閑話 レティシア ストーリー2 第七話
『白銀の継承者 - Gate of Sealed Eternity -外伝「レティシア・ストーリー2」の第七話です。
城内の裏路地。
月明かりさえ届きにくい細い石畳の通路は、崩れ落ちた家屋と砕けた石塀に挟まれ、まるで石の峡谷のように圧迫感を帯びていた。
瓦礫の山は黒く焦げ、折れた梁が斜めに突き出し、焼け残った布片が夜風に揺れている。
焦げた木材の匂いと、血と鉄の臭気が重なり合い、喉を刺すような重苦しい空気が漂っていた。
石壁には無数の魔術痕が刻まれ、まだ赤く燻る亀裂からは細い煙が立ち上っている。
崩れた家屋と石塀を盾にしながら、パルチザン部隊が必死に応戦していた。
鎧の隙間に布を巻き、粗末な盾を構え、息を詰めながら瓦礫の陰に身を伏せる。
額から流れ落ちた汗が頬を伝い、血と混ざって黒ずんでいる。
恐怖はある。
だが、それ以上に、ここを守らねばならぬという意地が彼らを踏みとどまらせていた。
瓦礫の陰から魔術が放たれ、矢が夜気を裂く。
火球が弧を描き、黒い盾列へと叩きつけられ、爆ぜるたびに石畳が震えた。
矢羽が震えながら空を走り、鎧の継ぎ目を探すように突き刺さる。
金属音と断末魔が混じり合い、路地の狭さがその響きを何倍にも増幅させた。
「前に出ないで! 石壁の陰を維持して、身体を低く、盾を重ねて! 魔術班は三拍おきに火力を集中、弓班は装甲の継ぎ目を狙って! 焦らなくていい、深呼吸、私の合図で撃つわ、必ず守るから、落ち着いて!」
統制の声が響く。
怒鳴り散らすのではない。
だが芯の通った、凛とした響き。
煤に汚れた頬、結い上げた髪のほつれ、血のにじむ手甲。
それでもその女性指揮官の瞳だけは、刃のように澄み切っていた。
その声に合わせ、魔術班が息を整える。
一、二、三。
詠唱が重なり、再び火炎が解き放たれる。
火炎術式が石畳を焦がし、破片が飛び散る。
爆圧が瓦礫を跳ね上げ、粉塵が舞い上がった。
炎の舌が黒鎧を舐め、赤熱した鉄が軋む。
しかし、魔国兵は止まらない。
「押し込め! 建物ごと焼き払え、盾列を前へ! 炎を恐れるな、前進を止めるな、叩き潰せ、踏み潰せ、この路地を血で洗え!」
魔国兵が怒号を上げる。
黒い鎧が路地を埋め、盾を並べて前進する。
重い足音が地面を震わせ、鉄靴が石を砕く音が連続する。
盾と盾が重なり合い、隙間を埋め、まるで黒い壁そのものが迫ってくるかのようだった。
盾越しに突き出される槍先が、炎を裂いて伸びる。
その時だった。
路地奥の崩れた二階家屋の上。
黒煙の向こう、白い光が静かに灯った。
炎のように荒れ狂うのではなく、氷のように冷ややかで、星のように静謐な輝き。
空気が、張り詰める。
魔力の波が路地を満たす。
黒鎧の兵たちが一瞬だけ足を止める。
無数の光の糸が空間に描かれ、巨大な術式陣を形成した。
詠唱はない。
だが、完成している。
白光が、落ちた。
轟音とともに収束した光柱が盾列を叩き潰す。
盾が内側から歪み、鎧が裂け、地面が陥没する。
衝撃波が炎と瓦礫を吹き飛ばし、黒鎧の兵をまとめて地に伏せさせた。
さらに光刃が収束し、音もなく振り下ろされる。
黒鎧が両断され、焼け焦げた断面から血が噴き出した。
屋根の上の影は動かない。
名は呼ばれない。
だが、その一撃が戦況を変えた。
パルチザンたちの目に、光が宿る。
「今よ! 押し返して、深追いはしないで、列を崩さないで! 怪我人は右へ下げて、治療班、すぐに! 怖くていい、でも立って、私が前にいる、ここは渡さない!」
その声は強く、しかしどこか温かい。
命をただ消耗させるのではなく、守り抜くための指揮。
炎が、矢が、そして新たな希望が路地を満たす。
黒い盾列は、確かに崩れ始めていた。
その瞬間。
横合いの路地から、地を擦るような低く重い衝撃が走った。
石畳が波打ち、亀裂が蜘蛛の巣状に広がる。
圧縮された空気が爆ぜ、瓦礫が跳ね上がり、炎の残滓が一瞬で吹き飛ばされた。
白銀の影が疾走する。
夜気を切り裂き、煙と血の匂いを押し流しながら一直線に戦域へと滑り込む。
先頭はセリオナ。
地表すれすれを滑るように浮遊し、推進光を抑えた《ワルキューレ》の下肢が石畳をかすめる。
刃を横薙ぎに振るう。
その軌跡は月光を引き裂く白線。
重装の魔国兵が三人まとめて弾き飛ばされ、盾ごと宙を舞い、石壁へ叩きつけられる。
鈍い破砕音。
鎧の内側で骨が砕け、肺から血が噴き出す音が重なった。
「側面だ! 挟まれ――盾を回せ、隊列を立て直せ、前列は踏み止まれ、後列は槍を前へ、崩すな、崩れるな、押し潰せ!」
言葉は続かない。
白刃が喉元を裂き、血が夜に散った。
リディアが踏み込む。
足音は小さい。
だが一歩の重みは鋼の塊のように重い。
鎧の継ぎ目へ正確な突き。
わずかな隙間へと吸い込まれるように刃が入り込み、内部で骨と肉を断つ。
喉元を裂き、返す動きで反転。
腰を沈め、背後の兵を斬り上げる。
刃が胸甲を割り、火花と血飛沫が交錯する。
「包囲線を形成! 左右二列、間隔を三歩保ちなさい、中央を押し上げて圧縮する、退路を断つわ、壁と私たちで挟み込む、逃がさない、一歩も下げない!」
セリオナの声が戦場を貫く。
冷静で、揺らぎがない。
魔導兵装の兵たちが左右へ展開。
白銀の外装が炎を反射し、半円陣が完成する。
重装の踏み込みが地面を震わせ、強化盾が正面から叩き割られる。
衝撃波が黒鎧を押し戻し、石畳に膝をつかせた。
「防御陣形を維持しろ! 盾を合わせろ、足を止めるな、押し返せ、押し潰せ、数で囲め、囲めば勝てる、怯むな!」
魔国兵の怒号が飛ぶ。
だがその声はわずかに震えている。
白銀の圧力が、確実に戦場を支配していた。
「維持できると思う? その程度の連携で、この狭さで、包囲されたままで?」
リディアの声は低く静かだが、刃よりも鋭い。
一閃。
横薙ぎの斬撃が盾の縁を削り、肘関節を断ち、返す刃で脇腹を裂く。
血が噴き出し、熱い蒸気が夜に立ち上る。
さらに一歩踏み込み、膝裏を断つ。
崩れ落ちた兵を踏み越え、次の敵へ。
「左翼、前進半歩、圧力を上げなさい、中央は押し潰す、後列は衝撃波を重ねて、間断なく叩く、息を合わせるのよ、ここで崩す!」
セリオナの刃が再び閃く。
白銀の兵装が連携し、盾で押し、刃で裂き、魔力衝撃で打ち砕く。
黒鎧が次々と壁へと叩きつけられ、逃げ場を失う。
「前へ出ろ! 包囲を破れ、突撃しろ、死を恐れるな、突破口を――」
その叫びを遮るように、リディアの刃が斜めに走る。
肩口から腰までが断たれ、鎧が割れ、血が石畳を染めた。
「恐れないのは結構。でも、無謀はただの消耗よ」
淡々と告げ、次の一歩へ移る。
怒号は次第に悲鳴へと変わる。
金属のぶつかり合う音、肉を裂く湿った音、衝撃波が壁を震わせる低い轟音。
狭い路地は圧縮された死の空間となり、黒鎧は壁と壁の間で押し潰されていく。
数十秒。
だが体感は永遠にも等しい。
最後の魔国兵が膝を折る。
折れた槍を握ったまま、前へ倒れ込む。
石畳に額を打ちつけ、重い鎧が鈍く鳴った。
戦域、確保。
白銀の兵たちが刃を下げ、周囲を警戒する。
煙がゆっくりと流れ、炎の残光が揺れる。
砕けた盾と黒い鎧の残骸が路地を埋めていた。
静寂が落ちる。
重い呼吸と、遠くで崩れる瓦礫の音だけが残る。
パルチザンの面々が呆然と白銀の部隊を見つめる。
つい先ほどまで血煙と怒号に満ちていた路地は、いまや白銀の外装が反射する淡い光に包まれていた。
砕けた盾と折れた槍、黒い鎧の残骸が石畳に散乱している。
溝を流れる血はまだ温かく、蒸気となって夜気に溶けていく。
重い呼吸だけが残り、誰もすぐには言葉を発せなかった。
白銀の兵装は静かに隊列を整え、刃を下げたまま周囲を警戒している。
その佇まいは勝利の誇示ではなく、制圧後の冷静な統御だった。
無駄な動きは一つもない。
瓦礫の影から、一人の女性が進み出る。
崩れた石塀の陰から歩み出る足取りは決して軽くはない。
だが迷いはない。
落ち着いた瞳。
煤で汚れた外套。
裂けた袖口と乾いた血のこびりついた手袋。
それでもその立ち姿には揺るがぬ芯がある。
背筋は伸び、顎は引かれ、戦場の中心に立つ覚悟が滲んでいた。
彼女は一歩前に出る。
剣を地面に立てる。
胸に手を当てる。
その所作は簡素でありながら礼を尽くす者のそれだった。
「……私はフローラ・エルディス。
この地区パルチザン部隊の統括を務めています。
此度の救援、深く感謝いたします。
あなた方の介入がなければ、この路地は間違いなく突破され、拠点は陥落していたでしょう。
私の指揮下の者たちもすでに限界でした。
それでも最後まで持ちこたえられたのは、必ず誰かが来ると信じていたからです。
命を繋いでくださったこと、戦線を立て直してくださったこと、そしてこの街にまだ抗う力が残っていると示してくださったことに、
統括として、そして一人の戦士として、心より礼を申し上げます」
声は低く澄んでいる。
誇張も卑屈さもない。
ただ事実を述べ、責任を背負う者の声音だった。
その時。
彼女の視線が、白銀の隊列中央に立つ一人へと向く。
血を払ったばかりの刃を静かに下ろし、戦域を見渡しているリディア。
炎の残光に照らされた横顔。
揺るがぬ重心。
静謐な威圧。
血と煙に満ちた路地において、ただ一人、空気の質が違う。
威圧ではない。
存在そのものが場を統御している。
フローラの呼吸が、わずかに止まる。
瞳が見開かれた。
――あの立ち姿。
――あの蒼い眼差し。
――あの気配。
伝承で語られたエルファーレの王族にのみ宿る静かな威厳。
あまりにも一致している。
胸奥で確信が走る。
だがすぐに押し殺す。
ここは戦場だ。
感情を露わにする場ではない。
それでも声色はわずかに変わった。
「……失礼ながら、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。
その剣技と統率は、ただの精鋭部隊のものではないと感じました。
戦場における立ち位置、兵の呼吸を支配する気配、そしてその瞳――
もし私の見立てが誤っていなければ、
あなたはエルファーレの血を引く御方ではありませんか。
違うと言われればそれまでです。
ですが、私は戦場で嘘を見抜く訓練を積んできました。
その存在感は偶然ではないと、そう思わずにはいられません」
周囲の空気がわずかに張り詰める。
白銀の兵たちが一瞬だけ視線を動かす。
だが誰も口を開かない。
リディアはわずかに視線を返しただけだった。
揺らがぬ蒼の瞳。
王族特有の静かな自信。
否定も肯定もしない沈黙が、何より雄弁だった。
フローラはその沈黙の意味を理解する。
胸に当てた手にわずかに力が入る。
しかし姿勢は崩さない。
戦場での邂逅。
偶然とは思えない巡り合わせ。
血と炎の匂いがまだ残る路地に、新たな意味を帯びた静寂がゆっくりと降りていった。
そのように言った後、彼女はゆっくりと両膝を折る。
砕けた石畳に膝が触れ、乾いた砂と血の混じった粉塵がわずかに舞い上がった。
背後ではまだ遠く、別区画で交戦する鋼と鋼の衝突音が鈍く反響している。
崩れた建物の梁がきしみ、焦げた木材の匂いと魔力の残滓が夜気に漂っていた。
両手を胸前で交差。
指先は揃えられ、肘はわずかに外へ開かれる。
額を深く垂れ、視線を地に落とす。
それはエルファーレ式の敬拝の最敬礼。
戦場で行うにはあまりにも重く、そして神聖な所作だった。
「エルファーレ王家の御血統に連なる御方、リディア様に最大の敬意を。御身自ら戦場に立たれるとは、我らの誉れにございます。王家の御血はなお我らを導く灯火。その御姿をこの目で拝することができたこと、そして共に刃を振るえたことは、パルチザン一同にとって生涯忘れ得ぬ栄誉にございます」
声は震えていない。
誇張も激情もなく、ただ信仰にも似た確信が込められていた。
白銀の兵たちがわずかに視線を交わす。
この戦域において最敬礼が交わされるとは想定していなかったからだ。
リディアは目を丸くする。
「ちょ、ちょっと待って。やめて、顔を上げて」
思わず一歩踏み出し、手を振る。
その動きは先ほどまで敵兵を斬り伏せていた戦士のものとは思えないほど素直で、困惑がそのまま滲んでいた。
「いまは戦場よ。そんな最敬礼を受ける立場じゃないわ。私は確かに王族の末席だけど、この状況で身分を振りかざすつもりはない。立って、フローラ。ここでは対等でいい。血統が士気を支えることもあるでしょう。でも今は違う。ここに立っているのは王家の象徴じゃない。あなたたちと同じ、一人の剣士よ」
遠方で爆ぜる炎が一瞬強く揺れ、赤い光が二人の間を横切る。
煙が流れ込み、焦げた鉄の匂いが濃くなる。
戦いはまだ終わっていない。
フローラはゆっくりと顔を上げる。
その瞳には迷いと葛藤が交錯していた。
「しかし、王家の御血は我らにとって希望の象徴。士気を支える柱であり、絶望の中で立ち上がる理由そのものにございます。いまこの瞬間、あなたが膝を折らせぬと仰ることは理解いたします。ですが、我らはその御存在に救われてきたのです。象徴は力となり、旗は刃となる。それを否定なさらないでいただきたい」
声は静かだが強い。
命を賭して戦い続けた者の重みがあった。
リディアは一瞬だけ目を伏せる。
そしてゆっくりと視線を戻す。
「士気は、立場より行動で示すものよ。いまは命を守る方が先。象徴は後からいくらでも掲げられる。でも命は戻らない。あなたが膝を折る時間で、一人の負傷者が血を流すかもしれない。いま必要なのは敬礼じゃない。再編成と索敵と、防衛線の再構築よ。私はそれを手伝いに来た。だから立って。フローラ。ここでは肩を並べる」
静かで、だが強い声音。
命令ではない。
選択を委ねながらも、揺るがぬ意思が宿っている。
遠くで崩落音が響く。
敵の増援がまだ完全に途絶えたわけではないことを示していた。
フローラはゆっくりと立ち上がる。
砂と血に汚れた膝を払い、剣を握り直す。
「……承知いたしました。リディア様。戦場では肩を並べます。象徴は胸に、刃は手に。あなたの言葉、確かに受け取りました」
その言葉とともに、路地に漂っていた重い空気がわずかに変わる。
最敬礼は終わり、再び戦場の呼吸が戻る。
炎が揺れ、白銀の装甲が反射し、次の戦いの気配が近づいていた。
そしてセリオナへ向き直る。
まだ遠方では爆裂音が断続的に響き、石壁を震わせる衝撃波が粉塵を揺らしていた。
焦げた瓦礫の隙間から赤い火が舌を伸ばし、煙が低く流れる。
戦場は静まったわけではない。
ただ、局所的な制圧が成立したにすぎない。
「城門が開いたのは合図だと聞いていました。帝国兵が突入するものと。しかし、こちらへは来ていない。状況を教えていただけますか。爆音と振動は確かに感じましたが、兵の流入は見られない。この街路に敵が集中した理由と、城門の現状を正確に把握したい」
フローラの問いは冷静で、戦術的だった。
背後では負傷者が運ばれ、応急処置の術式光が淡く瞬く。
セリオナが軽く肩をすくめる。
その白銀の外装には煤が薄く付着し、刃先にはまだ血が滴っている。
「最初の開門は、帝国が突破したものではありません。魔国側が打って出るための開門でした。誘い水です。帝国軍の突入を装い、こちらの戦力を路地に引き込み、包囲して殲滅する算段だったのでしょう。あなた方を釘付けにするための、計算された開放です」
ざわめくパルチザン。
驚きと怒りが混ざった息遣いが広がる。
「では、さきほどの爆音は……? あれは城壁そのものが崩れた音に聞こえましたが」
フローラが問う。
「本物の開門です」
セリオナはわずかに笑う。
その笑みは誇示ではなく、冷静な確信を帯びている。
「城門を破砕した衝撃。あれが合図。ただし帝国ではなく、私たち側が開けました。――あれは砲撃ではありません。拳です。レティシア様が、自ら魔力を乗せた正拳で打ち砕きました。門扉は蝶番ごと内側へ吹き飛び、石造りの基部まで亀裂が走った。衝撃波は城内へと抜け、守備隊は立っていられなかったはずです。統制は崩れ、いまも再編できていないでしょう」
沈黙が落ちる。
その一言の重みが、空気を変えた。
パルチザンの一人が息を呑む。
「拳で……? あの厚さの門を……?」
信じ難いというより、理解が追いつかないという声音だった。
リディアが腕を組む。
蒼い瞳が炎を映し、冷静に状況を俯瞰している。
「そういうこと。後方は押さえたわ。敵の補給路も遮断済み。これであなたたちは防戦から解放される。ここからは奪還よ。守る戦いは終わり。押し返す番。街路を取り戻し、城内を分断する」
遠くでまた爆ぜる音。
崩落した門扉の向こうから、断続的な戦闘の閃光が見える。
フローラは静かに言う。
「……これほどの戦力が味方にいるとは。正直、半刻は持たぬと覚悟していました。包囲は完成しかけており、弾も魔力も底をつきかけていた。退路も断たれ、拠点陥落は時間の問題だと」
セリオナがわずかに口元を緩める。
「覚悟は立派。でも、生き延びる覚悟の方がもっと価値があるわ。死を受け入れるのは最後でいい。いまは勝つ覚悟を持ちなさい」
静かながら鋭い声。
彼女は剣を構え直す。
刃が月光と炎を反射し、白銀の外装がわずかに唸る。
「パルチザン部隊は再編成。負傷者を後方へ、戦える者は我々の左翼に合流。路地を一つずつ潰します。敵は混乱している、いまが押し時です。城門側の衝撃で指揮系統は乱れているはず。各班、短距離突入と遮断を徹底。孤立した敵を包囲殲滅します」
「了解! 再編成急げ!」
フローラが即座に応じる。
声が路地に響き、兵たちが一斉に動き出す。
負傷者が担架で運ばれ、魔術師が補助術式を展開。
弓兵が矢を補充し、剣士が血を払って列に加わる。
白銀の兵装と肩を並べる。
黒鉄と白銀が同じ方向を向く。
一方、その頃。
血煙の中、戦域は完全にこちらへ傾いていた。
遠くで敵兵の悲鳴が途切れ、次の路地へと突入する足音が重く響く。
中央区へと続く大通りは、すでに戦禍の痕で埋め尽くされていた。
焼け落ちた屋根から燻る煙が立ちのぼり、崩れた石像が横倒しになっている。
割れた石畳の隙間には血が流れ込み、赤黒い筋となって路地へと伸びていた。
焦げた木材の匂いと、魔力が焼ける独特の金属臭が混じり合い、空気は重く粘ついている。
遠方ではまだ断続的な爆裂音が響き、崩落した建物の奥で炎がくすぶっていた。
その中央を、レティシアは歩く。
歩幅は一定。
速すぎず、遅すぎない。
進軍というより、支配の歩み。
左右に十名の魔導兵装部隊。
白銀の装甲は煤を帯び、刃痕を刻みながらも、その輝きを失ってはいない。
肩部ユニットが低く駆動音を響かせ、防壁術式の残光が淡く揺らめく。
隊列は乱れず、呼吸は揃い、視線は常に三層で周囲を監視していた。
前方の屋根上から魔術光が放たれる。
赤熱した火球が空を裂き、尾を引いて落下する。
爆炎。
衝撃。
石畳が砕け、破片が弾丸のように飛散する。
だが魔導兵装の防壁が展開され、閃光を真正面から受け止める。
透明な多層防壁が瞬時に重なり、衝撃波を拡散。
炎が押し潰され、空気が震えるだけで終わる。
「右屋根上、術者三名! 火炎系! 第二波詠唱確認、拡散型に移行する恐れあり!」
「確認。撃ち落とせ。屋根ごと崩せ。逃がすな」
短い応答。
即座に二名が同時に跳躍し、石畳を蹴り割る。
魔力噴射で高度を稼ぎ、瓦を踏み砕きながら屋根へ到達する。
刃が閃く。
金属と魔力が擦れ合う甲高い音。
悲鳴が落ち、術式が途切れる。
半詠唱の火球が空中で霧散し、爆ぜる前に消える。
瓦礫と共に魔国兵が転げ落ち、血飛沫が壁を染めた。
正面から槍兵が突撃する。
重装の足音が石畳を震わせる。
黒鉄の鎧がぶつかり合い、地響きのような圧が迫る。
「止まれ! これ以上は――侵入を許すな!」
言葉は続かない。
前衛兵装が一歩踏み込み、盾を叩き割る。
強化装甲の拳が打撃と同時に衝撃波を発生させ、盾面を内側から裂く。
金属が裂け、衝撃が伝播し、槍兵がまとめて弾き飛ばされる。
石畳に叩きつけられ、鎧が砕ける音が連鎖した。
レティシアは歩みを緩めない。
横合いから迫った刃を最小の動きで弾き、返す刀で喉を断つ。
血飛沫が空に散る。
視線は前方のまま、一瞬たりとも止まらない。
「レティシア様、前方五十歩、司令部外郭確認! 重装多数! 弩兵配置、高所二箇所!」
「突破する。足を止めるな。中央を抉る。左右は制圧優先、包囲は後回しだ」
「はっ!」
司令部は石造りの三階建て。
黒旗がはためき、魔国軍の紋章が掲げられている。
正面に重装兵が並び、窓から弩兵が狙う。
「撃てぇぇぇ!」
一斉射。
黒い矢が空を覆う。
だが防壁が弾き、矢が砕け散る。
矢尻が粉となり、地に落ちる。
「突撃! 扉を破れ! 防壁維持、三秒耐えろ!」
白銀が走る。
石畳が砕け、空気が裂ける。
重装の肩が正面扉へ叩きつけられ、木片と鉄片が爆ぜる。
蝶番が吹き飛び、扉が内側へ倒れる。
内部へ雪崩れ込む。
石造りの廊下に剣戟が響く。
反響音が天井を震わせ、血と火薬の匂いが濃くなる。
階段上から魔術弾が降り注ぐ。
紫電が弾け、壁が焦げる。
「二階、制圧する! 術者優先! 詠唱遮断!」
「了解、三秒で沈めます! 左翼援護、階段下押さえろ!」
兵装二名が跳躍し、手すりを蹴って上階へ。
刃が閃き、術者の胸を斬り裂く。
血が階段を染め、魔術陣が崩壊する。
階下では盾と刃が衝突し、鈍い音が反響する。
重装同士が組み合い、装甲が軋む。
衝撃波が廊下を走り、壁の装飾が崩れ落ちる。
レティシアは中央ホールへ進む。
魔国軍の指揮官らしき男が最後の抵抗を試みる。
黒鉄の鎧に赤紋章、魔力を纏った長剣を掲げる。
「ここを突破させるな! ケルヴァンは我らのものだ! 押し返せ!」
兵が吠え、最後の突撃を仕掛ける。
「ケルヴァンは、民のものだ」
静かな声。
だが揺るがぬ断定。
次の瞬間。
床が砕ける。
レティシアの拳が振り抜かれ、魔力が収束し、正拳が空間を圧縮する。
衝撃波が空間を震わせ、指揮官の身体が壁へ叩きつけられる。
石壁に亀裂が走り、男は崩れ落ちる。
鎧が割れ、剣が転がる。
やがて、剣戟の音が止む。
廊下に静寂が落ちる。
血の滴る音だけが響く。
ひとり前へ出る。
カティア・ローウェン。
肩部装甲に血痕が走っているが、姿勢は崩れていない。
「レティシア様、中央区魔国軍占領司令部、完全制圧。残敵なし。地下区画も確認済みです。武器庫も確保しました。逃走経路も遮断済み、外部との通信も断たれています」
レティシアはゆっくりと頷く。
「損耗は」
「軽傷二名。戦闘継続に支障なし。即応可能です」
「よくやったわ。負傷者を処置し、警戒を維持。ここを暫定拠点とする。略奪や報復は許可しない。民への危害は即時制止。違反は厳罰とする。ここは解放であって占領ではない」
「はっ!」
兵たちが動き出す。
防壁が再展開され、周辺警戒網が構築される。
血煙の中、白銀の旗は静かに立っていた。
どうだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただけていれば嬉しいです。
このストーリーは、予約投稿は行わず、出来上がり次第、即投稿していきます。
そのため、投稿時間や日時は未定となります。
少しずつの更新になりますが、気長にお付き合いいただければ嬉しいです。
本編も引き続き、よろしくお願いいたします。




