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第五部 第一章 第2話

 ガルド教官は、全班からの報告を終えると、広場の中央にゆっくりと歩み出た。立ち位置を定め、両脚を肩幅に開くと、胸を張って声を張り上げる。

 「各班、基本編成の確認を終えたようだな。――よし、では初回実地演習についての説明に入る」


 その低く通る声は、まるで地面を震わせるかのように広場の隅々まで届き、周囲の空気をわずかに引き締めた。

 ざわめいていた生徒たちは互いに視線を交わし、自然と姿勢を正す。

 (……来た。ここから本番)

 アリスは胸の内で静かに息を整えた。


 「初回の演習地は、学院の南方にある《シュトラードの丘陵地帯》だ」


 背後の地図が術式光で映し出され、緑と茶色のまだら模様が連なる丘陵の立体映像が、陽光の下に淡く浮かび上がった。

 映像の空気が揺れるたび、光が散り、まるで本物の風がそこに吹いているかのようだ。


 「比較的安全だが、魔物の出没も確認されている区域だ。今回は、そこを半日かけて巡回・調査し、脅威の排除と地形把握、そして記録作成を目的とする」


 生徒たちは映像を見つめ、緩やかな傾斜、小川、古びた石垣、林地の位置を確認する。

 小声があちこちで漏れる。


 「丘陵地帯って、足場が悪いんだっけ……?」

 「風向きが変わりやすいらしいぞ。魔力の流れも乱れやすいとか」

 「そんな場所で半日巡回って、普通にきついな……」


 しかしガルド教官の鋭い眼光が横切った瞬間、その小声たちは一瞬で霧散した。


 「演習とはいえ、あくまで本番同様だ。実戦で使えない力に価値はない」


 その一言は重く、何人かが息を呑む音が微かに聞こえた。


 「学んだ魔術・戦術をどこまで応用できるか、各自の判断と連携が問われる。いいか、ただ魔物を倒せばいいというものではない。情報の収集と記録も任務だ。全てに意味を持たせろ」


 アリスは姿勢を正し、隣に立つラースに小声で囁く。


 「……ほとんど実戦そのものね」

 「同感だ。ガルド教官の“本気の声”だ。気を抜けば置いていかれる」

 ラースは淡々と言うが、その瞳には静かな闘志が宿っている。


 ザックが前を見たまま小声で続ける。

 「丘陵地帯は風の干渉で幻術が揺らぎやすい。僕の方も調整しないと……地形図と照合しておく」

 ミレーネが頷きながら杖を抱え直す。

 「私は治癒と結界の持続時間を調整するわ。風の魔力流は干渉が強いもの。想定より早く魔力が削られる可能性がある」


 アリスは三人の声を聞きながら、小さく息を吐く。

 (……みんな、すぐに状況のことを考えてる。頼もしい)


 「なお、初回は学院側の安全監視もつけるが、極力介入はしない。いざという時のみ、介入・撤収命令を出す」


 その言葉に、周囲が再びざわつく。


 「マジかよ……学院の護衛がいるのに“介入しない”って……」

 「前から噂になってたけど、今年の五年次は本気で鍛える気なんだな……」


 ガルド教官はざわつきを無視し、背後のスクリーンを操作した。

 班ごとの進行予定ルートが拡大表示され、経路の途中には赤や青の注意符号が瞬く。


 「班ごとの進行ルートはすでに割り当て済みだ。詳細は転写記録石に送ってある。現地にて、自らの判断で行動を組み立てろ。遅れた場合は減点対象だ。質問は?」


 ガルドの視線がゆっくりと全員を横切り、生徒たちは息を潜めるようにして沈黙する。

 やがて一人も手を上げないまま、張り詰めた静寂が流れた。


 「よし。では、午後には演習地へ向けて出発する。集合は第七演習門前だ。準備を整えておけ」


 短い号令が響いた瞬間、空気は緊張と期待を混ぜたざわめきへと変わる。

 鎧の金属音や魔導具の装着音が混ざり、学生たちが次々と動き始める。


 ミレーネがアリスの横に来て微笑んだ。

 「アリス、準備はどうする?いったん更衣室に戻る?」

 「そうね。魔導具の点検もしておきたいし……」


 ザックが地図投影を閉じながら言う。

 「僕は研究棟に寄って追加の記録結晶を取ってくる。丘陵の情報は多いほどいい」

 ラースが軽く肩を回し、アリスを見る。

 「俺は武器庫で双剣の最終調整をしておく。……アリス、お前こそ気を抜くなよ」


 アリスは三人を見渡し、静かな笑みで頷いた。

 「もちろん。みんな、後で第七演習門に集合しましょう」


 その声は透き通るようにまっすぐで、どこか凛とした強さを帯びていた。


 アリスたち《第十五班》も、訓練林入口から少し離れた日陰のベンチに腰掛け、作戦用のメモを開いた。

 周囲にはほかの班もちらほらと集まり始めており、道具の確認音や小声の相談が緩やかに聞こえてくる。


 「……久しぶりの実地、ちょっと緊張するね」

 ミレーネ・フォルトナーが肩をすくめて笑みを見せるが、その瞳には引き締まった光が宿っている。

 「ほら、前に実地系の授業あったのって、二年の後半くらいだし。あれ以来でしょ? 手足がちょっと落ち着かないというか……」


 「油断しなければ大丈夫。最初から完璧にやる必要はない。けど、仲間を危険に晒さないためには、できる限りの準備をしておきたい」

 アリスの落ち着いた言葉には、緊張を静かに押し下げる力があった。

 ミレーネはその声を聞き、胸の奥が少し楽になったように思えた。


 ザック・ミルドレイが静かに頷く。

 「アリスの言うとおりだね。僕らは基礎と連携を確認する段階なんだから、無理に背伸びするより確実性。……念のため、転写記録石の動作確認もしておこう。僕の分でバックアップも取ってある」


 アリスが安心したように息をつく。

 「助かる。ザックのバックアップは本当に頼りになるわ」


 ラース・エルヴァンは黙って双剣の鞘を撫でながら言った。

 「問題ない。俺の方も武具の錆や刃こぼれはなし。……それにしても、本当に“実戦形式”なんだな」

 その声には、覚悟を確かめるような低さがあった。


 「じゃあ、演習門前で装備最終確認してから出よう」

 アリスの提案に、三人は即座に頷く。


 そこでミレーネがふと顔を上げ、提案した。

 「ねえ、みんな。まだ時間あるし、お昼を食べながら作戦会議しない? 初めての演習だし、しっかり準備しておきたいから」

 軽く首を傾けながらも、彼女の声には「みんなで気持ちを整えたい」という優しい気遣いが滲んでいた。


 アリスは口元を和らげて頷いた。

 「賛成。腹が減っては戦はできぬ、ってね」

 そう言いながら、鞄から包みを取り出す仕草がどこか余裕を感じさせる。


 ミレーネはぱっと表情を明るくする。

 「やった! お昼もどうしようかと思ってたところだったの。ちょうどよかった~!」

 喜びの声に、緊張していた空気が少しだけほぐれる。


 「僕もいいと思う。準備よりまず、頭と胃にエネルギーだね」

 ザックが冗談めかして笑い、手に持つメモを閉じた。

 「ほら、空腹のまま魔術を使うと、集中力が落ちるって言うし。……いや、本当に落ちるんだよ? 前に研究棟で――」


 「長くなる。昼を食べるぞ」

 そのザックの前に、ラースが淡々と遮るように言い、短く「了解」とだけ返す。

 だがその目には、仲間との時間を静かに楽しんでいる微かな色があった。


 ミレーネが笑い、アリスも小さく吹き出す。

 「みんな、落ち着いてきたね。……じゃあ、お昼にしよ」

 そう言って、アリスは包みを開きながら、これから挑む初めての実地演習を胸の奥でゆっくりと噛みしめた。


 四人は学院内の学生用サロンに移動した。午後の柔らかな陽光が窓越しに差し込み、木製のテーブルを温かく照らしている。周囲の席でも他班の生徒たちが小声で作戦を練っており、時折笑い声や紙をめくる音が混じった。

 室内に漂う甘い焼き菓子の香りが、緊張感の中にかすかな安らぎを与えてくれる。


 それぞれがランチボックスや購買で買った軽食を広げ、アリスが切り出す。

 「じゃあ、まずは役割の確認から。リーダーは私で確定してるから、進行も任せてね」

 アリスの言葉は落ち着きと張りを両立した声で、自然と班の核心に重みを与えた。


 「了解。判断力は実証済みだし、アリスが一番冷静だもの」

 ミレーネが笑みを添えて言う。その表情は明るいが、どこか誇らしげで安心しきったようだった。


 「俺は後衛からの支援と補助、状況に応じて前に出る。指示があればすぐ動く」

 ラースが淡々と告げ、アリスは力強く頷いた。

 ラースは言葉少なだが、行動の信頼度は抜群だとアリスはよく知っている。


 「私は中衛寄りの魔術とサポート。補助結界や感知系の魔術も入れておくね」

 ミレーネが小さな手帳に魔術構成のメモを書き込みながら言う。

 その手帳は角が擦り切れており、彼女がどれほど準備と記録を大切にしているかが一目でわかる。


 「ザックは支援魔術と情報記録を担当してくれるってことでいいよね?」

 アリスの問いかけに、ザックは軽く眼鏡を押し上げながら答えた。


 「任せて。転写石は常時三つ稼働させてる。戦闘記録と移動記録、それと予備。情報の整理は帰ってから僕がまとめて提出するよ」

 自信に満ちた声音でありながら、どこか研究者らしい慎重さも滲む。


 「ありがとう。作戦中は連携が要だから、戦闘中も定期的に声出しをしよう。単独行動は絶対禁止。判断に迷ったら――“フォールバック”。これを撤退の合図にする」

 アリスが手帳の端に指を置きながら伝えると、三人の表情がわずかに引き締まった。


 「了解、フォールバックね」

 ミレーネが復唱し、他の二人も頷いた。


 「それから、前衛は私とラースで交互に。ミレーネが補助と後衛魔術、ザックが支援と記録。必要に応じて役割を一時的に入れ替えるけど、その判断も私がするのでいい?」 


 「異議なし」

 ラースが即答する。その短い言葉に、絶対的な信頼が詰まっていた。


 「うん、了解」

 ミレーネも柔らかく微笑む。


 「まかせるよ。そこはリーダーの専権だし」

 ザックが軽く肩をすくめ、表情には余裕の笑みを浮かべる。


 アリスは少し身を乗り出して言った。

 「……それと、念のため、魔術スキルの確認もしておこうか。お互いの構成を把握しておいたほうが、実戦で動きやすいし」

 三人がうなずく。


 「じゃあ、私から。主軸は高密度魔力の射撃系魔術。《レイ・スパーク》と《イグニス・ダーツ》の二系統。前者は直線高速貫通型、後者は追尾・分裂型で、戦況に応じて使い分ける。接近時は補助強化魔術ヴィタルブーストも併用できるから、前衛のカバーも任せて」

 アリスが指先で机を軽く叩きながら説明すると、魔力感知が鋭いミレーネはわずかに息を呑んだ。


 「……うん、頼もしい。アリスの射撃って、威力も精度も高いし、あれが味方側にあるのは心強いよ」

 ミレーネが微笑む。


 「私は回復と補助が中心。即時治癒の《クレア・リカバー》と、三重結界の《シールド・シェル》、それと《フォース・アンカー》で動きを封じる支援も入れてる。攻撃は控えめだけど、後衛の維持は任せて」

 言いながら、ミレーネは軽く胸に手を当てた。

 その姿は穏やかだが、支える者の強さをしっかり感じさせる。


 アリスが感謝のこもった眼差しを送る。

 「ほんと頼りになるよ、ミレーネ。特に《シールド・シェル》は危ない時の要だし」


 「俺は中距離の魔力射出系。主に《エッジ・ブレイク》と《ヴェノム・スラスト》を組み合わせて牽制する。前線支援と奇襲時の突撃もできるように、筋力強化も常時展開してる」

 ラースの低く落ち着いた声が響く。


 「それって、意外と汎用性高いね。前に見たけど、あの筋力強化って結構えげつないよ」

 ザックが軽く眉を上げる。


 「僕は感知・記録系中心で、《マインドリンク》と《アナリシス・フィールド》を戦闘中に展開できる。情報共有の要になるから、周囲に気を配ってくれると助かるよ」

 ザックの声は穏やかだが、その裏に高い集中力が透けて見える。


 「了解。ザックの魔術は、全体の連携にとって命綱だから、しっかり守る」

 アリスが真剣に返す。


 四人の視線が自然と交わり、そこに確かな信頼と結束の感覚が流れ込む。


 「じゃあ、今日の合言葉は“冷静に、確実に、連携を”。……最初の演習、がんばろうね」

 アリスの声とともに、四人の間に強い芯が通る。


 「「「おー!」」」

 声がサロンの窓に軽く反響した。


 こうして、《第十五班》の昼食兼作戦会議は、和やかな空気の中にも真剣な熱を帯びながら進行していった。やがて、午後の演習開始時刻が刻一刻と近づいていく――。

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