平和の村と呼ばれた村のあらまし。
とある村の小山。
その山頂にある小さな神社に住んでいる者がいた。
いや、住んでいると言って良いのか…。
人の姿をしてはいるが、生物ではない。
軍服のような格好をした、中肉中背の性別、年齢ともに不詳な存在だ。
色合いも奇妙なもので、深い青のような、紫にも黒にも見える中に、赤やら金やら、様々な色の光が輝いている。
まるで宇宙そのもののようだ。
肌にあたる部分は雪の白とも違う、光そのもののような色で、宛ら月光のようにも見えた。
そんな見た目のためか、夜に見ると溶けてしまいそうであった。
この存在は人に似た容姿でありつつ、人ならざる力を持つものとして、村では崇め奉られていた。
『暇だ…。暇すぎる…。』
神の化身こと、宙は退屈そうにそう呟いた。
人としての生を終えてからこっち、この村をずっも見守ってきた。
戦時中こそこの村に戦果が及ばぬよう力を使ったり、災害が起こらないよう守ったりしたものだが、最近は何事もなく平和なものだ。
いや、何事もないことは良いことではあるし、誰もが望むことであることは間違いないのだ。
だけれども、そうなると神の遣いたる自分の存在意義がなくなってしまったようで、参拝に来る者も年々減る一方だった。
『退屈すぎて消えてしまいそうだ…。』
溜め息を吐く。
吐いた息さえ、キラキラと輝いている。
ヒロの言動や動き、それら全てに呼応するように空気が輝きを纏う。
そのような力を持っても尚、退屈を感じるヒロである。
「何を仰るのですか?」
不意にヒロに声をかけた者がいた。
近所に住む村人、空がヒロの座る神座の前に立っていた。
真っ白な髪に、空を映したかのような瞳。
美しい見た目の子供であるソラは、唯一、ヒロと話すことのできる人間だった。
それ故に、ヒロにとってこのソラという子供と遊ぶのが最近の一番の楽しみだった。
『ならソラ、お前が何か楽しい話でもしてくれ。村人はお前以外私の姿は見えはしても、互いに声は聞こえないらしいから…。』
ヒロの発言に眉を顰めるソラ。
そして言う。
「嫌ですよ面倒臭い。」
『ええ…。神の御使の願いをお前…。』
にべもなく断るソラにヒロは引くが、それに構わずソラは続けた。
「そんなことより、お姉ちゃんとお兄ちゃんのことを手伝ってくださいよ。村人皆のための神の化身様、なんでしょう??」
『…ん、まあ、それもそうだね。仕事、するか。』
言うなりヒロはすっと右手を上げる。
その一つの動作だけで、ヒロの手から放たれた光が溢れて村一帯に広がる。
まるで夜空がそのまま村に落ちてきたかのような美しさだ。
ヒロとソラは黙ってその光景を眺めていた。
『平和の村』と呼ばれる村があった。
その村の周辺はかつて、大戦の時分に多くの被害を受け多数の死者を出していた。
だがその村だけは違った。
落ちてくる焼夷弾、機関銃の弾丸が、まるでその村を避けているかのように全く当たらなかったのだ。
敵…特に航空機は狙ってこの村に何度もやって来たが、いずれも成果を出せずに帰って行った。
周囲の村の人々は驚いた。
何故、この村だけは無事なのか。
数多くの空襲に遭っているにも関わらず、誰一人犠牲を出していないとは。
誰もが真実を知らなかったが、村人達は知っていた。
何故、犠牲もなく平和でいられるのかを。
かつてこの村に住んでいたとある将校が、その身を神に捧げて村を守っていることを。
そんな過去も忘れ去られつつある昨今。
それでもこの村は「平和で災害もなく、奇跡のように美しい村」として有名だった。
ついでにこんな噂も囁かれている。
「平和なこの村にずっと住んでいると、不思議な力を授かる」と…。
『力を乱用している気がしてくるよね。こうまで皆に力が宿っちゃうと…。』
ヒロはそう呟いた。
今日分の仕事を終え、一息つこうとソラと茶を飲んでいた。
ソラが持ってきた茶葉で淹れた緑茶だ。
ほんのりと抹茶の味もして、なかなかに美味しいブレンド。
その茶を啜りながら、ソラは冷静に返す。
「そりゃあ、力の一部を村中にばら撒いていたら意図せずとも村人に何かが宿ることはあり得るんじゃないですかね。」
ヒロの周りを漂う星の一つをピシッと突きながらそう言った。
そう、この村に長くいると妙な力が宿るという噂。
それはこのヒロの持つエネルギーの一部…ヒロの周りを舞う星の光のようなものが作用しているようなのだ。
ヒロとソラはこの光を「星」と呼んでいるが、どうにもこの星が人の魂と一体化すると不思議な力を扱えるようになるらしい。
その星と一体化した人間を、ヒロとソラは便宜上「星宿り」と呼んでいた。
星宿りとなった村人は山ほど居る。
それこそ、ヒロと今共にいるソラも。
ソラは生まれた時から星宿りだった。
性別のない人間として生まれ、生まれながらに神の化身であるヒロと村とを繋ぐ存在とされてきた。
神への貢物、供物、神の嫁、婿。
散々に呼ばれ、祭りで捧げられたソラを、ヒロは温かく迎えた。
寧ろ『やっと話せる友ができた。』とソラを捧げた村人に感謝しているくらいだった。
当初、ヒロに捧げられることで死を覚悟していたソラだったが、今ではヒロの良き友として、村を守る勤めを果たしている。
ヒロはソラに《かつての仲間》の姿を重ねて見ていた。
帝国陸軍人として生きていた、今は亡き部下達の姿を。
これはそんな不思議な存在と、摩訶不思議な村の物語だ。