガントレットで障壁を叩く。

 蹴りを放つ。

 強引に突破しようとする。


 ――だが。


 四方を囲う障壁はびくともしない。

 打撃は水を介して拡散する。

 力が一点に乗らない。

 外へ出るための“隙間”が存在しない。


「くっ……抜けねぇ……! なら、強引に……ここをぶち抜く……!」


 身体をひねり、加速を試みる。

 だが水の抵抗がすべてを奪う。


 呼吸ができない。

 肺が空気を求めて収縮する。

 だが吸い込まれるのは水。


 反射的に喉が閉じる。

 だが、それも長くはもたない。


 混乱が走る。

 焦燥が一気に膨れ上がる。


「……っ……落ち着け……まだ……まだ……抜けられる……方法はある……!」


 思考を繋ぎ止めようとする。

 だが、酸素が足りない。


 わずか数秒。

 それだけで、思考は乱れる。


 視界の端が暗くなる。

 身体の動きが鈍る。


 抵抗の動きが、徐々に弱くなる。

 力が抜ける。


 そして――


 身体が、沈む。

 水の中でゆっくりと姿勢が崩れる。

 力の抜けた腕が漂う。


 意識が途切れる。

 完全に動かなくなる。


 静止。

 水の中で、ただ漂うだけの状態。


 それを確認した瞬間。


「――そこまで! 勝者、レティア・エクスバルド!」


 審判の声が結界内に響き渡る。


 その声が合図となる。


 同時に。

 レティアは即座に術式を解除する。


 《エリア・シールド》を解除する。

 《ウォーター》の詠唱を破棄する。

 制御を失った水が一気に崩れ落ちる。


 障壁が消える。

 支えを失った水が地面へと叩きつけられる。

 広がる。


 大量の水が霜を一瞬で溶かす。

 冷たい蒸気がわずかに立ち上る。

 白い靄となって視界を揺らす。


 倒れ込んだ対戦相手の身体が露わになる。

 ぐったりと横たわり、動かない。


 だが、胸はわずかに上下している。

 呼吸はある。


 それを確認した救護班がすぐに動き出す。


「急げ、水吸い込んでる可能性ある。呼吸確保! 気道確保急げ。横向きにする!」


「意識レベル確認。反応薄いが脈はある! すぐに搬送準備。ストレッチャー持ってこい!」


 素早く駆け寄り、身体を起こし、気道を確保する。


 レティアはその様子を一瞬だけ見届ける。

 視線は静かで、だが確かな手応えを宿している。


 そして。

 静かに息を吐いた。

どうだったでしょうか。

少しでも楽しんでいただけていれば嬉しいです。


このストーリーは、予約投稿は行わず、出来上がり次第、即投稿していく形になります。

そのため、投稿時間や日時は未定となります。


これまでは連続して投稿してきましたが、

一つの話がそのまま分割される形になったため、結果的に連続投稿となっていました。

そのため、次のお話は現時点ではまだ未定ですので、これから書いていきます。


少しずつの更新にはなりますが、気長にお付き合いいただければ嬉しいです。


本編の方も、引き続きよろしくお願いいたします。


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