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プロローグ 第1話

――現在より、さかのぼること三百数十年前。


それは南大陸の歴史を揺るがし、すべてを変える一夜であった。


ハイエルフ族を王に戴く多種族連合国家――

『エルファーレ王国』。


長きにわたり平和を築いてきたその国の中心、王都エルネアにて。

血と炎と裏切りが、聖域たる王城を貫いた。


夜半、満月が蒼白い光を王城に注ぐ頃。

王都を守護する最精鋭『黒銀の騎士団』――

その団長であり、かつて魔人族の誇りとされた将軍、アズマール・ベル=ノクトは、突如として反旗を翻した。


黒き軍靴が、玉砂利を踏み鳴らす。

その背に従うは、かつて忠義を誓った黒銀の騎士たち。

――否。今や彼らは、漆黒の甲冑に身を包みし裏切りの軍勢だった。


「将軍! な、なぜこのような……っ! これは反逆です!」


城門に詰めていた副官の叫びは、返答すら与えられぬまま、黒刃の閃光と共にかき消された。


鋭く――一閃。

断ち斬られた喉元から血飛沫が噴き上がり、月下に赤黒く舞い散る。


「退けぬ者は死ね。理に縋る者も血に還れ」


その声は低く、冷たく――

だが確かに、聖域そのものを震わせた。


暴走ではない。狂気でもない。

これは、意思だ。

意志をもって“滅ぼす”と決めた者の、覚悟の咆哮だった。


王城の回廊に響き渡る剣戟の音。

かつての仲間だった近衛兵たちが、悲鳴と共に薙ぎ払われていく。


盾は砕かれ、鎧は穿たれ、魔術師たちの詠唱は虚しく掻き消え、

術者ごと壁へと叩きつけられた。


「くっ……! 王を、守れ! 退くな!」


玉座の間へと通じる階段に、最後の近衛部隊が立ち塞がる。

黄金の装甲に身を包んだ彼らは、恐怖を振り切るように一斉に魔術障壁を展開した。


「《ガーディアン・フィールド》、全周防御陣!」


張り巡らされる魔導結界。

光の壁が形成され、迫る敵勢を食い止めるべく陣を敷く。


だが――


「無駄だ」


アズマールは、漆黒の大剣を片手に一歩、また一歩と前進する。

その剣が振るわれた瞬間――世界が砕けた。


轟音。

地を裂くような爆発的衝撃と共に、前衛の騎士たちは吹き飛ばされた。

結界は一撃で破られ、戦列が崩壊する。


続く追撃――音もなく間合いを詰めたアズマールが、

一人、また一人と騎士たちの鎧を裂き、喉笛を貫き、心臓を穿つ。


「お前たちは強かった。だが、弱さに縛られすぎた」


静かに告げながら、彼は殺していく。

まるで、かつての忠誠心への鎮魂歌のように。


玉座の間の扉前。

最後に残された三人の上級騎士が、盾を掲げて道を塞いだ。


「ここを通すわけには――!」


だが、その言葉を言い終える前に、一人が背後へ吹き飛ばされた。

足場を砕かれ、斬撃の余波で内臓が焼かれる。


残る二人が叫びと共に突撃するが――

アズマールは、たった一撃で両者の剣を弾き、返す刃で二人の胸を同時に貫いた。


「弱者に与える慈悲はない」


その声の先にあるのは、もはや王ではなかった。


開かれた玉座の間の扉の奥。

そこに居並ぶ、ハイエルフの王族たち。

そして、王――リューシェル・エルファーレ。


「魔の者よ、この聖域をこれ以上汚すな!」


老王が玉座から立ち上がり、己の命を賭して剣を抜いた。


しかし――その手から剣が放たれることはなかった。


次の瞬間、アズマールの剣が閃き、王の側近が咄嗟に庇うが、そのまま上体ごと切断され、血が扇状に吹き出す。


王妃が悲鳴を上げ、若き王子が剣を取ろうとするも――

空間が捻じ曲がった。


アズマールの魔力が場を支配したのだ。

空間を支配し、結界を破壊し、すべてを制圧する力。

それは、もはや“魔人”の域を超えていた。


やがて、王子の首もまた、地に落ちた。


燃えさかる玉座の間。

倒れ伏す忠臣たち。


なおも抗おうとした姫巫女の詠唱も途中で絶たれ、その身は黒き魔に呑み込まれて消えた。


すべてが終わった時、アズマールは血塗れの玉座へと静かに腰を下ろした。


「今日より、この国は――いや、この大陸すべてが我が掌の中だ」


深淵の瞳に宿るのは、絶対の支配意志。

その言葉と共に、魔国は誕生した。


夜明けの空を裂いて、黒き魔国旗が掲げられる。

それは、かつて白銀に守られた王都が、魔に堕ちた証。


血と裏切りで築かれた魔国の咆哮は、やがて南大陸全土へと拡がっていくのだった――。


裏切りと殺戮にまみれた王位簒奪。

新王アズマールは、その夜のうちに王都の粛清を開始し、忠誠を誓わぬ貴族を一人残らず処刑。


その家門と歴史を、地上から消し去った。


そして、恐怖に膝を屈した者たちには、禁忌の血の契約を行い、己が眷属として再編成。


夜明けと共に新たな軍団が結成され、南大陸の地図を書き換えるための軍靴が踏み鳴らされた。


「我が魔国は弱者を許さぬ。生きる価値は、力で示せ」


王都の塔には純白の旗が引きずり下ろされ、代わって純黒の魔国旗が掲げられた。


その下、かつての英雄は、すでに“魔王”と呼ばれるに相応しい姿となっていた。


「告ぐ。我が名はアズマール・ベル=ノクト。

この魔国をもって、南大陸の腐った国家群に鉄槌を下す。

服従か、滅亡か――選べ、弱者ども!」


その声は夜明けの空を裂き、大陸の果てにまで届いたという。


――最初の犠牲となったのは、王国ミラージュの国境地帯に広がる、ファーレンナイト辺境公爵領だった。


王国ミラージュの西端、寒風の吹き抜ける峻厳な山脈と深い針葉樹林に囲まれたこの地は、かつて「剣と盾の家系」と称され、五百年の長きにわたって王国の国境を守護してきた誉れ高き騎士の家門である。


代々、辺境の民を守る盾となり、幾度も外敵の侵攻を退けたこの公爵家は、その誇りと信念において、まさしく王国の礎であった。


だが、今回ばかりは――あまりにも突然すぎた。


闇夜の下、雷鳴のように鳴り響いた魔導投射兵器《黒き礫》の一撃。

黒き軍旗を掲げ、魔国軍が峠を越え、国境を越えたのは未明のことだった。


前線に布陣していた砦の守備隊は、わずか三百。

対する魔国軍は、最低でも二千。しかも、通常の軍ではない。


魔力強化を施された魔人兵、空間跳躍を可能とする術士部隊、そして黒き炎を纏う“破壊の巨人”と呼ばれる人型兵装――

旧時代の禁術兵器さえ投入されていた。


夜の静寂を引き裂いたのは、魔導の閃光だった。


防衛砦 《オルド砦》の正門が、一撃で吹き飛ぶ。


「っ、全員戦闘配置! 防衛線を維持しろ!」


砦を守る騎士たちは死力を尽くした。


激しく交錯する剣と刃。

槍の列が押し寄せる魔人の突撃を受け止め、魔法障壁が降り注ぐ火球を弾き、空から迫る召喚獣を矢で撃ち落とす。


「死ぬな! ファーレンナイトの名を忘れるなッ!」


将校の怒声が飛ぶ中、兵士たちは奮戦した。

だが、あまりにも戦力差が大きすぎた。


数、質、装備、指揮――すべてが敵の方が上だった。


壁を駆け登る魔人兵。

破壊の巨人が拳で砦を砕き、そこから侵入した敵兵が内部を蹂躙する。


火の手が上がる。悲鳴が飛ぶ。

魔獣が檻から解き放たれ、砦の通路で兵士たちを引き裂いた。


砦は、わずか半日で陥落した。


その急報が領都に届いたのは正午過ぎ。

鐘楼が打ち鳴らされ、領主軍は総動員をかけて応戦の準備に入った。


だが――早すぎた。


《オルド砦》が崩れた日の夜、すでに敵軍の先行部隊は山岳ルートを使って領都北の谷に侵入し、城塞都市 《ノールスティア》の外縁部に火を放っていた。


そして三日後の夜。

ファーレンナイト公爵領の象徴にして堅牢を誇った石造りの本城 《レイザンクロス城》が、四方から包囲された。


「総員、最後まで諦めるな! ここを超えさせるな……!」


老公爵ロドルフ・ファーレンナイトは、自ら鎧を纏い、剣を手に取り、城門の前線に立った。


熟練の騎士たち――白銀の精鋭衛士団が、最後の防衛線として抗戦する。


飛来する炎弾、土塊を巻き上げる破砕魔法、地を這う闇の触手。

それを盾で受け、剣で断ち、詠唱で打ち消す。


壮絶な攻防が、夜を徹して繰り広げられた。


「公爵様、門が……持ちません!」

「貫かせるな! 壁は――我らの魂で補えッ!」


だが夜明け。

敵将の名を持つ男――《黒槍将ダムノス》が、自ら先頭に立って突撃を開始。


漆黒の魔槍に貫かれた城門が、大音を立てて倒れる。


もはや、これまでだった。


敵はなだれ込み、街を焼き、民を殺し、聖堂を蹂躙し、すべてを踏みにじった。


公爵は戦死、息子たちもまた戦死。

領主館は崩落し、最後には城が燃え上がった。


――そして、ファーレンナイト辺境公爵家は、歴史から消えた。


ただひとり。


その戦火の遥か前――

当主の長女、レティシア・ファーレンナイトだけが、生き延びていた。


彼女は十数か月前、学術推薦枠により、南大陸南東部に位置する学術都市――

ザンスガード帝国 帝都 《ザンスガード》へと留学していた。


ザンスガード帝国が誇る『大魔導学術院』は、世界中から英才が集う知の殿堂である。


魔導と科学、理術と戦術――あらゆる分野において最先端を担うこの地において、彼女は特待生として、その名を刻み始めていた。


――だが、彼女にはもう一つの“顔”がある。


それは、遥か遠き異世界。

機械文明と科学理論が支配する現代日本にて、軍事用ロボットの開発に従事した天才研究者にして、古流剣術の達人。


名を、長瀬はるな。


科学者であり、剣士であり、

そしてこの世界に転生した者。


その知識と技術、精神と信念――

すべてが、彼女の中に眠っていた。


彼女がこの世界に転生した瞬間から、歯車は静かに、だが確かに回り始めていたのだ。


そして今――


故郷を焼かれ、家族を失い、血に染まった祖国の報せを受けた彼女は、心の底で知っていた。


この戦乱の連鎖は、やがて彼女自身を、“伝説”と呼ばれる存在へと押し上げていく。


――それは、人と魔の大戦の始まり。

そして、一人の少女が「すべてを終わらせる剣」となる、壮絶なる物語の幕開けであった。

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