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閑話 レティシア ストーリー2 第四話

『白銀の継承者 - Gate of Sealed Eternity -外伝「レティシア・ストーリー2」の第四話です。

 崩れ落ちた重兵装兵の残骸の向こうで、レティシアは小さく息を吐いた。

 黒鉄の鎧は内側から裂け、焦げた断面からまだ白い煙が細く立ち上っている。

 砕けた盾の破片が地面に突き刺さり、血に濡れた土を鈍く反射する。

 爆ぜた魔力の余波がまだ空気を震わせ、耳鳴りのような残響が戦場を包んでいた。

 遠方では散発的な戦闘音が続いているが、この一角だけは異様な静寂に沈んでいる。

 白銀の粒子がゆっくりと降り注ぎ、戦場を淡く照らしていた。


「……忘れて」


 ぽつりと、呟く。

 声は小さい。

 だが、やけに鮮明に響いた。


「え?」


 クリスが聞き返す。

 煤に汚れた頬の上で、叩かれた跡がまだ赤く残っている。

 彼の背後では副官が息を詰め、二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていた。


 レティシアの頬が、わずかに赤くなる。

 戦場の熱ではない。

 感情の余韻だ。


「だ、か、ら! 忘れなさい!」


 蒼銀の瞳がきっと睨む。

 先ほど涙を流していた面影はもうない。

 だが耳の先まで赤い。


「いまのこと全部よ! 聞かなかったことにして、見なかったことにして、記憶からきれいさっぱり消去しなさい! あれは事故! 不可抗力! 戦場特有の情緒不安定による一時的錯乱なの!」


 白銀の粒子がその勢いに合わせて揺れる。

 彼女の足元で砕けた黒鉄がかすかに転がった。


「いや、あの、どの部分を指して――」


「全部って言ってるでしょう! 声を荒げたことも、感情的になったことも、あなたを殴ったことも、涙ぐんだことも、ひとつ残らず削除対象! 私は冷静沈着な指揮官なの、あんな取り乱した姿は公式記録に存在してはいけないのよ!」


 風が吹き抜け、裂けた軍旗が背後で大きくはためく。

 焦げた匂いの中に、かすかに草の匂いが混じる。


「公式記録にするつもりはないが……」


「なら尚更、完全に忘れなさい! 努力じゃ足りない、上書き保存よ! さっきの場面は存在しなかった、いいわね!」


 戦場とは思えぬやり取りに、副官の肩がわずかに震える。

 笑ってはいけない状況だが、張り詰めた空気がほんの少し緩む。


「……努力はする」


「努力じゃなくて断言しなさい! 忘れましたって!」


 クリスは小さく肩をすくめる。

 焼け焦げた地面の上で、その仕草だけが妙に日常的だった。


「……忘れました」


「よろしい!」


 レティシアは満足げに頷き、すぐに真顔へ戻る。

 先ほどまでの赤みも消え、蒼銀の瞳が冷静さを取り戻す。

 その変化は、まるで仮面をかぶり直すかのようだった。


 背後で控えていた副官へ視線を向ける。

 その眼差しは鋭く、揺らぎがない。


「あなた、名前は? 階級と所属も正確に」


「はっ。帝国軍第三遊撃隊副官、アルトゥール・ヴァイス中尉です。現在はクリス少尉の指揮補佐を務めております」 


 副官は姿勢を正す。

 鎧は損傷し、肩当てにはひびが入っている。

 それでもその声には誇りが残っていた。


「アルトゥール中尉。状況は理解しているわね? あなたたちの立場はいま、大きく変わった。混乱もあるでしょう。でも聞きなさい」


 蒼銀の瞳が真っ直ぐ射抜く。

 その視線は冷たいのではない。

 強い。


「これより、あなたたちは私の配下――いえ、庇護下に置かれます。形式上の所属は帝国軍のままで構わない。けれど作戦行動は人族連合の指揮系統に入る。それでよろしいですか? これは強制ではない。あなた自身の意思で答えなさい」


 風が三人の間を吹き抜ける。

 焦土に転がる黒鉄の破片が、かすかに鳴る。

 副官は息を呑む。

 そしてクリスを見る。


 クリスは静かに頷く。


「……はい。少尉が選ぶ道であれば、我々も従います。我々は少尉の部下です」


「違うわ」


 レティシアは即座に否定する。

 言葉に迷いはない。


「あなたたちは誰かの影じゃない。自分の意志で剣を取る兵士よ。そのうえで、ここに立つと決めるなら、私は守る。あなたたちを無駄死にさせない。それが私の誓い」


 背後で白銀の粒子がゆらりと揺れる。

 その誓いに応じるかのように。


「……はい」


 副官は深く頷いた。

 その瞳には、迷いよりも決意が宿っていた。


「わかりました。ではいまこの瞬間から、あなたたちは私の保護対象。戦闘判断は私とセリーネが担う。あなたたちは生き延びることを最優先にしなさい」


 レティシアは踵を返し、セリーネへ歩み寄る。

 足元から白銀の粒子が立ち上る。

 焦土を踏むたび、光が弾ける。

 肩に、腕に、胸元に、白銀の装甲が浮かび上がる。

 空気が震える。

 魔力の収束音が低く響く。


 ヴァルキリー。


 歩みと同時に装着が進み、背後に翼状の放射光が展開する。

 光は翼の形をとりながらも実体を持たず、空気を震わせるだけの純魔力の放射。

 戦場の残煙を押し分け、蒼白く輝く。


「レティシア、お説教、終わった? まだ続きがあるなら、私は少し離れておこうかしら」


「終わったわ。必要な分だけ言った。あとは実戦で示すだけよ」


「過保護ね」


「守れるものは守る。それだけ」


 白銀の翼が広がる。

 放射光が空気を裂き、焦土を照らす。


「今いる帝国軍兵は、ただいまをもって私――人族連合の軍勢に入りました。あなたたちは敗残兵ではない。これからは連合軍の一翼よ」


 風が強まる。

 旗が大きくはためく。


「今からの戦いは人族連合軍と魔国軍との戦いです。私の背中から離れないで。死なせないから」


 セリーネが小さく息をつく。

 蒼い装甲がかすかに光を反射する。


「……そう、ですか。話が大きいわね」


 その言葉の奥に、わずかな笑みが混じる。


 そして再び、戦場の空気が張り詰める。

 焦土の向こうで、再び地面が震えた。

 遠方から重低音が連なって押し寄せる。

 土煙が一直線に立ち上がり、黒い影が揺らぐ。

 砕けた黒鉄の残骸を踏み越え、さらに濃い殺気が戦場へ迫っていた。


「前方三百、魔国軍重兵装部隊の本体接近。陣形は楔形、中央に術式展開準備の兆候あり。推定三十秒以内に接触します」


 アルトゥールから状況報告が入る。

 声は早い。

 だが震えていない。

 副官としての訓練が、その恐怖を押さえ込んでいる。


 白銀の翼がわずかに広がる。

 レティシアの蒼銀の瞳が細まる。

 迫る影の奥で、術士の杖先が赤黒く光り始めているのが見える。

 空気が歪み、地面に刻まれた血痕が微かに震えた。


「了解。帝国兵は中央後方へ下がりなさい。負傷者は最優先で救護へ。盾持ちは第二線で再編、槍兵は左右に展開して空間を確保。前線は私とセリーネが抑える。重装の突進は正面で受けない、斜めに流して分断するわ」


 声は澄んでいる。

 先ほどまでの感情は完全に消え、ただ指揮官の声だけがそこにあった。


 セリーネの蒼い装甲が低く唸る。

 背部ユニットが展開し、放射光が揺らぐ。

 術士側の魔力波動を感知し、干渉計算を走らせている。


「術士四のうち、二は広域制圧型、残り二は拘束系ね。初撃は重装に合わせて来る。私が術式を切るわ。あなたは中央を裂きなさい」


「任せる。魔力干渉は三秒以内に終わらせる。重装の足を止める、その瞬間を狙う」


 地鳴りが近づく。

 重装兵の巨体が視認距離に入る。

 黒鉄よりさらに濃い魔国製の重鎧。

 肩部には禍々しい紋章が刻まれ、魔力の火花が弾けている。


 術士が杖を掲げる。

 空に赤黒い魔法陣が展開。

 火炎と拘束の複合式。

 焦土の上に亀裂が走り、地面そのものが爆ぜ始めた。


「全軍、前へ。庇護下に入った以上、簡単には死なせない。覚悟してついてきなさい! 背中から離れた者は守れない。守ると誓った以上、私の射線に入るな。生き延びる覚悟を持て!」


 白銀と蒼が同時に輝く。

 空気が圧縮される。

 術式発動。

 火炎が爆ぜる直前。


 セリーネが跳ぶ。

 蒼い残光が弧を描き、魔法陣へ突入。

 干渉刃が杖の中心を叩き、術式構造を内側から断ち切る。

 火炎は発動寸前で崩壊し、赤黒い光が霧散した。


 同時にレティシアが地面を蹴る。

 衝撃で焦土が放射状に割れる。

 白銀の刃が正面の重装へ走る。


 一撃。

 真正面からの斬撃。

 魔国製の重鎧がきしむ。

 完全には断てない。


 二撃目。

 踏み込みを深く沈め、白銀の圧を重ねる。

 鎧の接合部が悲鳴を上げて裂け、血飛沫が弧を描いて空へ舞い上がった。

 三撃目は横薙ぎ。

 重装の膝関節を正確に断ち、巨体が均衡を失って崩れ落ちる。

 地面が震動し、焦土が砕けた。


 だが残る九体が間髪入れず突進する。

 巨盾を前面に押し出し、圧殺陣形を形成。

 レティシアの背後で白銀の放射翼が拡張し、空間圧が生まれる。

 次の瞬間、衝突。

 盾と白銀が正面から激突し、爆音が戦場を震わせた。

 地面が陥没し、白銀の粒子が嵐のように舞い上がる。


 レティシアは押されない。

 だが重い。

 質量と魔力が真正面から噛み合う。


 そこへ蒼い閃光が横から差し込む。

 セリーネが重装の背後へ回り込み、双刃を交差。

 背面装甲が裂け、火花と血が散る。


 術士の一人が拘束式を展開。

 黒い鎖が地面から伸び、白銀の足元へ絡みつこうとする。

 触れる直前、レティシアが指先を鳴らす。

 《フレイム・ボール》三発同時展開。

 爆ぜない。

 鎖の基部へ直接干渉し、魔力回路を焼き切る。

 拘束は霧のように消えた。


 重装兵が吼える。

 巨剣を振り上げ、全力で振り下ろす。

 その瞬間、白銀が消える。

 次の瞬間には重装兵の背後。

 斬撃。

 巨体が縦に裂け、地面へ崩れ落ちた。


 残る重装は五。

 術士は二。

 蒼と白銀が交差し、衝撃と火花と血と爆光が連鎖する。


 帝国兵たちは後方で再編しながら、その光景を見つめている。

 敗残ではない。

 いまは連合軍の一翼。


 最後の重装が膝をつき、術士が退こうとする。

 白銀の翼が大きく広がる。


 焦土の上に立つのは、白銀と蒼。

 風が強く吹き抜ける。

 戦闘が、再開された。



 ――丘陵。


 レティシアとセリーネが、ほとんど同時に魔導神器を装着し、白銀と蒼の閃光となって丘陵を飛び出したころ。

 その背を見届けていたセリオナは、深く、長いため息をついた。


「……まったく。予想通りといえば予想通りですが、あの方は本当に、決めたら止まりませんね」


 だが嘆息は一瞬で終わる。


「いただいた再潜入のご命令は中止させていただきますよ、……まったく」


 彼女は振り返り、即座に号令を発した。


「公爵家近衛騎士団 魔導兵装部隊、集合! 第一、第二列、前へ。戦闘隊形を維持したまま、出撃準備を完了させなさい!」


 重装鎧が一斉に鳴動する。

 整然と並ぶ五十名の魔導兵装部隊。


「これより我々は、先行したレティシア様の後方支援に入ります。すでにレティシア様は敵陣深くへ突入。我々が遅れれば、レティシア様の孤立を招きます。全員、覚悟を決めなさい」


 その横で、控えめながらも芯のある声が響く。


「セリオナ様」


 振り向く。

 そこに立っていたのは、エルファーレ王国 王族の紋章を小さくあしらった外套を纏う若き女性。

 リディア・エルファーレ。

 王位継承権は低いとはいえ、れっきとした王族の一人だ。


「私も同行します」


「……リディア様」


 セリオナはわずかに眉を寄せる。


「前線は混戦です。重兵装主体、術士も混在しています。あなたが出る局面ではありません」


 リディアは穏やかに、だが揺るがず答える。


「王位継承権が低いとはいえ、私が王族だからですか? 私は戦えます! ただ守られているだけではいられません。あの方が前に出た以上、ここで見ているだけでは、後悔します」


 その隣で、侍女見習いの装いをしたレイリスが一歩踏み出す。


「わ、私も行きます。レティシア様のお側に――せめて補助でも、何でも」


 だがセリオナは即座に首を振った。


「レイリス、あなたは駄目です」


「で、ですが――」


「あなたは侍女見習いですよ。戦闘任務は本来の職掌ではありません。それに、まだ剣術も戦闘魔術も始めたばかりじゃないですか。それに魔導神器も魔導兵装もない。いまの戦場は神器級の出力が飛び交っています。素身で入れば、命は保障できません」


 レイリスは唇を噛む。


「それでも、私は――」


「だめです」


 今度はリディアが、静かに言葉を重ねる。


「レイリス。あなたの気持ちは嬉しい。でも今は違います。あなたには、ここで果たす役目があるでしょう。後方連絡、伝令整理、負傷者の受け入れ。あれも立派な戦場よ」


 レイリスの拳が震える。


「……私は、ただ見ているだけなのが、悔しいのです」


「見ているだけではありません。支えるのです。前に出る者がいるなら、後ろを固める者も必要。あなたはそちらを担いなさい」


 長い沈黙。

 やがてレイリスは、深く頭を下げた。


「……承知しました。後方支援に回ります。負傷者収容の統制を行います」


「それが最善です」


 セリオナは頷く。

 そして副官へ視線を向ける。


「あれを」


 差し出された重厚な封印箱。

 それはレティシアから預かっていた武具一式。

 セリオナはそれを、リディアへ差し出す。


「本来は、もっと正式な場でお渡しする予定でした。ですが、今がその時なのでしょう。リディア様、どうぞ」


 箱が開く。

 内部に収められていたのは、真新しい魔導神器。

 ワルキューレ。

 王族の魔力特性に合わせて調整された、特装型。


 リディアの瞳が静かに輝く。


「……あの方らしい配慮ですね。王族をただの飾りにはしない、ということですか」


「ええ。戦力として、そして同胞として……ですね」


 リディアは迷いなく装着を開始する。

 淡い光が立ち上る。

 装甲が身体へ沿う。

 背部補助翼が展開する。


 一方、セリオナも胸元へ手を当てる。


「私も、ついに使用するときがきましたね」


 レティシアから受理していた魔導神器。


「ワルキューレ、起動」


 白銀に近い淡光が走る。

 装甲が編み上がり、関節部が発光する。

 魔導兵装部隊が一斉に魔力を点火する。


「全隊、出撃。レティシア様との距離を最短で詰めます。目標は中央突破支援。レティシア様を孤立させるな!」


 五十の魔力光が同時に跳ね上がる。


 リディアは、出撃直前にレイリスを見る。


「ここをお願いね。レイリス」


「……必ず、皆様を無事にお迎えします」


「頼もしいわ」


 次の瞬間。

 セリオナとリディア、そして魔導兵装部隊が空へと跳躍する。

 白銀と蒼の残光を追って。

 戦場へと突入した。


 丘陵に残ったレイリスは、強く拳を握りしめながら、前線を見つめ続けていた。




 城門前。

 帝国軍を押し潰すように進軍していた魔国の重兵装部隊が、黒鉄の波となって押し寄せていた。

 盾は塔のごとく。

 槍は杭のごとく。


 足並みは一糸乱れぬ。

 その先頭へ。

 白銀の閃光が、一直線に落ちる。


 蒼銀の瞳が、城門を見据える。


「――中央を突破する。盾列の継ぎ目を崩す。術士から沈める。迷うな、一直線に押し切る」


 次の瞬間。

 魔力が爆ぜた。

 《フレイム・ボール》が五つ、同時展開。

 青白い高密度の純魔力球体が、彼女の背後に弧を描く。


 呼吸一つ。

 五球が、音を置き去りにして射出された。

 一球目が盾表面を抉り、結界術式を粉砕する。

 二球目が装甲の継ぎ目へ滑り込み、内部干渉。


 三球目が槍列中央で炸裂し、隊形を裂く。

 四球目が後列術士の詠唱核を撃ち抜く。

 五球目が重装兵の足元で爆ぜ、衝撃波で列を崩壊させた。


 黒鉄の波が、初めて乱れた。


「突撃! 崩れた瞬間が最大の隙だ、押し潰される前にこちらが押し潰す!」


 レティシアは地を蹴る。

 白銀の魔導神器――《ヴァルキリー》が尾光を引く。

 精霊鋼の長剣が蒼白に発光し、刃が振り下ろされる。


 装甲ごと、縦に断つ。

 重兵装兵が崩れ落ちる。

 間隙へ踏み込み、横薙ぎ。

 装甲の腹部が裂ける。


 魔力血が霧となる。


「左、任せて! 正面はあなたがこじ開けなさい、私は横腹を裂く!」


 セリーネが追従する。

 蒼の光翼が展開し、側面へ滑り込む。

 氷刃術式が重装兵の膝関節を凍結させ、動きを奪う。


 即座に雷撃が落ち、内部魔核を焼き切る。


「鈍重な壁で包囲しているつもりでしょうけど、その程度で止まるなら最初から前線には立たないわよ!」


 帝国軍を蹂躙していた重兵装部隊が、白銀と蒼の二条の閃光によって、次々と瓦解していく。

 盾が砕け。

 槍が折れ。

 黒鉄の隊形が崩壊する。


「押し込むわよ、レティシア! 止まったら包囲される、勢いを殺さないで!」


「わかっている。城門まで一気に行く、息を合わせろ、遅れるな!」


 激戦の中を、二人は進む。

 火花。

 衝撃。

 魔力の炸裂。


 だが。

 城門まであと二十メートル。

 地面が震えた。


 黒煙の向こうから、ゆっくりと姿を現す巨影。

 常人より頭一つ以上大きい。

 重厚な漆黒装甲。


 肩に刻まれた魔国の紋章。

 魔人族。


「……あれは」


 セリーネの声が低くなる。


 巨躯の魔人が、巨大斧を担ぐ。

「我が名は、魔戦将ヴァルドゥ=ガレイン」

 低く、地鳴りのような声。


「人族の戦士。ここで潰す」


 空気が変わる。

 ただの重兵装兵とは、圧が違う。

 魔力密度。

 気配。

 殺意。


 レティシアの蒼銀の瞳が細まる。

「魔戦将……なるほど、雑兵とは違う気配だ。重さも、踏み込みも、魔力の練度も段違い」


「油断しないで。あれは真正面から受け止めたら砕かれるわ。私が物理壁を張る、あなたは懐へ入って」


 次の瞬間。

 ヴァルドゥが踏み込む。

 地面が陥没。


 斧が振り下ろされる。

 轟音。


 セリーネが両手を広げる。


「――《グラン・バスティオン》!」


 蒼い魔法陣が地面に刻まれ、そこから巨大な半透明の魔力壁が立ち上がる。

 それは単なる防御膜ではない。

 重層化された物理干渉遮断術式。


 衝撃分散のために内部に幾重もの魔力格子を組み込み、斬撃や打撃の運動エネルギーを面全体へ逃がす構造。

 対物理攻撃専用に特化した大規模障壁術。


「全周囲を覆う大壁よ! 打撃も斬撃も、まずはこれで受け止める!」


 斧が魔力壁に叩きつけられる。

 衝撃が走る。

 壁全体が波打つ。


「重い……でも砕けていない、まだ持つわ!」


 レティシアが跳躍。

 紙一重で横へ抜ける。


「壁がある今しかない、押し込む!」


 二撃目。

 横薙ぎ。


 再び《グラン・バスティオン》が受け止める。

 蒼い壁が軋む。


「長くは保てない! 三撃目で崩れる!」


「十分だ!」


 レティシアが接近。

 精霊鋼の長剣を振るう。

 火花。


 装甲は浅く裂けただけ。


「浅い……装甲厚が異常だ、核を直接狙うしかない」


「正面から胸部は無理よ、あの斧がある限り近寄れない!」


 ヴァルドゥの拳が飛ぶ。

 回避が遅れる。


 レティシアの腹部に衝撃。

 吹き飛ぶ。

 地面を滑り、瓦礫が砕ける。


「レティシア!」


「問題ない……無事だ、装甲が衝撃を逃がしている」


 立ち上がる。

 蒼銀の瞳が、強く光る。


「ならば、精度で崩す。出力では押し切れないなら、誤差を積み重ねる」


 再び《フレイム・ボール》五球展開。


「正面を釘付けにする、一瞬でいい、視線を奪え」


「了解。上から雷で揺さぶる、壁はもう一度だけ張る!」


 セリーネが上空へ跳ね上がる。 


「――《ラグナ・ヴォルト》!」


 蒼い雷陣が空中に展開する。

 それは単なる落雷ではない。

 高位雷撃収束術式。


 上空に雷属性魔力を収束させ、一本の直線ではなく、細分化された多重雷束として目標へ落とす。

 電撃は装甲表面を焼くだけでなく、内部の魔力循環を一瞬乱す効果を持つ。


 致命打ではないが、判断と動作を鈍らせるための揺さぶり。


 雷束がヴァルドゥの肩口と背部へ落ちる。

 装甲が爆ぜ、火花が散る。


 一球が真正面から結界へ。

 二球目が地面へ潜り込み、足元で炸裂。

 三球目が背後へ回り込む。


 四球目が右肩関節を狙う。

 五球目が時間差で胸部中央へ。


 連続爆発。

 ヴァルドゥの体勢が、わずかに崩れる。


「今よ! 迷わないで、貫きなさい!」


「ここだ――終わらせる!」


 刃が装甲の隙間へ滑り込む。

 胸部魔核へ。

 貫通。


 内部で白銀の光が爆ぜる。

 ヴァルドゥの目が見開かれる。


「……人族、如き……が」


 巨大な体が、ゆっくりと崩れ落ちた。


 轟音。


 その直後。

 崩れ落ちた魔戦将の巨体から立ち上る黒煙が、なお濃く空を覆っていた。

 視界は悪い。


 瓦礫と炎と血煙が入り混じり、遠くを見通せる状況ではない。 



 だが――。


 城外へと続く街路の奥で、悲鳴が上がった。

 続いて、金属が砕ける鈍い衝撃音。

 魔国兵の一団が、横薙ぎの白閃に弾き飛ばされる。


 盾ごと叩き割られ、石畳に転がる。

 煙の中から、白銀の装甲が姿を現す。

 五十二名。


 刃を振るい、盾で受け、瓦礫を踏み越えながら前進する。

 誰かが踏み込めば、その背を別の者が守る。

 横合いからの斬撃を別の盾が弾く。


 倒れかけた仲間を、すぐに引き上げる手が伸びる。

 斬る。

 押す。

 受ける。


 退かず、崩れず、前へ。


 魔国兵が横合いから飛びかかる。

 セリオナの刃がそれを断つ。

 彼女は地表すれすれを滑るように浮かび、石畳を踏まないまま前進する。


 踏み込んだ兵の肩を断ち、その勢いのまま背後の敵へと返す。

 リディアもまた静かに浮いたまま進む。

 迫る刃を最小限でいなし、正確に急所を突く。


 後続の兵装部隊が左右へ広がり、逃走経路を塞ぐ。

 包囲された魔国兵が、次々と制圧されていく。

 悲鳴が途切れる。


 最後の敵兵が膝を折り、倒れ伏した。


 白銀の兵たちは荒い息を整えながら周囲を確認する。

 装甲には傷と煤が刻まれている。

 城門外縁へと到達する。


 自然と弧を描くように散開する。

 城門を背に、外縁を囲う。

 数瞬のうちに、防衛線が形を成す。


 後方では索敵術式が展開され、薄い光が城外へ走る。

 負傷兵の確認と残敵の有無が同時に行われる。

 完全な制圧後の布陣。


 セリオナは浮遊を解き、地面へ降り立つ。

 白銀の装甲に薄く煤が付着している。

 肩部と前腕には焼痕が走っていた。


 リディアもまた静かに着地する。

 セリオナは一歩前へ出る。

 膝を軽く折り、剣を胸前に立てる。


「レティシア様! 城外の魔国兵、すべて制圧しました! 残存勢力は壊走中。エルファーレの部隊が掃討に入っています!」


 声は明確で、迷いがない。

 周囲の兵装部隊も一斉に膝をつき、頭を垂れる。

 重装が石畳に触れる音が、重く低く響いた。


 レティシアは振り返る。

 蒼銀の瞳が、傷だらけの白銀を一瞥する。

 外縁は完全に抑えられている。

 城外からの増援は、しばらく来ない。


「……ご苦労」


 短い労い。


「十名は負傷者の搬送を優先。追撃は深追いするな。帝国兵に指示を出して城門前の防衛線を固定させよ。四十名はこれより私と城内へ入る。エルファーレの部隊が到着しだい、十名も城内へ侵入し私に追いつけ」


「はっ!」


 命令は即座に伝播する。

 十名の内、数名が素早く動き、負傷者のもとへ走る。

 別働が外縁警戒へと散開する。


 残る四十名が、自然とレティシアの背後へ集まった。


「……これで、外は制圧」


 それは安堵ではない。

 次の戦場への判断。


 彼女の視線が城門へと向く。

 厚い扉の奥から、濃密な魔力の気配が漏れている。

 内部に主力が控えているのは明白だった。

どうだったでしょうか。

少しでも楽しんでいただけていれば嬉しいです。


このストーリーは、予約投稿は行わず、出来上がり次第、即投稿していきます。

そのため、投稿時間や日時は未定となります。


少しずつの更新になりますが、気長にお付き合いいただければ嬉しいです。

本編も引き続き、よろしくお願いいたします。

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