逃げ、隠れ、
三題噺もどき―ごひゃくろくじゅういち。
はたと気づき、目が覚める。
変な姿勢で寝ていたのか、背中が痛い。
……それもそうか。こんな丸まって寝る事ないからな。よくこの姿勢で寝たな。
背中だけじゃなくて肩も心なしか痛いし、膝も痛い。
「……」
自室の部屋の、ベッドの上。
最近引っ張り出してきた冬用の掛け布団の中に隠れるようにして、眠っていた。
頭から布団をかぶって、体を抱えたところで、何から隠れられるわけでも、音が聞こえなくなるわけでもないんだけど。
「……」
どうしても、落ち着きたくて。
こうして、少しでも狭い場所にいようとした結果が今に至る。寝おちたのは不可抗力だが、まぁ、その分落ち着きは取り戻せたから、良しとしよう。
自室に逃げたとて、あの人は勝手にドアを開けてくるから、隠れた方がいい。
「……」
こういう時に、屋根裏部屋みたいな狭くて逃げるには丁度いい空間とかあればいいのに。この家にはそんな都合のいい逃げ場はないのだ。
ならば外に出ればいいと思うけれど、そういう思考に至れないように育てられたので、逃げ場所はこの部屋しかない。この部屋の布団の中にしかない。
「……」
何から逃げているのかというとまぁ……。
珍しく休みだった母親に捕まり、あれやこれやと問われて、問い詰められて、限界になって、色々とこぼれてしまったので、落ち着こうとこうして逃げてきた。
「……」
現実から、逃げてきた。
「……」
特に部屋に呼びに来た感じもないし、リビングで仕事でもしているのだろう。
あの人の仕事は基本的に持ち帰りのモノが多いから……それの手伝いだって言われればしているのに。この間なんて、劇か何かで使うと言って、かぼちゃの馬車を作らされた。絶対これは私のすることじゃないと思いながらやっていた。他にも散々、切り貼りしたり、縫ったりした。時期によっては毎日のように手伝いをすることだってある。
それが当然、みたいな言い方をされても、こちらには何も得するものはないからやりたくはない。いいことなんて一つもないもの。
「……」
いや、そんなことではなくて。
そんな扱いのことに対して、限界になったわけではなくて。
「……」
ここ数日悩みに悩んで、どうにか結論だけでも出してみようかと足掻いているのに。
あの人は見ても居ないから、どうなのかとか、どうなっているのかとか。
さっさとしないと出遅れるみたいなことを言ってみたり、結局どうしたいのだと言ってみたり……なんというか。こちらの心情を慮るとかしないのかこの人、と今は思えるくらいには落ち着いた。
「……」
少し息がしづらくなってきたので、丸くなっていた体を伸ばして、布団から顔を出す。
外はもう暗くなりつつあるのか、部屋の中はカーテンを閉めていることもあって少し暗い。私的にはこれくらいの暗さがちょうどいいのだけど、何かをするには少し視界が悪い。暗すぎるのも考えものだ。
「……」
しかしそうか……この暗さにまでなっているのなら。
そろそろ風呂にはいれと声を掛けられるかもしれない。もしかしたら、その後なのかもしれない。寝るつもりはなかったとはいえ、無視する形になっていたのなら申し訳ないな。
まぁ、その状態になるまで追い詰めたのだと気づけばいいけど。あの人は、こちらのことに関してはほとんど興味がないからな。
「……」
あの人からの、感心を得ることを、心待ちになんかしてはいけないのだ。
他人の子供を見ることの方が多いあの人にとっては、私のことなど後回しにして当然のようなものだと、思わないといけないのだ。下手に期待して、心待ちにしたとて、裏切られて嫌な気分になるだけの結果しか見えない。
「……」
もう子供でもないんだから、こういう思考に至ることの方がおかしいのかもしれないけれど。むしろ、この年になったからこそ、こういう風に思いいたるようになった。私は。
捨てられたわけでも、何かをされたわけでもない。
それでも、あちらからの行動が期待できないと言う状況は、割とくるものがある。
「……」
なんだか、最近思うのだけど。
私は、どうにも、大人になり切れていないような気がする。
大人というものが、何なのか分からないけれど。
「……」
それもこれも、勘違いなのかもしれないけど。
子供だからなんて、言い訳はあまり好きではないから。そんなことは言いたくはないし言いもしないけど。
「……」
なんというか。
とにかく。
面倒なやつなんだろうな。
私ってやつは。
知らないけど。
「……」
私の事なんて、私が一番知らないんだから。
他人のあの人が知るわけは、ないのか。
「……」
呼ばれるのも面倒だし。
さっさと風呂に入ってしまおう。
お題:心待ちにする・屋根裏部屋・馬車