表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/181

第三部 第二章 第1話

数日後、七月の柔らかな陽光が穏やかに降り注ぐ総合訓練場。


緑が濃く生い茂る広大な敷地には多くの生徒たちが集まり、ざわめきと緊張感が入り混じった空気が満ちていた。

葉擦れの音と遠くの話し声が混ざり合い、まるで戦いの予兆を告げる静けさのように訓練場を包んでいる。


本日、学院の探索者育成部と騎士部による合同演習が行われている。

これは五年次の必須演習であり、両部門の連携力と個人の実力が問われる重要な機会だった。


レティアはその場の様子を見渡しながら、騎士部のメンバーたちがアリスに向ける鋭く、敵意に満ちた視線に気づき、小さく吐息を漏らし、どこか呆れたように呟いた。


「うらまれてますなぁ〜」


その声は冷静で、他人事のような軽やかさがあったが、含みのある微笑みも混ざっていた。

アリスはそんなレティアの声を聞き流すように、肩をすくめて平然と返す。


「なんかした?」


まるで日常の雑談のように言いながらも、内心では騎士部の敵意の強さに身が引き締まるのを感じていた。

遠巻きに聞こえる声が、彼女の耳に断片的に届く。


「見ろよ、あのグレイスラーだよ」

「また出てきたのかよ」

「去年の競技会の……」


それでもアリスは表情ひとつ崩さず、軽く息を吐いた。


レティアは軽口をたたきつつも、親しい相手へのエールのように微笑んで言った。


「学院内武術競技会で剣術部門二位じゃん!」


その言葉には確かな信頼と、ほんの少しのからかいが含まれていた。

アリスはわずかに眉をひそめて、不満げに答える。


「そうよ、一位じゃなくて二位なのよ、私は」


その口調にはまだ消えない悔しさが混じり、心の奥で燻る不満が伝わってきた。


「しかも、決勝戦の途中で剣が折れるとか、どういう運命よ……」


アリスが小さくぼやくと、レティアは肩をすくめて笑った。


「模擬剣さえ折れなければ、圧勝で一位になってたのは誰?」


その挑発的な言葉に、アリスは少し呆れたように肩をすくめて答える。


「まだ根に持ってるの? あいつら」


「そりゃあねぇ。あれ以来、騎士部のプライドがボロボロよ。“探索者に剣で負けた”って、未だに噂されてるもの」


「……あー、そういうこと」


アリスは軽くため息をつき、額に手を当てた。


「でも、別に私が悪いわけじゃないじゃない。ちゃんとルール通りに戦っただけ」


「そう言っても、彼らの中じゃ“グレイスラー=剣でも無敵”って構図ができあがっちゃってるからね」


「いやいや、それは誇張でしょ。……たぶん」


アリスの小声に、レティアはくすりと笑いをこぼす。


「ま、事実だから仕方ないんじゃない?」


「やめてよ、火に油を注ぐようなこと言わないで」


「はいはい。じゃあ、今度の演習でまた証明してあげればいいのよ。――“力の差は現実だ”ってね」


その言葉は軽やかに聞こえたが、どこか真剣な響きもあった。

アリスは横目で彼女を見て、小さく微笑んだ。


「……レティアって、時々怖いこと言うよね」


「応援のつもりなんだけど?」


「うん、ありがと。でも……その応援、ちょっとプレッシャー」


アリスの苦笑に、レティアは軽やかにウインクをしながら、応援するように言葉を添えた。


「まあ、頑張ってね。あなたなら、あの連中の意地なんて軽くひっくり返せるでしょ?」


その声には確かな励ましの意図があり、穏やかな風のようにアリスの背中を押した。


アリスは深くため息をつきながらも、静かに気持ちを切り替え、ゆっくりと自分の定位置へと向かう。


「……はぁ。ほんと、学院生活って戦場みたい」


小さくぼやきながらも、足取りには迷いがなかった。


足元の固い地面を踏みしめるたびに、心臓の鼓動が静かにだが確かなリズムを刻み、彼女の全神経が研ぎ澄まされていくのを感じていた。

陽光の中、風に揺れる髪が白銀に輝く。


その姿に、周囲の騎士部員たちも思わず息をのむ。



育成部の代表として、アリス・グレイスラーは緊張を秘めつつも凛とした姿勢で訓練場に立っていた。

彼女の瞳は鋭く、これから始まる過酷な試練に向けて、内なる覚悟が燃えている。


その光を見つめる者たちの中には、畏怖と対抗心が入り混じっていた。

前列の騎士部員が誰ともなく呟く。


「――あれが、“学院最強”の一人、か……」

「噂だけじゃなかったんだな……あの気迫、ただ者じゃない」

「けど、こっちは数で押す。真正面からなら、剣士としての誇りを見せてやる」


周囲の視線が熱を帯び、戦場前の静かな炎のように空気を焦がしていく。


一方、レティア・エクスバルドは場外で、他の探索者育成部員たちと共に自らの順番を待ちながら、冷静に準備を整えていた。

端末を操作し、簡易魔力測定を確認すると、小さく息を整える。


「アリス……無理はしないでよ。演習とはいえ、あの連中、手加減なんてしないんだから」


彼女の呟きに隣の学生が不安げに尋ねた。


「そんなにすごい人たちなんですか?」


「ええ。でも、アリスはそれを“怖い”って言葉で片づけるような子じゃないの。――むしろ、挑まれるほど燃えるタイプよ」


レティアは小さく笑い、肩の力を抜いた。

遠くから聞こえるアリスの足音や呼吸を耳にしながら、彼女もまた自らの試練に備えて精神を研ぎ澄ませている。


対する騎士部の者たちは、アリスの学院内武術競技会での優秀な成績を熟知しており、己の誇りを賭けて彼女を包囲殲滅しようと、鋭い眼光と凄まじい殺気を放っていた。


重装鎧を纏った騎士たちは肩を寄せ合い、鎧の軋みを響かせながら、鋭利な金属の刃を陽光にきらめかせ、まるで生きているかのように周囲を包囲していた。

その中心で、ひとりの上級騎士が低く言葉を放つ。


「相手はグレイスラー。油断したら即、無力化される。いいな、連携を切るな」


「了解!」


声が揃い、地を踏み鳴らす音が訓練場の地面に響く。

重厚な空気が張り詰め、まるで一陣の嵐が訪れる前のような静寂が場を支配していた。


アリスはゆっくりと自分の定位置に歩を進め、定位置に到着した。

その歩みは静かで、しかし確固たる自信と覚悟に裏打ちされたものだった。


騎士部の学生のひとりが歯を食いしばりながら吐き捨てる。


「……こっちを見やがった。笑ってるのか、あの目……!」

「怯むな! これは訓練だ、恐れるな!」


彼らの声が響く中、アリスはただ一言、静かに呟いた。


「大丈夫。私は、私のやり方で戦う」


その声は風に乗って届くほどの小ささだったが、確かな意志を宿していた。


足元の硬い地面が踏みしめられる感触を肌で感じながら、彼女の心臓は静かにだが確かなリズムを刻んでいた。

騎士部のメンバーもそれぞれの布陣へ散り、互いに目配せを交わしながら戦闘態勢を整える。


双方の配置が整うのを確認すると、教官が静かに合図を送った。


「――演習、開始!」


その一声が訓練場全体に響き渡った瞬間、空気が一変した。


ざわめきは途絶え、次の瞬間には張り詰めた戦場の緊張が全員の肌に突き刺さる。

重装鎧を纏った騎士たちの目は、まるで獲物を見据える猛獣のように鋭く光っていた。


金属の鎧が擦れる音が、空気を裂くように響く。

彼らは無言の合図で包囲線を徐々に縮め、地面を踏み鳴らすたびに、大地が低く唸った。


「グレイスラーを包囲せよ! 魔力頼みじゃない、己の技術で叩き潰すのだ!」


指揮官の怒号が響き、全員の動きが一斉に加速した。

重厚な鎧が軋みを上げながら前進し、複数の影が一斉に迫る。


その光景を前に、アリスはゆっくりと息を吸い、剣を抜いた。

冷たい金属音が、静寂の中でひときわ鋭く響く。


「ふぅ……」


その吐息と共に、彼女の内側で何かが切り替わった。


――魔具による魔力封鎖状態、詠唱不能。


身体の隅々まで血流が駆け巡り、魔力封鎖状態であるの身体が、それを補うかのように研ぎ澄まされていく。


だが、アリスは怯まない。

前世「レティシア」の経験と、前々世「はるな」の技術が、一つの意識に重なり合う。

戦術も戦略も、すでに身体に刻み込まれていた。


アリスは剣を正眼に構え、唇をわずかに動かす。


「詠唱できないなら――身体を武器にするだけ」


その声は小さく、だが明確に響いた。

心の奥で高鳴る鼓動が、リズムのように全身を駆け巡る。


先陣の騎士が咆哮と共に突進した。

全身を覆う金属が陽光を反射し、まるで走る要塞のように迫る。


「うおおおおっ!」


槍の穂先が唸りを上げ、一直線にアリスの胸元を狙う。


その瞬間――。


アリスの姿が一閃と共に揺らいだ。


「……速っ!?」


騎士が目を見開くより早く、アリスの剣が閃光のように走った。

鋭い金属音とともに、槍の柄が真っ二つに折れる。


「なっ……!」


騎士が驚愕するが、アリスはもう次の一手へと移っていた。


半歩、前へ。

足裏が地面を滑るように動き、敵の懐に潜り込む。


「――間合い、取らせない」


静かな声と共に、彼女の剣が鎧の隙間を正確に突き抜けた。


鋼鉄を貫く鈍い衝撃。

相手の鎧が歪み、重い音を立てて崩れ落ちる。


周囲の騎士たちが一瞬息を呑み、すぐに怒号が飛ぶ。


「取り囲め! 一対一は避けろ!」

「囲んで押し潰せ!」


次の瞬間、十数名の騎士が一斉に突進。

金属の奔流が一気に押し寄せる。


アリスは静かに剣を構え直し、重い息をひとつ吐いた。


「……来る」


衝撃波のような突進を前に、彼女はまるで風のように舞う。

右の騎士の剣を躱し、左の盾を踏み台にして宙へ跳ぶ。


頭上で交差する二本の剣が彼女の足元をかすめた。


「遅い」


アリスの声と共に、空気を裂く音が響く。

着地と同時に放たれた斬撃が、盾ごと騎士の腕を弾き飛ばした。


火花が散り、鋭い金属音が連続する。


アリスの剣は、もはや“攻撃”というより“予測”だった。

 一歩先の動きを読み、敵の体重移動と呼吸の間に刃を差し込む。


「くっ……動きが読めねぇ!」

「囲め、囲め! まだ倒れてない!」

「うるさい」


 アリスが低く呟く。

 それは冷たい響きだったが、妙に澄んでいた。


 彼女の剣が再び閃いた。

 一撃ごとに鎧が裂け、盾が砕け、金属音が訓練場の天井に反響する。


 息を飲む観戦者たち。

 その目は恐怖と憧れの入り混じった光で、金髪の少女を見つめていた。


 アリスの肩をかすめた刃が、鋭く頬を掠める。

 血の一滴が宙に舞ったが、彼女は痛みを感じていなかった。


「痛い暇なんて、ない」


 それは戦場の記憶――かつての“白銀の戦乙女”としての直感が囁いていた。


 剣戟の音が続く中、敵の呼吸が荒くなるのを感じ取る。

 騎士たちの動きがわずかに重くなり、間合いが崩れ始める。


 アリスは一瞬の間隙を見逃さなかった。


「今だ……!」


 全身の力を込め、剣を突き出す。

 鈍い音と共に、重装騎士が仰け反り、膝をつく。


 その隙を突いて、アリスは身を翻し、包囲の狭間を駆け抜けた。


「抜けた!」


 自分の声がわずかに震えているのを感じたが、それは恐怖ではなく、確かな手応えだった。


 騎士たちの間に焦りが走る。


「包囲が崩れるぞ! 立て直せ!」

「落ち着け、まだ数では勝っている!」

「数? 意味ないわ、それじゃ」


 アリスの声がかすかに笑うように響いた。


 再び金属音。

 彼女の剣が弧を描き、雷鳴のような速さで敵を薙ぎ払う。


 一撃ごとに、騎士たちの鎧が割れ、盾が砕け、衝撃波が地面を走った。


「ぐっ……この子、何者だ!」

「これが……探索者育成部の……!」

「違う、“剣”が見えねぇっ!」


 それは技の域を超えていた。

 動きが流れとなり、流れが一瞬の中で形を変える。


 踏み込みのたび、砂塵が舞い上がり、陽光が反射して残光を描く。


 やがて、最後の一人が膝をつく。

 荒い呼吸と共に、騎士たちが次々と武器を落とす音が響いた。


 演習場は一瞬の静寂に包まれた。


 教官は目を細め、深く息を吐いた。


「……これが、“本物”か」


 観戦席では探索者育成部の学生たちが息を呑み、レティアが小さく呟く。


「まったく……相変わらず、容赦ないわね」


 見学にきていた隣に座るフィオナが微笑んだ。


「けれど、あの動き――見惚れてしまいましたわ」


 アリスは疲労と勝利の充実感を胸に抱き、静かに剣を納めた。

 髪を揺らす風が心地よい。


 遠くのレティアたちに視線を向けると、彼女は穏やかに笑っていた。

 アリスもまた、ほんの少しだけ口元を緩め、力強く微笑み返した。


 ――戦場を制したのは、白銀の刃を携えた少女。

 その姿は、まるで伝説の再来のように眩しく輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ