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閑話 レティシア ストーリー2 第八話

『白銀の継承者 - Gate of Sealed Eternity -外伝「レティシア・ストーリー2」の第八話=最終話です。


 レティシアは外へ出る。


 崩れた司令部正面の階段に立ち、空を見上げる。

 石段は砕け、血と煤が混じり合って黒く染まり、足元には割れた旗竿と焦げた木片が転がっていた。

 背後では制圧を終えた兵装たちが再編を進め、負傷者の処置と警戒網の再構築が同時に行われている。

 それでもこの瞬間だけは、戦場の呼吸がわずかに緩んでいた。


 夕闇が迫る空。

 煙が流れ、赤い陽光が滲む。

 燃え残る建物の火が橙色に揺れ、遠方ではまだ小規模な衝突音が断続的に響いている。

 中央区は制圧されたが、戦は完全に終わったわけではない。

 だが流れは決した。


 彼女は右手を掲げる。

 掌に蒼白の魔力が収束する。

 圧縮。

 脈動。

 空気が震え、周囲の兵装が一瞬息を呑む。

 魔力はただの光ではない。

 高密度に折り畳まれた圧そのものが、空間を押し広げるように揺らしている。


「城内制圧、完了。中央区司令部を奪還、敵指揮系統は崩壊。残存部隊は各区画へ分断された。これより戦域は掃討段階へ移行する」


 低く告げる。

 声は広がらない。

 だが兵たちの胸へ確実に届く。


 魔力弾を放つ。

 掌から解き放たれた蒼白の光が一直線に上昇する。

 煙を裂き、焦げた匂いを振り払いながら、夜へと突き抜ける。


 やがて――


 爆ぜる。

 蒼白の花が夜空に咲く。

 光は放射状に広がり、衝撃波が円環となって拡散する。

 爆音は重く、それでいて澄んでいる。

 光粒が雨のように降り注ぎ、煤と血で曇った街路を淡く照らした。


 城内各所で、それを見上げる者たち。

 屋根の陰で息を潜めていた市民。

 包囲を耐えていたパルチザン。

 戦域外郭で交戦を続ける白銀部隊。


 それが意味するものはひとつ。

 制圧完了。

 中央区は奪還された。


 レティシアは腕を下ろす。

 視線を前へ戻し、ゆっくりと周囲を見渡す。

 白銀の装甲が整列し、全員が彼女を見ていた。


「残存勢力の掃討を継続。散発抵抗を許すな。民の保護を最優先。家屋内に潜伏している可能性もある、突入は慎重に。負傷者は区画ごとに集約し、医療班へ引き渡せ。略奪、報復、私刑は一切認めない。違反は即時拘束」


 一拍。


「最後の一人まで救い上げよ。今日、ケルヴァンに再び夜を返す。恐怖ではなく、静かな夜をだ。白銀は破壊の象徴ではない。守護の証であることを忘れるな」


 兵装の胸部ユニットが低く鳴る。


「はっ!」


 応答は揃っていた。

 声は重なり、震えず、揺らがない。


 各班が即座に散開する。

 索敵術式が展開され、屋根上へ跳躍する者、路地へ消える者、地下入口を封鎖する者。

 戦いはまだ終わらないが、流血はもう無秩序ではない。

 統御された掃討が始まる。


 中央区に、静かな夜が降り始めていた。

 蒼白の光の残滓がゆっくりと消え、煙の向こうに星がひとつ、またひとつと現れる。

 戦禍の街に、ようやく取り戻された呼吸が満ちていく。


 夜へと沈みかけた空を、蒼白の閃光が貫いた。

 夕焼けの残滓と立ち上る黒煙を一直線に裂き、圧縮された魔力の奔流が天へと駆け上がる。

 一直線に上昇した魔力弾が、煙を裂き、やがて高空で炸裂する。

 光は一瞬、星を呑み込むほどに膨れ上がり、蒼白の円環となって広がった。


 音は一瞬遅れて届いた。

 腹の底を震わせる重低音。

 石造りの建物が共鳴し、割れ残った窓硝子がびりびりと鳴動する。

 煤と灰が舞い上がり、衝撃波が城内の煙を押し広げる。


 光は花弁のように広がり、無数の粒子となって城内へと降り注ぐ。

 蒼白の粒は冷たくも温かくもなく、ただ澄んだ輝きだけを宿して夜気に溶けていく。

 焼け焦げた屋根、砕けた塔、血に濡れた石畳。

 すべてを等しく照らし、戦禍の跡を淡く浮かび上がらせる。


 それは単なる光ではない。

 勝利の宣告。

 城塞都市ケルヴァンの命運が、いま塗り替えられた証。


 城壁上で交戦を続けていた白銀の兵装が、同時に顔を上げる。

 盾に矢を受け止めながらも、その視線は夜空へ向けられる。


「制圧信号確認! 中央区、確保済み!」


「総員、押し返せ! 敵は分断された! 前へ出ろ!」


 怒号が重なり、白銀の隊列が一斉に踏み込む。

 盾が押し上げられ、剣が振り抜かれ、黒鉄の鎧が弾き飛ばされる。

 石畳を擦る刃の火花が散り、衝撃波が狭い通路を震わせる。


 路地裏では、隠れていた市民が顔を上げる。

 子どもを抱いた母親が、涙に濡れた頬を拭いながら空を見つめる。


「……終わったのか……?」


 震える声。


 近くのパルチザンが剣を握り直し、静かに応える。


 中央区外縁。

 先ほどまで激戦を繰り広げていた路地には、まだ戦いの熱が残っていた。

 砕けた石壁が無造作に崩れ、折れた槍と焦げた盾が瓦礫に埋もれている。

 血は石畳の溝に溜まり、冷え始めてはいるものの、まだ鉄の匂いを強く放っていた。

 崩れた二階部分からは火の粉がぱちりと落ち、黒煙がゆらゆらと空へ昇っていく。

 遠方では断続的な衝突音が響くが、この区画の激戦はひとまず止んでいた。


 フローラは瓦礫の上に立ち、蒼白の光を瞳に映す。

 肩で息をしながらも、その背筋は伸びている。

 煤で汚れた外套の裾が夜風に揺れ、剣の刃にはまだ血が滴っていた。


「……あの光は、何の合図です? 中央区の上空で炸裂しましたが、あの規模の魔力収束は単なる照明や士気鼓舞ではない。戦局を決定づける何かの宣言に見えました」


 声には警戒と期待が混じる。

 ただの希望ではない。

 戦術的確認だった。


 セリオナは血を払った刃を肩に担ぎ、空を見上げたまま微笑する。

 白銀の装甲に蒼白の残光が反射し、彼女の横顔を淡く照らす。


「あれは司令部制圧の合図です。レティシア様が中央区の占領司令部を掌握された証。城内の主導権が完全にこちらへ移ったという宣言です。中央の指揮系統は断たれ、魔国軍の統率は崩壊しました。いま城内で動いている敵は、命令を失った残兵にすぎません」


 フローラが息を呑む。


「司令部を……あの短時間で? 中央区は最も重装が集中していたはず。外郭の突破だけでも困難と聞いていました」


「ええ。あの御方にとっては“短時間”という感覚すらないでしょうね。踏み込んだ瞬間に勝敗は決まっていたはずです。防壁を抜き、重装を崩し、指揮官を沈めるまで、ためらいは一切なかった。中央は力ではなく、意志で圧されたのです」


 周囲のパルチザンたちがざわめく。

 負傷兵が包帯を押さえたまま顔を上げる。

 弓兵が弦を張り直しながら耳を澄ます。


「中央区が落ちた……?」


「では、もう包囲は崩れたのか? 退路は開いたのか?」


 緊張と半信半疑が入り混じった声。


 セリオナが頷く。


「包囲は破られました。いま残っているのは統制を失った残敵だけ。組織的抵抗は終わりです。敵は命令を受けられず、区画ごとに孤立している。ここからは掃討戦になります。散発的な抵抗はあるでしょうが、流れはもう戻りません」


 遠方で黒煙が揺れる。

 撤退を試みる魔国兵の叫びがかすかに聞こえる。

 だがそれは怒号ではなく、混乱の叫びだった。


 フローラは拳を握る。

 指先が白くなる。


「……信じられない。わたしたちは、あと一刻も持たぬと覚悟していました。矢も魔力も尽きかけ、負傷者は増え、包囲は狭まり、退路は塞がれていた。あのまま中央が落ちなければ、ここは間違いなく潰されていた」


 その声には悔恨ではなく、現実を直視してきた者の重みがあった。


「覚悟は尊いですが、勝利はもっと尊い」


 セリオナは視線を戻す。

 蒼白の残光が消えゆく夜空から、フローラへと。


「あなた方の粘りがあったからこそ、中央区への道が開いたのです。敵を引きつけ、時間を稼ぎ、戦線を維持した。あなた方が崩れていれば、中央への突入はもっと困難になっていた。誇りなさい。あなた方は生き延びただけではない。勝利の一部です」


 路地に沈んでいた空気が、わずかに変わる。

 兵たちの背筋が伸びる。

 疲労は消えない。

 傷も消えない。

 だが視線が上がる。


 遠くで再び刃の音が響く。

 掃討戦が始まっている。


 フローラは静かに頷く。


「……ならば、最後まで戦います。中央が奪還されたなら、ここで止まる理由はない。残敵を潰し、街を取り戻す」


 セリオナは小さく笑う。


「それでこそパルチザン統括。再編を急ぎなさい。白銀と並んで、最後の区画まで押し切ります」


 瓦礫の上で、両者は視線を交わす。

 戦場の熱はまだ消えていない。

 だが夜は確実に、こちらのものになりつつあった。


 城壁上。

 風が強く吹き抜ける石造りの通路。

 高所ゆえに遮るものはなく、煙と灰を含んだ夜風が鎧の隙間を抜けていく。

 足元の石は矢傷と爆裂痕で抉られ、ところどころに血が溜まり、夕闇の中で鈍く黒く光っていた。

 遠くではまだ剣戟の残響が断続的に響き、崩落した門扉の残骸が軋む音が低く伝わってくる。


 セリーネは剣を下ろし、遠くの空に咲く蒼白の花を見た。

 蒼白の光が夜へ広がり、粒子となって城内へ降り注ぐ。

 その輝きが彼女の横顔を照らし、青みがかった瞳に淡い光を宿す。


 足元には倒れ伏した魔国兵。

 断ち割られた盾。

 砕けた弩。

 兵装部隊の白銀が血に濡れ、夕闇に淡く光る。

 仲間の装甲には刃痕が刻まれているが、隊列は崩れていない。


「……終わったわね。あの光は司令部制圧の合図。中央の指揮系統が完全に落ちた証。つまり中央区は制圧完了。城塞都市ケルヴァンは、こちらの手に戻ったということ」


 小さく息を吐く。

 その吐息は白くはならないが、胸の奥に溜まっていた緊張をわずかに外へ逃がした。


 隣の兵装が兜越しに応じる。


「レティシア様、さすがです。あの爆ぜ方……合図と同時に敵の士気が折れたのが分かります。こちらの戦線でも、魔国兵の動きが明らかに鈍りました。命令が届かなくなったのでしょう」


「ええ。あれは単なる信号じゃない。戦場全体に“終わり”を刻むための一撃。敵の耳にも、味方の胸にも同時に届く。中央が落ちたと理解した瞬間、戦いの重心が崩れる。あとは押し返すだけ」


 城壁下では、なおも黒鉄の鎧が散発的に動く。

 退却を試みる者。

 混乱のまま突撃を続ける者。

 統制はなく、怒号だけが空を打つ。


 白銀の兵装が隊列を組み直し、盾を前へ出す。

 重装兵が城壁の階段を駆け上がろうとする。


「接近三名、階段北側!」


「抑えろ。押し返せ。足場を崩せ」


 短い命令。

 白銀の盾が叩きつけられ、階段の縁が砕ける。

 重装兵が足を滑らせ、下へ転落する。

 金属が石壁にぶつかる鈍い音が響く。


 セリーネは視線を外さない。


「これでようやく、安堵できるわね。でも気を抜かないで。城壁下にはまだ散発的な抵抗がある。退却する敵ほど危険よ。追い詰められた獣は、最後に牙を剥く」


 一歩踏み出す。

 血に濡れた石の上で、足取りは揺らがない。


「弩兵は屋根上の影を警戒。索敵術式を再展開。負傷者は内側通路へ搬送。城門側の監視も継続。ここで油断して傷を増やすつもりはないわ。掃討を徹底する」


「了解!」


 応答が揃う。

 白銀の装甲が一斉に動き、配置が再編される。

 盾が連なり、剣が構え直され、城壁上の制圧が完全なものへと近づく。


 セリーネはもう一度、蒼白の残光が消えゆく夜空を見る。

 あの一撃が、戦局を決定づけた。

 だが勝利とは、最後の刃を収めるまで確定しない。


 風が強く吹き抜ける。

 煤と血の匂いが混じる空気の中で、城壁上の白銀はなお静かに構えていた。


 城外。

 帝国軍司令部の大型テント内。

 厚布で張られた天幕は夜風にわずかに揺れ、外から伝わる地鳴りと遠雷のような爆音を鈍く遮断している。

 机上には詳細な地図が広げられ、石で押さえられた角が赤い灯火に照らされていた。

 中央区、外郭、城門、補給線、すべてが墨線と印で記されている。

 兵站報告書、損耗一覧、補給残量の算定書が整然と並び、戦の匂いがこの空間にも染みついていた。


 その天幕越しに、蒼白の閃光が差し込んだ。

 一瞬、布が透けるように白く染まり、揺らぐ影が机上を走る。

 直後、腹の奥を震わせる重低音が遅れて届く。

 地面がかすかに振動し、灯火の炎が横へと揺れた。


 クリスは椅子に腰掛けたまま、静かにそれを見上げる。

 布越しの光が、彼の横顔を照らす。

 冷静な瞳に、わずかな確信が宿る。


「……来たな」


 小さく笑う。

 それは歓喜ではなく、予定通りの結末を確認した者の微笑だった。


「終わったようだ。中央は落ちた。あの規模と魔力密度、そして高度。あれは単なる照明でも士気鼓舞でもない。司令部制圧の信号だ」


 そう言って、背もたれに身を預ける。

 緊張で張り詰めていた肩が、わずかに落ちる。


 副官アルトゥールが目を見開く。

 若い顔にまだ戦場の熱が残り、拳は無意識に握られていた。


「終わった、とは……どういうことですか? 中央区は最も堅固な拠点と報告を受けていました。外郭の突破すら困難だと。あの閃光ひとつで戦局が決するとは思えません」


 クリスはゆっくりと立ち上がる。

 椅子の脚が地面を擦る音が小さく響く。


「確かに、普通の将では不可能だろうね。だがあれを放ったのは“普通”じゃない。中央司令部が落ちれば、魔国軍の指揮系統は崩壊する。戦は力で続いているように見えて、実際は統制で成り立っている。心臓を潰せば、四肢は勝手に痙攣するだけだ」


 そう言って天幕の入口をくぐり、外へ出る。

 夜空には蒼白の残滓がまだ薄く広がっていた。

 煙が風に流され、城壁の向こうに揺らめく炎が見える。

 遠方で散発的な爆裂が続いているが、規模は明らかに小さくなっている。


「あれはレティシアが城内を完全制圧した合図だよ。中央司令部が落ちた証。城塞の心臓が止まったということだ。あの高さと爆ぜ方、全区画に視認させるための設計だ。味方には確信を、敵には絶望を与える」


 アルトゥールも外へ出て、夜空を見上げる。


「つまり……戦略的勝利が確定? 中央区の制圧が事実なら、敵は各区画で孤立します。包囲は瓦解し、補給も断たれる。残るのは散発抵抗のみ」


「そうだ。あとは散った敵兵を片付けるだけ。掃討戦だね。大規模交戦は、これで終わり。夜明け前には城内の抵抗は完全に消えるだろう」


 遠くで黒鉄の列が崩れるのが見える。

 城門付近では、崩落した門扉の残骸がまだ煙を上げ、守備隊の混乱が尾を引いている。

 門内では統制を失った魔国兵が右往左往し、指揮系統の断絶が明らかだった。


 白銀の小隊が路地を制圧し、逃走経路を塞いでいく。

 火花が散り、短い悲鳴が夜に吸い込まれる。


 クリスは肩の力を抜く。


「やっぱりな。あの人が本気で動いた時点で、勝敗は決まっていたんだ。こちらは時間を稼ぎ、外から圧をかける役目だった。中央に踏み込んだ瞬間、戦はもう終わっていた」


 一拍置き、穏やかに続ける。


「とはいえ、最後まで気を抜くな。敗走兵ほど厄介なものはない。城外部隊は退路遮断を継続、捕縛優先。無用な追撃は避けろ。勝利を確定させるのが司令部の仕事だ」


「了解。外郭包囲を維持しつつ、降伏勧告を拡大します」


 アルトゥールが力強く頷く。


 夜空の蒼白が、ゆっくりと消えていく。

 城塞都市ケルヴァンの戦は、決定的な転換点を越えた。


 戦場はまだ火を残している。

 だが大勢は動かない。

 心臓は止まり、脈動は途絶えた。


 クリスは静かに夜を見上げ続けていた。


 城外南門付近。

 崩落した外郭壁の影に即席の救護区画が設けられ、血の匂いと薬品の匂いが混じり合っていた。

 担架が並び、包帯が赤く染まり、治癒術式の淡い光が点滅している。

 ようやく負傷兵の搬送を終えた十名の魔導兵装部隊が、武装を整えていた。

 その多くは、かつて辺境公爵家に仕えていた近衛メイドたち。

 国境の最前で主家を守り続け、礼法と戦闘の双方を叩き込まれた者たちだ。

 いまは白銀の重装を纏い、刃を携え、戦場の最前へ立っている。

 装甲の継ぎ目を再固定し、刃の血を払い、魔力炉の出力を再調整する所作にも無駄がない。

 誰一人として無傷ではない。

 だが誰も座り込まない。

 背筋は真っ直ぐで、視線は常に前を向いていた。


 その瞬間、空に蒼白の花が咲く。

 南門の上空を越え、中央区の方角で炸裂した光が夜を裂いた。

 衝撃波が遅れて届き、崩れた石塊がわずかに転がる。


 一同が見上げる。

 兜の奥で、蒼白の光が瞳に映る。


「……あれは。あの高度、あの魔力密度……中央区です」


「制圧合図です。司令部が落ちました。あの爆ぜ方は、レティシア様の戦闘終結宣言」


 言葉遣いは丁寧だが、声には戦士の硬さがある。


「まさか……もう終わったのですか? 中央の最深部ですよ。わたくしたちはまだ南門で足止めを受けていたのに」


 悔しさが滲む声。

 装甲越しに拳がきしむ。


「戦線復帰の準備が整った途端に、主戦場は決着済みとは……。せめて中央突入に随伴したかった」


「間に合わなかった……! 辺境公爵家の名に懸けて、最後まで背を守るつもりでしたのに」


 かつては国境の最前で刃を振るい、主家の旗を守り抜いた者たち。

 いまはその旗を白銀に替え、戦場に立つ。

 誇りゆえに、悔しさも深い。


 だが一人が静かに笑う。


「何を落ち込んでいるのですか。中央が落ちたからといって、戦が終わったわけではありません。城内には残敵がいます。統制を失った敵ほど危険。掃討こそ、わたくしたちの役目です。辺境で学んだのは、最後の一人まで脅威を残さないことだったはず」


 その声は穏やかで、しかし芯が強い。

 国境で鍛えられた自負が滲む。


 空気が変わる。


「……そうですね。完全に静まるまでは戦いです。主を守るというのは、最後の一人まで脅威を排除すること」


「南門区画を制圧し、敗走兵を逃がしません。ここを抜かれれば外縁が乱れます」


「いきましょう。白銀は最後まで立ちます。中央で咲いた花に恥じぬ働きを」


「了解。城内へ侵攻。南門区画、掃討開始」


 白銀の装甲が一斉に動き出す。

 魔力炉が低く唸り、重い足音が石畳を震わせる。

 崩れた門柱を越え、黒煙の立ち込める通路へ踏み込む。


 闇の中から矢が放たれる。

 盾が展開され、衝撃が弾かれる。


「右側路地、二名確認。近接装備」


「前衛、押し出します。後衛、背後封鎖」


 盾が突き出され、敵兵が壁へ叩きつけられる。

 刃が閃き、短い悲鳴が夜に溶ける。

 重装の一撃が石畳を砕き、逃走を試みる影を打ち倒す。


 南門の外縁で、再び剣戟が鳴り響く。

 その動きは揃い、無駄がない。

 辺境で鍛えられた呼吸が、いまは都市を守るために揃っている。


 夜空にはまだ、蒼白の残光が揺れている。

 それは勝利の証であると同時に、最後まで戦い抜けという号令でもあった。

 かつて辺境公爵家に仕えた近衛メイドたちは、その光の下で静かに刃を振るい続ける。


 こうして城塞都市ケルヴァン奪還作戦は、帝国軍による奪還ではなかった。

 レティシア達の人族連合軍による初陣。

 その初戦の勝利が、城塞都市ケルヴァン奪還となった。


 帝国の軍旗は掲げられていない。

 翻ったのは、国境も身分も越えて集った者たちの旗。

 敗残兵でも、傭兵でも、寄せ集めでもない。

 明確な意思を持って立ち上がった、新たな軍勢。


 中央区に咲いた蒼白の光は、単なる制圧信号ではなかった。

 それは宣言だった。

 ――人族は、まだ終わっていないと。


 魔国軍は、やがて知ることになる。

 城塞都市ケルヴァンで何が起きたのかを。

 占領司令部が瞬時に崩壊し、守備軍が再編すらできず潰走した事実を。

 城門が内側から砕け、戦局が一夜で反転した経緯を。


 そして何より。


 レティシアという存在が誕生したことを。


 それは単なる英雄ではない。

 単なる将でもない。

 戦場の理を塗り替える、異質な“中心”。


 魔王アズマール・ベル=ノクトに匹敵するかもしれぬ存在が、人族側に現れたという現実。

 その報は、やがて魔国中枢を震撼させる。


 さらに。


 魔戦将を凌駕するかもしれぬ力を宿した魔導神器ワルキューレを駆る戦乙女たち。

 蒼白の閃光と共に現れ、重装を纏い、空を翔け、戦局を強引にねじ伏せる白銀の群れ。


 その名を。


 ”ナンバース”。


 番号で呼ばれ、だが一騎で戦場を塗り替える者たち。

 統率され、しかし個々が軍勢に等しい。

 魔戦将級の魔力と神器を有しながら、群として機能する異常。


 ケルヴァンは、その誕生の地となった。


 帝国の勝利ではない。

 偶然の戦果でもない。

 新たな勢力の、明確な意志による初戦勝利。


 夜を取り戻した城塞都市は静まり返っている。

 だがその静寂は、終わりではない。


 それは始まりだ。


 人族連合軍――

 その名が歴史に刻まれる最初の一頁が、いま閉じられた。


 そして魔国は、まだ知らない。

 自らが解き放った戦火が、どれほどの“対抗者”を生み出したのかを。

どうだったでしょうか。

少しでも楽しんでいただけていれば嬉しいです。


このストーリーは、ほぼリアルタイムで執筆していました。

少しずつの更新というか不定期でしたが、できるだけ、間隔を

開けないようには頑張りました!!


それは本編も引き続き、よろしくお願いします。

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