8月25日、祖父との約束を胸に
公民館の冷房が、やや効きすぎているのか、ひんやりとした空気の中で私はアイスコーヒーのグラスを両手で包み込むように持った。氷のカチカチという音が、静かな和室に響く。
「ねぇ、今日のニュース、知ってる?」と、智子がスマートフォンの画面を見せながら、にこにこ笑っている。
「あ、また智子ちゃん、情報早っ!」と美咲が、ティッシュで額の汗をぬぐいながら、智子の隣に座った。
「秋田の秘湯、小さな森の湯が、7月から宿泊再開したって!」智子が言うと、佳代が「え、あの無色透明の源泉掛け流しのとこ?廃業危機だったじゃん?」と、呆れたような声を出した。
私は、アイスコーヒーの水滴がグラスを伝い落ちるのを見ながら、内心で「またこの人情報早いな」と思った。
「美しいところにはみんな来てくれるって、地元の言葉がステキよね」と智子が続けると、美咲が「でもさ、私、秘湯ってちょっと怖いかも。夜、森の中で一人で入るの?」と、首をすくめた。
「美咲さん、またそれ~」と佳代が苦笑いしながら、「廃業危機乗り越えたって、まさかママ友の出資で?」と、からかうように言った。
「ちょっと、佳代ちゃん!」私がツッコミを入れると、智子が「4月下旬から日帰り入浴も始まってたのよ。でも、宿泊再開は7月1日からって、地元の人たちが喜んでたって記事に書いてあった」と、詳細を付け加えた。
「宿泊って、小屋みたいなとこ?」美咲が尋ねると、智子が「木の香りがするログハウスみたいな宿泊棟が、3棟だけ建てられたんだって。1泊2食で、朝は地元の野菜の味噌汁と、あきたこまちのご飯が出るって!」
「あー、行きたい!」私が思わず声を上げると、佳代が「でもさ、子供たちはどうするの?連れて行く?」と、現実的なことを言い出した。
「子供たちは、一緒に連れて行けるのかな?」美咲が心配そうに言うと、智子が「小学生以下は、一緒の部屋でもOKって書いてあったわ。でも、露天風呂は一緒に入れないから、交代で入るしかないみたい」
「えー、それ大変!」私が眉をひそめると、佳代が「まぁ、私は秘湯より、近所の公園でキャッチボールからだわ」と、肩をすくめた。
「佳代ちゃん、またそれ~」と智子が笑いながら、「そういえば、石川の能登で、隙間バイトが拡大してるってニュース見た?」と、話題を変えた。
「隙間バイト?」美咲が首を傾げると、智子が「1日・時間単位の働き方で、カキ養殖や旅館サポートで地域が協力してるんだって」
「カキ養殖って、牡蠣を育てるの?」美咲が、ぽかんとした表情で尋ねると、佳代が「美咲さん、またそれ!カキは育てるもんじゃなくて、養殖するのよ」と、呆れたように言った。
「でも、私、殻むけられないんだけど…」美咲が恥ずかしそうに言うと、私が「私も、殻むくの苦手だよね」と、共感した。
「能登の隙間バイト、私も週末だけ旅館手伝おうかな~」と美咲が、ふと言い出すと、智子が「美咲さん、接客経験ゼロで大混乱予告ね」と、笑った。
「ちょっと、智子ちゃん!」美咲が頬を膨らませると、佳代が「隙間バイトで稼いだお金で、秘湯に行く?ってこと?」と、茶化した。
「いいね、それ!」私が笑いながら、「でも、隙間バイトって、どんな感じなの?」と、智子に尋ねた。
「朝の6時から9時まで、カキの養殖場で牡蠣の殻を洗う作業とか、旅館では客室の布団を敷く作業とか、1時間単位でできるんだって」
「1時間だけ、布団敷く?」美咲が驚いたように言うと、佳代が「美咲さん、1時間で何枚敷けるの?って話よ」と、からかうように言った。
「うーん、3枚くらい?」美咲が自信なさそうに言うと、私が「私も、3枚が限界かも」と、笑った。
「そういえば、長崎の創成館高校の小佐野柊真選手が、7月に亡くなった祖父との『甲子園に行く』約束を果たしたってニュース見た?」と智子が、話題を変えた。
「甲子園行く約束?」佳代が、少し真面目な顔になって、「うちの息子はゲームの約束も守れないわよ」と、辛口コメントをした。
「佳代ちゃん、またそれ~」私が苦笑いしながら、「でも、小学生の頃、甲子園球場で一緒に野球を見た祖父とのエピソード、記事に載ってたよね」と、智子に尋ねた。
「ええ、小佐野選手は、祖父に『絶対に甲子園に連れて行く』って約束したんだって。7月の地方大会で、創成館が勝ち上がって、本当に甲子園に出場することになったんだって」
「うわ、泣ける!」美咲が、目を潤ませながら、「でも、祖父は見に行けなかったの?」と尋ねた。
「7月に亡くなったって、記事に書いてあったわ」と智子が、少し寂しそうに言った。
「でも、きっと、おじいちゃんは見てるよ」と私が、ぽつりと言うと、佳代が「まぁ、甲子園行くより、まずは近所の公園でキャッチボールからだわ」と、軽く笑った。
「またそれ~」と智子が笑いながら、「でも、小佐野選手、本当に頑張ったよね」と、感心したように言った。
「そうだね」と私が頷きながら、「でも、私たちも、明日はまたこんなゆるい時間過ごせたらいいね」と、呟いた。
「うん!」と美咲が笑顔で頷き、佳代が「また明日も、こんな話で盛り上がろうね」と、微笑んだ。
遠くで、子供たちの笑い声が聞こえてきて、私たちは、静かにアイスコーヒーを飲み干した。