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第七部 第一章 第6話

 ティアナはしばし剣を見つめ続けた。

 青白い光を脈動させる刀身、その鼓動のような律動を、まるで測るかのように静かに観察する。

 やがて、胸の奥に溜めていた息を低く吐き出した。


「……新しい発見があったこと自体は、正直に言えばうれしいのですが」


 一拍置き、声音を引き締める。


「まずは、現実的な問題を整理しましょう。この剣の“保管”をどうするか、です」


 視線をクラリス、セシリア、そしてアリスへと順に向ける。


「この保管庫以上に強固な施設が、学院外でも構いません。王都内に、現時点で存在するのでしょうか?」


 問いかけと同時に、場の空気がわずかに重く沈んだ。

 理論ではなく、今すぐの対応を求められる問いだった。


 セシリアは即座に反応した。

 携行していた端末を起動し、魔力通信網へ接続する。

 指先は迷いなく走り、複数の系統を並行して照会していく。


 淡い光が彼女の横顔を照らし、数秒後、冷静な声が落ちた。


「……魔術技術研究所に、類似の封印・隔離施設はいくつか確認できます」


 一度、言葉を切る。


「ただし、この保管庫以上の対魔力封印機構を備えたものとなると……」


 端末から視線を外し、率直に続ける。


「少なくとも、この短期間での手配は厳しいですね。搬送・再封印・安全確保、そのすべてが即応できません」


 ティアナは小さく頷いた。

 想定していた答えだったが、現実として突きつけられると重みが違う。


「では……軍事施設ではどうかしら?」


 別の可能性を探るように、静かに問いを重ねる。


 セシリアは一瞬、言葉を選ぶように逡巡した。

 端末から顔を上げ、わずかに眉を寄せて答える。


「おそらく、兵器開発局の地下区画であれば、同等……いえ、それ以上の収容設備は存在します」


 しかし、すぐに首を横に振った。


「ただ……今すぐの利用は難しいでしょう。たとえ公女様の命令であっても、機密区画の即時開放は――」


 声を低くする。


「さすがに、前例がありません」


 ティアナは軽く目を閉じ、短く息を吐いた。

 現実の壁を、真正面から受け止める仕草だった。


 クラリスも口を噤んだまま、眼鏡の奥で思案を巡らせている。

 アリスは剣へ視線を落としたまま、小さく唇を噛んだ。


 場に、重い沈黙が漂う。

 誰もが理解していた。

 「今この場での対処」が不可欠であるという事実を。


 ――そして、その沈黙を破るように。


 やり取りを聞いていたセシリアが、ふと考え込むように細い眉を寄せた。

 無意識に唇へ指先を添え、端整な顔にわずかな影が差す。


「……形状が変わるとしても」


 慎重に言葉を選びながら、視線をアリスへ向ける。


「柄の部分だけは、一定なんですよね?」


 問いかけに、アリスはすぐに頷いた。


「ええ。刀身はいろいろ変化しましたけど」


 一歩踏み込み、落ち着いた声で続ける。


「柄の形状と長さは、まったく変わりませんでした」


 そう言いながら、アリスはそっと剣を傾ける。

 保管庫の薄暗い光を受け、柄に刻まれた紋様が淡く浮かび上がった。

 青白い反射が揺れ、変わることのない意匠が、かえって異質さを際立たせている。


 セシリアはしばし視線を凝らし、次の瞬間、軽く手のひらを打ち合わせた。


「……なら」


 小さく息を吸い、結論を口にする。


「アリスさんが携帯することを前提に、まず“仮の鞘”を用意するのはどうでしょうか」


 一拍置き、続ける。


「本来の魔力同調型収納鞘が完成するまでの、暫定措置としてです」


 その提案に、ティアナがわずかに瞳を細めた。

 静かな眼差しでアリスを見やる。


 その視線は、凛烈な司令官のものだった。

 だが同時に、彼女個人を気遣う優しさが確かに滲んでいる。


「ただし……」


 言葉を慎重に選ぶ。


「常に携帯することを前提に話を進めていますが……嫌じゃありませんか?」


 問われたアリスは、小さく息を呑んだ。

 一瞬、言葉を探すように口を閉ざし、喉の奥で呼吸が揺れる。


 そして、視線を剣から逸らし、保管庫の惨状へと移した。


 粉砕された作業台の木片は、鋭い棘となって床に突き刺さっている。

 暴走の痕跡を、無言で語る残骸。

 床材を走る深い裂け目は、魔力の奔流にえぐられたかのように黒く焦げ、断面は焼けただれたままむき出しだ。


 崩れた石片の隙間からは、まだ微かに灰が舞い、鼻をつく焦げ臭さがじんわりと残り香を放っている。


 空気は、ひどく澱んでいた。

 剣を中心に、淡い青白い光が脈打ち、その律動に合わせて空気がわずかに震える。

 耳鳴りにも似た低い唸りが漂い、肌が粟立つ。


 ただそこに存在するだけで、剣は保管庫という閉ざされた空間全体を支配していた。


 誰もが言葉を失いながらも、その光景が意味するもの――

 「この剣は、決して放置できない」

 その事実を、痛いほど理解していた。


 アリスは、胸の奥に溜めていた息を静かに吐き出した。

 その吐息はかすかに震え、緊張と葛藤の余韻を含んでいる。


 視線を落とした先。

 青白い光を脈動させる剣が、床に置かれたまま、まるで彼女を見上げているかのように感じられた。


 刃から漂う冷ややかな魔力の気配が、心臓の鼓動と響き合う。

 全身を、内側から圧迫してくる。


 (……危険すぎる)


 心の中で、はっきりとそう思った。


 (放置すれば、またこの部屋のように……何かを壊すかもしれない)


 砕けた残骸も、焦げた床も、その危うさを雄弁に証明している。

 淡く震える空気は、剣がなおも“生きている”証のようだった。


 アリスは唇を結び、指先に力を込める。


「……これを見てしまうと」


 静かに、しかし確かな声で言葉を紡ぐ。


「携帯しないと、まずいですよね。さすがに……放っておくのは、危なすぎます」


 その声音には、揺るぎない芯があった。

 迷いの影を抱えながらも、瞳の奥には確かな光が宿り始めている。


 それは――

 己の運命を、この剣と共に歩むことを、受け入れた証のようだった。


 場に、短い沈黙が落ちる。

 アリスの決意を前に、誰もがその重みを噛みしめるように、口を閉ざしていた。


 やがて、セシリアが視線を剣へと戻した。

 砕けた床石と淡く脈打つ青白い光を一度だけ見渡し、冷静な研究者の表情へと切り替える。


「刀身……つまり刃渡りの長さが変化することは、すでに確認できていますよね」


 一拍置き、慎重に言葉を選ぶ。


「では、元幅――刃の厚みや幅そのもの。あるいは、元重……重量や質量までも、持ち主の意思で調整できるのでしょうか?」


 問いかけられたアリスは小さく瞬きをし、剣を見下ろしながら首を傾げた。

 柄に伝わる冷たさと、微かな脈動を確かめるように、指先に意識を集中させる。


「……正直、わかりません」


 だが、すぐに視線を上げ、静かに息を整える。


「でも……たぶん。やってみないと、何もわからないと思うので……試してみます」


 アリスは両手で柄をしっかりと握り直した。

 足元の感覚を確かめ、剣先が周囲に干渉しない位置を意識して姿勢を整える。


 深く息を吸い、ゆっくりと吐きながら、頭の中で明確な像を結ぶ。

 ――幅広で、重厚。

 ――一撃ごとに空気を押し潰すような、重量感のある刀身。


 次の瞬間。


 刀身が淡い青白い光を帯び、低く共鳴するような音が保管庫の空気を震わせた。

 金属が溶解し、再び固め直されるかのように、輪郭がゆっくりと変化していく。


 薄かった刃は緩やかに膨らみ、背から刃先へと厚みが増していく。

 重心が移動し、掌にずしりとした負荷がのしかかる。

 剣身は、先ほどまでとは明らかに異なる、重々しい存在感を放っていた。


「……!」


 アリスは思わず息を呑み、目を見開く。


「本当に……重くなってる……」


 その感触を確かめるように、ほんのわずかに剣を持ち上げる。

 筋肉に伝わる抵抗は明確で、質量の変化が錯覚ではないことを雄弁に物語っていた。


 次に、彼女は逆の像を思い描く。

 ――細身で、軽やか。

 ――速度と取り回しを最優先した、鋭い刃。


 すると刀身は再び発光し、今度は静かに、すらりと線を細くしていった。

 余分な厚みが削ぎ落とされ、重量がするすると減少していく。

 空気を切る音は、より鋭く、澄んだものへと変わった。


 アリスは試すように軽く一振りし、小さく頷いた。


「……元幅も、元重も」


 一拍置き、確信を込めて続ける。


「思った通りに……変えられます」


 その言葉に、セシリアがわずかに目を見張った。

 クラリスもまた、驚嘆を抑えきれない様子で眼鏡の奥の瞳を細める。


 ティアナは腕を組み、じっと剣を見据えていた。

 青白い光を反射する刃を、逃さぬように観察する。


「――つまり」


 低く、整理するような声で言葉を紡ぐ。


「刀身の形状だけでなく、その質量や運動特性までも」


 一瞬、視線をアリスへ向ける。


「持ち主の意思で可変できる、ということね」


 その場に、再び緊張が走った。

 剣の特異性が証明されるほど、逆説的に「制御手段の確立」が急務であることが浮き彫りになる。


「……ならば」


 ティアナは短く息を整え、静かに頷いた。


「携帯と安定運用のための“仮の鞘”を、今すぐにでも用意すべきね」


 その瞳には、すでに指揮官としての決断の色が宿っていた。


「わかりました。ならば――」


 迷いなく、腰の端末を取り出す。

 片手で鞘の固定具を外し、もう一方の手で端末を滑らかに起動する。


 細い指が正確無比にパネルを叩き、瞬く間に通信チャンネルを開いた。

 その所作は一切の無駄がなく、冷静さの裏に張り詰めた緊張感を纏っている。


「こちら、第三騎士団・第二独立師団長、ティアナ・レイス・ロアウ」


 声は低く、明確だった。


「師団長権限により至急要請します。騎士団備品庫より儀礼剣を一本調達し、王立魔導学院講師棟地下、特殊保管庫まで搬送してください」


 一拍置き、命令を締める。


「優先コード・デルタ21で対応を」


 端末からは間髪入れず、規律正しい返答が届いた。


『了解。直ちに手配します』


 ティアナは短く「ありがとう」とだけ応じ、通信を切る。

 その声音は落ち着いていたが、即断即決の鋭さを帯びていた。


 一連のやり取りは、水面を滑る刃のように速く、正確だった。

 迷いも逡巡もなく、積み重ねてきた指揮官としての経験が、所作のすべてににじみ出ている。


 改めて顔を上げ、落ち着いた声で三人に告げた。


「少しだけ待ってください。今の状態でも仮の鞘があれば、少なくとも持ち運び時の安定性は大きく向上するはずです」


 静かな言葉にもかかわらず、場の空気は自然と引き締まった。

 クラリスは無意識に背筋を正し、セシリアは端末を構えたまま呼吸を抑える。


 淡い青白い光に照らされながら、三人は誰もが、ティアナの判断力に裏打ちされた確かな安心感を感じ取っていた。


 だが次の瞬間、クラリスがふっと肩の力を抜くように小さく微笑む。


「判断と行動の速さ……さすがね、ティアナ様。現場の司令官、そのものだわ」


 ティアナはわずかに肩をすくめ、冗談めかした口調で返す。


「まあ、一応……そういう肩書きなので」


 軽い応酬に、張り詰めていた緊張がほんのわずかに和らぐ。

 アリスの唇にも、かすかな安堵の色が浮かんだ。


 だが、それは束の間だった。


 ティアナの表情はすぐに真剣な色を取り戻す。

 背筋を伸ばし、整った横顔に決断の影を宿したまま、鋭い眼差しを再び剣へと注いだ。


 青白い光を映す瞳は冷徹に澄み渡り、ひときわ強い重みを帯びている。


「それに――」


 低く、確かな声で言い切る。


「今は、一刻も早く安定運用の手段を確立することが、最優先ですから」


 その言葉は冷たい刃のように鋭く、

 同時に、仲間を守る盾のような確固とした強さを秘めていた。

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