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第四部 第ニ章 第2話

 クラリスは微笑みを浮かべながら口を開いた。

「二人とも、なんだか本当に仲がいいのね。見ていてほほえましいわ」

 柔らかな朝の光が差し込む窓辺で、その微笑みは一層優しく映えた。


 アリスは照れくさそうに笑いながらも、頷いた。

「うん、レティアとは昔からずっと一緒だからね。こんな風に冗談を言い合えるのは、やっぱり特別な存在だよ」

 言葉の端々に、長い年月を共有してきた者同士の信頼が滲む。


 レティアも頷き返し、穏やかな表情で言った。

「そうね。クラリスさんも、こうやって一緒にいられて嬉しいよ。三人で食卓囲むの、なんだか新鮮だわ」

 その瞳には、友情と感謝が混ざった温かい光が宿っていた。


 クラリスは軽く頭を下げて答えた。

「ありがとうございます。二人の楽しそうな姿が見られて、私も幸せです。……こういう時間って、すごく大事よね」


 ふと、窓の外を通る街の人々の足音が、穏やかな朝の空気に溶け込む。

 石畳にはまだ露が残り、朝日を浴びた花々が色鮮やかに咲き誇っていた。

 パン屋の前では、誰かが馬車の荷を下ろす木箱の音が響き、ゆっくりと街が目を覚まし始めている。


 そんな空気を切り裂くように、香ばしいバターの香りがふわりと漂った。

 ギルバートが焼きたてのクロワッサンを大皿にのせ、テーブルへ運んでくる。


「さて、そろそろ今日の予定を考えたらどうだろうか。まだまだエクスバルドには素敵な場所がたくさんあるからね」

 皿に並べられたクロワッサンは、表面が黄金色に輝き、層がふっくらと盛り上がり、ほんのわずかに指で触れただけでサクッと崩れそうなほど繊細だった。

 バターの香りが一気に広がり、三人の腹を心地よく刺激する。


 アリスも期待を込めて微笑み返す。

「そうだね、クラリス、レティア。今日はゆっくり観光して、またいろいろ話そう。昨日は回りきれなかったところもあるし」


 レティアは食器を片付けながら、楽しげな声で続けた。

「せっかくだから、午後には湖畔のあの静かな場所にも行きたいな。あそこで過ごす時間は、本当に心が落ち着くの。風がちょうど良くて、景色もきれいだし……学生の頃も、よく息抜きに行ったわよね?」

 視線をアリスへ向ける目がどこか懐かしげで、そこに映る記憶が幸福であったことが容易に伝わってきた。


 アリスは小さく笑って頷く。

「うん。あの頃は勉強と訓練で忙しかったから、静かな湖を見るだけで、気持ちがすーっと軽くなった。今でも、あの場所は私の大事な思い出だよ」


 クラリスも同意するように頷いた。

「いいわね。自然の中でゆったり過ごすのは最高のリフレッシュになるわ。魔導技術の研究ばかりしてると、どうしても肩がこりがちだから……たまには深呼吸が必要ね」


 ギルバートは大皿を置きながら、くすっと笑って言った。

「ただし、レティア様。あまり羽目を外さないように。ここはみんなの憩いの場だからね。クロワッサンを投げ合ったり、湖で取っ組み合いはご勘弁願いたい」


 レティアは頬を膨らませ、わざとらしく抗議してみせる。

「ちょっと待って、それ私じゃなくてアリスの方がやりそうなんだけど!?」


 アリスは目を丸くし、すぐに笑いへと変わる。

「私そんなことしないよ!? ……たまに、ちょっとだけ、はしゃぐことはあるけど」


 クラリスはそのやり取りを楽しみながら、紅茶を口に運び、柔らかく笑った。

 三人の声が重なり、パンの香りと混じり合い、店内はさらに温かな空気に包まれる。


 外では、広場の露店商が木箱から果物を取り出す音が響き、人々の会話が少しずつ増え、街は新しい一日の活気を帯び始めていた。


 やがて食事の談笑が落ち着いたころ、クラリスがふと窓の外へ視線を向けた。

 カップを両手で包みながら、ゆっくりと問いかける。


「ねえ、レティアさん、あの城壁の向こうに見えるのは何?」


 レティアが視線を追い、窓の向こうにそびえる影を見つめた。

 凛と伸びる尖塔が、朝の光に淡く縁取られている。


「あれは旧市街の中心にある大聖堂よ。歴史的にとても重要な場所で、内部のステンドグラスは一見の価値があるの。

 人魔大戦の後、街の象徴として再建されたんだけど……あそこだけは当時の祈りの場の空気が、そのまま残っているわ。」


 その説明に、クラリスも身を乗り出すように窓の外へ顔を向けた。

 尖塔の先端が朝霧の向こうにぼんやりと姿を現し、光を受けて色づく様子に息をのむ。

「素敵……。それなら、観光コースに入れない? せっかくだから、あそこも見てみたいわ。」


 アリスが手元のパン皿を片付けながら、明るく頷く。

「いいね。大聖堂の見学も組み込もう。レティア、準備は任せたわ。」


 レティアは胸を張り、にっこりと微笑んだ。

「わかったわ。あそこはいつも混雑しているから、早めに行ったほうがいいわね。

 特に午前中は光が差し込んで、ステンドグラスが一番綺麗に見えるの。」


 その後、三人は自然とテーブルに身を寄せ合い、今日の観光プランを細かく詰めていった。

 クラリスがカバンから小型の地図を取り出し、広げる。

 アリスが指先で現在地を示しながら言う。

「ここがうちで、そこから旧市街までは徒歩で十五分くらい。大聖堂はこの中心広場にあるよ。」


 レティアが地図上にさらさらと印をつけながら補足する。

「午前中は旧市街を散策して、大聖堂へ。そのあと昼食は市場近くで取って、午後は湖畔……そうね、あの古い橋も見せたいし。」


「湖畔のカフェも良かったよね。レティア、前に連れて行ってくれたやつ。」


「ふふ、覚えててくれたのね。あそこのハーブティーは絶品よ。」


 三人の間に自然と笑みがこぼれ、紙の上に描かれていく予定は、まるで冒険に出る前の作戦地図のようにわくわく感を増していく。

 アリスが小さく息を弾ませて言う。

「こうして計画を立ててる時間って、なんだか旅しているみたいで好き。」


「わかるわ。実際に歩く前から楽しいものね。」


「そうね。二人と一緒なら、どこへ行っても楽しくなるわ。」


 窓の外では、朝日がさらに街を明るくしていき、石畳や家々の壁が黄金色に輝き始めていた。


 

 三人で観光プランを練りながら、アリスがふと笑みを浮かべてクラリスに視線を向けた。

「そういえば、クラリスはレティアと私がどうやって知り合ったかって聞いたことあったっけ?」


 クラリスは紅茶のカップをそっと置き、少し首を傾げた。

「そういえば、詳しくは聞いたことがないわ。ただ、学院に入る前からの付き合いだっていうのは知ってるけれど。」


 レティアは懐かしそうに目を細め、手にしていたカップをそっとソーサーに戻した。

 その仕草は優雅で、幼い頃の思い出を振り返る心の柔らかさが滲んでいる。

「そうね……出会いは、私がまだ幼い頃のことよ。父の直属の上司だったのが、グエン殿――アリスのお祖父様だったの。」


 クラリスは興味津々とばかりに身を乗り出した。

「上司?」


「ええ。当時、エクスバルド伯爵家は国境防衛の任を担っていて、父は現地司令の一人だったわ。その総指揮を執っていたのがグエン様。

 父はとても信頼していたの。何かあれば必ず相談していたし、戦略会議ではしょっちゅう意見を交わしていたそうよ。」


 アリスも小さく頷き、視線を窓の外の遠い山並みに向けた。

「その関係で、私が家族と一緒にエクスバルド領に滞在する機会が何度かあったんだ。あの時はまだ小さかったけど、レティアとはすぐに仲良くなったんだよね。」


 レティアは思い出をくすぐるように、口元を綻ばせた。

「そうそう。あの頃のアリスは、今みたいに落ち着いた雰囲気じゃなくて……もう、『好奇心のかたまり』って感じの子だったわ。

 父の執務室にも遠慮なく入ってきて、机の上の地図を指差しては『このマークは何?』って聞いてきたのよ。」


 アリスは少し頬を赤らめ、クラリスを見ながら軽く笑った。

「だって、あの地図、古い手描きでかっこよかったんだもん。それに、戦略用の印がいっぱい書き込まれてて、まるで宝の地図みたいに見えたんだよ。」


 クラリスはその光景を思い浮かべ、自然と微笑んだ。

 幼いアリスが机の端に背伸びして手を掛け、目を輝かせて地図を覗き込む姿——。

 その無邪気さと、今も変わらぬ探究心の気配が胸の中に重なる。

「ふふ……なんだか想像できるわ。アリス、昔からそういう子だったのね。」


 レティアも小さく笑みを深め、懐かしさと愛しさを乗せて言葉を続ける。

「その後も、父が任務で忙しい時は、よくアリスと一緒に屋敷の中庭で遊んだわ。剣の真似事をしたり、魔術の真似事をしては、二人で勝手に盛り上がって……。

 あれが、今に続く私たちの始まりね。」


 アリスはふと目を細め、当時の空気を思い出すように言葉を紡いだ。

「中庭の石畳、覚えてる? あの上で何度も転んで、服を汚して……。レティアが、私の服についた泥を一生懸命払ってくれたんだよね。」


 レティアは照れくさそうに肩をすくめた。

「うん。アリス、泣きそうな顔してたんだもの。放っておけなかったわ。」


 クラリスはそっと二人を見つめながら、小さく頷いた。

「なるほど……そういう経緯だったのね。だから二人の距離感は、普通の友人同士とは少し違うのね。」


 アリスとレティアは同時に視線を合わせ、どちらともなく微笑んだ。

 その笑顔には、昔から変わらぬ信頼と絆が確かに宿っている。


 やがて三人は再び観光の話題へ自然と戻り、地図を広げながら楽しそうに予定を組み立てていった。


 しかし、先ほど語られた幼い日の思い出は、今も三人の間に温かな余韻を残し、テーブルの上の朝の光に溶け込むように、しずかに流れ続けていた。

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