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4話 怪訝

 俺は速足でその場を離れた。

 詩織が翔と一緒にいた。

 楽しそうに談笑していた。

 そんな彼女の姿をこれ以上……見たくはなかった。


「蓮くん……蓮くんってば!ちょっと待ってよ!」

「あ……ああ」


 動揺していた俺は、梅野の声で我に返る。


「なんでそんなにショックを受けてるの?」

「なんでって……詩織と翔が……二人でデートしてたから……」

「別にデートって決まったわけじゃないでしょう?」

「でも、男女が二人で出掛けてるんだから……」


 翔は詩織のことが好きなんだ。

 詩織は……翔のこと……どう思っているんだろうか……?


「それだったらさ……私たちもデートしてるってことになるのかな?」

「え……?いや、それは……違うだろ」

「そう思うなら、あの二人だってデートではないかもしれないじゃない」

「そう……だといいけど……」


 詩織は昔から男子が苦手だった。

 幼馴染の俺以外に今まで仲が良かった男子なんて……いなかった。

 その詩織が翔と一緒に出掛けて……楽しそうな表情をしていた。


「ねえ、お腹空いたんだけど」

「わるい……今は飯を食う気分じゃない」

「……そうだよね」


 気落ちしている俺を気遣っているのか、梅野はこれ以上は何も言わずに俺と歩幅を合わせて隣を歩く。

 しばらく無言のままの時間が続き、気がつけば俺たちは自宅前まで帰ってきていた。


「その……今日はごめんね」

「なんで……梅野が謝るんだよ……」


 梅野が謝る理由なんて何もない。

 俺は男が苦手という詩織の性格を知っていたから……心のどこかで安心していたんだ。

 詩織がどれだけモテて男から告白されても、誰かと付き合うことなんてありはしないと……。


「岡部くんって……橘さんのこと好きなのかな?」

「さ、さあ……どうだろうな……」


 翔は詩織に好意を持っているが、そのことを勝手に梅野に教えるわけにもいかない。


「もしも……あの二人がいい感じの関係になったりしたら、蓮くんどうする?」

「どうするって……?」


 詩織が誰かと付き合うなんて、考えたくもない。

 だからといって、俺は詩織に告白する勇気なんて……ない。

 仮に……都合よく妄想して、俺と詩織が恋人同士になれたとして……なれたとしても……。


「ねえ……蓮くん。昨日、私が言ったこと覚えてる?」

「あ、ああ……詩織と一旦距離を置くって話だろう?」


 秀でたものを何も持ち合わせていない俺と、才女の詩織……。

 そう……俺が詩織の彼氏になれたとしても……それはきっと今以上に辛くなるだけだ。


「一度距離を取って自信をつけてから、橘さんとのことを考えたら良いんじゃないかな」

「で、でも……その時にはもう……詩織は翔と……」


 いや、翔だけじゃない。

 学校の大勢の男たちが詩織を狙っている。


「その時は残念だけど諦めるしかないよ……。そもそも橘さんに好きな人がいたら、蓮くんの恋は叶わないだから……」


 まったくその通りだ。

 言い返す言葉もない……。


「まあ、あまり気落しないで。まずは勉強を頑張ろうよ。私も手伝うからさ」

「ああ……俺、頑張るよ」

「じゃあ、また学校で。あ!今日ファミレス行けなかったから、今度絶対に奢ってね!約束だよ!」

「わかってるよ。また明日な」


 梅野はいつもと変わらない明るい笑顔で俺を励ましてくれる。

 その表情を見ていると、さっきまで乱れていた俺の心が少しだけ癒えていくような気がした。


 ♢


 翌日の月曜日

 この日から俺はあることを決心して学校に登校していた。


「れ、蓮……おはよう」

「ああ……」


 詩織はいつものように教室で着席している俺に声を掛けてくれるが……こちらは素っ気なく言葉を返した。


「大池のやつ、また橘さんと話してるよ」

「あいつ、橘さんに気があるのか?釣り合ってないよな、面食いが」


 そんな俺たちの様子を見たクラスメイトはいつもようにヒソヒソと陰口を叩く。


「あ、あのね……蓮……」

「あ、ごめん。俺、ちょっと用事が」


 俺は立ち上がり、詩織やクラスメイトの視線を無視して教室を出た。


「なにあいつ?せっかく橘さんが話しかけてくれてるのに」


 詩織が俺に話しかけてくれるたびに、クラスの連中が何かしらの言葉を言い放つ。

 その状況から逃げ出したかった。

 勿論、詩織は悪くない。

 俺が情けない人間だから……こんな事態を招いてしまっている。


(詩織……ごめん)


 今日から俺は極力詩織と関わらないことに決めた。

 昨日詩織と翔が一緒にいたことは凄く気になるが、返ってくる答えが怖くてそのことを聞くことすらできない。


 廊下を適当に歩いていると、今しがた登校してきた梅野を見かけた。

 梅野も俺を視界に捉えたようで目が合った刹那、笑顔でウインクをしてくる彼女とすれ違う。


 詩織と同じく学校でカースト上位のグループに分類される梅野は人気者だ。

 梅野は俺に新たな火種が飛んでこないように、放課後以外は絡んでくることはない。

 なので俺と梅野がそれなりに仲が良いことを知っている同級生は多くない。


 俺は一時間目の予鈴がなるまで野球部のグラウンドを眺めていると、ちょうど朝練を終えた野球部たちが校舎に向かってくる。

 俺の存在に気づき野球部の皆がこちらに手を振ってくれる。


「蓮、ちょっといいか?」


 その集団の先頭を歩いていた翔が俺に速足で駆け寄ってきた。

 俺は昨日のことを思い出し、少し気まずさを感じていたが……。


「ああ……どうした?」

「その……橘さんのことで……」


 俺と翔は場所を移動して、他に誰もいない自販機前で話を続ける。


「翔……もしかして昨日……詩織と出掛けたのか……?」

「あ、ああ。思い切って橘さんに日曜日遊びに行こうって誘ったら……な」


 やっぱり……そうだったのか……。

 詩織は翔と二人きりで出掛けていた。

 最初詩織は美術館へ一緒に行こうと俺を誘ってくれていたけど……相手は別に俺じゃなくても良かったんだ。


「も、もしかして……告白とかしたのか……?」

「いや、まだそこまでは……」


 しかし……翔の誘いを男が苦手な詩織が受けるとは思わなかった。

 昨日の詩織と翔は楽しそうに会話をしているように見えた。

 全然気がつかなかった……。

 詩織は……翔に気があるってことなのか……。


「蓮、俺……少しずつアプローチして、橘さんに告白できるように頑張るよ。昨日も……楽しかったし」

「あ……うん。そう……か。俺……そろそろ教室に、戻るよ」


 ショックで頭が回らない俺はこれ以上、翔の話を聞きたくなかった。


 ♢


 今日は休み時間になるたびに詩織が話しかけてきた。

 俺はそのたびに適当な理由をつけて、彼女を避けた。

 心苦しいが、クラスメイトから好奇な目に晒されることに俺は耐えられない。

 詩織を見るたびに、昨日翔と楽しそうに会話をしていた光景が頭をよぎった。

 お互いにために、今は一緒にいないほうがいい。


「蓮くん、また間違ってるよ。そこはこの数字を代入するんだって」

「ああ、なるほど」


 放課後になり、俺は図書室で梅野に勉強を教えてもらっている。


「梅野、いつもありがとな。おかげで成績が少しずつだけど伸びてきているよ」

「それはよかった。私も教えることで復習になるからギブアンドテイクだね」


 放課後の図書室は基本的に人けがないので、ほぼ俺たちの貸し切り状態だ。

 この場所なら勉強に集中することができるし、人気者の梅野と一緒にいても誰かに何かを言われることもない。


「れ、蓮……」


 背後から俺の名を呼ぶ優しい声がした。

 詩織の声だ……。

 この時の俺は彼女と顔を合わせたくはなかった。


「あ、橘さん。どしたの?」


 詩織の声に最初に反応したのは俺の隣に座っている梅野だった。


「さ……梅野さん……。ここで何してるの?」

「蓮くんに数学をレクチャーしているところだよ」

「そうなんだ……。言ってくれたら、私が勉強教えたのに……」


 詩織が少し怪訝な表情で俺を見る。


「蓮……少し、話がしたいんだけど……」

「あ、いや……ごめん。俺……ちょっと」


 俺はノートとペンを鞄に急いで詰め込んで席を立ちあがった時、詩織が力強く俺の手を握ってきて驚いた。


「蓮……なんで……私のこと避けるの?」

「別に……避けてなんか……」

「避けてるじゃない!」


 図書室に詩織の声が響く。

 彼女の柔らかい手が震えている。


「詩織……その、昨日だけど……」


 苦悶の表情を見せる彼女を見て、俺はつい言葉を口走ってしまった。


「昨日……美術館に行ったのか……?」

「あ……うん。行ったよ……」


 俺は緊張しながらも核心を突く質問を投げかける。


「一人で行ったのか……?」

「そ、それは……」


 詩織は俺に嘘をつくようなことはしない。

 それは俺と詩織が共に長い時間を過ごてきたことによる経験則がそう確信させてくれる。


「と、友達……と二人で……」


 言いにくそうにしながら、詩織は友達と美術館に行ったことを口にした。

 その友達というのが誰なのか……俺は知っている。


「翔と……行ったんだろう……?」

「な、なんで……知ってるの……?」


 詩織は露骨に驚きを表情を見せた。

 俺に翔と出掛けたことを知られたくなかったのだろうか……。


「翔に今日……聞いたんだ。あいつ……楽しかったって言ってたぞ」

「そ、それは……岡部くんとは……別に、なにも」


 詩織が何かを言いかけたところで俺の隣に座っていた梅野が勢いよく立ち上がり、まるで恋人のように俺と腕を組んできた。


「お、おい!いきなり何するんだよ!」


 それはまるで詩織に見せつけるかのような大胆な行動に見える。


「蓮くん。勉強も終わったし、早く行こうよ」

「行く?どこに?」

「この前、約束したじゃない。忘れたの?」


 約束……昨日のファミレスで飯を奢るって言っていたあれか……。

 恐らく梅野は、俺が詩織から距離を取れるように話を振ってくれたのだろう。

 今の俺には、それが非常にありがたいアシストだった。


「ああ……そうだったな。わるい、詩織。今日は……俺たちこれで」


 俺は詩織の手を振りほどき、速足でその隣を横切った。

 せっかく話かけてきてくれた詩織に対して、申し訳ないと思う。

 でも俺は……これ以上劣等感を感じたくない。


「ま、待って!蓮!」


 詩織の大きな声が聞こえたが俺は無心で駆け出して、梅野と一緒に学校を後にした。

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― 新着の感想 ―
詩織ちゃん、不憫すぎる。 主人公がヘタレて勝手に拗ねて拒絶されたから他の交友関係と出かけたら、 ほぼ逆ギレみたいな詰問してきて、話そうとすれば言い出しっぺが逃亡。 可哀想すぎて、主人公に関する記憶消…
登場人物が皆ねじれた人間関係をさらにややこしくさせることに積極的すぎる。 どいつもこいつも自己愛ばかりで……もうちょっと他人を気遣う心をだな…… もっと……こう……なんとかなったはずだろ!
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