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5話 喪失

「ねえ、ドリンクバーも注文していい?」

「あ?ああ……」


 俺と梅野は学校の下校途中にあるファミレスに足を運んだ。

 さっき詩織から逃げてきて……詩織と翔が二人で出掛けたことを直接聞いて……。

 俺の心は喪失感で満ちていた。


「蓮くん、食べないの?冷めちゃうよ?」

「あ……食べるよ……」


 食事をする気分ではないが、適当に注文してしまったパスタを口に運ぶ。

 ……美味しくない。

 別にファミレスのパスタが不味いというわけではない。

 今の俺は何を食べても美味しく感じないのだろう……。


「橘さんと岡部くん……昨日二人で出掛けてるし……仲が良いんだね」

「いや、そんなことは……」

「だってそうでしょ?どっちから誘ったかは知らないけど、嫌な相手だったら普通休日に一緒に出掛けないよ」

「そう、だよな……」


 翔は詩織のことが好きなんだ。

 詩織も……やっぱり……翔みたいなやつが……。


「もうさ…………」


 梅野は食事をしていた箸を置いて、真剣な表情で言葉を続けた。


「やめたら?橘さんに拘るの」

「な、なんで、そんな話になるんだよ」

「だって蓮くん、おかしいよ。橘さんに劣等感を感じてるみたいだから一旦距離を取るように言ったけど……。周囲の目を気にしているようじゃ、これから先も一緒にはいられないんじゃないのかな」

「そうかもしれないけど……」


 たしかに俺の行動は矛盾している。

 詩織と一緒にいたいくせに距離を取ったり……。

 まあ、それはクラスメイトたちの痛い視線が要因になってしまっているわけだが……。

 そんなことは言い訳だ。

 誰にどう言われようと、詩織のことが好きだという気持ちを強く持っていればブレることはなかったんだから……。


「蓮くんはさ……本心ではどうしたいの?」

「俺は……」


 自分に自信をつけたい?

 詩織といても恥ずかしくない自分になりたい?


 ……違うだろ。


 俺は単純に詩織と同じ時間を共有していきたいんだ。

 足並みを揃えて……。

 幼馴染じゃなくて……特別な関係になって……。


「梅野……俺……」

「まだ、学校にいるんじゃない?橘さん」


 梅野は笑顔でそう答えてくれた。


「ごめん。俺……行ってくる」


 梅野にそう告げて決意を固めた俺はファミレスを出て、詩織に会うために速足で学校に向かった。


 ♢


「詩織……美術室か?」


 俺は非力な自分と優等生の詩織を比べて、勝手に劣等感を感じていた。

 周囲の目なんか気にして、せっかく歩み寄ってくれる詩織を拒絶していた。


「いないか……」


 美術室の小窓から中を覗いたが、彼女の姿はない。


「図書室か……」


 怪我をして野球を失って、自信を喪失して……。

 何もない俺は、もしかしたら詩織に嫉妬していた部分もあったのかもしれない。

 距離を取ることで心が乱れないように……自分が傷つかないように……。


「詩織……」


 廊下から図書室の中を覗くと、そこには椅子に座っている詩織の姿があった。

 心臓がドキドキと鼓動する。

 これまでのことを謝ろう。


 距離を取ってしまったこと。

 勝手に劣等感を感じてしまっていたこと。

 美術館の誘いを断ってしまったこと。


 他にもたくさん……。


「か……翔……」


 詩織に声を掛けるために図書室の中に足を踏み入れようとした時、野球部の翔が詩織の隣に寄り添っているのが視界に入った。


「大丈夫か……?橘さん」


 詩織は俯いていて……元気がないように見える。

 そんな詩織を気遣って、翔は優しく声を掛ける。


 俺は二人に気づかれないように咄嗟に身を隠した。

 下校時間が近づいている図書室は詩織と翔以外、誰も見当たらない。


「うん……。大丈夫、だよ」


 静かな図書室で話をする詩織と翔の声が鮮明に聞こえてくる。


「さっき……蓮と話をしようと思って、声を掛けたんだけど……また避けられちゃった」

「はぁ……蓮のやつ……」


 俺の話をしているようだ。

 立ち聞きなどよくないがどこか重い空気の中、俺は二人に声を掛けられずに佇んでいた。


「あ、あのさ……この前、聞いたことだけど……」


 翔はたどたどしく言葉を発する。


「率直に今の蓮のこと……どう思ってんだっけ?」


 ドキリと全身に緊張が走った。

 詩織が俺のことをどう思っているか……?


「私は……今の蓮のこと、ちょっと……嫌い……かな」


 嫌い…………。

 確かにそう言った詩織の声が……聞こえた。


「野球を辞めてから……蓮は……変わってしまって……」


 一縷の望みが……期待が俺の心の中にはあった。

 男が苦手な詩織は、俺にだけは普通に接してくれていたから……。

 俺は詩織にとって少し特別なんじゃないかと……勝手に思い込んでいて……。


「今は勉強頑張ってるみたいだけど……高校3年生のこのタイミングで頑張っても……」


 頑張っても無駄……。

 詩織はそれ以上は何も言わなかったけど、そう言いたかったのだろうか……。


 俺は込み上げてくる涙が流れないように必死に堪える。


 詩織は昔から何も変わらない。

 昔から賢くて、信頼されて、優しくて……。

 そんな彼女の信頼を俺は裏切ったんだ。


「そっか……。でも、蓮だって怪我をして大変だったんだよ」


 翔が俺を庇うように言葉を発した。


「それは……勿論、わかってるよ」


 男が苦手だった詩織が、今は翔と隣同士座って本音をぶつけている。

 今の詩織には……詩織の傍には……翔がいるんだ。


 この時……俺の心は完全に折れた。

 詩織を想う俺の気持ちは……彼女には届かないと……。

 そう……悟った。


 全身の力が抜けて活力を失った俺は……静かにこの場を立ち去った。


 才女である橘詩織に彼氏ができたと、学校で噂になっていたのは、それから翌日の出来事だった。

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― 新着の感想 ―
>頑張っても無駄…… 彼女の本音なのだろうが、それでも怪我でその道を諦めなけらばならなくなった人に言って良い台詞じゃないな。 それなら当然何らかの事故に巻き込まれて手を失って絵を描けなくなってそう言わ…
ウジウジした蓮にイライラしていたところだったから 詩織は蓮と付き合わなくて正解だと思う。
梅野さんに言われている通り、 この主人公の物の考え方では仮に詩織と付き合えたとしても、 逐一疑心暗鬼になって絶対長続きしない。 詩織にとってもこんな負の塊みたいな人間から離れて良かったでしょう。
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