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羊の夢見る私はどこにいる。【ミステリ】

 私は夢の中で、羊を追いかけていた。


 なぜ羊を追いかけているのかは分からない。


 でも、無性に……。





 私が目を覚ますと、そこは暗闇だった。


 いつもの部屋じゃない。

 それに、轟音が聞こえる。


 この部屋の外から、何か途轍もない大きさの音が聞こえてくる。


 それと、周期的に揺れるこの部屋。


――移動している?


 私はともかく前に進もうとしたが、思ったよりこの部屋は狭いようだ――すぐに壁へと頭をぶつけた。


 途端、不安になる私。

 眠りから覚めて、すぐに暗闇へと閉じ込められたら、誰でもこうなるだろう。


 これは、犯罪だ。悪意の満ちた何者かによる仕業だろう。


 そして私は、ある一つの結論に辿り着いた。


”私は、攫われた……!”


 まさか私が、犯罪に巻き込まれるとは。

 心細い。


 こんな時、みゆうがいてくれれば……。


 いや、そもそも、ここに来る前私は何をしていた?


 記憶を辿り、眠る前に何をしていたか思い出す。


 そうだ、みゆうと遊んでいたのだ。

 リビングでみゆうと遊んで、疲れて、歯も痛いし、そのまま自分のベッドに行って寝た。


 そこまでは覚えている。


 だが、起きたらこの状況。


 じゃぁ、みゆうはどこへ?私達は二人で暮らしていた。

 私が攫われたのだとしたら、彼女は?


 みゆうが危ない……!


 私は一刻も早く、この真っ暗な小部屋から抜け出すことを決意した。





 私はまず、出口を探すことにした。


 壁は滑らかで、扉らしき構造はどこにもない。

 開ける、押す――そんな機能が、この空間には初めから存在しないようだった。


 あまり冷たくなくて、つるつるとした材質。プラスチックだろうか。


 いつもの部屋と違い、暖かみの無い、まるで無機質な小部屋。

 匂いも化学的で、何とも不快だった。


 と、その時、急にこの部屋の速度が落ちた。


 慣性によって体が前に引っ張られるのが分かる。


 そこから、周期的に揺れていた部屋全体が、不規則に揺れ出した。

 たまに方向を変えるのも分かる。

 心なしか、外の騒音も小さくなった気がする。


 なんと、私は慣性を理解しているのだ。


 みゆうは信じないだろうが、本当に分かっている。

 これを理解していないと、急な方向転換も難しいからね。


 ともかく、脱出だ。


 私は静かに、だが確実にこの部屋から抜け出す方法を探す。


 まず壁際に身体を寄せて、足の力で踏ん張る。

 そのまま勢いよくジャンプ――しようとするが、天井に頭をぶつけてしまった。低すぎる。私は唸りながら座り込んだ。


 この空間、制限が多すぎる。


 そこで私は今一度、暗がりの中で、目を凝らしてみた。


 暫く暗闇の中にいたからか、眼が闇に慣れ始めていた。

 だが、それでも暗いことには変わりない。


 視線を走らせる。角。隙間。目立たないヒンジのようなものを発見。

 私は手でそこをこする。


 しかしヒンジはビクともしなかった。


 金属なのか。これは無理そうだ。


 ”もう!何やってるんだ私、急がないと”


 焦燥が全身を満たす。

 みゆうが危険かもしれないのに、私はこんなプラスチックの檻の中に閉じ込められている。


 焦るほどに怒りが湧いた。


 もう一度ジャンプする。壁を蹴る。天井にぶつかる。方向を変えて、右隅へ突進する。


 すると、わずかに扉の一部が揺れた。

 その反応に、私は息を荒らして、今度はもっと強く跳びかかる。


 小部屋が、揺れた。


 揺れた……のだ。





 私は町の人気者だった。

 みゆうと二人で町に出れば、必ず誰かが声を掛けてくれた。


 よしこおばちゃんや、こうきくん、ぎんざぶ何とかおじいちゃんとか。


 私は町のスターだったし、みゆうも町のスターだった。


 だとしたら、狙いは私達の美貌か?それとも、みゆうの財力か?

 だとしたら必ず、彼らの中に犯人がいるはずだ。


 または私達のことを前々から知っていて、私を人質に、みゆうから食べ物か何かをせびるつもりなのかもしれない。


 だがその悪事もすぐに止めてみせる!


 この小部屋が外の乗り物と分かれていることが分かった今、この小部屋ごとここから抜け出してみせる!

 

 私はもう一度足に力を入れ、小部屋を動かすべく、思い切り体を壁にぶつけた。


 ドン!


 大きな音と共に、部屋全体が揺れた――と同時に、外から思いがけない人物の声が聞こえてきた。




「ごめんね~。怖いよね~すぐに出してあげるからね」




 その声の主はみゆうだった。


 私は驚いたが、そんなこともお構いなしに、彼女は続けた。


「君は初めてだもんね。前の子もそうだったからさ。布も取ってあげたいんだけど、もっと興奮しちゃう気がするから。すぐ楽にしてあげる」


 な、何を言っているのか。


 信じられないが、この事件の犯人はみゆうだった。


 え、まってまって、彼女は”前の子”と言った?


 なんてことだ。私のルームメイトが臓器売買のブローカーだったとは……!


 そして、楽にしてあげる……だって?


 前に彼女と見た映画で聞いたことがある。


 このセリフの後、人が殺されるのを――。


 私は絶望した。


 味方が一人もいないとは思いもしなかった。

 だって、みゆうはいつも私の味方だと思っていたからだ。


 そんな、そんな……。


 そして彼女は急に、曲を流し始めた。


 これは……彼女が教えてくれた名曲……"カン何とかロード"か。


 いい歌だ。


 微かな弦楽器の音色が空気の中をかき分けるように響き、心を和ませる。

 荒野を野生になって駆けている様な爽快感と、何ともいえない寂寥感。


 まるで、遥か彼方の故郷へ向かう旅路を、友と共にするような、あるいはまだ見ぬ「帰る場所」への憧れを抱いて進むような、不思議な感覚。


 死に際の曲にしては悪くない、と私は思った。


 この曲が止まれば、やがて私はこの腹を裂かれるのだろう。


 歯の痛みに顔を顰めながら、私は地面に伏した。





 その時はすぐにやってきた。乗り物も、曲も止まり、みゆうがこちらへやってくる気配がする。


 あぁ、神様。もしいらっしゃるなら、犯人をみゆうでない他の誰かにしてください!


 その両脚で、私の運命を救ってください!


 でももう、無理だ。神なんていないんだ。ほんとは。犯人はどう考えてもみゆうしかいなかった。


 なんてひどい……運命なの!


 だが、もう抗いようもなかった。


 部屋に掛けられていた布が取り払われ、私は差し込んでくる眩い光に目を顰めた。

 光と共に視界へと入ってきたのは、やはりみゆうだった。


 部屋の天井が開き、彼女はそこから私を持ち上げた。


 彼女の正面にある建物は、たくさんの動物たちで溢れる怪しい施設。


 私は大人しくみゆうの手にかかろうとしたが、彼女が放った一言は私を絶望の淵から救い上げた。


「だっこちゃん!大人しくできてえらいねえらいねぇ!歯痛いでしょ?これから治してもらうからね」


 私は遂に、事の真相が分かった。


 彼女は私を怖がらせまいと、工夫して”車”に乗っけていたのだ。


 恐らく、彼女の家にはもう一匹、前の子がいた。その子での経験を通して、私が車の中で興奮してしまうのを分かっていたのだ。


 それで事故を起こしようモノなら大変。

 彼女のおかげで、一度も暴れ回らずに済んだのかもしれない。


 ともかく、よかった。


 ここはどうやら、私の歯の痛みを治してくれるところらしい。

 当然チェーンソーを持った闇医者もいないし、解体された犬達もいない。


 私は尻尾を振って、みゆうの腕に抱えられたまま施設へと入った。





 上機嫌な彼女の会話が聞こえる。


「えー!うちの子もボーダーコリーなんです!名前は”だっこ”ちゃんっていうんです。かわいいでしょ?」


 それを聞いていた私は、得意気に口角を上げて吠えた。


「ワン!」


 

 主人公はみゆうの愛犬・だっこちゃん。つまり、ずっと犬の視点で進んでいた、というわけでした!

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