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閑話 レティシア ストーリー1 第四話

『白銀の継承者 - Gate of Sealed Eternity -外伝「レティシア・ストーリー」の第四話です。


このストーリー1は、ついに完結です。

今回は、かなり長いお話ですが、楽しんで読んでくれればうれしいです。

 セリーネの言葉が静かに場へ落ちたあと。

 レティシアは、すぐには答えなかった。

 三人の表情を順に見渡し。

 その想いの重さを一度、胸の内で確かめるように、わずかに目を伏せる。

 急ぐ必要はない。

 ここで軽い言葉を返せば、この場そのものが崩れる。


「……セリーネ」


 低く、落ち着いた声で名を呼ぶ。


「どうか、お座りください。

 その覚悟は、立ったまま受け取るものではありません。

 私が向き合おうとしているのは、姿勢ではなく、

 あなたがここまで抱えてきた決断そのものです」


 それは制止でも、命令でもない。

 相手を対等として扱うための、自然な促しだった。


 場の空気が、ほんのわずかに緩む。

 レティシアは再び視線を上げ、あらためて言葉を選ぶように、沈黙を保った。


 やがて、レティシアはゆっくりと顔を上げた。

 向けられた視線は、リディアでも、セリーネでもない。

 会議卓を挟み、少し後方の席に腰を下ろしたまま、最初から最後まで沈黙を守っていた青年将校だった。

 帝国軍の制服。

 だが、今この場で、彼は帝国の代弁者ではない。


「……では」


 静かな声だった。

 だが、場の空気を確実に引き寄せる響きがあった。


「一つ。

 お聞きします、クリス」


 名を呼ばれた瞬間。

 クリスは椅子に座ったまま、反射的に背筋を正した。

 軍人として染みついた動作。

 だが、その目には命令を待つ色はない。


「あなたは、なぜこのような仲介を引き受けたのですか。

 亡国の者と、私とを引き合わせることが、

 どれほど繊細で、危うい行為であるかは、

 あなたほど理解している人物はいないはずです」


 問いは直球だった。

 だが、責める調子ではない。


「帝国軍の将校としての判断ですか。

 それとも――

 一個人としての意思ですか」


 一拍。

 レティシアは言葉を継ぐ。


「あなたがここへ私を連れてきた時点で、

 この場が帝国の公式な意向ではないこと。

 あなた自身が、その線を越えていることは、

 すでに理解しています」


 視線を外さず、続ける。


「ですが、理解しているからこそ、

 曖昧なままにはできません。

 この先、誰かの名を背負って言葉を交わすのであれば、

 その基点となる覚悟は、はっきりさせておく必要があります」


 会議室の空気が、わずかに張り詰める。


「ご自分の立場を。

 あなたは、どうされるおつもりなのでしょう。

 軍人としての立場を守るのか。

 それとも――

 別の責を選ぶのか」


 問いは、重い。

 だが、逃げ道は塞いでいない。

 答えは、どんな形でも構わない。

 ただし、覚悟の伴わぬ言葉は通らない。


 レティシアは、椅子に腰掛けたまま、ほんの一瞬だけ視線を落とし。

 そして、再びクリスを見据えた。


「さらに、もう一つ」


 声の調子は変わらない。

 だが、問いの性質が変わったことを、誰もが察した。


「お三方が仰るとおり」


 リディア。

 セリーネ。

 レイリス。

 三人の存在を、言葉ではなく視線で示す。


「もし――

 “同じ旗の下”が、成立したとしたら」


 一拍。

 慎重に、しかしはっきりと区切る。


「その時」


 レティシアは、逃げも飾りもない声で告げた。


「あなた自身は、どうされるのですか。

 帝国軍人として留まり、

 一定の距離を保ち続けるのか。

 あるいは――

 この場にいる者として、

 同じ未来を見据える立場を選ぶのか」 


 帝国軍人として留まるのか。

 あくまで仲介者として距離を保つのか。

 それとも。


 その続きを、あえて口にはしない。

 この問いは、立場ではなく、信念を問うものだった。


 会議室は、完全な静寂に包まれる。

 全員が席に着いたまま、ただ一人――クリスへと視線を集めている。


 答えを急かす者はいない。

 レティシアは、それ以上、言葉を重ねなかった。


 今は、ただ待つ。

 この場に立つ資格を、彼自身の言葉で示すのを。


 答えるべきは、ただ一人。

 クリス・レイス・ロアウだった。


 問いが落ちきるよりも早く。

 クリスは、椅子に腰掛けたまま、上体をわずかに前へと乗り出した。

 逡巡はない。

 視線も逸らさない。


「即答します。

 私は、この問いに対して、考え込む時間を必要としません」


 低く。

 しかし、はっきりとした声だった。


「私は、帝国軍の命令で動いたのではありません。

 また、帝国の利益を代弁するためでもない。

 誰かに指示され、都合よく駒として使われたわけでもありません」


 一度、息を吸う。


「あなたをここへお連れしたのは、

 私自身の判断です。

 将校としての責務でもなく、

 上官への忠誠でもない。

 ただ――

 私自身が、そうすべきだと判断した結果です」


 椅子に座ったまま、

 レティシアを正面から見据える。


「帝国軍の将校として見ても。

 一人の人間として見ても。

 あなたを無視するという選択肢は、

 私の中には、最初から存在しませんでした」


 言い切りだった。


「帝都防衛戦での戦いを、私はこの目で見ました。

 武の強さだけではない。

 指揮の正確さだけでもない。

 そして、勝利の後に示された振る舞いも含めてです」


 膝の上で、拳を軽く握り締める。


「あなたは、勝者の立場に胡坐をかくことなく。

 帝国に迎合し、安全な庇護を選ぶこともなく。

 それでも、剣を収めなかった」


 視線が、わずかに鋭くなる。


「亡国の名を否定せず。

 人族連合軍という、すでに失われた理想を、

 現実から目を背けることなく口にした」


 一拍。


「その理想に、私は賛同しています。

 感情論ではありません。

 同情でもありません。

 現実を見たうえで、

 それでもなお、価値があると判断しました」


 はっきりと。

 迷いなく。


「ですが」


 そこで、初めて言葉を区切った。


「私は、今すぐ帝国軍を抜けることはできません。

 それが、私自身の弱さであれ、

 あるいは未熟さであれ、

 事実として、今の私にはできない」


 その一言が、静かに場へ落ちる。


「現状、帝国軍の前線は、

 帝都防衛という名の足止めに近い状態です。

 持ちこたえてはいますが、

 余裕があるとは、とても言えない」


 淡々と。

 だが、誤魔化さずに続ける。


「ここで私が軍を離れれば。

 指揮系統に歪みが生じ。

 守れるはずの戦線が崩れます。

 結果として、多くの民が犠牲になる」


 視線を逸らさない。


「それは、

 あなたが掲げる理想とも。

 私自身が信じてきた軍人としての責とも、

 決して相容れません」


 一拍。


 そして、

 クリスはここで、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「最低限」


 姿勢を正し、言葉を続ける。


「前線が、帝都防衛という名の膠着から脱し。

 魔国の侵攻を、

 ほんの一歩でも押し戻すことができたなら」


 その時を、明確に言葉にする。


「その時こそ。

 私は、同じ旗の下に集いたい。

 名目ではなく、

 覚悟をもって、その場に立ちたい」


 それは逃げではない。

 条件提示でもない。


「今は、帝国軍の中にいるからこそ、

 できる役割がある。

 知っている情報があり、

 動かせるものがあり、

 守れる場所がある」


 静かな覚悟だった。


「だから私は、

 理想に背を向けず。

 同時に、現実からも逃げません。

 どちらかを切り捨てる選択は、

 私にはできない」


 そう言い切り。

 クリスは、レティシアへ向けて深く一礼する。


「以上が、私の答えです。

 ご判断は、あなたに委ねます」


 一礼を終えたのち。

 彼は自ら椅子を引き、静かに腰を下ろした。


 沈黙。

 だがそれは、拒絶ではなかった。

 ここにいる全員が理解していた。

 この青年将校は、すでに進む道を選んでいる。

 今は、別々の場所で。

 だが、目指す先は同じだと。

 レティシアは、その姿を、静かに見つめていた。


 クリスの言葉が終わると、部屋には再び静寂が落ちた。


 レティシアは、すぐには応じなかった。

 視線を伏せ、ほんの一拍だけ沈黙を置く。


 その短い間に、四人は理解する。

 彼女が言葉を選んでいるのではないことを。

 すでに結論を持ち、それをどう示すかを定めているだけなのだと。


 やがて、レティシアは静かに顔を上げた。


「……知っている通り。

 私は、様々な魔導武具を扱えます。

 魔導ライフル、魔導兵装。

 そして――私専用の魔導神器ヴァルキリー。

 それらは、私の力であると同時に、

 軍や国家が欲しがる“手段”でもある」


 声は低く、穏やかだが、確かな芯があった。


「帝国軍が欲しているのは、それらの魔導武具群です。

 性能、運用、再現性。

 そして、それを前線に即座に投入できるという事実」


 淡々とした口調だった。

 感情はない。

 ただ、事実だけを並べている。


「私個人を、欲しているわけではありません。

 人格でも、意思でもない。

 扱えるかどうか。

 制御できるかどうか。

 その一点だけを見ています」


 リディアが、思わず息を呑む。

 セリーネの指先が、わずかに動いた。


「ですが」

 レティシアは視線を逸らさない。


「《ヴァルキリー》を扱う私を、戦略兵器として見ている。

 それは、疑いようのない事実です。

 人ではなく、切り札として。

 消耗を計算に入れた“駒”として」


 断定だった。


「それが、ありありと、わかります。

 帝都防衛戦で向けられた視線。

 戦果報告の書式。

 参入要請の文言。

 すべてが、同じ方向を向いていました」


 それらすべてが、彼女を一人の人間ではなく、

 切り札として扱っていた。


「そして、もう一つ」


 声が、わずかに低くなる。


「私は、帝国軍が単独で魔国と戦うつもりだとは、考えていません。

 それほど、帝国は甘くない」


 クリスの表情が、微かに変わる。


「正確には」

 レティシアは続けた。

「亡国の戦力を吸収し、それを糧に。

 表向きは連携、実際には統合と再編を進めながら。

 ザンスガード帝国が、魔国と戦い」


 一拍置く。


「最終的に、大陸統一を目論んでいる」


 重い沈黙が落ちる。

 否定の声は上がらない。

 誰一人として。


「だからです」

 レティシアは、静かに言った。

「私は、参入しません。

 条件付きでも。

 限定的な協力であっても」


 それは感情論ではない。

 反発でもない。


「亡国の名を掲げると言いながら、その実、亡国を踏み台にする構図には、私は組しない。

 それがどれほど合理的で、どれほど勝算が高かろうとも」


 そこで、レティシアは一度だけ深く息を吸った。

 その所作は、決断を口にする者のものだった。


「そして」

 声が、はっきりと場に響く。


「私は、ファーレンナイト辺境公爵家の名も、捨てます。

 称号も、立場も、

 それによって与えられる特権も」


 その言葉に、四人の息が止まる。


「守るための名であったはずのものが、

 いつの間にか、誰かを縛り、

 誰かを利用するための札になるのであれば」


 一拍。


「私は、それを背負い続ける意味を、選びません。

 名は、目的ではない。

 生き方を守るための、手段でしかないのです」

 レティシアは、ゆっくりと三人を見渡した。


「だからこそ」

 静かに、しかし揺るぎなく。


「同じように、名を捨てる覚悟を持つ方々と、共に歩みたい。

 肩書きではなく、

 旗印ではなく、

 自らの意思で立ち続ける者と」


 その言葉には、誘いでも命令でもない。

 対等な意思だけがあった。


そして。


 最後に、レティシアは続けた。

「そのために、私は、私の知識のすべてを注ぎたいと考えています。

 魔導武具の理論。

 魔導兵装の設計思想。

 戦術と運用。

 そして、勝ったあとに何を残すべきかという、戦後構想まで」


 それらすべてを、一つの国のためではなく。

 名を失っても、なお人として立つ者たちのために。


 沈黙が落ちる。


 だがそれは、もはや驚きだけの沈黙ではなかった。


 セリーネは、震える息を吐き。

 リディアは、深く胸に手を当て。

 レイリスは、強く前を見つめる。


 クリスは、確信していた。

 この場で語られているのは、同盟でも、取引でもない。

 ――新しい旗の、産声なのだと。


 沈黙を破ったのは、言葉ではなかった。


 最初に動いたのは、クリスだった。


 着席したまま沈黙を守っていた青年将校は、静かに椅子から立ち上がる。

 その動きに、迷いはない。


 軍人として幾度となく行ってきた敬礼とも違う。

 儀礼でも命令でもない。

 己の意思だけで選び取った動作だった。


 クリスは一歩前へ進み出る。

 そして、ゆっくりと膝を折った。


 床に触れるその音は、驚くほど静かだった。


 深く、深く、首を垂れる。


 帝国軍の少尉としてではない。

 一人の人間として。

 自らの未来を賭ける相手へ向けた、姿勢だった。


 その瞬間、空気が明確に変わった。


 それを見た三人は、言葉を交わすことなく、ほとんど同時に椅子を引いた。


 セリーネ。

 リディア。

 そしてレイリス。


 誰かが合図をしたわけではない。

 だが、同じ思いが、同じ行動を取らせた。


 三人は席を立ち、続けて膝を折る。


 首を垂れる三つの影。


 そこに、ためらいはない。

 恐怖でも強制でもない。

 ただ、心からの選択だった。


 レティシアは、その光景を前に、一瞬、言葉を失った。


 クリスは顔を上げないまま、だが、はっきりとした声で告げる。


「……レティシア。

 私は、あなたの言葉を聞き、あなたの選択を見て、はっきりと理解しました。

 それは、誰かを従わせるための理屈でも、

 勢力を集めるための方便でもありません」


 その名を呼ぶ声には、軍の上官へ向ける敬称も、王侯への形式もない。

 ただ、最大限の敬意だけが込められていた。


「あなたの言葉は、理念ではありません。

 紙の上で整えられた思想でも、

 誰かに示すための看板でもない」


 一拍、拳を床につけたまま続ける。


「理想論でも夢物語でもない。

 現実を知り、犠牲を知り、

 その上でなお選び取られた、生き方です」


 声は低い。

 だが、揺れはない。


「名を捨てる覚悟。

 力を独占しない選択。

 それでも未来を築こうとする意思。

 そのすべてが、言葉ではなく、行動として示されていました」


 息を吸う。


「それは、覚悟です。

 誰かに預けるものではなく、

 自ら背負い続けると決めた者の覚悟です」


 静かに、しかし確かに。


「私は、その覚悟に最大の敬意を表します。

 そして、その覚悟のもとに立つ方となら、

 どれほど険しい道であっても、

 進む価値があると判断しました」


 その言葉を聞いた瞬間、リディアの肩が、わずかに震えた。


 彼女は、ゆっくりと顔を上げる。


 その瞳は揺れていない。

 むしろ、澄み切っていた。


「……レティシア。

 私は、今日この場で、本当に大切なものを見た気がします」


 声は震えていた。

 だが、それは恐れではない。


「王族として生きること。

 名を守ること。

 それがすべてだと、私は長い間、疑いもなく信じていました」


 一拍、胸に手を当てる。


「ですが、あなたは違った。

 名を捨てても、誇りを捨てない。

 立場を失っても、責任から逃げない」


 だが、と。


「あなたは、名を捨てても誇りを捨てない。

 いいえ、むしろ」


 視線を、まっすぐに向ける。


「誇りを守るために、名を捨てることを選んだ。

 その選択が、どれほど重く、

 どれほど孤独なものであるかを、

 私は、痛いほど理解できます」


 息を整え。


「……私は」


 震える声で、しかしはっきりと。


「あなたこそが、

 私が従うべき方だと、

 心から思いました」


 深く、頭を垂れる。


「私は、リディア・エルファーレとして。

 生まれや血ではなく、

 自ら選び取った意思をもって」


 一拍。


「あなたに忠誠を誓います」


 その宣言に、セリーネとレイリスは明確に動揺した。


 セリーネが、思わず顔を上げる。


「殿下……それは、あまりにも――

 あまりにも重い誓いです。

 その意味を、殿下は――」


 だが、リディアの視線は、決して揺らがない。


 レイリスも、小さな体を震わせながら前を見つめる。


「……レティシア。

 レイリスも、この人についていきたいです。

 こわいけど、

 でも、ここにいるほうが、

 ずっと正しい気がします」


 セリーネは、一瞬だけ目を閉じる。


 その後、静かに首を垂れた。


「……ならば」


 柔らかく、しかし確かな声で。


「私も、セリーネ・シルヴァリスとして。

 護る者としてではなく、

 共に責を負う者として」


 一拍。


「あなたに忠誠を誓います」


 その光景を前に、レティシアは完全に狼狽した。


 反射的に椅子を引き、音を立てぬよう気を配る余裕もなく、慌てて立ち上がる。


「……待ってください。

 それは、違います。

 今、あなたが口にした言葉は、

 私が受け取っていい種類のものではありません」


 思わず、素の声が漏れる。


「忠誠、いえ、それは違います。

 私は、誰かの上に立つためにここにいるわけではない。

 従わせるための旗になるつもりもありません」


 慌てて、手を振る。


「そもそも、あなたは王族です、リディア。

 生まれも、血も、背負ってきた責も、

 私とは比べものにならない」


 視線を合わせる。


「私が、忠誠を誓われる立場ではありません。

 そんな関係で結ばれてしまえば、

 また誰かが、誰かの上に立つ構図になる」


 だが、リディアは膝を折ったまま、ゆっくりと首を横に振る。


「いいえ。

 それでも、私はそう思いません」


 はっきりと。


「これは、王族としての決定ではありません。

 血統でも、義務でも、立場でもない」


 一拍。


「一人の人間としての選択です。

 何を信じ、誰の隣に立つかを、

 自分で決めた結果です」


 その目は、伏せられていても、強い。


「私は、後悔しません。

 たとえ、どんな未来が待っていようとも。

 今日、この場で選んだことを、

 私は、生涯否定しない」


 レティシアは言葉を失い、しばらく黙り込んだ。


 やがて、深くため息をつく。


「……本当に」


 呆れと困惑と、それでも拒めない温かさを含んだ声。


「困った人たちですね。

 どうして、そうも一直線に、

 人の心を揺さぶる選択ばかりするのですか」


 そして、ふっと表情を緩める。


「……わかりました。

 あなたの覚悟も、意思も、

 もう十分すぎるほど伝わりました」


 一拍。


「では」


 そう言って、レティシアはゆっくりと歩み出る。


 忠誠を受ける者の姿勢ではない。

 命令を下す者でもない。


 机を回り込み、膝を折るリディアの正面まで進み、距離を詰める。


 見下ろす位置ではない。

 威圧する高さでもない。


 同じ意思を向け合える距離で。


「忠誠は、受け取れません。

 それは、私が否定してきた在り方だからです」


 静かに、しかし明確に告げる。


「誰かが誰かに従う関係ではなく、

 誰かが誰かを所有する関係でもなく、

 私は、あなたと同じ場所に立ちたい」


 だが。


「――友、なら」


 そう告げて、レティシアはリディアのすぐそばに立ち、静かに手を差し出した。


「それなら、受け取れます。

 上下でも、主従でもなく。

 同じ未来を見据える者同士として」


 リディアは一瞬、息を呑む。


 次の瞬間、その手を逃がさぬよう、両手で強く握りしめながら、ゆっくりと立ち上がった。


 膝を折っていた体が伸びるのと同時に、堪えていた感情が溢れ出す。


 涙が、静かに頬を伝う。


「……ありがとう。

 その言葉を、どれほど待っていたかわかりません。

 従うためではなく、

 共に歩むために選ばれた言葉を」


 声は震え、それでも、その手は決して離されなかった。


 主従ではない。

 上下でもない。


 亡国を知る者同士が、名を捨てる覚悟を持つ者同士が。


 初めて、同じ高さで、手を取り合った瞬間だった。


 この小さな会合を、その時点で歴史と呼ぶ者はいなかった。

 帝都の片隅、名もなき教会の一室で交わされた言葉と握られた手は、国家でも軍令でも条約でもない。

 だが、それは確かに、滅びを知る者たちが再び旗を掲げるための、最初の鼓動だった。

 のちに人々は語る。


 この日、クリス・レイス・ロアウ、リディア・エルファーレ、レイリス・セリンドリス、セリーネ・シルヴァリス、そしてレティシア・ファーレンナイト――五名の名が、同じ文脈で記されることになるとは、まだ誰も知らなかった。


 帝国にも属さず、亡国の名に縋ることもなく、ただ人として並び立つことを選んだその瞬間が、やがて人族連合軍再興の産声として記録されることを。


 そしてその流れが、魔国の大侵攻によって大陸で最初に滅んだファーレンナイト領を礎に、新たなファーレンナイト王国の誕生へと繋がり、同時に、森と誇りを失ったエルフの民を再び束ね、エルファーレ王国再建への道を切り拓くことになるとは。


 この時、誰一人として、未来を約束された者はいなかった。

 だが、名を捨てる覚悟を持つ者たちは、もう二度と、膝を折るための旗を選ばないと決めていた。

 それだけで、歴史は動き出すには十分だった。

どうだったでしょうか。

少しでも楽しんでいただけていれば嬉しいです。


このストーリーは、ほぼリアルタイムで執筆していました。

少しずつの更新というか不定期でしたが、できるだけ、間隔を

開けないようには頑張りました!!


それは本編も引き続き、よろしくお願いします。

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