閑話 レティシア ストーリー2 第四話
『白銀の継承者 - Gate of Sealed Eternity -外伝「レティシア・ストーリー2」の第四話です。
崩れ落ちた重兵装兵の残骸の向こうで、レティシアは小さく息を吐いた。
黒鉄の鎧は内側から裂け、焦げた断面からまだ白い煙が細く立ち上っている。
砕けた盾の破片が地面に突き刺さり、血に濡れた土を鈍く反射する。
爆ぜた魔力の余波がまだ空気を震わせ、耳鳴りのような残響が戦場を包んでいた。
遠方では散発的な戦闘音が続いているが、この一角だけは異様な静寂に沈んでいる。
白銀の粒子がゆっくりと降り注ぎ、戦場を淡く照らしていた。
「……忘れて」
ぽつりと、呟く。
声は小さい。
だが、やけに鮮明に響いた。
「え?」
クリスが聞き返す。
煤に汚れた頬の上で、叩かれた跡がまだ赤く残っている。
彼の背後では副官が息を詰め、二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていた。
レティシアの頬が、わずかに赤くなる。
戦場の熱ではない。
感情の余韻だ。
「だ、か、ら! 忘れなさい!」
蒼銀の瞳がきっと睨む。
先ほど涙を流していた面影はもうない。
だが耳の先まで赤い。
「いまのこと全部よ! 聞かなかったことにして、見なかったことにして、記憶からきれいさっぱり消去しなさい! あれは事故! 不可抗力! 戦場特有の情緒不安定による一時的錯乱なの!」
白銀の粒子がその勢いに合わせて揺れる。
彼女の足元で砕けた黒鉄がかすかに転がった。
「いや、あの、どの部分を指して――」
「全部って言ってるでしょう! 声を荒げたことも、感情的になったことも、あなたを殴ったことも、涙ぐんだことも、ひとつ残らず削除対象! 私は冷静沈着な指揮官なの、あんな取り乱した姿は公式記録に存在してはいけないのよ!」
風が吹き抜け、裂けた軍旗が背後で大きくはためく。
焦げた匂いの中に、かすかに草の匂いが混じる。
「公式記録にするつもりはないが……」
「なら尚更、完全に忘れなさい! 努力じゃ足りない、上書き保存よ! さっきの場面は存在しなかった、いいわね!」
戦場とは思えぬやり取りに、副官の肩がわずかに震える。
笑ってはいけない状況だが、張り詰めた空気がほんの少し緩む。
「……努力はする」
「努力じゃなくて断言しなさい! 忘れましたって!」
クリスは小さく肩をすくめる。
焼け焦げた地面の上で、その仕草だけが妙に日常的だった。
「……忘れました」
「よろしい!」
レティシアは満足げに頷き、すぐに真顔へ戻る。
先ほどまでの赤みも消え、蒼銀の瞳が冷静さを取り戻す。
その変化は、まるで仮面をかぶり直すかのようだった。
背後で控えていた副官へ視線を向ける。
その眼差しは鋭く、揺らぎがない。
「あなた、名前は? 階級と所属も正確に」
「はっ。帝国軍第三遊撃隊副官、アルトゥール・ヴァイス中尉です。現在はクリス少尉の指揮補佐を務めております」
副官は姿勢を正す。
鎧は損傷し、肩当てにはひびが入っている。
それでもその声には誇りが残っていた。
「アルトゥール中尉。状況は理解しているわね? あなたたちの立場はいま、大きく変わった。混乱もあるでしょう。でも聞きなさい」
蒼銀の瞳が真っ直ぐ射抜く。
その視線は冷たいのではない。
強い。
「これより、あなたたちは私の配下――いえ、庇護下に置かれます。形式上の所属は帝国軍のままで構わない。けれど作戦行動は人族連合の指揮系統に入る。それでよろしいですか? これは強制ではない。あなた自身の意思で答えなさい」
風が三人の間を吹き抜ける。
焦土に転がる黒鉄の破片が、かすかに鳴る。
副官は息を呑む。
そしてクリスを見る。
クリスは静かに頷く。
「……はい。少尉が選ぶ道であれば、我々も従います。我々は少尉の部下です」
「違うわ」
レティシアは即座に否定する。
言葉に迷いはない。
「あなたたちは誰かの影じゃない。自分の意志で剣を取る兵士よ。そのうえで、ここに立つと決めるなら、私は守る。あなたたちを無駄死にさせない。それが私の誓い」
背後で白銀の粒子がゆらりと揺れる。
その誓いに応じるかのように。
「……はい」
副官は深く頷いた。
その瞳には、迷いよりも決意が宿っていた。
「わかりました。ではいまこの瞬間から、あなたたちは私の保護対象。戦闘判断は私とセリーネが担う。あなたたちは生き延びることを最優先にしなさい」
レティシアは踵を返し、セリーネへ歩み寄る。
足元から白銀の粒子が立ち上る。
焦土を踏むたび、光が弾ける。
肩に、腕に、胸元に、白銀の装甲が浮かび上がる。
空気が震える。
魔力の収束音が低く響く。
ヴァルキリー。
歩みと同時に装着が進み、背後に翼状の放射光が展開する。
光は翼の形をとりながらも実体を持たず、空気を震わせるだけの純魔力の放射。
戦場の残煙を押し分け、蒼白く輝く。
「レティシア、お説教、終わった? まだ続きがあるなら、私は少し離れておこうかしら」
「終わったわ。必要な分だけ言った。あとは実戦で示すだけよ」
「過保護ね」
「守れるものは守る。それだけ」
白銀の翼が広がる。
放射光が空気を裂き、焦土を照らす。
「今いる帝国軍兵は、ただいまをもって私――人族連合の軍勢に入りました。あなたたちは敗残兵ではない。これからは連合軍の一翼よ」
風が強まる。
旗が大きくはためく。
「今からの戦いは人族連合軍と魔国軍との戦いです。私の背中から離れないで。死なせないから」
セリーネが小さく息をつく。
蒼い装甲がかすかに光を反射する。
「……そう、ですか。話が大きいわね」
その言葉の奥に、わずかな笑みが混じる。
そして再び、戦場の空気が張り詰める。
焦土の向こうで、再び地面が震えた。
遠方から重低音が連なって押し寄せる。
土煙が一直線に立ち上がり、黒い影が揺らぐ。
砕けた黒鉄の残骸を踏み越え、さらに濃い殺気が戦場へ迫っていた。
「前方三百、魔国軍重兵装部隊の本体接近。陣形は楔形、中央に術式展開準備の兆候あり。推定三十秒以内に接触します」
アルトゥールから状況報告が入る。
声は早い。
だが震えていない。
副官としての訓練が、その恐怖を押さえ込んでいる。
白銀の翼がわずかに広がる。
レティシアの蒼銀の瞳が細まる。
迫る影の奥で、術士の杖先が赤黒く光り始めているのが見える。
空気が歪み、地面に刻まれた血痕が微かに震えた。
「了解。帝国兵は中央後方へ下がりなさい。負傷者は最優先で救護へ。盾持ちは第二線で再編、槍兵は左右に展開して空間を確保。前線は私とセリーネが抑える。重装の突進は正面で受けない、斜めに流して分断するわ」
声は澄んでいる。
先ほどまでの感情は完全に消え、ただ指揮官の声だけがそこにあった。
セリーネの蒼い装甲が低く唸る。
背部ユニットが展開し、放射光が揺らぐ。
術士側の魔力波動を感知し、干渉計算を走らせている。
「術士四のうち、二は広域制圧型、残り二は拘束系ね。初撃は重装に合わせて来る。私が術式を切るわ。あなたは中央を裂きなさい」
「任せる。魔力干渉は三秒以内に終わらせる。重装の足を止める、その瞬間を狙う」
地鳴りが近づく。
重装兵の巨体が視認距離に入る。
黒鉄よりさらに濃い魔国製の重鎧。
肩部には禍々しい紋章が刻まれ、魔力の火花が弾けている。
術士が杖を掲げる。
空に赤黒い魔法陣が展開。
火炎と拘束の複合式。
焦土の上に亀裂が走り、地面そのものが爆ぜ始めた。
「全軍、前へ。庇護下に入った以上、簡単には死なせない。覚悟してついてきなさい! 背中から離れた者は守れない。守ると誓った以上、私の射線に入るな。生き延びる覚悟を持て!」
白銀と蒼が同時に輝く。
空気が圧縮される。
術式発動。
火炎が爆ぜる直前。
セリーネが跳ぶ。
蒼い残光が弧を描き、魔法陣へ突入。
干渉刃が杖の中心を叩き、術式構造を内側から断ち切る。
火炎は発動寸前で崩壊し、赤黒い光が霧散した。
同時にレティシアが地面を蹴る。
衝撃で焦土が放射状に割れる。
白銀の刃が正面の重装へ走る。
一撃。
真正面からの斬撃。
魔国製の重鎧がきしむ。
完全には断てない。
二撃目。
踏み込みを深く沈め、白銀の圧を重ねる。
鎧の接合部が悲鳴を上げて裂け、血飛沫が弧を描いて空へ舞い上がった。
三撃目は横薙ぎ。
重装の膝関節を正確に断ち、巨体が均衡を失って崩れ落ちる。
地面が震動し、焦土が砕けた。
だが残る九体が間髪入れず突進する。
巨盾を前面に押し出し、圧殺陣形を形成。
レティシアの背後で白銀の放射翼が拡張し、空間圧が生まれる。
次の瞬間、衝突。
盾と白銀が正面から激突し、爆音が戦場を震わせた。
地面が陥没し、白銀の粒子が嵐のように舞い上がる。
レティシアは押されない。
だが重い。
質量と魔力が真正面から噛み合う。
そこへ蒼い閃光が横から差し込む。
セリーネが重装の背後へ回り込み、双刃を交差。
背面装甲が裂け、火花と血が散る。
術士の一人が拘束式を展開。
黒い鎖が地面から伸び、白銀の足元へ絡みつこうとする。
触れる直前、レティシアが指先を鳴らす。
《フレイム・ボール》三発同時展開。
爆ぜない。
鎖の基部へ直接干渉し、魔力回路を焼き切る。
拘束は霧のように消えた。
重装兵が吼える。
巨剣を振り上げ、全力で振り下ろす。
その瞬間、白銀が消える。
次の瞬間には重装兵の背後。
斬撃。
巨体が縦に裂け、地面へ崩れ落ちた。
残る重装は五。
術士は二。
蒼と白銀が交差し、衝撃と火花と血と爆光が連鎖する。
帝国兵たちは後方で再編しながら、その光景を見つめている。
敗残ではない。
いまは連合軍の一翼。
最後の重装が膝をつき、術士が退こうとする。
白銀の翼が大きく広がる。
焦土の上に立つのは、白銀と蒼。
風が強く吹き抜ける。
戦闘が、再開された。
――丘陵。
レティシアとセリーネが、ほとんど同時に魔導神器を装着し、白銀と蒼の閃光となって丘陵を飛び出したころ。
その背を見届けていたセリオナは、深く、長いため息をついた。
「……まったく。予想通りといえば予想通りですが、あの方は本当に、決めたら止まりませんね」
だが嘆息は一瞬で終わる。
「いただいた再潜入のご命令は中止させていただきますよ、……まったく」
彼女は振り返り、即座に号令を発した。
「公爵家近衛騎士団 魔導兵装部隊、集合! 第一、第二列、前へ。戦闘隊形を維持したまま、出撃準備を完了させなさい!」
重装鎧が一斉に鳴動する。
整然と並ぶ五十名の魔導兵装部隊。
「これより我々は、先行したレティシア様の後方支援に入ります。すでにレティシア様は敵陣深くへ突入。我々が遅れれば、レティシア様の孤立を招きます。全員、覚悟を決めなさい」
その横で、控えめながらも芯のある声が響く。
「セリオナ様」
振り向く。
そこに立っていたのは、エルファーレ王国 王族の紋章を小さくあしらった外套を纏う若き女性。
リディア・エルファーレ。
王位継承権は低いとはいえ、れっきとした王族の一人だ。
「私も同行します」
「……リディア様」
セリオナはわずかに眉を寄せる。
「前線は混戦です。重兵装主体、術士も混在しています。あなたが出る局面ではありません」
リディアは穏やかに、だが揺るがず答える。
「王位継承権が低いとはいえ、私が王族だからですか? 私は戦えます! ただ守られているだけではいられません。あの方が前に出た以上、ここで見ているだけでは、後悔します」
その隣で、侍女見習いの装いをしたレイリスが一歩踏み出す。
「わ、私も行きます。レティシア様のお側に――せめて補助でも、何でも」
だがセリオナは即座に首を振った。
「レイリス、あなたは駄目です」
「で、ですが――」
「あなたは侍女見習いですよ。戦闘任務は本来の職掌ではありません。それに、まだ剣術も戦闘魔術も始めたばかりじゃないですか。それに魔導神器も魔導兵装もない。いまの戦場は神器級の出力が飛び交っています。素身で入れば、命は保障できません」
レイリスは唇を噛む。
「それでも、私は――」
「だめです」
今度はリディアが、静かに言葉を重ねる。
「レイリス。あなたの気持ちは嬉しい。でも今は違います。あなたには、ここで果たす役目があるでしょう。後方連絡、伝令整理、負傷者の受け入れ。あれも立派な戦場よ」
レイリスの拳が震える。
「……私は、ただ見ているだけなのが、悔しいのです」
「見ているだけではありません。支えるのです。前に出る者がいるなら、後ろを固める者も必要。あなたはそちらを担いなさい」
長い沈黙。
やがてレイリスは、深く頭を下げた。
「……承知しました。後方支援に回ります。負傷者収容の統制を行います」
「それが最善です」
セリオナは頷く。
そして副官へ視線を向ける。
「あれを」
差し出された重厚な封印箱。
それはレティシアから預かっていた武具一式。
セリオナはそれを、リディアへ差し出す。
「本来は、もっと正式な場でお渡しする予定でした。ですが、今がその時なのでしょう。リディア様、どうぞ」
箱が開く。
内部に収められていたのは、真新しい魔導神器。
ワルキューレ。
王族の魔力特性に合わせて調整された、特装型。
リディアの瞳が静かに輝く。
「……あの方らしい配慮ですね。王族をただの飾りにはしない、ということですか」
「ええ。戦力として、そして同胞として……ですね」
リディアは迷いなく装着を開始する。
淡い光が立ち上る。
装甲が身体へ沿う。
背部補助翼が展開する。
一方、セリオナも胸元へ手を当てる。
「私も、ついに使用するときがきましたね」
レティシアから受理していた魔導神器。
「ワルキューレ、起動」
白銀に近い淡光が走る。
装甲が編み上がり、関節部が発光する。
魔導兵装部隊が一斉に魔力を点火する。
「全隊、出撃。レティシア様との距離を最短で詰めます。目標は中央突破支援。レティシア様を孤立させるな!」
五十の魔力光が同時に跳ね上がる。
リディアは、出撃直前にレイリスを見る。
「ここをお願いね。レイリス」
「……必ず、皆様を無事にお迎えします」
「頼もしいわ」
次の瞬間。
セリオナとリディア、そして魔導兵装部隊が空へと跳躍する。
白銀と蒼の残光を追って。
戦場へと突入した。
丘陵に残ったレイリスは、強く拳を握りしめながら、前線を見つめ続けていた。
城門前。
帝国軍を押し潰すように進軍していた魔国の重兵装部隊が、黒鉄の波となって押し寄せていた。
盾は塔のごとく。
槍は杭のごとく。
足並みは一糸乱れぬ。
その先頭へ。
白銀の閃光が、一直線に落ちる。
蒼銀の瞳が、城門を見据える。
「――中央を突破する。盾列の継ぎ目を崩す。術士から沈める。迷うな、一直線に押し切る」
次の瞬間。
魔力が爆ぜた。
《フレイム・ボール》が五つ、同時展開。
青白い高密度の純魔力球体が、彼女の背後に弧を描く。
呼吸一つ。
五球が、音を置き去りにして射出された。
一球目が盾表面を抉り、結界術式を粉砕する。
二球目が装甲の継ぎ目へ滑り込み、内部干渉。
三球目が槍列中央で炸裂し、隊形を裂く。
四球目が後列術士の詠唱核を撃ち抜く。
五球目が重装兵の足元で爆ぜ、衝撃波で列を崩壊させた。
黒鉄の波が、初めて乱れた。
「突撃! 崩れた瞬間が最大の隙だ、押し潰される前にこちらが押し潰す!」
レティシアは地を蹴る。
白銀の魔導神器――《ヴァルキリー》が尾光を引く。
精霊鋼の長剣が蒼白に発光し、刃が振り下ろされる。
装甲ごと、縦に断つ。
重兵装兵が崩れ落ちる。
間隙へ踏み込み、横薙ぎ。
装甲の腹部が裂ける。
魔力血が霧となる。
「左、任せて! 正面はあなたがこじ開けなさい、私は横腹を裂く!」
セリーネが追従する。
蒼の光翼が展開し、側面へ滑り込む。
氷刃術式が重装兵の膝関節を凍結させ、動きを奪う。
即座に雷撃が落ち、内部魔核を焼き切る。
「鈍重な壁で包囲しているつもりでしょうけど、その程度で止まるなら最初から前線には立たないわよ!」
帝国軍を蹂躙していた重兵装部隊が、白銀と蒼の二条の閃光によって、次々と瓦解していく。
盾が砕け。
槍が折れ。
黒鉄の隊形が崩壊する。
「押し込むわよ、レティシア! 止まったら包囲される、勢いを殺さないで!」
「わかっている。城門まで一気に行く、息を合わせろ、遅れるな!」
激戦の中を、二人は進む。
火花。
衝撃。
魔力の炸裂。
だが。
城門まであと二十メートル。
地面が震えた。
黒煙の向こうから、ゆっくりと姿を現す巨影。
常人より頭一つ以上大きい。
重厚な漆黒装甲。
肩に刻まれた魔国の紋章。
魔人族。
「……あれは」
セリーネの声が低くなる。
巨躯の魔人が、巨大斧を担ぐ。
「我が名は、魔戦将ヴァルドゥ=ガレイン」
低く、地鳴りのような声。
「人族の戦士。ここで潰す」
空気が変わる。
ただの重兵装兵とは、圧が違う。
魔力密度。
気配。
殺意。
レティシアの蒼銀の瞳が細まる。
「魔戦将……なるほど、雑兵とは違う気配だ。重さも、踏み込みも、魔力の練度も段違い」
「油断しないで。あれは真正面から受け止めたら砕かれるわ。私が物理壁を張る、あなたは懐へ入って」
次の瞬間。
ヴァルドゥが踏み込む。
地面が陥没。
斧が振り下ろされる。
轟音。
セリーネが両手を広げる。
「――《グラン・バスティオン》!」
蒼い魔法陣が地面に刻まれ、そこから巨大な半透明の魔力壁が立ち上がる。
それは単なる防御膜ではない。
重層化された物理干渉遮断術式。
衝撃分散のために内部に幾重もの魔力格子を組み込み、斬撃や打撃の運動エネルギーを面全体へ逃がす構造。
対物理攻撃専用に特化した大規模障壁術。
「全周囲を覆う大壁よ! 打撃も斬撃も、まずはこれで受け止める!」
斧が魔力壁に叩きつけられる。
衝撃が走る。
壁全体が波打つ。
「重い……でも砕けていない、まだ持つわ!」
レティシアが跳躍。
紙一重で横へ抜ける。
「壁がある今しかない、押し込む!」
二撃目。
横薙ぎ。
再び《グラン・バスティオン》が受け止める。
蒼い壁が軋む。
「長くは保てない! 三撃目で崩れる!」
「十分だ!」
レティシアが接近。
精霊鋼の長剣を振るう。
火花。
装甲は浅く裂けただけ。
「浅い……装甲厚が異常だ、核を直接狙うしかない」
「正面から胸部は無理よ、あの斧がある限り近寄れない!」
ヴァルドゥの拳が飛ぶ。
回避が遅れる。
レティシアの腹部に衝撃。
吹き飛ぶ。
地面を滑り、瓦礫が砕ける。
「レティシア!」
「問題ない……無事だ、装甲が衝撃を逃がしている」
立ち上がる。
蒼銀の瞳が、強く光る。
「ならば、精度で崩す。出力では押し切れないなら、誤差を積み重ねる」
再び《フレイム・ボール》五球展開。
「正面を釘付けにする、一瞬でいい、視線を奪え」
「了解。上から雷で揺さぶる、壁はもう一度だけ張る!」
セリーネが上空へ跳ね上がる。
「――《ラグナ・ヴォルト》!」
蒼い雷陣が空中に展開する。
それは単なる落雷ではない。
高位雷撃収束術式。
上空に雷属性魔力を収束させ、一本の直線ではなく、細分化された多重雷束として目標へ落とす。
電撃は装甲表面を焼くだけでなく、内部の魔力循環を一瞬乱す効果を持つ。
致命打ではないが、判断と動作を鈍らせるための揺さぶり。
雷束がヴァルドゥの肩口と背部へ落ちる。
装甲が爆ぜ、火花が散る。
一球が真正面から結界へ。
二球目が地面へ潜り込み、足元で炸裂。
三球目が背後へ回り込む。
四球目が右肩関節を狙う。
五球目が時間差で胸部中央へ。
連続爆発。
ヴァルドゥの体勢が、わずかに崩れる。
「今よ! 迷わないで、貫きなさい!」
「ここだ――終わらせる!」
刃が装甲の隙間へ滑り込む。
胸部魔核へ。
貫通。
内部で白銀の光が爆ぜる。
ヴァルドゥの目が見開かれる。
「……人族、如き……が」
巨大な体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
轟音。
その直後。
崩れ落ちた魔戦将の巨体から立ち上る黒煙が、なお濃く空を覆っていた。
視界は悪い。
瓦礫と炎と血煙が入り混じり、遠くを見通せる状況ではない。
だが――。
城外へと続く街路の奥で、悲鳴が上がった。
続いて、金属が砕ける鈍い衝撃音。
魔国兵の一団が、横薙ぎの白閃に弾き飛ばされる。
盾ごと叩き割られ、石畳に転がる。
煙の中から、白銀の装甲が姿を現す。
五十二名。
刃を振るい、盾で受け、瓦礫を踏み越えながら前進する。
誰かが踏み込めば、その背を別の者が守る。
横合いからの斬撃を別の盾が弾く。
倒れかけた仲間を、すぐに引き上げる手が伸びる。
斬る。
押す。
受ける。
退かず、崩れず、前へ。
魔国兵が横合いから飛びかかる。
セリオナの刃がそれを断つ。
彼女は地表すれすれを滑るように浮かび、石畳を踏まないまま前進する。
踏み込んだ兵の肩を断ち、その勢いのまま背後の敵へと返す。
リディアもまた静かに浮いたまま進む。
迫る刃を最小限でいなし、正確に急所を突く。
後続の兵装部隊が左右へ広がり、逃走経路を塞ぐ。
包囲された魔国兵が、次々と制圧されていく。
悲鳴が途切れる。
最後の敵兵が膝を折り、倒れ伏した。
白銀の兵たちは荒い息を整えながら周囲を確認する。
装甲には傷と煤が刻まれている。
城門外縁へと到達する。
自然と弧を描くように散開する。
城門を背に、外縁を囲う。
数瞬のうちに、防衛線が形を成す。
後方では索敵術式が展開され、薄い光が城外へ走る。
負傷兵の確認と残敵の有無が同時に行われる。
完全な制圧後の布陣。
セリオナは浮遊を解き、地面へ降り立つ。
白銀の装甲に薄く煤が付着している。
肩部と前腕には焼痕が走っていた。
リディアもまた静かに着地する。
セリオナは一歩前へ出る。
膝を軽く折り、剣を胸前に立てる。
「レティシア様! 城外の魔国兵、すべて制圧しました! 残存勢力は壊走中。エルファーレの部隊が掃討に入っています!」
声は明確で、迷いがない。
周囲の兵装部隊も一斉に膝をつき、頭を垂れる。
重装が石畳に触れる音が、重く低く響いた。
レティシアは振り返る。
蒼銀の瞳が、傷だらけの白銀を一瞥する。
外縁は完全に抑えられている。
城外からの増援は、しばらく来ない。
「……ご苦労」
短い労い。
「十名は負傷者の搬送を優先。追撃は深追いするな。帝国兵に指示を出して城門前の防衛線を固定させよ。四十名はこれより私と城内へ入る。エルファーレの部隊が到着しだい、十名も城内へ侵入し私に追いつけ」
「はっ!」
命令は即座に伝播する。
十名の内、数名が素早く動き、負傷者のもとへ走る。
別働が外縁警戒へと散開する。
残る四十名が、自然とレティシアの背後へ集まった。
「……これで、外は制圧」
それは安堵ではない。
次の戦場への判断。
彼女の視線が城門へと向く。
厚い扉の奥から、濃密な魔力の気配が漏れている。
内部に主力が控えているのは明白だった。
どうだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただけていれば嬉しいです。
このストーリーは、予約投稿は行わず、出来上がり次第、即投稿していきます。
そのため、投稿時間や日時は未定となります。
少しずつの更新になりますが、気長にお付き合いいただければ嬉しいです。
本編も引き続き、よろしくお願いいたします。




